系統看護学講座
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サンプルページ健康支援と社会保障制度 ❸ 社会保障・社会福祉2第1章 社会保障制度と社会福祉 ■社会保障は,国民の生活の安定をはかり,最低水準の生活を保障する公的な制度である。本章では,社会保障と社会福祉の概要を体系的に理解し,具体的にどのような保障内容があるのかを学ぶ。 ■また,社会福祉を支える法制度について学習し,現在の社会福祉制度の背景を理解するとともに,社会福祉を実際に担う組織や従事者について理解する。 ■社会保障・社会福祉の制度やそれを担う体制を知ることで,臨床現場で必要とされる,他職種との連携に役だてることができる。 A 社会保障制度1社会保障の概念 私たちは,生まれてから死ぬまで生活をしていくにあたって,個人や家族の努力だけでは対応がむずかしい,さまざまな困難に直面する。そうした困難に対し,生活の安定化をはかるとともに,国民の最低生活を保障する公的な制度を社会保障制度という。 図1-1は,誕生から死までの生活にかかわる社会保障制度を,保健・医療,社会福祉,所得保障,労災・雇用,公衆衛生の5つに分けて整理したものである。病気,障害,失業など具体的な困難に対し,どんな制度が利用できるのかみてみよう。 ●社会保障制度のはじまり 社会保障制度は,それぞれの社会において歴史的に形成されてきた制度であり,その意味は時代や社会によって異なる。この言葉がはじめて公式に使われたのは,大恐慌への対応の一環として制定された,1935年のアメリカの「社会保障法Social Security act」であったとされる。しかし,その意味するところは,老齢年金や失業手当などの所得保障が中心であり,医療保障は含まれていなかった。 また,わが国をはじめ,その後の福祉国家の発展に大きな影響を与えた1942年のイギリスの「ベヴァリッジ報告(社会保険および関連サービス)」(259ページ)でも,国民保健サービス(医療),児童手当などは,完全雇用とならんで,所得保障としての社会保障の前提または関連制度として位置づけられており,今日でも英米を中心に社会保障という言葉を所得保障という狭い意味で用いる場合が少なくない。なお,ベヴァリッジ報告では,貧困,病気,不潔,無知,怠たい惰だを社会の進歩をはばむ五悪と位置づけ,基本的なニーズに対する均一負担,均一給付の国民保険を中心に,特別な場合に対する国民扶ふ助じょ,付加的なニーズに対する任意保険の3つを組み合わせた社会保障制度を計画した。 ●ILOと社会保障 一方,国際労働機関International Labour Organization(ILO)は,第二次世界大戦中の1942年に『社会保障への途』という報告書本章の目標3A.社会保障制度を発表し,社会保障を社会保険と社会扶助を統合したものとして位置づけていたが,戦後も社会保障に関する多数の条約を採択してきた。1952年に採択されたILO102号条約(社会保障の最低基準に関する条約)では,疾病や疾病による休業,出産,労災,老齢,障害,遺族,児童扶養,失業を社会保障の対象として例示しており,社会保障の範囲をより広くとらえている。 ●わが国の社会保障制度の確立 わが国では,日本国憲法第25条第2項20歳40歳18歳0歳3歳6歳65歳誕生612151820606575(歳)就学前就学期退職後子育て・就労期健診,未熟児医療予防接種等医療保険特定健診・特定保健指導後期高齢者医療制度40歳(児童福祉)(障害保健福祉)保健・医療健康づくり健康診断疾病治療療養社会福祉等児童福祉母子・父子・寡婦福祉高齢者福祉身体障害(児)者福祉知的障害(児)者福祉精神障害者福祉労災・雇用労災保険雇用保険公衆衛生公衆・環境衛生水道 などなど健診,母子健康手帳等保育所地域の子育て支援(乳児家庭全戸訪問事業・養育支援訪問事業等)児童手当(中学生まで)児童扶養手当保護を要する児童の社会的養護等介護保険(在宅サービス,施設サービス等)・介護給付(居宅介護,行動援護,短期入所,生活介護等)・訓練等給付(自立訓練,就労移行支援,就労継続支援等)・地域生活支援事業(相談支援,移動支援,日常生活用具の給付等)・手当の支給等(特別児童扶養手当,特別障害者手当等)遺族年金雇用保険を受給できない求職者に就業訓練を行い生活保障のための給付金を支給障害年金老齢年金資産,能力などすべてを活用してもなお生活に困窮する者に対し,最低限度の生活を保障公衆衛生水準の向上,安全で良質な水の安定供給,食品や医薬品の安全性の確保など業務上,けがや病気をしたり障害を負ったときなど失業したり,育児休業を取得したときなど高齢者福祉年金制度生活保護求職者支援制度所得保障放課後児童クラブ図1-1 社会保障制度の概要(厚生労働省資料による,一部改変)241G.社会福祉実践と医療・看護との連携院・療養所のMSWは,社会福祉士の資格をもつ者から任用することとなった。3医療ソーシャルワーク業務の範囲 MSWの業務内容は,所属医療機関の機能や人員配置などによってさまざまではあるが,その標準的業務の範囲は「医療ソーシャルワーカー業務指針」(2002年改正)のなかで次のように規定されている。すなわち,① 療養中の心理的・社会的問題の解決,調整援助,② 退院援助,③ 社会復帰援助,④ 受診・受療援助,⑤ 経済的問題の解決,調整援助,⑥ 地域活動,である。ここにあるようにその業務範囲は,入院・受診のための援助から,入院,入院外を問わず安心して療養生活を送るための環境調整,退院後の社会復帰・社会参加を含めた生活支援,それに伴う社会的偏見や制度的差別への取り組みと幅広い。 これらの業務は,個々のケースによってどこまで関与するかが異なってくる。たとえば,情報提供や応急処置としての緊急的・一時的な対応で問題が解決する場合もあれば,心理的支援や周囲の人間関係の調整にはじまり,住宅改造,職場復帰へ向けた準備など,物理的環境や人の意識に対するはたらきかけ,生活のための基盤整備といった中・長期的な一連の援助を必要とする場合もある。さらには,ホームレスの人への生活保護適用や,精神科疾患,石綿肺などの労災適用,外国人労働者への医療保障など,制度的に保障がいきわたっていない問題を社会化させ,適用基準の見直しや新たな資源の開発を求める行政交渉や社会へのはたらきかけを行うなど,それぞれのケースがかかえる援助課題によって,ソーシャルワーカーが援助者として関与する期間や方法,はたらきかけの対象が異なってくる。2医療・看護・福祉の連携の実際 ここでは,事例を参考に,医療・看護・福祉が実際にどのように連携していくことができるかを考えていきたい。生活保護が必要な肺がん患者【利用者の状況】 Yさん56歳男性。3人兄妹の次男として生まれた。父はアルコール依存症で兄も酒癖がわるく,母を困らせることが多かったため,Yさんが母をかばったり妹の面倒をみてきた。両親は中学のときに離婚し,以後兄妹とともに母親によって育てられた。家計は大変厳しく,中学卒業後働きだした。37歳のとき,交際していた女性が妊娠して男児を産んだが,女性は子どもをおいてそのまま行方不明となった。男手ひとつで息子を育ててきたが,息子は高校生のころより非行にはしり,家を出てしまった。 建築,土木,船の清掃など,転職を繰り返しながらなんとか生活してきたが,妹がYさんの名前で借金をしてしまい,その取りたてが家に来るよう事例●❺242第8章 社会福祉実践と医療・看護になった。 入院する1週間ほど前,警察から息子が傷害事件によりI県でつかまったとの電話があり,貯金のほとんどをおろして面会に行った。帰り道,以前よりあった咳せきや胸痛が悪化し,電車を乗りついでなんとか帰宅したものの,社会保険に加入しておらず,病院に行くお金もなく,暗い部屋の中で倒れ込むようにして数日間寝ていた。入院当日,偶然たずねてきた友人が発見し,救急搬送されて入院となった。 外来の医者からMSWに連絡があり,「肺がんの患者さんで入院治療が必要だが保険証がないとのことなので対応してほしい」との依頼があった。【援助経過】・アセスメント 身体状況:肺がんは進行しており,余命は数年あるいはそれ以内。日常生活動作(ADL)は,移動にふらつき,膝の痛みによる動作の制限などがあるものの基本的には身辺自立している。医師から病名の告知および今後の治療計画について説明があったが,「はい,はい」と応答はするものの「いつ治りますか」「退院したら働きます」と言うなど,病状をよく理解していない様子がうかがえる。また書類の字が「よく見えない」と訴えたり,「字が書けない」と鉛筆を落としたり,同じ質問を繰り返したりしていたが,それが意欲の低下からなのか,視力・筋力・聴力などの低下によるものかは不明。 生活状況:これまでは喫煙の量も多く,アルコールも多飲してきた。長い間家賃を滞納していたため,入院をきっかけに追い出されてしまい,帰る家がなくなってしまった。最近は食事や入浴も十分にできず,救急搬送されたときは衣類も身体もよごれた状態であった。 家族関係:母・妹とは長い間連絡がとれず,住所もわからない。息子は後日釈放され,一度面会に来たがYさんに対して愛着がなく,面倒はみたくないという。 経済問題:借金をかかえている状態となり,貯金も使い果たした。 職業復帰:医師の意見では,肺がんの進行状況から,今後の就労は困難。 本人の意思・希望:もう疲れ果ててしまったので,生活保護を申請したい。またひとり暮らしに戻りたいが,借金の取りたてがこわいので,借金の問題を解決したい。病気はこわいが,治療をがんばって,再び働けるようになりたい。そのためにはタバコもお酒もやめるつもりだという。・援助計画 短期的目標:生活保護を受給し,経済的な当面の問題を解決する。退院後,単身生活を遂行できるぐらいの体力的回復を目ざす。 中期的目標:効果的な治療のためには安定した住環境での生活が重要となるので,住居を確保したうえで退院し,通院によって病状の管理を行う。 長期的目標:自己破産宣告の申し立てを行い,借金の取りたて問題を解決し,安心した生活を送れるようにする。【どう援助できるか】 ①療養生活の保障:Yさんが安心して入院治療を受けるには,まず医療費問題を解決し,また病棟職員との良好な関係をもつことが大切となる。本人サンプルページは、制作途中のものです。具体的にイメージしやすい事例で学習効果を高めます。29A.現代社会の変化2人口動態および人口構成の変化 ◆出生数の動向 出生数については,第二次世界大戦後,1947(昭和22)年から1949(昭和24)年のいわゆる第1次ベビーブームの時期には毎年260万人以上が生まれ,また第1次ベビーブームの世代が親となった1971(昭和46)年から1974(昭和49)年の第2次ベビーブームの時期には,毎年200万人以上が生まれている。しかし,その後は減少傾向が続いており,近年の出生数は毎年100万人を下まわる水準となっている。(図2-2)。 ●合計特殊出生率の低下 出生数の減少の背景には,合計特殊出生率の低下がある。合計特殊出生率とは,1人の女性が生涯に産むと推計される平均子ども数のことである。合計特殊出生率は,第1次ベビーブームの時代には4をこえる高い水準にあったが,その後長期低下傾向が続いている。合計特殊出生率が2.1以下になると現在の人口水準を維持できなくなるとされているが,わが国では,1974年以降,この水準を下まわり続けている。合計特殊出生率は,2005(平成17)年には1.26まで低下し,その後若干改善傾向にあるが,2019(令和元)年時点で1.36という低い水準にある(図2-2)。 ●出生数減少の背景 2017(平成29)年に発表された国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」によると,現在の傾向が続けば,わが国の人口は2053年には1億人を割り込み,2065年には8808万人になるものと推計されている。そうしたなかで高齢化率は一貫して上昇し,2065年には38.4%にまで増加する見込みである。 ●晩婚化・未婚化 出生数の減少や合計特殊出生率の低下の背景には,晩合計特殊出生率5432102019(年)出生数20010019471955196019701980199020002005201019751985199519650300(万人)2005年最低の合計特殊出生率1.262019年最小の出生数86万5239人第1次ベビーブーム(1947~1949年) 最高の出生数 269万6638人第2次ベビーブーム(1971~1974年)209万1983人1966年 ひのえうま136万974人1.36出生数合計特殊出生率図2-2 出生数および合計特殊出生率の年次推移(厚生労働省「令和元年人口動態統計」による,一部改変)101B.介護保険制度の概要への助言,支援など)を行う包括的支援事業は,2006(平成18)年度より設置が進められている地域包括支援センターで実施される。2014(平成26)年の介護保険法改正により,包括的支援事業に,地域ケア会議❶の充実,在宅医療・介護連携の推進,生活支援サービスの体制の整備,認知症対策の推進が新たに位置づけられた。 地域包括支援センターの運営主体は市町村であるが,在宅介護支援センターの運営法人などに委託でき,日常生活圏域を対象に,保健師,主任ケアマネジャー,社会福祉士の3職種が配置される。地域包括支援センターは,地域包括ケア体制の中核となることが期待されており,「地域包括支援センター運営協議会」などにより,適切な運営の確保が求められている。2017(平成29)年の介護保険法改正により,市町村に地域包括ケアセンターの事業実施状況の評価を義務づけるなど,機能強化がはかられている。 地域支援事業のうち,介護予防・日常生活支援総合事業の財源は,予防給付費と同じで,第1号および第2号被保険者の保険料と公費であるのに対し,それ以外の事業の財源は,第1号被保険者の保険料と公費のみで,第2号被NOTE❶地域ケア会議 個別ケースについて多職種や住民で検討を行うことで,地域課題の解決のため,関係者のネットワークの構築などをはかるものとされている。<現行><見直し後>介護給付(要介護1~5)介護給付(要介護1~5)介護予防給付(要支援1~2)介護予防給付(要支援1~2)介護予防事業または介護予防・日常生活支援総合事業包括的支援事業包括的支援事業任意事業任意事業【財源構成】【財源構成】現行と同様事業に移行国 25%都道府県12.5%市町村12.5%1号保険料22%2号保険料28%国 39.5%都道府県19.75%市町村19.75%1号保険料22%多様化充実訪問看護,福祉用具等訪問介護,通所介護○二次予防事業○一次予防事業介護予防・日常生活支援総合事業の場合は,上記のほか,生活支援サービスを含む要支援者向け事業,介護予防支援事業。○地域包括支援センターの運営 ・介護予防ケアマネジメント,総合 相談支援業務,権利擁護業務,ケ アマネジメント支援○介護予防・生活支援サービス事業 ・訪問型サービス ・通所型サービス ・生活支援サービス(配食等) ・介護予防支援事業(ケアマネジメント)○一般介護予防事業○地域包括支援センターの運営 (地域ケア会議の充実)○在宅医療・介護の連携推進○生活支援サービスの基盤整備 (コーディネーターの配置,協議体の設置等)○認知症施策の推進 (認知症初期集中支援チーム,認知症地域支援推進員等) ○介護給付費適正化事業○家族介護支援事業○その他の事業(成年後見制度利用支援事業など)○介護給付費適正化事業○家族介護支援事業○その他の事業介護保険制度地域支援事業地域支援事業介護予防・日常生活支援総合事業(要支援1~2,それ以外の者)図4-2 新しい地域支援事業の全体像* 財源構成は2015(平成27)年度からの割合(厚生労働省資料による,一部改変)最新の制度・データを掲載しています。91専門基礎分野

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