系統看護学講座
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サンプルページ精神看護学 ❷ 精神看護の展開 問題を抽出するかたちなので,日常生活行動などに関する項目に,「Ⅰ:1人でできる」「Ⅱ:言葉による励まし,指示などが必要」「Ⅲ:一部介助が必要」「Ⅳ:全面的な介助が必要」などとレベルの評価をつければ,セルフケアのアセスメントにもなる。●学生のためのアセスメント用紙 学生が実習する際には,短期間で上記のアセスメント項目をすべて網羅するのはむずかしい。そこで,大項目を「生活行動」「人との付き合い」「治療的活動への参加」「身体と生命にかかわる問題」「精神科的症状・問題による日常生活への影響」「経済的・社会的環境」の6項目に組みかえた,実習用の簡便なアセスメント用紙を表11―4に示した。D節の「精神科アセスメント」の例にあげた柏木さん(▶表11―2,237ページ)について,生活状況アセスメントの例を展開したものである。 表11―4は患者の全体像をつかむための枠組みでもある。実習期間を通して,患者とかかわりながら少しずつ埋めていくとよい。なお,精神科アセスメント用紙は学生も同じ表11―2の形式を使用している。 この生活状況のアセスメントにおいても,表11―2と同様,患者が特定されないよう個人情報の記載には細心の配慮が必要である。 2 患者の参加とケアプランのたて方 1 患者と一緒に回復プランを考える 看護師が患者のケアプランを考える際は,最初の段階から患者と話し合いながら行う。なぜなら,医師や看護師が問題と考えていても,患者自身が困っていないこともよくあるからである。また,どのような行動や考え方であっても,本人がかえようと思わなければかえられるものではない。逆にいえば,患者はなにに困っているのか,どうしたいと思っているのかを患者と看護師とがともに考える作業そのものが回復への支援となる。ケアプランというより回復プランをたてるのである。 2 目標をたてる アセスメント事例の柏木さん(▶表11―2,237ページ)を例に,目標のたて方について考えてみる。 看護師は,長期的看護目標として「自分なりの生活再建を目ざし,退院してグループホームまたは福祉ホームに移る」ことを考えた。しかし,柏木さんは長期入院しており,グループホームへの退院も納得していない状況である。このような柏木さんとどのように目標を共有し,今後の計画をたてたらよいだろ患者とかかわりながら埋めていく最初の段階から患者と話し合う目標をともに見いだすところからケアがはじまる244第11章 入院治療の意味245D.ケアの方向性を考えるアセスメント項目具体的な状況(具体的な対処法も含む)#1 生活行動A.保清・整容 入浴があまり好きではなく,とくに洗髪がめんどうな様子で,促す必要がある。どこに衣類をしまったか忘れてしまう。ときどき,整理を手伝う必要がある。B.買い物,金銭管理 金銭は自己管理をしており,ほぼ毎日,お菓子やジュースを買っている。ときどき足りなくなり,同室者から借りている(禁止されているのはわかっている)。C.  喫煙(タバコと火の管理含む) 以前は毎日,6本程度吸っていた。いまは,禁煙を試みているが,ときどき1本だけと言ってナースステーションに預けているタバコをもらいにくる。火のしまつには問題はない。D.趣味,関心ごと 編み物などの手芸が趣味である。若いころは山登りをよくしていたという。いまは足がわるく,歩くのをおっくうがる。E.飲酒・その他の習慣 とくに問題なし。#2 人との付き合いA.  ほかの患者との交流(病棟での役割を含む) 隣のベッドの患者とよく話をしている。しかし,気になることがあると何度も話しかけるので,うるさがられるときもある。めんどうみもよい。棟外OT(作業療法)では仲がよい他病棟の患者が1人いる。B.  スタッフとの関係(受け持ち看護師・主治医などとの関係) 入浴やかたづけなどを強く促されるとおこる。自分の編んだ靴下などを受け持ち看護師にあげようとする。主治医には信頼をおいているようである。C.  家族との関係(面会・外泊状況を含む) 姉はいるが,ほとんど面会はない。外泊もしていない。D.院外の友人・知人との交流 退院した友人(女性)が訪ねてくることがある。E.  学生との関係(これまでのところ) 自分から学生に笑顔で話しかけてくる。学生が来るのが楽しみだという。頼みごとをしてくることが多い。F.  対人関係の特徴(コミュニケーション上の障害も含む) 昔は友だちが多かったと話す。自分に不利なことやいやなことを言われると,おこってトラブルになることがある。#3 治療的活動への参加A.  病棟内プログラム(行事・レクリエーション・ミーティングなどを含む) 病棟で行われるカラオケやミーティングには必ず出席している。カラオケでは,自分では歌わないが,準備やあとかたづけを手伝っている。ミーティングではみずから意見を言うことはないが,聞くと答える。 編み物のOTに週1回出席し,行くのを楽しみにしている。それ以外のプログラムは,いまのところ参加したがらない。B.  棟外でのプログラム(OT・SST・スポーツなど) 年に一度の文化祭をとても楽しみにしているが,出品する作品がうまくできるかどうか不安だという。C.その他(面接など)#4 身体と生命にかかわる問題A.摂取(食事と飲水) 甘い物が好きで,毎日お菓子やジュースなどを摂取し,その量も多い。身長150 cm,63 kgで,やや肥満。「太っている」と自覚はあるものの,間食制限はできない。B.排泄 尿もれがあり,下着を汚染してしまうことがたびたびある。便秘のときは緩下剤を希望し,頓用で内服している。▶表11―4 現在の生活状況アセスメント(学生用)の記入例(柏木さんの場合)患者 Aさん(男・女)60代  実習期間:2019/10/06~10/24  病棟6   学生氏名 医学花子患者の個別性や背景、状態への洞察力が高まり、より深くアセスメントできる力が身につく。 2 立ち方と座る位置●正面に座る 患者と座って話す場合には,話す内容や関係のあり方によって,座る位置にも気をつけよう。 テーブルをはさんで正面に向かい合うと,「対決ムード」や「指導ムード」になりやすい1)(▶図8―3―a)。いかにも公式な話し合いという感じで,重要なことをきちんと話しておきたい,こちらの立場をはっきりさせたいというときには向いているが,自由に会話するには少々気づまりである。●横並びに座る ベンチやソファに並んで座ったり,テーブルの同じ向きにつくような場合である。相手の表情を直接見ることも少なく,肩を寄せ合うような親密さがあり,「一緒にいる」感じが強くなる2)(▶図8―3―b)。プライベートな会話にはいいが,公式な会話には向かない。ただ,さりげなく近づくにはよい方法である。 また,散歩のように横に並んで歩くのも,緊張をやわらげてくれる。重要な話をするとき「一緒にいる」という感じ19C.ケアの方法▶図8―3 座る位置の工夫c.90度の角度で座るb.横に並んで座るa.正面に座る1)中井久夫・山口直彦:前掲書.p.57.2)中井久夫・山口直彦:前掲書.p.57.あるようである。このズレに気づけることが,重要なのである。 ところが川岸さんは,永田さんをおこらせてしまったことへのとまどいや自責感,関係悪化へのおそれといった自分のネガティブな感情にとらわれてしまい,相手の言動に疑問や関心をいだく余裕を失っている。 また,このとき,川岸さんに永田さんに対するいらだちや怒りがあってもおかしくないのだが,ここでは表現されていない。●怒りをぶつけられていやになる この翌日(▶表8―4),シーツ交換の場面で,永田さんは川岸さんに理不尽な怒りをぶつけている。 川岸さんはその永田さんの態度に驚き,疑問や嫌悪感をおぼえながらもそれはいっさい表に出さず,一緒にシーツ交換をしようと躍やっ起きになっている。表あるはずなのに,ないものはなにか自分の感情を押し殺す35D.関係をアセスメントする▶表8―4 プロセスレコード(受け持ち4日目)状況説明:シーツ交換をするとき。取り上げた理由:はじめは学生にやれと命令していたが,あとで一緒にやることができたので印象に残ったから。患者の言動/様子そのときの学生の気持ち学生の言ったこと/行ったことやりとりの意味①シーツ交換をすることになっていたが,ベッドサイドに座り込んでいた。②「永田さん,こんにちは。シーツ交換する日ですよね」③「そうよ,シーツやるのよ。やってちょうだい。私,疲れちゃったのよ。ほら,そっちよ」と,とても不きげんで強い命令口調で言った。④えっ,いきなり命令だ。なんでこんなにおこっているのか。私1人にやれと言っているようだ。⑤「そうですか。じゃあ,一緒にやりましょうよ」③・④いきなり命令口調で驚いた。いまは不きげんなときなのだと思った。⑥「やってちょうだいよ。ほら,それ(ベッド柵)外すのよ」⑦これで私が1人でやっても……。一緒にやれればいいのに。なにを言えば状況がかわるのだろうか。⑧「私も手伝いますけど,私,これやったことないんですよ。一緒にやって教えてくれませんか」⑦・⑧永田さんは自分でできる人なのだから,一緒にできないかと思い,言い方をかえてみた。⑨「……」。無言のまま,不きげんそうに動きはじめ,シーツ交換をやりだす。⑩おっ,やりはじめた。絶対やってくれないわけじゃないのか。⑪2人でシーツ交換をやる。「あー,終わりましたね。2人でやると早いんですね」⑪2人で一緒にやったことを共有したいと思った。⑫「そうねぇー,はぁ,疲れちゃったわ。これでいいのよ」⑬疲れているようだ。いまは離れて,またあとで来よう。⑭「少し,疲れましたね。じゃあ,またあとで来ますね」全体のプロセスからわかったこと/わからなかったこと 永田さんは,シーツ交換を1人でやらされることがいやだったようだ。この場面は本当にきげんがわるく,口調もおだやかなときとは別人のようだった。きげんがわるくなることはもう知っていたから,前ほど動揺することはなかったが,これほど不きげんになる“意味”というものがよくわからない。 あのような命令口調で言われたら私もいやな気分になるし,いまそう感じたことを伝えてみたらと言われたけれど,あのような状況で「いま私はこう感じた」というようなことを言うのはむずかしいと思ってしまう。取りつく島がないという印象だ。その数十分後に行ったときは,とてもきげんがよかった。これは永田さんの性格なのか。私はどのように接していけばいいのか,と思った。 第1章でみたように,精神科治療の目標は「治癒」から「回復」へと移ってきている(▶1巻,8ページ)。 本章では,回復とはどういうことか,回復を支援するために看護師にできることはなにかを考えていく。ここに示される看護の課題は,病院に限らず,あらゆる場に共通するものである。なお,便宜上「患者」という言葉を用いるが,当事者,利用者(ユーザー)などにもおきかえて読んでもらいたい。 A 回復の意味 1 回復とはどういうことか 1 治癒と回復 2004年,イギリス保健省は,「精神保健に携わるすべての職種の人々が共通してもつべき10の能力」を公表した1)。①パートナーシップに基づき働く。②多様性を尊重する。③倫理的に実践する。④不平等に挑戦する。⑤回復を促進する。⑥人々のニーズと力(ストレングス)を明らかにする。⑦サービス利用者中心のケアを提供する。⑧はっきりとした効果を示す。⑨安全を促進し,積極的にリスクに挑戦する。⑩個人的成長と学習 ここには,「治療」という言葉はない。あるのは,「回復」という言葉である。 では,回復とはなにを意味するのだろうか。 治療の場合,その目標は,症状が消えて検査上も異常値がなくなること,す精神保健従事者がもつべき10の能力治癒と回復の意味の違い70第9章 回復を支援する本章で学ぶこと■患者にとっての回復・リカバリーとはなにか,その意味を理解する。■精神障害をもつ人々の回復を促し支援するさまざまなアプローチを学ぶ。■看護師にとってのリカバリーの意味を理解する。■リカバリーを促す環境としてのグループの方法を知る。1)Hope, R.: The Ten Essential Shared Capabilities: A Framework for the Whole of the Men-tal Health Workforce. Department of Health, 2004.なわち疾患の「治癒」である。一方,患者や家族が望むのは,「もとの生活を取り戻すこと」だろう。 しかし,疾患が治癒しても,後遺症が残れば,もとの生活が取り戻せるとは限らない。また,糖尿病などの慢性疾患の場合,完全な治癒はむずかしく,それ以上の悪化を防ぐために服薬や食事療法などを続けなければならず,もとの生活には戻れない。 だが,障害が残っても,薬を飲みながらでも,自分なりに充実した生活が送れるようであれば回復したとはいえるだろう。治癒やもとの生活に戻ることはむずかしくても,回復を果たすことはできるのである。 精神障害の場合も同様であり,症状はなかなか消えないかもしれないし,服薬を続けなければならないかもしれないが,回復はできる。回復のかたちは1人ひとり異なるのである。 その1例として,朝日新聞の投稿欄に掲載された「生きてていいんだ」という文章を紹介しよう1)。投稿者は当時45歳の清掃業の男性である。 私が精神の病気になったのは,16歳の時です。 病院に入院し,対人関係に苦しみ,社会から取り残されたような気がしました。 やっと退院しても,自分ほど不幸な人はいないと本気で思いました。 でも最近になって,世界中の人がなにかしら苦しみや悲しみを抱えていると悟り,自分が恥ずかしくなりました。 幸せな人と不幸な人は別の人だと思っていたのが,実は同じ人のなかに幸せと不幸が一緒に重なってあるのだと,気付きました。 まわりの世界のことを知らなかったのが,病院や施設でいろんな人がいることを知るなかで,だんだんそれがわかるようになりました。 そして,自分はここにいていいんだ,生きていていいんだと気付いた時,重い荷物のようなものをやっとおろせました。 自分が不幸と思うのは「今」だから。 10年後には忘れているかもしれない。 幸せな人をうらやむのはその人の影の部分を知らないから。 私は30年近くかけて,長い長い闇から少しだけ抜け出せたような気がしています。 この投稿者は30年近くかけてここまで回復したのである。 2 統合失調症からの回復 精神疾患の予後については,治癒ではなく寛解という言葉が使われる。これは白血病・バセドウ病・がんなどの再発・再燃を繰り返す身体疾患の場合にも用いられる言葉で,症状がほとんど消えてはいるが,いつ再発するかわからな回復のかたちは1人ひとり異なる統合失調症は回復する71A.回復の意味1)生きてていいんだ(男のひといき).朝日新聞デジタル版,2016年10月16日.豊富な事例から多様な患者の姿、臨床の実際を学べるため、リアルな精神看護実践の学習に最適。65専門分野

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