サンプルページ疾病のなりたちと回復の促進 ❶ 病理学28第2章 細胞・組織の損傷と修復,炎症3 一次治癒と二次治癒 創傷治癒は,その治癒のしかたによって一次治癒と二次治癒の大きく2つに分けられる(▲図2-9)。 一次治癒▲ 手術の切開創のように,組織の欠損が少なく,感染などが生じない場合には,組織の修復はすみやかに経過し,大きな瘢痕を残すことなく治癒する。外科縫ほう合ごうの際などにみられるこのような治癒形式を,一次治癒という。 二次治癒▲ これに対して,組織の欠損が大きい場合や,感染などによって大量の壊死組織が生じた場合には,すぐに縫合することができず,そのまま開放した創として観察されることがある。壊死組織や欠損部に蓄積した滲出物を処理するため,▼図2-9 創傷治癒切開創好中球線維芽細胞毛細血管皮下組織細胞分裂新しい血管マクロファージ大きな組織欠損肉芽組織瘢痕 a.一次治癒 b.二次治癒29C.炎症の分類と治療大量の炎症細胞が動員され,さらに豊富な毛細血管がつくられて肉芽組織が形成される。肉芽組織は経過とともに瘢痕組織に変化し,欠損部周囲の組織が収縮することによって創面は徐々に小さくなっていく。これにより組織の修復は遅延し,あとに瘢痕を残して治癒する。このような修復過程を経た治癒形式を二次治癒という。4 創傷治癒に影響する因子 創傷治癒の過程は,年齢や,全身あるいは局所のさまざまな要因によって影響を受ける。たとえば,個体の栄養状態がわるいと創傷治癒は遅れ,また動脈の狭きょう窄さくなどにより局所への血液の供給がわるい場合や,局所に感染を伴った場合にも,創傷治癒は遅延する。さらに,創傷部に異物が混入した場合には,それが感染の原因になりうるばかりでなく,周囲の組織を刺激して炎症を持続させ,創傷治癒を遅延させる原因ともなる。 ケロイド▲ 個体によってはケロイド体質といわれる素因がある。この場合には,組織修復の過程において膠原線維が過剰に蓄積し,治癒後にケロイドkeloidとよばれる瘢痕の盛り上がりを残す。C炎症の分類と治療1急性炎症と慢性炎症 炎症は,その経過によって,急性炎症と慢性炎症の2つに分類される。また,その組織像の特徴によっていくつかの型に分類される(▲表2-1)。 急性炎症▲ 経過がすみやかで早期に終息する炎症を急性炎症という。細胞や組織の損傷と,これによって引きおこされる血管拡張や血管壁透過性の亢進,白血球遊走を特徴とする。多くの場合,好中球の浸潤を主体とする化膿性炎となる。 慢性炎症▲ 組織損傷が長期にわたる場合や,原因となる因子がなかなか処理されない場▼表2-1 炎症の分類炎症の型特徴おもな疾患滲出性炎血液成分の滲出 漿液性炎 血清成分(漿液)の滲出水疱,アレルギー性鼻炎 線維素性炎 フィブリンの滲出線維素性心膜炎,ジフテリア 化膿性炎 好中球の浸潤蜂巣炎性虫垂炎,蓄膿症 出血性炎 出血インフルエンザ肺炎 壊疽性炎 壊疽ガス壊疽,壊疽性虫垂炎増殖性炎細胞増殖肝硬変症,肺線維症特異性炎肉芽腫の形成結核,第3期梅毒,ハンセン病146第9章 腫瘍 ウィルヒョウ転移▲ 消化器がんなどが左鎖骨の上のくぼみにあるリンパ節(左鎖骨上窩かリンパ節)に転移する場合があり,ウィルヒョウ転移とよばれる。胃がんが代表である。左鎖骨上窩リンパ節は,リンパ液が大静脈に合流する静脈角の近くのリンパ節であり,そこに転移があることは,がんがかなり進行していることを示す。2 血行性転移 血行性転移は,がん細胞が静脈内に侵入し,血流に乗って離れた部位へ移動して増殖し,転移巣をつくることをいう。血行性転移が生じると腫瘍の広がりは全身的と考えられ,しばしば手術的治療が困難になり,化学療法が必要になる。肉腫では,一般的にリンパ行性転移より血行性転移の頻度のほうが高い。 血行性転移の過程▲ 血行性転移が形成されるには次のような過程が考えられる。⑴がん細胞が基底膜・間質の細胞外基質を分解し,血管壁を破壊して血管中に侵入する(▲図9-5-a-❶)。⑵がん細胞が血液中に遊離し,遠くの臓器まで流れる(▲図9-5-a-❷)。⑶がん細胞が遠くの臓器の血管壁に付着(着床,定着とよぶ)して,腫瘍塞そく栓せんを形成する(▲図9-5-a-❸)。⑷再び血管壁を破壊して周囲の組織内に浸潤する(▲図9-5-a-❹)。⑸転移先臓器の組織で増殖する(▲図9-5-a-❺)。 このような多段階にわたる血行性転移という現象を完成させるために,がん細胞は血管壁や組織を破壊するためのタンパク質分解酵素(コラゲナーゼ,マトリックスメタロプロテアーゼなど)をつくり,運動性を亢進させ,遠くの血管壁に付着するための物質をつくり,免疫反応を免れ,過酷な環境においても育っていく旺おう盛せいな増殖能力を有している。 転移先の臓器▲ 血行性転移する先の臓器として,解剖学的な位置関係により頻度が高いものに肺と肝臓がある。胃がん・結腸がん・膵がんなどでは,静脈血が門脈に流れ,▼図9-5 がんの浸潤と血行性転移転移結節胃がんからの肝多発性血行性転移。多発の転移結節がみられる。基底膜結合組織リンパ管毛細血管腫瘍細胞腫瘍塞栓新生血管による栄養正常な上皮細胞❶ 基底膜を突破する❺ 再び増殖❷ 毛細血管内へ侵入し,運ばれる❸ 転移先の血管壁に付着❹ 血管壁を破り組織に浸潤原発巣転移先臓器胃がん・結腸がん・膵がんなどでは,門脈を通って肝臓へ転移する。直腸がんは,門脈を通るルート以外に大静脈を流れて,肺に転移巣をつくる場合もある。直腸静脈叢直腸静脈叢下腸間膜静脈肝静脈門脈胃冠状静脈脾静脈胃肝臓肝臓脾臓脾臓右肺右肺左肺左肺膵臓膵臓下行結腸下行結腸上行結腸上行結腸小腸小腸下大静脈下大静脈中・下直腸静脈肺転移巣肝転移巣直腸がん結腸がん膵がん胃がん肺転移巣基礎的な用語を丁寧に解説しています。147B.悪性腫瘍の広がりと影響肝臓に運ばれ,そこで転移巣を形成しやすい(▲図9-6)。 一方,直腸がんなどのように静脈血が門脈を介さず大静脈に直接流れるものもある。大腸がんのがん細胞は肝臓をすり抜けて下大静脈に運ばれるため,肺に転移巣をつくりやすい。 そのほか,がんによっては好んで転移する場所がある。前立腺がんは椎骨などの骨に転移をおこしやすい。機序はまだ不明な点が多いが,がん細胞と転移先臓器の血管内皮細胞がもつ,それぞれの接着物質と受容体の組み合わせが関与している可能性がある。3 播種 がんの浸潤が腹膜・胸膜など体腔の表面に達すると,がん細胞が体腔内にまるで“種を播まいたように”こぼれ落ちて広がり,漿しょう膜まく表面に多数の転移巣を形成する。これを播は種しゅ(播種性転移)とよぶ。播種の程度がひどくなると胸水や腹水がたまるようになり,これらはがん性胸膜炎,がん性腹膜炎などとよばれる。▼図9-6 血行性転移の経路転移結節胃がんからの肝多発性血行性転移。多発の転移結節がみられる。基底膜結合組織リンパ管毛細血管腫瘍細胞腫瘍塞栓新生血管による栄養正常な上皮細胞❶ 基底膜を突破する❺ 再び増殖❷ 毛細血管内へ侵入し,運ばれる❸ 転移先の血管壁に付着❹ 血管壁を破り組織に浸潤原発巣転移先臓器胃がん・結腸がん・膵がんなどでは,門脈を通って肝臓へ転移する。直腸がんは,門脈を通るルート以外に大静脈を流れて,肺に転移巣をつくる場合もある。直腸静脈叢直腸静脈叢下腸間膜静脈肝静脈門脈胃冠状静脈脾静脈胃肝臓肝臓脾臓脾臓右肺右肺左肺左肺膵臓膵臓下行結腸下行結腸上行結腸上行結腸小腸小腸下大静脈下大静脈中・下直腸静脈肺転移巣肝転移巣直腸がん結腸がん膵がん胃がん肺転移巣疾患のなりたちを写真とイラストで解説しています。216第13章 呼吸器系の疾患▼図13-3 肺結核症b.チールネールゼン染色結核菌などの抗酸菌は,赤く染色される。c.結核結節壊死巣は肉眼的にチーズ(乾酪)に似る。d.粟粒結核症白い小さな結節が多数みられる。黒いスポットは,気管支を中心に炭粉が沈着したもの(炭粉沈着)。結核菌へ曝露初期変化群肝臓腎臓脾臓肺門リンパ節病変初感染巣a.結核症の進展病勢の進展沈静化陳旧性肺結核一次結核症粟粒結核症大量の血行性播種二次結核症再燃243C.腸・腹膜の疾患変を形成する潰瘍性大腸炎(▲244ページ,図14-7)とは異なる。環境因子や遺伝的因子などが発症に寄与すると考えられるが,病因の詳細はいまだ不明である。 臨床像▲ 腹痛と下痢,発熱,体重減少が主症状となる。炎症反応の亢進や貧血,低栄養(低アルブミン血症,低コレステロール血症)を伴うことも多い。皮膚や骨・関節,心・血管系,肺などに多様な合併疾患を伴う。 病理▲ 典型例では,縦じゅう走そう潰瘍や敷しき石いし像とよばれる像がみられる(▲図14-6)。縦走潰瘍とは消化管の走行に沿い,線状に広がる潰瘍のことである。敷石像は浮腫や炎症,ひきつれなどにより,粘膜面に密在する隆起が形成された状態をいう。このほか,局所的な腸の狭きょう窄さくや,腸管どうしあるいは腹壁などとの癒着がみられることも多く,癒着した臓器と交通して,瘻ろう孔こうを生じることもある。また,口腔内の浅い潰瘍(アフタとよばれる)や,肛門周囲の膿のう瘍ようや痔じ瘻ろうなどの形成もしばしばみられる。 組織学的には,炎症細胞浸潤が消化管の壁全層にみられるのが特徴的である。リンパ球や形質細胞の浸潤が主体となる。また,小さな肉芽腫(類上皮細胞とよばれる組織球の集まり)を形成するのも特徴である。潰瘍部に裂け目を生じることがあり,裂溝とよばれる。腹膜炎や癒着した臓器への炎症の波及がみられることもある。 治療▲ 再燃と寛かん解かいを繰り返すため,長期的な栄養療法と薬物療法が必要である。狭窄症状が強い場合などは,必要に応じて手術も選択される。2 潰瘍性大腸炎 ulcerative colitis 潰瘍性大腸炎は,おもに大腸,とくに直腸の粘膜と粘膜下層をおかす,特発▼図14-6 クローン病縦走潰瘍(腸管の長軸に沿った線状の潰瘍)粘膜層縦走潰瘍敷石像炎症細胞は全体にみられる病変は不連続に分布粘膜下層固有筋層漿膜下層漿膜裂溝豊富な肉眼所見79専門基礎分野
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