系統看護学講座
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サンプルページ 教育学27B.発達という見方みる。ある年齢に達した子どもは,自力では自転車に乗れなくとも,自転車を支えてもらうという適切な他者の援助を得ることによって乗ることができるようになる。それはあくまでも適齢に達した子どもへのはたらきかけによるものであって,乳児はいくら援助を得ても自転車には乗れない。このように適切な時期にちょうどよいはたらきかけを与えることが,発達を促すことをヴィゴツキーは明らかにした。 また,ヴィゴツキーは,言語などに注目することで,個人の心の発達が社会や文化との相互関係によってなされることを示した。すなわち,他者との対話(コミュニケーション)の道具として機能していた言葉が,人間の内部に取り入れられ思考の道具となり,心をつくりあげたりみがいたりする。そして,そのようにつくりあげられた心が社会に向けて表出されることによって,新しい文化の創出が行われる。一見すると個人の心のはたらきであるように見える思考も,実は言語などを媒介として社会や文化との関係のなかでおきているとする。 このような個人の発達と社会の発展を総合的にとらえる理解を内化理論という。発達の最近接領域と内化理論がヴィゴツキーの発達理論の核となっている。 3 その後の発達論の動向 さらに,社会の複雑さや人間の全体性を見すえた発達のとらえ方として,より広い文化的・歴史的な視点をもって学習活動をとらえようとしたフィンランドのエンゲストロームEngeström, Y. や,フランスのワロンWallon, H.の議論が内化理論▶出生感覚運動的段階前操作的(自己中心的)段階形式的操作的段階具体的操作的段階表象的思考段階ⅠⅡⅢⅣⅤⅥ象徴的思考対象永続性直観的思考具体的操作形式的操作「いま,ここ」にある世界(実物)を離れて頭の中で実物を描いてとらえられる。イメージでとらえる段階(象徴的思考)から,概念化が進むが推論や判断が直観的(直観的思考)な段階に移行する。概念でものをとらえる段階,論理的な操作で考えられる。具体的事物に即してから仮説をたて演繹的に考えることができるようになる。「いま,ここ」にある世界を感覚でとらえる。6期の段階からなる。第Ⅳ期には外界の対象が隠れてしまってもどこかに存在していることがわかるようになる。11,12歳7,8歳4歳2歳えん えき▶図 3-2  ピアジェの発達段階図109B.「教育による発達」の理論発達科学により塗りかえられ,生涯にわたる生理・心理・社会の複雑な相互関係の過程として描かれるようになっている。▶図 9-2  乳児の指さしにみられる交互凝視 (視線が相手と対象の間を行き来する行動)生後9か月ごろになると,母親の視線の先にある事物を一緒に見るという共同注意が発生し,自分から指さしによって母親に対象を示すようにもなる。▶図 9-3  誤信念課題4歳ごろになるとサリーはカゴをさがすと答えるが,3歳では箱をさがすと答え,相手の誤信念を理解できていないことが示されている。(Frith, U.:Autism;Explaining the enigma. Blackwell, 1989を参考に作成)①左の子はサリーです。サリーはカゴを持っています。 右の子はアンです。アンは箱を持っています。②サリーはビー玉を持っています。ビー玉を自分のカ ゴに入れました。③サリーは外に散歩に出かけました。④アンはサリーのビー玉をカゴから取り出すと,自分 の箱に入れました。⑤さて,サリーが帰ってきました。自分のビー玉で遊 びたいと思いました。サリーがビー玉をさがすのは, どこでしょう?第3部 第12章 教育のメディア ― 教育をデザインする154 A メディアと教育 教育の目標は,教師が頭の中でただ念じているだけで実現されるものではない。その実現のためには,教師からの具体的なはたらきかけが必要である。 たとえば,子どもが本をたくさん読むようになるということを目標にしている場合を考えてみよう。この場合,まず,教師が子どもに「本をたくさん読みましょう」と直接的に指示するという手段がある。また,子どもが興味をもちそうな本を,教師が表紙を見せながら紹介するという手段もある。さらに,子どもどうしで本を紹介し合う活動を組織するといった,より間接的な手段もある。それだけではない。子どもが本をどれだけ読むようになるかは,たとえば,教室や廊下など子どもの身のまわりにいつでも手に取れるかたちでどれだけ本が用意されているかといったことにもよるだろう。 このように教育の目標を実現しようとする際に機能する具体的作用の総体を,教育のメディアとしてとらえることができる。ここでの「メディア」は,しばしばこの言葉から連想されるような,テレビや新聞など(マスメディア),あるいは視聴覚機器・情報機器など(電子メディア)に限定されるものではない。教師が発する言葉,提示する具体物,与える活動のルール,教室内の空間配置などもすべて含まれている(図12︲1)。本章では,①教師,②学習者どうしのかかわり,③物と空間という3つに分けて,教育のメディアのはたらきについて述べていくが,その前に,メディアとはなにかについてみておく。教育のメディア▶教師の言葉活動ルールを示した掲示物言葉を使うときの力点共同体のための人間形成「形成」「教化」〈教育〉「教育」メディアはテレビや新聞など(マスメディア)や視聴覚機器・情報機器など(電子メディア)に限定されるものではない。教師が発する言葉,提示する具体物,与える活動のルール,教室内の空間配置などもすべて含まれている。黒板具体物座席の配置教師の立ち位置学習者どうしのかかわり視聴覚機器(電子黒板)活動ルールを示した掲示物▶図 12-1  教室内のメディアの例第4部 第16章 ジェンダーとセクシュアリティ210 A ジェンダー,セクシュアリティとはなにか 本章では,セクシュアリティとジェンダーという概念から,教育学について考えてみたい。この2つの概念は,どちらも性にかかわる概念であるというところに共通点がある。 たとえば,赤ちゃんを抱いている人に他人が出会ったとき,「まあ,かわいい女の子ですねえ」とか,「元気な男の子ですねえ」というように性別を確認してから会話が進められることが多い。初対面の人に会ったとき,通常,私たちは瞬時にその人が男性か女性であるかを無意識のうちに判別する。しかし,大人とは異なり,赤ちゃんの場合,顔つきだけでは,男女の違いはほとんどわからないため,コミュニケーションの始まりに確認を行うのである。 ところが,奇妙なことに私たちは,初対面の赤ちゃんの性別をたずねる際に,たいていその性別を言いあてることができる。それは,女の赤ちゃんであればたいていピンクの産うぶ着ぎを着ているからであり,男の赤ちゃんならブルーの産着などを着ていることが多いからである。こういった場面に,ジェンダーの観念をみることができる(図16︲1)。ジェンダーとはなにか 前述の赤ちゃんの例のように人々(自分)を性別で区別して認識すること,そして,その区別に応じた対応を人々(自分)に期待し,それにそった行動を実行することをあらわすのがジェンダーという言葉である。 このジェンダーという言葉は,まだ新しい言葉で,1970年代以降に英語圏をはじめとして世界的に広がっていき,いまでは日本でも定着するようになった概念である。1まあ,かわいい女の子ですねまあ,元気な男の子ですね▶図 16-1 初対面の赤ちゃんの性別をたずねる際にみるジェンダーの観念第4部 第17章 特別ニーズ教育・インクルーシヴ教育228 3 障害の概念と特別ニーズ教育・インクルーシヴ教育との関連 特別ニーズ教育・インクルーシヴ教育には,個人モデルに従って障害のある子ども個人に焦点をあてる側面と,社会モデルに従って障害のある子どもを取り囲む環境に焦点をあてる側面の両面が含まれる。 特別ニーズ教育は,障害の種類や程度はもちろん,障害のある子どものさまざまな特徴に注意をはらい,それらに配慮した個別的な教育をつくりあげようとする。そこでは障害のある子ども個人に焦点をあてながら,個人モデルにそって,その子どもが障害を克服するのをいかに支援するかという課題に取り組もうとする。 他方でインクルーシヴ教育は,障害のある子どもを排除することなく受け入れるために,その人間関係や教育環境をかえようとする。そこでは障害のある子どもを取り囲む環境に焦点をあてながら,社会モデルにそって,障害のある子どもも含めてともに生きていく共生社会をいかにつくるかという課題に取り組もうとする。 このように特別ニーズ教育・インクルーシヴ教育は,障害のとらえ方や問題への対応の仕方が異なる個人モデルと社会モデルを含んでいる。ここで大切なことは,二者択一でどちらのモデルを選ぶかを決めることではなく,障害のある子どもを理解し,その教育に取り組むために,どのように2つのモデルを組み合わせて活用できるかを考えることである。個人モデルにそった特別ニーズ教育▶社会モデルにそったインクルーシヴ教育▶ 2 つのモデルの組み合わせと活用▶a. 個人モデルb. 社会モデル▶図 17-2  個人モデル・社会モデルの例237A.生涯学習の必要性生涯学習の実現に向けた取り組み 1 生涯学習への注目 生涯学習が国際的に注目されるようになったのは,1965年に開催されたユネスコ成人教育推進会議がきっかけだった。ユネスコは,1945年に設立された国際連合(国連)の専門機関で,教育・科学・文化における国際協力を通じて世界平和に貢献することを目ざして,さまざまな活動を行っている。教育水準を向上させるための取り組みもその1つで,1965年の会議では,成人が教育を受ける機会をより多く得られるよう,教育のシステムを大きくつくりかえ,生涯にわたって教育を受けることを可能にするシステムを構築することが提言された。学齢期の子どもや若者を対象とする学校教育だけでなく,成人が利用しやすい教育の場を拡充していくことの重要性が主張されたのである。 2 リカレント教育論 1970年には,それを実現するための具体的方策として,経済協力開発機構(OECD)がリカレント教育論を提唱した。「リカレント」とは,「循環」を意味する。教育を受ける時期を子ども期と青年期に限定することをやめ,生涯にわたって教育・労働・余暇を繰り返すことができるようにしよう,というのがリカレント教育論の趣旨であった(図18︲1)。 たとえば,高校を卒業したあと数年間社会で働きながら自分の希望や適性を見きわめ,それをふまえて大学や専門学校に進学したりする。仕事をするなかでより高度な専門性が必要となった際に,いったん仕事を中断して専門的な教育を受け,そのうえで仕事に復帰してより生産性を高める。リカレント教育論は,こうしたことをごくあたり前のものとして社会に定着させようという考え方である。それは,人々の自己実現を支援するためでもあるし,労働力の質を向上させることによって経済成長を促進しようとするものでもある。2余暇労働労働労働教育教育教育余暇▶図 18-1 リカレント教育の一例(看護師の場合)全章にわたって教育と看護との関連性を意識し、看護師の臨床場面にいかせる内容としました。107基礎分野

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