系統看護学講座
23/152

サンプルページ成人看護学 ❶ 成人看護学総論3A.成人を取り巻く環境と生活からみた健康ている(図2‒1)。総務省統計局「人口推計」によれば,2019年の15歳未満人口は1521万人で,総人口に占める割合(12.1%)は1975年以降一貫して低下を続けている。一方,1950年時点では5%に満たなかった高齢化率(65歳以上人口の総人口に対する割合)は,2020年9月に28.7%と増加している。「令和2年版厚生労働白書」によると,高齢化率は2040年には35.3%,すなわち65歳以上人口が2.8人に1人,75歳以上人口が5人に1人になると推計される。わが国は諸外国に比べ,高齢化率の急速な進展がみとめられている(図2‒2)。 ●生産年齢人口と労働人口 わが国の少子高齢化の進展に伴い,生産年齢人口(15~64歳の人口)は1992(平成4)年をピークに低下を続け,2019年は59.5%,2030年には57.7%,2065年には51.4%になることが見込まれている。少子高齢化が進むなかで働き手の不足は重要な問題である。女性や高齢者の就業促進による労働参加の促進,拡大が不可欠で,働きたい人が働けるための社会づくりが求められる。 他方,総務省「情報通信白書」(平成29年版)によれば,人口減少が進むことは避けられないものの,IoTやAIの導入による労働参画の促進,労働の質向上やイノベーションなどによる1人あたりの生産性向上によって,マクロ的な人手不足は避けられるという考えもある。 また,近年は外国人労働者が急増しており,2008年には約49万人だったが,2019年には約166万人と約3.4倍になっている1)。35.44.91950’55’60’65’70’75’80’85’90’952000’05’10’15’19’25’30’35’40’45’50’55’60(年)年少人口(14歳以下)生産年齢人口(15~64歳)実績将来推計高齢者人口(65歳以上)年少人口(14歳以下)割合生産年齢人口(15~64歳)割合高齢化率(65歳以上人口割合)59.714,000(万人)80706050403020100(%)12,00010,0008,0006,0004,0002,000033.45.361.330.05.764.225.66.368.123.97.169.024.37.967.723.59.167.421.510.368.218.212.169.716.014.669.514.617.468.113.820.266.113.123.063.812.526.660.812.128.459.511.530.058.511.131.257.710.832.856.410.835.353.910.736.852.510.637.751.810.438.051.610.238.151.6’6551.438.410.2図2‒1 年齢3区分別人口および高齢化率の推移1970年までは沖縄県を含まない。( 総務省統計局「人口推計」,厚生労働省「人口動態統計(確定数)の概況」,国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」〔出生中位・死亡中位推計〕14第3章 成人への看護アプローチの基本 荒木さんは47歳,男性。健康診断でメタボリックシンドロームの診断を受け,特定保健指導を受けている。あるとき,保健師との面接で次のように話した。「このところ付き合いが重なってついつい食べ過ぎてしまった。他者からすすめられるとついつい食べ物に手がいってしまう。あれだけ今回こそは人にすすめられても食べないと決めていたのに。意思の弱さに自分でも情けなくなる。でもこんな日も食事日誌には食べた料理をメモしておいた。それを見るのもつらいけれど……」 ここで着目すべきは,「ついつい食べ物に手が出てしまった」意思の弱さではなく,「つらいけれど食べ過ぎた事実を認めること」かもしれない。失敗をメモにとどめることはつらいことではあるが,事実を認めるという自身の誠実さに気づくことができれば,次の機会には他者の好意に感謝しつつも,食べることを控える決意や自信につながるだろう。ひとりではなかなか自分自身の潜在する強みに気づくことはむずかしい。看護師は行動変容に取り組んでいる人の経験に関心をもち,できないことばかりに目を向けるのではなく,誠実に事実を見つめることができたという自分の強みを見いだせるよう支援する必要がある。 B 症状マネジメント ●症状とクオリティオブライフ 人は生まれてから亡くなるまでに,さまざまな症状を体験する。腹痛や頭痛,歯痛などに悩まされたことのない人はいないだろう。多くの症状は,家庭で養生することでおさまるか,あるいは医療機関を受診して治療を受けることで改善するが,命にかかわる病のために苦痛に苛さいなまれることもある。 いずれにしても,症状は,それを体験している人の生活になんらかの影響をもたらす。痛みが続くときには,食欲がなくなり,仕事や人間関係にも支障をきたすことがある。がんによる耐えがたい痛みを体験している人は,死への不安や恐怖から,生きる意欲や意味を見出せない状況におかれるかもしれない(表3⊖3)。このような症状をコントロールすること,すなわち症状事例KEIT1603初.indd 142021/06/25 10:44:1115B.急性期にある人の看護 B 急性期にある人の看護 急性期にある人の身体内でおこっている,侵襲に対する激しい生体反応は,いわば生命をまもるための生体の緊急処置である。この時期が長引いたり適切な処置がなされずに放置されたりすると,やがて生命力は枯こ渇かつし死にいたる。したがって,急性期にある人の看護は,侵襲を受けた当初から,救命処置とともに患者の心身の安定をはかり,ホメオスタシスの機能が十分はたらくように支援し,順調な回復過程をたどって侵襲を受ける以前の状態に復帰することを目ざす。1健康破綻による危機状況と危機にある人々への支援1健康破綻がもたらす危機状況 急激な体調不調は疾病に罹患していることを予感させ,ときには生命の危険性さえ感じる。そのようなとき人は不安をいだくが,それが高じると心理的にも徐々に追いつめられていく。 あるいは突然のがん告知や,受傷による永久的障害を知らされた場合などでは,人はぼう然自失となり,できごとへの適切な対処はもとより,食事や睡眠さえも満足にとれなくなってしまう。このような状態は危機状況とよばれ,迅速で的確な支援を必要としている。 ◆危機とは キャプランCaplan, G. によると,危機とは,不安がだんだんふくらんでいく,複数の心配ごとが一度にふりかかる,突然に大事なもの(生命,健康,家族など)や価値をおいていたもの(社会的地位,他者からの評価,希望や夢など)を剝はく奪だつされたり,喪失したりする際に生じる,その人がもつ通常の対処能力やそれまでの経験では処理しきれないと感じたときに陥る認知的・情緒的混乱である。 いままでに経験したことのないような衝撃的なできごとに直面したときに,当事者は「もう取り返しがつかない」「私にはどうすることもできない」などと思い,目の前のできごとを解決・処理できず,無力感や恐怖,絶望を感じる。適切な援助が受けられないと,病的な悲嘆状態を呈したり,精神症状の出現,場合によっては自傷・他害行為につながってしまうこともある。 ●危機状況にあるか否かの見きわめ その人が過去の経験やさまざまな知恵をはたらかせながら,苦労しつつもその状況になんとか対処しようとして1) Schlump⊖Urquhart, S. R.:Families experiencing a traumatic accident:implications and nursing management. AACN clinical issues in critical care nursing, 1(3):522⊖534, 1990.KEIT1606初.indd 152021/08/05 15:06:4518第9章 人生の最期のときを支える看護3患者の意向を理解し,患者自身がよりよい方向を選択できるように支える ◆意思決定支援と看護師の役割 前述(253ページ)したように,人生の最期のときにある人は,疾患の積極的治療をやめる決断,療養場所の選択,経口摂取ができなくなったときどうするのか,生命予後の告知,苦痛緩和のための鎮静やDNAR(do not at-tempt resuscitation)❶の指示など,複雑でさまざまな意思決定を行わなければならない。なかでも自己の生命に直接的に関係する決断をすることは容易ではない。疾患の進行により身体・精神・社会的な状態が整わず,差し迫った状況のなかで,むずかしい決断をしていかなければならない。 看護師はこのような患者の意思決定を支援する役割がある。看護師は,コミュニケーションの技術を用いて対話し,患者と信頼関係を築き,価値観や考え,意向・希望を理解する。そのうえで,患者が意思表示しやすい場をつくり,意思決定のために必要な情報の提供とその理解について把握する。患者が情報を自分の生活にあてはめて今後を予測し,考えることができているのかを確認することが重要である。さらに,意思決定することができるように励まし,患者の判断がよりよいものとなるようにする。必要に応じて,看護師は患者の代弁者としての役割を担う。患者の意思決定支援は,さまざまな側面から検討することが必要であり,多職種でかかわることが必要である。 ◆アドバンスケアプランニング 意思表示がむずかしい状態になったとしても,患者の意向を尊重した医療を行うために,アドバンスケアプランニングadvanced care planning(ACP)という意思決定支援の考え方がある。以前は,事前指示書を作成することによる終末期の意向の表明として,アドバンスディレクティブadvance directive(AD)という考え方があった。しかし,事前指示書だけでは,患者の意向が十分に反映されているとはいえず,ACPという考え方が議論されるようになった。 ACPは,将来の意思決定能力の低下に備えて,患者・代理決定者・医療者が,患者の意向や大切なことをあらかじめ話し合うプロセスであり,プロセスを共有することで,患者がどう考えているかについて深く理解することができ,複雑な状況に対応可能になる。また,ACPを行うことで,患者の自己コントロール感が高まる,代理決定者と医療者とのコミュニケーションが改善する,より患者の意向が尊重されたケアが実践される,患者と家族の満足度が向上し,患者の死後にも遺族の不安や抑うつが減少するといった効果がある。 ACPは,意思決定能力がある段階で関係者の話し合いをもつというプロセスが重要であり,看護師はそのプロセスで患者の意思決定能力をアセスメントし,必要な支援を行う。NOTE❶DNAR 患者本人または患者の利益にかかわる代理者の意思決定を受けて心肺蘇生法を行わないこと。ただし,患者ないし代理者へのインフォームドコンセントと社会的な患者の医療拒否権の保障が前提となる(日本救急医学会:医学用語解説集による)。現在,わが国では統一された判断基準や手続きなどはない。KEIT1609初.indd 182021/06/23 14:37:51豊富な事例とイラストで難解な概念もわかりやすく解説。国試を見すえた統計データを掲載。毎年更新しています。17B.急性期にある人の看護関する文献検討より,突然絶望的な状況に陥った人々がそこから立ち直り,再び人生や生活に適応していくまでのプロセスを,4局面からなるモデルであらわした。したがって,発達危機や,消耗性危機と思われる人々の経過をこのモデルで分析することは適切ではない。 ◆アセスメントのためのモデルの活用 危機モデルに限らず,さまざまな看護モデルは,ケアの対象となる人々の深い理解や,看護現場でおこる特徴的なできごとの理解をたすけるために開発されている。もちろん,誰もがモデルと同様の経過をたどるわけではなく,モデルを活用する際にも事例の個別性から目をそらすことのないよう注意したい。2危機にある人々への支援 ◆アギュララとメズイックのモデルによる危機介入 ●消耗性危機にある人々への支援 アギュララとメズイックのモデルをもとに,消耗性危機にある人々への看護支援を解説する(前ページ,図6⊖3)。人間の有機体均衡状態ストレスの多い事件不均衡状態A112323123バランス保持要因が存在している3つのバランス保持要因Bできごとに関する現実的な知覚それに加えてそしてあるいはそれに加えてそしてあるいはその結果その結果できごとについてのゆがんだ知覚適切な社会的支持適切な社会的支持がない適切な対処機制できごとの知覚不均衡状態均衡の回復社会的支持対処機制対処機制がない問題の解決問題が解決されない均衡の回復不均衡が継続する危機回避危機回避危 機バランス保持要因の1つあるいはそれ以上が欠けている均衡回復への切実なニード図63 アギュララとメズイックのモデル(ドナ C. アギュララ著,小松源助・荒川義子訳:危機介入の理論と実際.p.25,川島書店,1997による,一部改変)KEIT1606初.indd 172021/08/05 15:06:4621専門分野

元のページ  ../index.html#23

このブックを見る