系統看護学講座
87/152

サンプルページ疾病のなりたちと回復の促進 ❹ 微生物学2第1章 微生物と微生物学 A 微生物の性質1微生物の種類と特徴 ●種類・大きさ 肉眼では見ることができない小さな生物を,微生物microorganismと総称する。微生物には,細菌,真菌(カビと酵母),原虫,ウイルス1が含まれる。微生物の大きさは,原虫が10~100 μ m2,酵母が5~10 μ m,細菌が1 μ m,ウイルスが10~100nm2程度である(図1-1)。 細菌と原虫は単細胞の生物であり,真菌は単細胞と多細胞の2つの形態をとる生物である。これに対してウイルスは細胞としての形態をもっていない。 ●生息域 細菌・真菌・原虫は自然界に広く分布し,淡水・海水・土壌や植物のほか,動物やヒトの粘膜・体表面などに生息している。その多くは他の生物に寄生することなく独立して生息でき,自由生活を営んでいるが,なかには昆虫・動物・ヒトに寄生しなければ生存できないものがあり,ヒトに病気をおこすことは寄生の一形態と考えることもできる。 一方,ウイルスは生きた細胞に寄生しないと自己を複製することができず,相手の細胞の種類によって動物ウイルス,植物ウイルス,昆虫ウイルス,細菌ウイルス(バクテリオファージ)などに分類される。 なお,蠕虫と衛生動物は目で見ることができるので,微生物ではないが,臨床上重要な病原生物である。そのため,本書では付章のなかで原虫とともに学習することとする。NOTE1ウイルスウイルスは細胞膜・自己増殖能力・エネルギー代謝機構を欠如するなどの点で,「生物」としては取り扱われない。ただし,微生物学では「微生物」の一種としての位置を与えられている(次ページ,第5章)。2μm,nmそれぞれマイクロメートル,ナノメートルと読む。μ(マイクロ),n(ナノ)はそれぞれ1/106(10−6),1/109(10−9)をあらわす接頭語で,1/106m,1/109mの長さ。ブドウ球菌1μm住血吸虫ピコルナウイルスポックスウイルス大腸菌トリパノソーマ菌糸型ウイルスマラリア原虫酵母型糞線虫原虫細菌寄生虫真菌10cm10-3m1m1nm1mm1cm10-9m10-6m1mアニサキス(第3期幼虫)肉眼で見える肉眼では見えない=微生物光学顕微鏡を用いる電子顕微鏡を用いる10m蠕虫マダニダニ目ツツガムシ(幼虫)ヒト日本海裂頭条虫図1-1 微生物(ウイルス・細菌・真菌・原虫)と蠕虫・ダニ目・ヒトの相対的な大きさ3A.微生物の性質2微生物の生物学的位置 ●真核生物と原核生物 生物は真しん核かく生物と原核生物の2つに分けることができる(図1-2)。真核生物は細胞に核を包む核膜があり,ミトコンドリアを有し,小胞体などの膜構造が豊かであるのに対して,原核生物は核膜がなく,また両者でリボソームの大きさ,細胞壁の構成成分などが異なっている(表1-1)。 動物や植物,原虫・真菌は真核生物であり,細菌は原核生物である。原核生物は約40億年前に,真核生物は約18億年前にそれぞれ地球上に誕生したと推測されている。 ●真正細菌と古細菌 現代の分類学では,原核生物をさらに真正細菌bacteriaと古細菌archaeaに分ける。古細菌は,リボソームRNAの構造や細胞膜の組成が真正細菌とは大きく異なっている。また細胞壁も真正細菌の場合のペプチドグリカンとは異なる物質で構成されるなど,真正細菌とはまったく別の生物である。現在,生物界を真核生物,真正細菌,古細菌の3つに分ける説が有力である(3つのドメインdomain説;図1-3)。病原細菌はすべて真正細菌であるが,本書では真正細菌のことを単に「細菌」と書くことにする。 ●ウイルス ウイルスは細胞の構造をなしておらず,代謝も行わないので,生物としてはきわめて不完全であり,生物界の分類に含めることができない。ウイルスのなかには宿主の細胞膜をエンベロープとしてかぶったものもあるが,ウイルスが自分で合成したものではない。図1-2 原核生物と真核生物a.原核生物b.真核生物細胞膜リボソームプラスミド細胞壁染色体ゴルジ体粗面小胞体リボソーム滑面小胞体細胞質ミトコンドリア核膜核細胞膜リソソーム200第11章 病原細菌と細菌感染症ばならない。2レンサ球菌Streptococcus属 直径約1 μ mのグラム陽性球菌で,細胞分裂の際,分裂面が同じ方向に入り,すぐ離れないために,連れん鎖さ状に配列する(図11-2)。ヒトや動物の口腔や咽頭に常在する。血液寒天培地で培養すると,コロニーの周囲に溶血環かん❶を生じる。不完全な溶血でできる緑色の溶血環をα溶血,完全に溶血して透明な溶血環をβ溶血という。この性質から,レンサ球菌属は溶血性レンサ球菌(略して溶レン菌)とよばれることも多い。β溶血を示すものには化か膿のうレンサ球菌Streptococcus pyogenesとストレプトコッカス︲アガラクティエS. agalactiaeがあり,いずれも病原性が強い。 レンサ球菌属にはそのほかに,肺炎をおこす肺炎球菌S. pneumoniae,口腔内に常在し齲う歯し(虫歯)の原因となるミュータンス菌S. mutans,抜歯のあとに心内膜炎をおこすストレプトコッカス︲ミチスS. mitis,ストレプトコッカス︲サンギニスS. sanguinisなど,50菌種以上が所属する(表11-1)。 ランスフィールドR. C. Lancefieldは,細胞壁をつくる多糖(群特異的C物質group︲specific C substance)の抗原性によってレンサ球菌属を分類した(ランスフィールド分類)。A~V群(I,Jは除く)に分けられているが,化膿レンNOTE❶溶血環 赤血球を加えた固型培地上で,赤血球膜を破壊する毒素(溶血毒)を出す細菌を培養すると,コロニー周囲の赤血球がこわされて形成される,透明または緑色の環。図11-2 レンサ球菌a.グラム染色像b.走査電子顕微鏡像表11-1 レンサ球菌属の分類(一部のみをあげた)菌名由来感染症溶血型抗原型*S. pyogenes(化膿レンサ球菌)S. agalactiaeS. pneumoniae(肺炎球菌)S. mitisS. sanguinisS. mutansヒトウシ・ヒトヒトヒトヒトヒト化膿性炎症,全身性疾患新生児髄膜炎・ウシ乳房炎上気道炎・肺炎心内膜炎心内膜炎齲歯ββααα-AB-KH-*ランスフィールドによる分類。11章 系看_微生物学 第14版.indd 2002021/07/20 12:39265A.DNAウイルスて全身に感染を拡大する。全身の皮膚に水疱が出現し,内容物にもウイルスが存在するため接触によっても感染する。 VZVの初感染(水痘)は発症率が高く,家族内感染では約90%が発症する。水痘は小児に好発し,大部分は軽症であるが,ときに脳炎や肺炎を合併する。成人の水痘は重症となりやすく,合併症の頻度も高くなる。水痘は感染症法の五類感染症である(小児科定点把握疾患,ただし入院例は全例)。また,学校保健安全法により,すべての水疱が痂皮化するまでは出席停止となる。 回帰発症では帯状疱疹がおこり,患者の多くは50歳以上の中高年者である。ウイルスが再活性化した神経の支配領域に片側性に水疱をつくり激痛を伴う。治癒後もしばしば帯状疱疹後神経痛postherpetic neuralgia(PHN)が残り,疼痛の治療を必要とすることがある。また,片側性の顔面神経麻痺・難聴・耳介湿疹を症状とするラムゼイハント症候群❶をおこすこともある。回帰発症は,通常一生に一度であり,返復する場合には免疫不全を疑う。 免疫不全などの易感染性宿主にVZVが初感染すると致命的な重症水痘となり,回帰発症でも全身に症状が出現する汎発性帯状疱疹(播種性帯状疱疹)となることがある。また,出産直前の妊婦への初感染によって,新生児が重症水痘を発症した場合の致命率は,30%にものぼる。 ●検査 ①水疱内容物のVZV特異的抗体を用いた染色法やイムノクロマト法(迅速診断キットあり)によるVZV抗原の検出,②水疱内容物や血液単核球中のウイルスDNAの検出(PCR法),③培養細胞を用いたウイルス分離,などの方法が用いられている。 ●治療・予防 アシクロビル,バラシクロビル,ファムシクロビル,ビダラビン,アメナメビル(帯状疱疹に限定)が治療に用いられる。弱毒生ワクチンが定期接種されており,患者との接触後72時間以内の接種でも発症予防効果がある。免疫不全者の発症予防には免疫グロブリンが用いられる。50歳以上の帯状疱疹の予防に,弱毒生ワクチンもしくはgpEサブユニットワクチンが任意接種される。NOTE❶ラムゼイハントRamsay Hunt症候群:顔面神経管という頭蓋骨でできた管の内部にある膝神経節に潜伏していたウイルスが活性化することにより発症すると考えられている。顔面神経麻痺が永続する可能性が高いため,早急な治療が必要となる。図12-4 水痘と帯状疱疹a.水痘b.帯状疱疹(写真提供:緒方克己博士)12章 系看_微生物学 第14版.indd 2652021/07/20 12:39318付章 寄生虫と衛生動物 ある生物が別の生物に取りつき,そこから栄養をとるなど,持続して一方的になんらかの利益を得る状態を寄生parasitismという。利益を得る側の生物を寄生体,与える側の生物を宿主hostという。寄生体には細菌や真菌も含めてさまざまな生物が存在するが,このうち動物としての特徴をもつ寄生体を寄生虫❶という。寄生虫には,宿主の体内に寄生する内部寄生虫en-doparasiteと,ダニ・ノミ・シラミなどのように宿主の体表に寄生する外部寄生虫ectoparasiteがある。一般に「寄生虫」というと内部寄生虫をさすことが多いので,本書では内部寄生虫を単に「寄生虫」と記載している。寄生虫は以下に述べるように,単細胞の原虫protozoaと多細胞の蠕虫helminthsとに大きく分けられる。 なお,蠕虫の成虫はふつう肉眼で見えるサイズなので「微生物」には含まれないが,本書では蠕虫も原虫とともに学習する。また,外部寄生虫のうち重要なものについては,本章最後の「D. 衛生動物」で学習する。 A 寄生虫学総論1寄生虫の分類1原虫Protozoa 真菌を除く単細胞真核生物を原生生物といい,このうち動物としての特徴をもつものを原虫(原生動物)という。大きさは5~50 μ mであり,肉眼では見えない。2蠕虫Helminth 蠕虫とは,多細胞の真核生物のうち,くねくねとした運動(蠕動)を行うひも状の小動物の総称である。この名称自体は分類学的に特定のグループをさすものではない。一般的に「寄生虫」という言葉でイメージされるのは,この蠕虫類である。2寄生虫の生殖,成長・発育と生活環 生物が自己と同じ種類の新しい個体を生ずることを生殖という。寄生虫の生殖方法には,雌雄の生殖細胞が合体して次世代をつくる有性生殖と,一個体が2つ以上の個体に分裂して次世代をつくる無性生殖とがある。 新たに誕生した寄生虫の個体が成長,発育して,生殖により次の世代を生ずるようになるまでの生活を生活環(または生活史)という。寄生虫には,生活環の中で形態を変化させるものが多い。原虫の一部には,運動能・増殖能をもつ活動性の栄養型と,運動能・増殖能をもたないが厳しい環境に耐えるNOTE❶虫 この場合の「虫」は昆虫だけではなく,獣・鳥・魚・貝以外の小動物全般をさす言葉である。付章 系看_微生物学 第14版.indd 3182021/07/20 12:40本書ではまず「いきもの」としての微生物について学びます。さらに、微生物と人のかかわりについて学んでいきます。333C.蠕虫3その他の吸虫類1腸管に寄生する吸虫 横川吸虫Metagonimus yokogawaiは人間ドックで最も多く虫卵が検出される寄生虫でもある。アユ・シラウオの生食により感染し,腹痛・下痢などの症状がみられることがあるが,軽微である。2肝臓の胆道系に寄生する吸虫 肝吸虫Clonorchis sinensisはコイ科の淡水魚(コイ・フナ)の生食で感染する。多数の固体が寄生すると,肝臓で慢性の炎症をきたし肝硬変へといたることがある。 肝蛭Fasciola hepatica(または巨大肝蛭F. gigantica)は成虫が数cmにもなる大きな吸虫で,水生植物(ミョウガ・セリ・クレソン)やウシの腸管・肝臓の生食で感染する。本来の終宿主はウシ・ヒツジ・シカである。幼虫が肝臓を貪食しながら胆道系まで移動するので,激しい症状が出る。3条虫類1日本海裂頭条虫Dibothriocephalus nihonkaiensis 成虫が腸管に寄生する裂頭条虫目の条虫である。魚類を生食する習慣のあるわが国では,アニサキスや横川吸虫とともに多くみられる寄生虫である。 ●感染経路・生活環 プレロセルコイドが寄生している第2中間宿主のサクラマス・カラフトマス・シロサケなどの刺身,寿司などを食べることによって感染する。頭節が小腸上部の絨毛に固着して成長し,成虫は10 m程度にまで達することがある(図付-8)。 ●症状 虫体の大きさの割に症状は軽く,腹部不快感,下痢,食欲不振を自覚する程度である。排便時,虫体の一部が排泄されてはじめて気づくことも多い。 ●診断・検査 排出された虫体の一部,もしくは糞便中の虫卵を検鏡により診断する。 ●治療・予防 治療はプラジカンテルを内服して2時間後に塩類下剤を投与し,一気に排便させ虫体全体を排出させる。虫体がちぎれて頭節が残っていると再生するので,必ず頭節の排出を確認する。図付-8 日本海裂頭条虫(全長約4 m)(写真提供:清水少一博士)付章 系看_微生物学 第14版.indd 3332021/07/20 12:40今回から付章として寄生虫学を掲載します。85専門基礎分野

元のページ  ../index.html#87

このブックを見る