系統看護学講座
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サンプルページ がん看護学324章 がん患者の看護て,再指導が必要と考えられる。④痛み以外の苦痛のアセスメント がんそのものや疼痛に伴う心理的苦痛についても適切にアセスメントする。 Aさんは,治療の一次中止を告げられ,また激しい疼痛から,今後の見通しをもてず,強い不安から精神的苦痛を感じている。 また,長く家庭での家事役割を担ってきたAさんは,痛みのせいで家事が担えず,家族に迷惑をかけているという思いから,自己の存在意義について不安に感じ,自尊感情が低下している。楽しみにしていた夫との旅行や趣味のガーデニングをあきらめなければならないのではないかと,将来に対する希望も失っている。 Aさんが今後の療養生活を希望をもって前向きに進められるよう,精神面の支援と,社会的な支援を行う必要がある。 2 苦痛緩和のためのケアの実践 これまで行ったアセスメントをふまえ,まずは身体的苦痛を最大限取り除くための看護を実践する。 ◆疼痛緩和のための支援 疼痛緩和はおもに薬物療法によるところが多く,適切な薬物療法を継続して,疼痛をコントロールするための支援を行う。 ●疼痛スケールの共有  NRSなどの疼痛スケールの結果を患者と共有することで,患者自身が疼痛のパターンや薬物の効果について視覚的に理解し,認識することができる。自身の苦痛を認識することは,治療継続の動機づけとなり,またセルフマネジメント能力の向上にもつながる。 ●レスキュー薬の使い方の指導  オキシコンチン ®は持続型の鎮痛薬であり,即効性はない。突出痛が発生する際には,レスキュー薬であるオキノーム ®散を早めに内服することで,痛みの増強を抑制できることを説明した。 ●オピオイド薬についての正しい情報提供  Aさんは,オピオイド薬 ❶について,誤った理解をしていた。そこで看護師は,次の説明を行った。・ オピオイド薬のおもな副作用は,悪心・嘔吐,眠け,便秘であるが,悪心・嘔吐と眠けは,投与初期と増量時に出現することが多く,数日以内に治まっていく。・ 副作用の便秘は,緩下剤でコントロールが可能である。・ オキシコドン塩酸塩のような強オピオイド薬に有効限界はなく,副作用を考慮しながら,痛みの強さに応じて増やしていくことが可能である。NOTE❶オピオイド薬と有効限界 オピオイド鎮痛薬は,疼痛の神経伝達を遮断することによって,鎮痛や鎮静作用などを示す薬物の総称である。モルヒネやオキシコドン,コデインなどの医療用麻薬の多くはオピオイドに分類される(●▶●ページ)。投与量を増やしても鎮痛効果が得られなくなることを有効限界という(●▶●ページ)。おもに弱オピオイド薬でみられ,強オピオイド薬の多くにはみとめられない。33B.がん患者の苦痛のマネジメント入院の継続と退院に向けての指導 入院3日目,薬物療法についての再指導を受けたAさんは,前かがみの姿勢や入浴などで突出痛が発生する可能性があるときには,オキノーム ®散を事前に内服するように行動が変化した。 また,オピオイド薬についての正しい知識を得たAさんは,「鎮痛薬はなるべく使わないように,痛みや副作用をがまんしたほうがよいと思っていました。これからはがまんせずに使いたい」と話し,医師に相談して19時のオキシコンチン ®を増量することとなった。翌日の入院4日目には,「久しぶりにぐっすり眠れました」と話した。退院へ向けての支援 疼痛コントロールが安定し,Aさんは,レスキュー薬の使用や,痛みが強いときの医師・看護師への相談など,自信をもって行うようになり,笑顔も増えてきた。そのため,2つ目の目標である「退院してから自宅で日常生活を送れるようになる」ための支援を行うこととなった。 Aさんは,「入院前に家ではオキシコンチン ®を7時と19時に内服していたけど,朝食の準備などで飲み忘れることも多かったんです。いまもカロナール ®を毎食後に内服しているけど,夕食時間の19時から朝食の8時まで時間があいて,痛みが出てしまいます」と話した。また,前かがみの姿勢が疼痛増強につながるため,「家で布団から1人で寝起きしたり,掃除や洗濯などの家事ができるのかしら。ガーデニングはもうできないのかしら」と心配していた。 そこで,退院後の日常生活を円滑に送り,希望をもって治療に取り組めるよう,理学療法士や作業療法士とともに支援することとなった。 ◆自宅で日常生活を送れるようになるための支援 ●内服時間の調整  自宅での療養生活は,入院時と違って,日常生活を送りながら自分で服薬時間の管理を行っていかなければならない。無理なスケジュールでは,服薬アドヒアランスの低下につながり,適切な疼痛コントロールがむずかしくなる。退院後の患者の生活スタイルに合わせて,無理のない服薬計画を患者とともに検討し,家族の協力をえることが重要である。そのため,家事がひと段落して飲み忘れしにくく,かつ朝7~8時に鎮痛薬の血中濃度が下がらないよう,オキシコンチン ®を10時・22時に服用し,カロナール ®を6時・14時・22時に服用するよう,変更した。 ●起き上がり方の工夫  前かがみの姿勢は,肋骨に負担がかかり疼痛増強の原因となる。この疼痛は,AさんのADLを著しく阻害する。病院ではギャッジアップを利用することで緩和できるが,自宅のベッドは電動ではな事例●❷104章 がん患者の看護科医・形成外科医・腫瘍内科医がスタッフを併任し,臨床心理士・薬剤師・看護師も含めたチームを形成して,新たな課題の解決や検証を行っている。 4 AYA世代のがん患者のケア 国や学術団体によって定義は異なるが,一般的に15~30歳前後の思春期・若年成人adolescent and young adultをAYA世代という。がんサバイバーのなかで,とくにAYA世代の人々に対しては,その年代の特性やがんの特徴から,特別な配慮を要する。 ◆AYA世代のがん患者の課題とがん対策 第2期がん対策基本推進計画以降,思春期・青年期のがん患者をAYA世代と位置づけ,この世代の特徴を考慮した診断・治療が円滑に行われるよう,診療体制の強化がはかられるようになった。患者の個別性を重視し,教育や就労,生殖機能温存などに関する情報提供・相談窓口などについて,医療施設や教育現場,職場,行政などが連携・協働して支援体制を整えられるよう,さまざまな施策や診療報酬の改定などが進められた。 2015年のがん対策加速化プラン(●▶●ページ)では,AYA世代のがん対策について,就学・就職時期と治療時期が重なるため,働く世代のがん患者への就労支援とは異なった観点が必要であると示された。これに加えて,心理・社会的な問題や教育の問題への対応を含めた相談支援体制,生殖機能障害や性に関するボディイメージの変化などセクシャリティの問題への対応,緩和ケアの提供体制などを含めた,総合的な対策のあり方を検討する必要があることが示された。 第3期がん対策基本推進計画では,年代や個々の状況に応じたニーズに対応できるような体制の整備の必要性が指摘され,AYA世代のがんの診療体a.脱毛・脱毛がどの程度で,いつごろ始まるかについての情報提供。・ウィッグの購入先や使用方法などについての情報提供。b.爪への影響・爪の清潔・保湿と保護,切り方の指導。・マニキュアや絆創膏などの使用法の指導。・亀裂や剝離,爪甲脱落,爪囲炎への対応法の指導。c.肌への影響・皮膚の清潔・保湿の指導。・ざ瘡様皮疹や色素沈着,手足症候群,放射線皮膚炎などへの対処法の指導。d.眉毛・まつ毛の脱落・化粧品の使い方の指導・伊達メガネやつけまつげの紹介。●▶図4-2 アピアランスケアの例(国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター:横浜市×アピアランス支援センターアピアランスケアリーフレット.令和元年9月〈https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/appearance/100/index.html〉をもとに作成)39E.倫理的課題と対応どを患者と確認するとともに,患者が意向や意思を表明できるよう支える。(2)関心と気づかい:患者に対して,1人で決めるよう突き放すのではなく,気持ちや考えを尊重しつつ問題を共有し,つねにサポートする立場にあることを伝える。(3)擁護:看護師は,患者のアドボケート(権利擁護者,代弁者)としての立場をとる。患者の権利を擁護し,患者の価値や信念に最も近い決定ができるよう援助し,患者の人間としての尊厳やプライバシーなどを尊重する。(4)関係性の調整:患者を取り巻く関係者(家族や医療者など)が患者の意向や意思,価値や尊厳をまもり,最善の成果をめざし,信頼関係を結び,チームとして効果的に対応できるよう関係性の調整をはかる。 3 アドバンス-ケア-プランニングと倫理 進行がんや再発がんのために,余命が限られた状況におかれている患者は,人生の最終段階における医療やケアの選択を迫られる。治癒や再発予防をめざした治療法の選択とは異なり,限りある予後に直面し,患者や家族は死への恐怖や喪失への脅威を体験する。わが国では,高齢多死社会の進行に伴って,在宅や施設における療養や看取りの需要が増大していることから,地域包括ケアシステムの構築が進められ,当事者の尊厳をまもり,人生の最終段階を有意義に送るためのケアの重要性が検討されるようになった。 このような背景のもと,厚生労働省において,「人生の最終段階における医療の普及・啓発に関する検討会」が設置され,人生の最終段階の医療・ケアについて,本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス,つまりアドバンス-ケア-プランニングadvance care planning(ACP)の概念を盛り込んだ『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』が策定された 1)。本ガイドラインでは,人生の最終段階にある人の尊厳がまもられ,自分らしく最期まで生き,よりよい最期を迎えるための最善の医療・ケアの指針が示されている。 たとえば,がんの終末期では,がんの進行による耐えがたい苦痛に対して鎮静が行われることがあるが,一方で,鎮静には意識の低下や生命の危険を伴う場合があり,倫理的課題が生じることがある。そのため,このような状況に陥る前に,苦痛を緩和する医療やケアにはどのような方法があるのか,その方法にはどのようなリスクがあるか,また苦痛を緩和するためにこれまで続けてきた医療・ケアを変更・中止するかどうかといったことについて,十分に説明を受け,医療者や家族と対話しながら,患者本人の意思を表明しておくことが重要となる。看護師はこの過程を医療・ケアチームとして支え1)厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン.2018年3月改訂(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf)(参照2021-04-16)豊富な事例で、 患者の臨床経過と看護師の役割をイメ ージできます。第3期がん対策推進基本計画に基づき、内容を刷新。26第3章 がんの治療など,さまざまな分野の専門家で構成される。この検討会において,検出された遺伝子変異の生物学的意義づけや対応する薬剤の有無,患者に適切な治療薬や臨床試験の情報が確認され,レポートが作成される。 ●検査内容の説明  検査が行われてから1~2か月後,主治医より,患者・家族に対して,エキスパートパネルで作成されたレポートに基づいて検査結果や治療についての説明が行われる。検査前の説明と同じく,看護師やがんゲノム医療コーディネーターが同席することも多い。効果が期待できる治療薬がある場合には,臨床試験などを含めてその治療薬の使用が検討され,実際に治療が行えるか最終決定がされる。適切な治療薬や臨床試験がない場合には,緩和医療など,ほかの治療への移行が検討される。二次的所見への対応 遺伝子パネル検査は,がん細胞内に存在する遺伝子異常の発見と治療薬の検索が目的だが,がん細胞内に存在する遺伝子を網羅的に調べるため,がんと関連のない遺伝子異常や,生殖細胞系列の遺伝子変異が偶発的に発見される可能性がある(二次的所見)。そのため,検査前には主治医以外にがん診療に関わる看護師やがんゲノム医療コーディネーター ❶が同席し,患者側の検査への理解の確認を行う必要がある。パネル検査で二次的所見が得られた場合には,遺伝カウンセラーや臨床遺伝専門医への紹介が必要となる場合がある。データの集積と研究 がんゲノム医療では,国立がん研究センターに設置されているがんゲノム情報管理センターCenter for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics(C-CAT)に臨床情報や遺伝子パネル検査の結果データが集約され,臨床情報のデータベース作成や,研究機関や企業での新たな診断・治療開発研究など様々な分野で遺伝子検査結果が活用される。NOTE❶ がんゲノム医療コーディネーター がんゲノム医療に関する必要な情報を,遺伝子パネル検査前後に,患者とその家族に伝え,心情面でのサポートや治療法選択の意思決定の支援を行う。看護師・薬剤師・臨床検査技師などの医療従事者が,厚生労働省の研修を受けることで養成される。検体の送付検体の送付遺伝子の解析遺伝子の解析解析データ解析データ③エキスパートパネルによる検討③エキスパートパネルによる検討①担当医よりがん遺伝子パネル検査の説明①担当医よりがん遺伝子パネル検査の説明②がん遺伝子パネル検査の実施②がん遺伝子パネル検査の実施⑤担当医から結果の説明⑤担当医から結果の説明担当医,病理医,遺伝医療の専門家,がんゲノム医療の専門家,バイオインフォマティクスの専門家など④適切な治療法の検討④適切な治療法の検討保険適用外の治療法が検討されることもある保険適用外の治療法が検討されることもある治験・臨床試験治験・臨床試験薬剤薬剤がん組織と血液の両方またはどちらかが必要がん組織と血液の両方またはどちらかが必要血液血液がんの組織がんの組織●▶図3-19 がんゲノム検査の流れ27A.がん治療の概要 3 がんゲノム医療における課題と看護の役割 がんゲノム医療の実施において,看護師の担う役割は多岐に渡る。看護師は,患者や家族を支援する役割を担っているため,がんゲノム医療に関する基本的知識や用いられる検査・治療について,最新の知識を獲得する努力を続けなければならない。 がんパネル検査は通常,標準治療のない,あるいは標準治療を終える見込みの患者が受ける。遺伝子パネル検査への期待は大きいが,あとの治療の選択肢が限られている状況のため,精神的な負担も大きい。現状の遺伝子パネル検査は,有効な治療選択肢のない患者にとって最後の頼みの綱であり,検査結果次第では,その後の治療選択肢がなくなってしまう可能性があるため,検査前の病状進行時の病状説明からの継続的な関わり合いが大切になる。 検査の実施前から検査結果のあとまで,とくに次の項目について注意して確認を行う(●▶図3-20)。検査内容やリスクの理解 体細胞変異と生殖細胞変異の違いや,二次的所見が発見された場合の対応が理解できているか,検査結果を本人以外に共有するか否かなど,検査実施のリスクや対応について,検査実施前に十分話し合っておくことが大切である。とくに患者は,生殖細胞変異の検査結果について,知る権利と知らないでいる権利の両方を有しており,検査実施前に十分意向を確認する必要がある。 また,遺伝子パネル検査を行ったとしても有効な治療法が見つかる可能性は5~20%と低く 1),治療法が見つからない可能性が高いことを理解してい1)角南久仁子ほか編著:がんゲノム医療遺伝子パネル検査実践ガイド.医学書院,2020.検査前・患者が検査の対象かどうか・検査に必要な検体があるかどうか検査実施・検査の解析に成功するかどうか・検査結果で遺伝子変異があるかどうか・結果で得られた遺伝子変異に適合する薬剤があるかどうか治療選択〈臨床試験〉・臨床試験に参加する条件に該当するかどうか〈保険適応外の治療の場合〉・各医療機関の倫理審査委員会への提出や,患者申出療養制度の利用申請など,薬剤使用のための手続き同意取得結果の開示臨床試験に参加治療の実施数週間~数か月1~2か月●▶図3-20 がん遺伝子パネル検査の実施前から治療実施までの検討事項と期間最新のがんゲノム医療について,看護師の役割とともに解説します119別巻

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