系統看護学講座
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サンプルページ地域・在宅看護論 ❷ 地域・在宅看護の実践コミュニケーションをはかる必要がある❺。これもあたり前のことだが,わざわざ示すのには理由がある。看護師は往々にして,自分が指導したい内容を一方的に告げる傾向があるからだ。「看護師さんは言いたいことだけ言って出て行った」「これを読んでおいてくださいとパンフレットを渡されただけだった」という話もよく聞く。 在宅療養者や家族の場合,耳が遠い人や聴覚に障害のある人も多い。看護師がそれを気がつかず,療養者や家族が前に説明したことと違うことをしたり,繰り返し質問したりすると,「あの人は理解度が乏しい」などと評価してしまうことすらある。 相手の反応をきちんとみることは,相手のニーズに即した看護を行ううえで欠かせない。そうしたことの積み重ねにより,パートナーシップは築かれる。話すことが苦手な人もいるだろうが,それでもきちんと反応を受けとろうとする態度が重要である。◆「暮らしの専門家」は本人であり,看護師ではない 人には基本的人権としての自由権があり,他人の権利を侵害したり,公共の福祉に反したりしない限り,自由に暮らす権利をもっている❻。誰も他人に「あなたはこう暮らしたらよい」とか,「自宅での暮らしは無理ですね」などと指示することはできない。どう暮らしたらよいかを決めるのは,その人自身である。 そのうえ,人は誰よりも自身の人生や生活について熟知している「自分の暮らしの専門家」である。けっして,看護師がその人以上の専門家ではない。 看護師にできるのは,対象者とその周囲の人々が納得して暮らせるようにファシリテートすることである❼。入院患者に対して本人の思いにもふれず,「この人は認知症があるから施設退院で調整しよう」などと,はじめからその人の暮らし方を決めてかかわる態度は,パートナーシップとはいわない。7A.暮らしの場で看護をするための心構えNOTE❺声をかけること 相手の反応をみるためには,言うまでもないが,まず生身の相手に勇気をもって声をかけることが必要である。相手のことを知ろうと看護記録などを読むことも大切だが,まず直接かかわり,反応を引きだして相手を知ることが,パートナーシップを築くうえで重要である。 相手と何度か会うことができたら,もっと距離を近づけたいと思うかもしれない。ただし認知症と思われる人の場合,これまでのかかわりを記憶していない可能性があり,注意する必要がある。 たとえば,「こんにちは。先週もお会いしましたね」などとあいさつしたら,どうだろう。認知障害の状況にもよるが,まったく覚えていなかった場合,「知らない人がなれなれしく声をかけてきた」と思うかもしれない。疑いながらも話を合わせようとしたり,なじみの人にしがみついたりするかもしれない。そうした反応をみて,「やだ,忘れちゃったの?」などと言うものなら,覚えていない自分をせめ,ふさぎ込んでしまうかもしれない。 このようなケースも想定し,毎回きちんと相手の反応をみながら,ていねいにかかわる必要がある。認知症と思われる人への声かけcolumnNOTE❻自由権 日本国憲法第22条第1項には「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する」とあり,入院患者が「本人が家に帰りたい」と言えば,それを妨げることはできない。❼ファシリテート ファシリテートfacilitateとは,集団のなかでものごとがうまく運ぶように舵とりをすることである。3意思決定をどう支えるか ここでは,対象者やその家族の意思決定をどう支えるかについて学ぶ。 地域・在宅看護を必要とする人は,病気や障害によって暮らしを見直す帰路にたたされていることが多い。「この先,自分のからだはどうなるのか」「治療はあるのだろうか」「暮らし方をかえなければならないのか」「仕事や生活はどうなるのだろうか」「施設に入らないといけないのだろうか」など,さまざまな迷いのなかにいるだろう。このような人の意思決定をどのように支えればいいのだろうか。◆意思決定モデル 中山ら1)は,誰が主体になってきめるかによって,3つの意思決定モデルを示している(表2―A1)。地域・在宅看護が力を発揮する場面は,急性期医療と異なりロングタームケアとしてかかわるケースが多く,その場合はシェアードディシジョンモデルが機能することがよいだろう。ただし場面と状況による。たとえばロングタームケアであっても病状が突然変化し,放置すれば呼吸不全に陥る状況になったら,その場に居合わせた医療職が「人工呼吸器つけるよ,いいね」などとパターナリズムモデルの意思決定を行うということはあり得る。 いずれのモデルであっても,その人の人となりや思いを理解しながら,そのときの背景を意識して,この時点でなにが最適な選択であるのかを見きわめて意思決定を行うことが大切である。◆意思決定に欠かせないプロセス 時と場合によって意思決定の仕方は異なっても,意思決定には欠かせないプロセスがある。(1)意思決定するまでに必要な情報を相手の能力に応じて提供し,それに対する反応をみることを繰り返す。(2)関係者(家族,主治医,ケアマネジャーなど)の意向を聞きとり,それぞれが大事と考えている点を明らかにし,それが異なる場合は倫理調整を8第2章 暮らしを支える看護技術1)中山和弘・岩本真編集:患者中心の意思決定支援─納得して決めるためのケア.中央法規,2012.表2―A1 医療における3つの意思決定モデル意思決定モデル意思決定の主体と進め方1パターナリズムモデル医療者が意思決定する2シェアードディシジョンモデル医療者と患者が話し合い協働して意思決定する3インフォームドディシジョンモデル患者が主体的に意思決定する(中山和弘・岩本真編集:患者中心の意思決定支援─納得して決めるためのケア.中央法規,2012による,一部改変)暮らしを支える看護技術では、基礎看護技術との連携をはかっています。かわる重大な意思決定もある。看護師はそれぞれのことがらについて,その人や家族の意思が十分にいかされるように支えていく。 なお,これまで「なにかをかえる」意思決定を中心に述べてきたが,「なにもかえない」「なにもしない」という意思決定もある。新たな挑戦はせず,現在できるだけの日常に価値をおいて暮らしていくなどである。もちろんこの場合も,看護師はその意思を受けとめ,応援するのである。2地域・在宅看護実践に欠かせない要素 これまで地域・在宅看護実践では,意思決定を支える看護が重要であることを述べてきた。ここでは,地域・在宅看護実践にあたって欠かせない2つの要素について説明する。1チームで支えるという意識をもつ◆看護師だけでは支えられない 1つめは,看護師が自分ひとりでがんばろうとせず,つねに多職種チームで支えるという意識をもつことである。地域・在宅看護実践では,病院のような組織での実践でないため,それぞれ所属も背景も違う専門職が連携・協働することが重要になる。対象者の暮らしは,看護師だけで支えきれるものではないことを知ろう。●法的な制限 まず,他職種と連携・協働するにあたっては,それぞれの職種の「できること」「できないこと」の法的な範囲を知ることが重要である(❶第5章B節,★★ページ)。たとえば,看護師は処方箋を発行できない,看護師は手術を行えない,看護師は死亡診断ができないなど,「医師法」と「保健師助産師看護師法」に定められている医行為(医療行為ともいう)の制限を知ることは,業務がシステム化されていない地域・在宅場面においてはとくに重要である❶。このように,1つの職種ができることは限られているのである。●訪問という業務形態に伴う制限 また,暮らしの場に訪問して行われる地域・在宅場面では,看護師がすべてを引き受けることができないと知ることが重要である。たとえば生活面においても,1日に複数回,それも日々違う時間にニーズがある排泄介助のすべてを看護師が引き受けることはできず,訪問介護員との連携・協働は欠かせない。 現在の医療は,疾病のメカニズムの解明が進み,治療の選択肢が増え,人々の暮らしの価値観も多様化したため,個別性がとても高まってきている。また,それぞれの職種の専門分化も進んでいる。それだけに,単一の職種の能力や機能だけで効果的な支援を行うのは限界があり,多職種が協力し合ってそれぞれの能力と役割を最大限に発揮する必要がある。3A.暮らしの場で看護をするための心構えNOTE❶医行為(医療行為) 医行為(医療行為)は,医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある行為をいう。 医行為には,医師でしか行えない絶対的医行為と,医師以外のものも行える相対的医行為があり,看護師は,「保健師助産師看護師法」第5条に規定される「診療の補助」として医師の指示のもとに相対的医行為を業として行うことができる。また,第37条の規定に基づき,緊急時の応急処置などを行うことができる。れるものである。パートナーシップは,専門職間だけでなく,チームの一員である療養者本人や家族との間でも構築していくものである。●IPW 近年,人々のよりよい健康(well-being)を目ざすための保健医療福祉の総合的なアプローチとして,専門職間の協働実践inter-professional work(IPW)が国際的に注目されている。IPWは,さまざまな領域の専門職が,それぞれの技術と知識を提供し合い,相互に作用しながら,療養者や家族とともに同じ目標の達成を目ざすアプローチである。その力を養うための教育を専門職連携教育inter-professional education(IPE)といい,重要性がますます高まっている❸。2パートナーシップを築く 地域・在宅看護実践のもう1つの欠かせない要素は,パートナーシップである。看護師は,他職種や対象者本人,その家族とパートナーシップを築くことが重要である。とくに看護師の場合,対象者や家族の思いに触れなければ十分な役割を果たせないため,相手のふところに入り,対象者や家族が心を開いてくれるような関係づくりが重要になる。そこで,ここでは「相手のふところに入るための心得」を示していく。 なお,対象者や家族を念頭において説明するが,内容はすべての人間関係に共通するものである。また,ここで示すのは最も基本的な心得である。先輩看護師に聞けば,もっと多様な心得を聞くことができるだろう。◆相手のテリトリーに配慮する まず大切な心得は,相手のテリトリーに配慮することである❹。たとえば家を訪問する場合は,すでに玄関先から相手のテリトリーであり,立ち入る際には許可を得る。それは顔見知りの間がらであっても同様である。家の中に入ったら,なにをするにも相手の許可を得てから行う。物を少し移動する,片づけるなどの場合も同様である。ティッシュを1枚使う際も,相手の許可を得る。相手のテリトリーに配慮することは,相手を尊重することである。 自分のテリトリーに無作法に侵入してくる看護師に対して信頼をいだく対象者はいないだろう(Column「入院患者のテリトリー」)。パートナーシップを築くには,その人を尊重していることを行動で示すことが大事である。◆約束をまもる これも基本的なことがらであるが,相手とパートナーシップを築くためには約束をまもることが不可欠である。 訪問看護の場面でよくあるのが,前の訪問先で時間がのびたり,渋滞に巻き込まれたりして,予定の訪問時間に遅れてしまうことである。看護師が忙しいことはわかっているだろうから,少し待たせても許してくれるだろうなどと考えるのは甘えであり,必ず事前に連絡を入れる必要がある。療養者や家族は,何時間も前から準備を整え,時計を見ながら待っていることもめずらしくない。数分の遅刻でも,事前の連絡がなければ信頼をそこないかねな5A.暮らしの場で看護をするための心構えNOTE❸IPWとIPEの展開 すでに病院ではIPWが実践されていることが診療報酬の評価の対象になっている。また,医療系の大学では,IPEの一環として,複数の医療系学部による共同教育などが行われている。NOTE❹テリトリー テリトリーterritoryは,領域,領土,縄張りをいう。他人に侵入されたり,侵害されたりすることを不快に思うパーソナルスペース(個人空間)という意味合いでも使われる。「在宅看護論」から「地域・在宅看護論」になったことで実践のなにがかわるのかがわかります。 A 暮らしの場で看護をするための心構え 地域・在宅看護は,対象となる人の暮らしの場で行うため,実践にあたってとくに心におくべきことがらがいくつかある。1地域・在宅看護実践において重要な視点◆その人の「暮らしにくさ」に着目する 地域・在宅看護実践は,病気や障害,加齢などに関連した「暮らしにくさ」を体験している人々,これから体験するかもしれない人々を対象にする。これらの人々は,自分で自分の生き方を選択し,それがうまくいくように「なんとかしていく力」をもっている。このことを前提にしてかかわるのが,地域・在宅看護実践の1つの特徴である。地域・在宅看護における看護師の役割は,その人がこれまでの経験などから自身の「なんとかしてきた力」に気づき,今後の「なんとかしよう」と挑戦することを支持し,応援していくことである。 人が「暮らしにくさ」を体験しているということは,それを暮らしやすくかえるというニーズをもっている状態と言いかえることができる。つまり,地域・在宅看護実践においては,「暮らし方を見直す」ことに挑戦していく人々を看護する視点が重要である。◆暮らしをかえる意思決定を支える 暮らしをかえるためには,「なにかを決める」ことから始まる。つまり,未来の暮らし方に対してなんらかの意思決定をしていくところに,看護師としてかかわることになる。身近な例をあげてみよう。たとえば2型糖尿病と診断された人が「運動や食事のあり方を見直さないと腎臓がわるくなって,透析になりますよ」と言われたらどうだろうか。たぶんその後は毎回の食事の内容が気になり,通勤だけでは1日3,000歩程度にしかならない万歩計を見ては,ため息をつくかもしれない。こうした人の,「電車から自転車通勤にかえる」「ランチを外食から野菜が多く入った弁当にかえる」などという,暮らしをかえる意思決定を支えることが看護となる。◆意思決定を支えるとはどういうことか 看護の対象となる人の意思決定を支えるには,その人や家族の意思を引き出し,それを尊重し,支えつづけることが重要である。人は生きていくなかで,大小さまざまなことがらについて意思決定している。たとえば「今日はなにを着るのか」といった,きわめて日常的で小さな意思決定がある一方,新型コロナウイルス感染症(COVID─19)に罹患して重症になったとき,入院して人工呼吸器を装着する医療を受けたいかどうかといった,生命維持にか2第2章 暮らしを支える看護技術◆チームで支えるとはどのようなことか 地域・在宅の現場では多くの場合,それぞれの職種は別々の機関に所属しており,お互いがよりよいパートナーシップを築き,対象者をチームとして支えることが重要である❷。これまで連携・協働と併記してきたが,それぞれ意味合いが異なり,状況に応じて両者を円滑に行うことが必要である。図2―A1に連携と協働それぞれのイメージを示した。実際にはもっと多くの職種がかかわっているが,例として理解してほしい。●連携 連携は,それぞれの役割が分担されていて,自分の役割をこえるところは他の職種にバトンタッチするイメージである。療養者になんらかの症状が出て,医師に診察や処方箋を依頼する,新たな福祉用具が必要になり,福祉相談員に相談するなどが典型例である。●協働 協働は,自分の役割に限界線を引くのではなく,多職種がたすけ合って療養者を支えるイメージである。おおまかな役割分担はあるものの,重なり合っている部分については,誰がそれをやるのかをその場や事例に応じて柔軟に対応することを特徴とする。 たとえば排泄介助は,法律で業務独占されている行為ではない。そのため,看護職や介護職だけが行うのではなく,理学療法士や薬剤師,場合によっては医師とも協力し合ってよい行為である。 在宅療養者をチームで支える場合にとくに重要になるのは協働である。なぜなら,地域や施設の特徴によって,職種の配置にはむらがあるからである。ある職種が少なければ,一般的にはその職種が担う役割であっても,担える人が担っていこうという柔軟さが求められる。●チームづくり 療養者を支えるよいチームをつくり上げるためには,互いがそれぞれの「できること」と「できないこと」,「強み」と「弱み」を知り,それを尊重したうえでたすけ合う姿勢が重要となる。こうした姿勢でコミュニケーションをはかれば信頼関係が生まれ,1+1の力で2以上の成果を上げることができる。こうした関係性のあり方がパートナーシップとよば4第2章 暮らしを支える看護技術NOTE❷パートナーシップ パートナーシップpart-nershipは,2者以上間の協力関係,提携をいう。医療においては,共通の目標に向けた医療者間,患者・家族と医療者間のパートナーシップの構築が重視されている。医師a. 連携役割分担され,それぞれがシステムによってつながっている。役割を重ね合い,弱みと強みを補いあって全体として機能している。b. 協働歯科医師栄養士療法士看護師医師栄養士歯科医師薬剤師療法士薬剤師看護師図2―A1 連携と協働のイメージ地域看護学+在宅看護論ではない、地域・在宅看護論としての体系的な中身になっています19専門分野

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