系統看護学講座
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サンプルページ母性看護学 ❶ 母性看護学概論39F.母性看護のあり方持・増進し,母性に関する健康障害の予防と回復に寄与するために,対象者のもてる力が引き出せるように促し,女性および家族の生活を整える援助過程であると定義できる(▶図1-13)。 2 母性看護のあり方の本質と特質 母性看護のあり方は本質的に,①対象者の生命・人権を尊重・擁護すること,②健康の保持・増進と疾病予防と健康回復を目標とすること,③セルフケアと生活への援助過程であること,という看護の機能において,ほかの看護専門領域とかわりはない。 その一方,母性看護はほかの看護専門領域と異なる以下の特質をもつ。(1) 文化・社会的に人権を尊重されにくい社会的弱者である女性や子どもを対象とし,複数の対象に同時に看護をする必要があること(2) 女性の生涯を通じた,リプロダクティブヘルスの維持・増進,親役割への適応障害の予防などを目的としたセルフケアへの支援,ヘルスプロモーション活動への支援(3) 母子関係・親子関係・家族関係など,家族全体への看護に重点がおかれていること 3 母性看護実践の中核となる理念 母性看護実践の中核となる理念は,次世代の健全育成のために,看護の受け手である女性・子ども・家族の生命・人権を尊重し,擁護する立場を維持し,その女性・子ども・家族なりの健康生活へと援助することである(▶図1-14)。・性に関する健康への援助・母性の発達を促す援助成人母性・父性小児新生児母性看護思春期周産期医療妊婦胎児家族更年期・老年期思春期(母性準備期)女性の健康に関する支援・健康増進への援助・次世代の母性への 支援に関する援助更年期・老年期女性の健康に関する支援・安全,快適な妊娠・ 分娩への援助・家族関係の再構築 への援助周産期の母子の健康と家族発達に関する支援・育児不安への援助・子どもの健やかな成長 発達を促す環境づくり への援助子育てに関する支援・性と生殖に関する健康への援助・働く女性の健康への援助成熟期女性の健康に関する支援生殖医療▶図1-13 母性看護の対象と実践内容71A.母性看護の歴史的変遷と現状まで上昇し,いったん低下したのちに,1997(平成9)年から再び上昇傾向を示し,2003(平成15)年から再び低下している。 母親の年齢別にみると,自然死産,人工死産ともに20歳未満と40歳以上で高率となっている(▶図2-9)。 周産期死亡とは,妊娠満22週以後の死産と生後1週未満の早期新生児死亡▶周産期死亡自然死産死産人工死産19502019201020052000199519901985198019751970196519601955(「人口動態統計」より作成)死産率22.0(2019年)11.8(2019年)10.2(2019年)120100806040200▶図2-8 自然・人工別死産率の年次推移(出産1,000対)死産数死産率(出産千対)5,0004,0003,0002,0001,000020015010050015~1920~2425~2930~3435~3940~4445~49(歳)自然死産数   人工死産数自然死産率   人工死産率(「人口動態統計」より作成)▶図2-9 年齢階級別にみた死産数と死産率(2019年)115 A.女性のライフサイクルにおける形態・機能の変化とからもわかる(▶図3-9-③)。 LHサージ後,十数時間がたつと,成熟した一次卵母細胞は,第一減数分裂を完了して二次卵母細胞と一次極体に分裂する(▶図3-9-④)。卵子が一次極体を放出したと表現されるが,染色体の半減という意味ではそれぞれが同量をもっており,一次極体にも卵子と同じだけ染色体が存在する。二次卵母細胞は第二減数分裂を開始するが,いったん休止期に入る。この時点で卵胞径はおよそ2cmに達し,卵胞壁が破綻して二次卵母細胞は排卵される。 このようにFSHの作用で卵胞が発育し,卵胞と卵子が十分に発育するとエストロゲンの分泌が亢進し,それを中枢が関知してフィードバック機構により卵子を成熟させ排卵をおこすLHが分泌される。これが,発育・成熟させ卵子がタイミングよく排卵されるしくみである。●精子の産生と射精  精子は,精巣の中の精細管で産生される。卵子が胎児期に発生し,長い減数▶精子発生①②③④⑤排卵LH⑥受精精子放線冠透明帯透明帯核顆粒膜細胞二次卵母細胞一次卵母細胞第一減数分裂再開卵胞内卵子卵胞腔⑦⑧⑨⑩受精卵(前核期)8細胞期胚2細胞期胚胚盤胞胞胚腔雄性前核雌性前核一次および二次極体一次極体一次極体栄養膜内細胞塊第一減数分裂が完了して一次極体がみとめられる。その後,排卵される。第二減数分裂開始LHの分泌の高まり(LHサージ)により第一減数分裂再開。エストロゲンの分泌がピークになる。発育卵胞の中で発育する。下垂体前葉▶図3-9 卵子の発育・成熟と受精162第4章 母性看護に必要な看護技術 2 看護目標のたて方 看護目標とは,看護介入によって期待される結果である。その看護上の問題がいつ解決すると考えられるか,対象者はどのような状況に変化していることが期待されるのかを考え,期待される結果を記述する。これは単に予測された病気や障害が生じないということではなく,対象者の肯定的な反応を促すことや,そのもてる力が発揮されること,よりよい健康状態へと変化すること,親役割への円滑な移行などが含まれる。さらに,時期を予測することが可能であれば,いつ,どのような結果になるのかを明確にする。 看護目標は,具体的な達成目標になるほど,行った看護を評価する視点とな帝王切開後の創部痛出血多量麻酔の副作用高血圧強い創部痛など動きに制限がある吸綴刺激が少なく,オキシトシン分泌が減少する静脈血栓症のリスク腸閉塞のリスク回復の遅れ回復の遅れ出血多量,重症貧血など母乳分泌不良のリスク睡眠・休養の不足疲労の蓄積活動不足子宮収縮の遅延リスク関係健康問題おこりうるリスク状態二次的な関係健康問題に伴う問題頻回の授乳ができない日常動作・授乳に時間がかかる早期離床の不能・困難帝王切開後の健康問題が原因で早期離床ができず,静脈血栓症,腸閉塞,子宮収縮の遅延のリスクが高い。帝王切開後の創部痛により動きに制限があり,日常動作・授乳にも時間がかかり,休養が十分にとれないため,分娩による疲労が回復しない。帝王切開後のため1回の授乳に時間がかかりすぎて睡眠・休養がとれず,重症貧血があるため身体回復が遅れ疲労が蓄積しており,頻回授乳もできていないので,母乳分泌不良のリスクがある。♯1♯2♯3 身体的な看護上の問題(①生命の危険性と緊急性・リスクの高さ,②基本的ニードの充足から優先)▶図4-3 帝王切開後の褥婦がもつ身体的な看護上の問題の関係217C.性成熟期の健康と看護●死亡  2018年のわが国の女性の年齢階級別死亡率(人口10万対)は,20~24歳20.7,25歳~29歳24.2,30~34歳32.0,35~39歳45.0,40~44歳70.5,45~49歳111.8であり,年齢の上昇に伴って死亡率は高くなる。 年齢階級別(5歳階級)に死因順位をみると,20~24歳,25~29歳,30~34歳では自殺が1位であり,ついで20~24歳では不慮の事故,悪性新生物(腫瘍)の順となっている。また,25~29歳,30~34歳では,悪性新生物(腫瘍),不慮の事故の順である。35~39歳,40~44歳,45~49歳では,悪性新生物(腫瘍)が死因順位の1位となっており,ついで自殺,脳血管疾患の順になっている。 これらのことから,性成熟期の女性の健康を検討する際には,自殺と悪性新生物(がん)への対応が重要である。 わが国の女性は長寿であるが,死因の第1位は悪性新生物である。女性のおよそ2人に1人が一生のうちに一度はがんと診断され,およそ7人に1人ががんで死亡している1)。 2016年の年齢階級別の男女のがん罹患率・死亡率をみると,25歳以上54歳以下は,女性のがん罹患率も死亡率も男性を上まわっており,性成熟期から更年期にかけて,女性はがんの罹患に注意する必要がある(▶表5-11)。また,女性のがんの死亡率や罹患率(人口10万対)は,年齢が高くなるにつれて高くなっている(▶表5-11)。 同じ年齢層で女性生殖器の部位別にがんの罹患率をみると,がん罹患率が高い部位は,乳房と子宮頸部である。また,20代では,卵巣がんの罹患率がほかの部位に比べて高い(▶表5-12)。 近年は,がん治療の進歩に伴ってがんサバイバー(がん経験者)が増加している。しかしその一方で,がん治療は妊孕性に影響を及ぼすことが明らかとなっ1) がん研究振興財団:がんの統計’19.p.34,2020による。▶がんによる死亡年齢階級(歳)20~2425~2930~3435~3940~4445~4950~5455~59死亡率男性3.15.07.313.323.046.396.7195.2女性2.25.311.020.333.258.0101.1142.8罹患率男性23.332.748.276.2123.1197.6396.3746.1女性29.357.7114.0200.0332.5485.0601.3717.3(国立がん研究センターがん情報サービス:がん登録・統計〔人口動態統計〕による)▶表5-11 年齢階級別・性別のがん死亡率・罹患率(2016年,人口10万対)322第6章 リプロダクティブヘルスケアアに関する文化的多様性の例を示した。 在日外国人の母子に対して,日本人と同等の水準の母子保健医療サービスを提供するためには,十分なコミュニケーションが必要不可欠である。地域や対象者個人のニーズに合わせて,さまざまなコミュニケーション手段を有効活用するとよい。また,通訳だけでなく,外国人母親の気持ちや考えを代弁してくれる家族や親類,身近にいる母親と同じ出身国の先輩母親,ピアサポーターなどに同席してもらうと,誤解や齟そ齬ごに気づきやすく,それらを未然に防止できる。対象者の安全確保のために重要な情報を提供したときには,なにをどのように理解しているのかまで確認することが必要である。外国人患者受入れ医療機関認証制度による認証を取得しているなど,外国人患者の受入れ体制が整備された医療機関の受診をすすめてもよい。 ①外国語併記の母子健康手帳 母子保健事業団から,日本語と外国語を併記した母子健康手帳が作成されており,現在,英語・ハングル・中国語・タイ語・タガログ語・ポルトガル語・インドネシア語・スペイン語の8か国語に対▶医療情報へのアクセスとコミュニケーション出産の考え方 出産に対する考え方は大きく2つに分けられる。1つは出産を偉大な達成として祝福すべきものとする考え方で,もう1つは出産をけがれたものとみなし宗教的な浄化儀式を必要とするという考え方である。授乳 新生児の授乳方法に関しては,文化的差異が大きい。たとえばアメリカでは母乳栄養を好む女性が多いのに対して,開発途上国からの移民の多くは近代的だという理由から人工栄養を好む場合が多い。 ヒスパニック系やアラブ系の女性のなかには,初乳は乳児に悪影響を及ぼすと信じている人がおり,そのため十分な母乳が分泌されるまでは人工栄養を好む場合がある。沐浴 第一沐浴(産湯)を誰がいつ行うかということなど,沐浴方法に関しては文化的多様性がある。睡眠 ベトナム人の女性は,出産直後から新生児と一緒のベッドで寝ることを好む。おくるみ ヒスパニック系や東南アジア出身の女性の中には,新生児を産着などでしっかりとくるむことにより,「わるい空気」から子どもを保護することができると考える女性もいる。割礼 陰茎包皮を環状に切りとる慣習である。古来,諸民族間に広く行われ,ユダヤ教徒では生後8日目の男児に施し,イスラム教徒では生後10日から70日の間,パレスチナ人では生後7日目に施す。ヒスパニック系やアジア系の人たちには,この慣習はない。新生児の世話 アジアやインドの一部の地域では,新生児の世話を母親が行うことは不適切であると考えており,そのため祖母や女性の親戚が世話をする。啼泣 子どもが泣いたらすぐに抱き上げるべきという考え方と,しばらく泣かせておいたほうがいいという考え方がある。宗教的美化の儀式 邪悪なものから児をまもるという意味合いから,たとえばアメリカのナバホ族は女児にターコイズのピアスを着用させ,パンジャブ人は児の手首・足首・腰に黒糸を巻きつける習慣がある。愛情表現 アジアや中東出身の女性が児に対してとる行動は,西欧出身の女性からみると不適切である場合がある。アジア出身の女性は児との距離を保ち,児をほめることをしないことが一般的である。( Anderson, N. L. R., et al.: Culturally based health and illness beliefs and practices across the life span. Journal of Transcultural Nursing, 21〔Supplemental 1〕:152-235, 2010を参考に作成)▶表6-21 新生児のケアの文化的多様性母性看護学の理論的な概念や最新の統計データを、ビジュアルに解説しています。母性看護実践に必要な解剖生理と看護をつなげて理解できるようにしています。ライフサイクル各期の記述を刷新し、外国人母子のケアなどについても概説しています。59専門分野

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