系統看護学講座
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サンプルページ精神保健福祉42第4章 精神保健福祉活動の展開に必要な知識と技術事例A 統合失調症をかかえながらひとり暮らしをしているAさん Aさんは60代女性で統合失調症をかかえながらひとり暮らしをしている。地域の保健師からの依頼で,Aさんへの訪問看護が始まった。 Aさんは被害妄想があるため,近隣住民と口論になることも多く,自宅へ引きこもりがちで,昼夜逆転の生活を送っている。通院は数回しか続かず,内服も続けられなかった。生活保護を受給しているほか,要支援2の認定を受けており,ホームヘルパーが週に1回来ている。 このような事例を問題解決型のモデルで考えた場合は,・ 妄想によって近隣住民とトラブルをかかえている。・ 病識がなく,薬の必要性が理解できていない。・ 不規則な生活を送っている。などが問題としてあがるだろう。 しかし,ストレングアセスメントシートを用いると表4‒19のようになる。ストレングスアセスメントシートがあることによって,トラブルや問題に注目していた視点がAさんのストレングスに移り,ストレングスに注目することで「統合失調症のAさん」ではなく,Aさん個人が浮かび上がってくる。 Aさんは,訪問看護師に対してはじめは警戒心が強かったが,ほかの支援者ともよい関係が築けていたように,看護師の訪問もしだいに楽しみに待つようになった。 ある日,Aさんがつぶやいた「コーヒーが飲みたい」という希望に焦点をあて,看護師は「一緒においしい4444コーヒーを飲みに行くのはどう?」と誘い,コーヒーを飲みに行く計画をたてた。近所には,あまり込み合っておらず,引きこもっているAさんが外出を体験するにはぴったりの喫茶店(地域住民も利用する普通の資源)があった。何度か一緒にコーヒーを飲みに行っているうちに,「ひとりはさびしい」や「昔は踊りをやったりしていた」という話が出てきた。 「ひとりはさびしい」というAさんに対し,信頼しているケアマネジャーから送り迎えつきのデイケアがあることを紹介してもらうと,Aさんは「行ってみたい」と希望し,通うようになった。Aさんは好きな踊りや歌をデイケアで披露したところ,デイケアの人たちからも喜んでもらえ,さらに希望をもつことができた。デイケアに通うために生活リズムが整うようになり,また,夜眠れるよう薬を飲むようにもなった。しだいに近所とのトラブルも減っていった。 このかかわりは,Aさんから自然に出てきた希望や願望を,援助者が「どうやったら実現できるか」一緒に考え,Aさんのもつストレングスを使って実現していった事例である。問題解決をしようとしたわけではないが,Aさんの希望を中心にすえることで,地域にある普通の資源(喫茶店)がストレングスへ変化するなど,結果的に問題は自然に小さくなった。希望を実事例事例(つづき)KSHO04初3.indd 422021/08/10 15:17:2043C.能力の再構築と再発防止のために―三次予防現するために,その人がすでにもっているストレングスや資源を利用しようと考えをめぐらせることがリカバリーへの道を開くのである。3リカバリーを支えるための援助方法 ここまで,三次予防活動を行うための基礎知識として,精神科リハビリテーションとリカバリーの概念,また,リカバリーを支えるためのストレングスモデルについて述べてきた。本項では,リカバリーを支えるための具体的な取り組みについて,総覧的に解説する。なお,地域移行支援・地域生活表4‒19 Eさんのストレングスアセスメントシート現在のストレングス:いまのストレングスは?希望・願望:なにがしたいか?なにがほしいか?過去の資源:どんなストレングスをいままで使ってきた?日常生活状況・家事ができる。・ 「いやがらせ」があるけどなんとかしのいで毎日を暮らせる。・ 隣人にいやがらせされずに安心して暮らしたい。・ ひとり暮らしを40年も続けてきた。経済/保険・生活保護を受けている。・要支援2の認定を受けている。・ お金の心配をしないで暮らしていきたい。・ 芸子として長年生計をたてていた。職業/教育・ 芸子として積み上げた技能がある,接客の知識もある。・ なにか私にできることはないだろうか(できることがあればやりたい)。・ かつては芸子として10年以上の就労経験がある。支援者との関係・ ケアマネジャーにはよくしてもらっている。・クリニックの先生はやさしい。・ 訪問看護師さんも来れば家には入れてあげる。・ 近所に送り迎えしてくれるデイケアがあるけど行ったことない。・デイケアに参加したい。健康・大きな病気はしたことない。・健康に気をつけて暮らせる。・健康でいたい。・通院しようとした。・内服しようとした。レジャー/余暇・ 外出までに時間はかかるけど,やろうと思えば外出はできる。・ 近所の自家焙煎のお店について「コーヒーがおいしそう」・もともとは活発だった。・ 日本舞踊を踊ったり,歌も歌った。スピリチュアリティ・正義感が強い・がまん強い注) アセスメントシートの空欄は,当事者にかかわりながら少しずつ書き足していけばよい。すべてのストレングスがわかっていなくても,その時点で見いだされているストレングスをいかして援助しつづけることが大事である。空欄は,看護師の気づいていないストレングスに気づくたすけとなる。(事例提供:前大阪大学大学院 熊崎恭子氏)KSHO04初3.indd 432021/08/10 15:17:202第5章 地域移行支援・地域生活支援の基礎 ■わが国の精神障害者の現状を把握する。 ■地域移行支援・地域生活支援の目的と重要性を理解する。 ■地域移行支援・地域生活支援に活用できる社会資源にはなにがあるかを学ぶ。 ■アウトリーチ,家族支援,就労支援,ピアサポート,危機介入といった,地域移行支援・地域生活支援を行ううえで必要となる基本的な事項を理解する。 第2章,第3章でみてきたように,わが国では,「入院医療中心から地域生活中心へ」と精神障害者支援を進めるべく,法制度の整備,見直しを重ねてきた。本章から第6章にかけては,第4章で学んだ精神保健福祉活動の展開に必要な知識と技術をふまえたうえで,精神障害者の地域移行支援・地域生活支援の全体像と,支援における看護師の役割を解説していく❶。 A 地域移行支援・地域生活支援の重要性1精神障害者の現状 精神障害者の地域移行支援・地域生活支援を考えるにあたって,精神障害者が現在どのような状況におかれているかを理解する必要がある。厚生労働省などによるさまざまな調査データから,精神障害者の現状に目を向けてみよう。入院患者の概況 精神保健福祉資料によると,2018(平成30)年6月時点の精神病床としての届出病床数は327,369床であるが,実際に入院している患者数は280,815人である。10年前の2008(平成20)年時点での入院患者数は313,271人であったことから,10年前と比較すると入院患者数が約1割減少している。 ●入院の長期化 精神科病院入院患者のうち,入院期間が1年以上の患者は全体の約3分の2を占めている(表5‒1)。入院期間が5年以上になる患者も全体の約3分の1を占めており,精神科病院における入院長期化が依然として深刻な課題であることがわかる。 病院報告によると2018(平成30)年4月時点での精神病床の平均在院日数は265.8日である。これは,10年前の312.9日よりも約50日短縮しているものの,一般病床の16.1日と比較すると約16倍の期間である。精神病床と一般病床との平均在院日数のひらきには,精神病床における長期入院患者の存在が大きく影響している。 一方で,2017(平成29)年度のレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)において,精神病床における新規入院患者のみの平均在院日数に注目すると,その全国平均は127.2日であり,精神病床全体でみた期間より本章の目標NOTE❶9ページで説明したように,近年「地域移行支援」という言葉は,地域援助者側からの支援の意味で用いられることが多い.しかし,医療機関側が行う退院支援なども地域移行を推進するための支援の1つであるため,本書ではそれらを含めた広義の意味で「地域移行支援」を用いることとする.なお,障害者総合支援法のサービスにも「地域移行支援」「地域定着支援」があることに注意されたい(〓ページ).↓柱注意! 偶数ページ入力KSHO05初.indd 22021/08/05 14:39:033A.地域移行支援・地域生活支援の重要性もかなり短いことがわかる。さらにNDBによる精神病床の新規入院患者の退院率をみると,入院後3か月時点の退院率は63.5%,6か月時点の退院率は81.0%,12か月時点の退院率は88.3%という状況である。 このように,近年では新規入院患者に対する早期退院の取り組みが進み,入院後3か月時点で6割以上の患者が退院できるようになった。しかし,新規入院患者のなかにも,12か月たっても退院することができない患者が約1割いるという現実もある。新たな長期入院患者を生み出さないことが,看護者にとって大きな課題となっている。 ●入院患者の高齢化 精神科病床における入院患者の疾患として最も多いのは統合失調症である(図5‒1)。しかし,2002年時点で全入院患者の58.8%(約20.3万人)を占めていた統合失調症患者の割合は近年減少傾向にあり,2017年には51%(約15.4万人)になっている。 統合失調症患者が減少する一方,入院患者として増えている疾患はアルツハイマー病である。アルツハイマー病は,2002年時点では全入院患者のなかでわずか5.5%(約1.9万人)にすぎなかったが,2017年には16.2%(4.9万人)まで増加した。さらにアルツハイマー病と詳細不明の認知症とを合わせると,2017年では精神科病床入院患者の25.5%(約7.7万人)を占める。これは,高齢化社会の進展とともに,精神科病床における長期入院患者もまた高齢化が進んでいることが要因であると考えられる。 精神科病床入院患者の年齢分布をみると,2017年には65歳以上の入院患者の占める割合が6割をこえており,高齢化が急速に進んでいることがわかる(図5‒2)。高齢精神障害者の場合には,精神疾患の医療のみならず,加齢に伴う生活機能の低下や身体合併症への支援が求められるなど,地域移行後の生活をどのように支えていくのかについて課題が多い(高齢精神障害者への支援については〓ページ)。精神医療における入院患者の地域移行支援・地域生活支援は,これまではおもに統合失調症の患者を対象としていたが,以上のような現状をふまえ,高齢精神障害者に対応した支援の必要性が高まってきている。表5‒1 精神科病院在院患者の状況(入院期間)不明1か月未満1か月以上3か月未満3か月以上6か月未満6か月以上1年未満1年以上5年未満5年以上10年未満10年以上20年未満20年以上633人(0.2%)26,828人(9.6%)20,014人(7.1%)29,487人(10.5%)32,179人(11.5%)80,941人(28.8%)38,111人(13.6%)28,857人(10.3%)23,765人(8.5%)1年以上171,674人(61.1%)5年以上90,733人(32.3%)合計280,815人(100%)(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課「平成30年度精神保健福祉資料」による)見出しの種類でマスター変更 ↓柱注意!KSHO05初.indd 32021/08/05 14:39:039B.地域移行支援・地域生活支援の基礎知識との関係が途絶えないよう継続的にかかわる。 B 地域移行支援・地域生活支援の基礎知識 本節では,精神障害者の地域移行支援・地域生活支援を進めるにあたって必要となる基礎知識について学習する。具体的には,地域移行支援・地域生活支援で活用できる社会資源,アウトリーチ,家族支援,就労支援,ピアサポート,地域における危機介入について解説している。第6章で解説する地域移行支援・地域生活支援の実践のすべてに通じることとして,ここで学ぶ内容をつねに念頭においておきたい。1活用できる社会資源 精神障害者が地域生活を維持し,より社会に参加するためには,社会資源の活用が不可欠である。社会資源には,家族や専門職,ピアサポーターといった人的資源と,医療サービスや福祉サービス・事業などの政策的資源がある。本項では,地域で生活する精神障害者が活用できるおもな政策的資源のうち,おもに実践の場で用いられる診療報酬と障害者総合支援法で制定されているものを紹介する(表5‒4)。診療報酬で制定される資源は,退院支援において入院中から活用できるものと,退院後に活用可能なものがある。一方,障害者総合支援法における資源は,それぞれの障害者のもつ能力や条件,環境といったさまざまな影響要因を加味し,その人に一番合ったものを活用できるよう介入する必要がある。地域移行支援・地域生活支援にかかわる専門職は,変化の激しい政策的支援について十分な知識をもち,その知識を患者や家族と共有していかなければならない。表5‒4 地域移行支援・地域定着支援で活用できる社会資源診療報酬障害者総合支援法入院中・精神科退院前訪問指導料・精神科退院指導料地域〈訓練等給付対象事業〉・自立訓練・就労移行支援・就労継続支援(A型・B型)・就労定着支援・自立生活援助・共同生活援助在宅・訪問看護療養費・精神科訪問看護・指導料・精神科在宅患者支援管理料外来・精神科ショートケア・精神科デイケア・精神科ナイトケア・精神科デイナイトケア・通院集団精神療法・通院・在宅精神療法・精神科継続外来支援・指導料・精神科電気けいれん療法〈地域生活支援事業〉・ 地域活動支援センター(地域活動支援機能強化事業)・居住サポート事業(住宅入居等支援事業)KSHO05初.indd 92021/08/05 14:39:0417B.地域移行支援・地域生活支援の基礎知識健医療制度はもとより地域主体であり,アウトリーチの原型ともいえる方法で医療が提供されてきた歴史があるために,アウトリーチの制度が発展している。イギリスの精神科領域におけるアウトリーチチームは多数存在し,それぞれのチームが連携し合いながら,精神障害者を地域で支えている(図53)。 ●チーム構成 イギリスのアウトリーチチームは,どのような人を対象としているかによって,その構成員の比率が異なる。たとえば,地域精神保健チームでは,マネジャー(CPN)1名,事務4名,CPN 9名,ソーシャルワーカー9名,臨床心理士1名,心理療法士1名,精神科医5名,顧問2名である。危機解決チームでは,マネジャー(CPN)1名,CPN 10名,秘書1名,ソーシャルワーカー1名,作業療法士1名,サポートワーカー2名,心理士1名,精神科医2名と,病棟と同じように看護師の比率が高い構成となっている。 ●支援内容 ある地域精神保健チームは,月~金曜の週5日,9~17時に対応しており,対象者に直接生活の場での支援を実施している。生活面での支援が主で,そのほかに安否確認,服薬指導・確認などを行っている。訪問は平均1~2週間に1回の割合で,長期間継続される。一方,危機解決チームは,週7日24時間体制で,夜間10時以降はオンコール体制をとっている。対象者が危機的状況に陥っていることから,支援内容は医療的介入の側面が濃く,訪問の回数も状況に応じて朝・昼・夕・夜と最高4回の訪問が可能となっている。カナダにおけるアウトリーチ カナダのアウトリーチはACT(〓ページ)を基本に実施されており,重篤な精神障害をもっている人に対して提供される。 ●チーム構成 あるチームの構成員は,プログラムマネジャー1名,精神科医(非常勤)3名,看護師3名,ソーシャルワーカー3名,ケースマネレスパイトアパートレスパイトアパート急性期病棟積極的訪問チームassertive outreach team地域精神保健チームcommunity mental health team一般家庭医(GP)地域精神科看護師(CPN)早期介入チームearly intervention team学校危機解決・家庭支援チームcrisis resolution/home treatment team図5‒3 イギリスのアウトリーチチームKSHO05初.indd 172021/08/05 14:39:06実際の臨床現場をイメージできるよう、豊富な事例を交えて解説しています。地域移行支援・地域生活支援について重点的に学べます。147別巻

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