医学界新聞

寄稿 平泉 拓

2020.11.30



【視点】

COVID-19下の遠隔心理療法をどう実践するか

平泉 拓(東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科 助教/VCPカウンセリングオフィス主宰)


 現在,心理支援サービスは変革期を迎えている。1980年代から遠隔心理学(telepsychology)の研究と実践が進められてきた中で,2020年にCOVID―19の感染拡大が起こった。世界的な潮流として離れた場所から心理支援サービスを提供する必要が生じ,遠隔心理学に注目が集まっている。遠隔心理学とはサービスを受ける人と提供する人が物理的に距離の離れた場所にいる状況で,電話,モバイル機器,ビデオチャット,電子メール,ショートメッセージ,ソーシャルメディアなど遠隔コミュニケーションの情報技術を用いて提供される心理支援サービス全般を指すものである。

 わが国におけるCOVID―19の感染拡大から今日までの期間は,遠隔心理学にとって行動変容ステージの中での, 「行動を変える意図を持っている」関心期と「行動を変える意図があり何らかの行動を起こしている」準備期,「明確な行動の変更を起こしている」実行期が同時にやってきた困難な時期なのかもしれない。遠隔心理学の準備を急ぐあまり,サービスが患者の害になってはならない。患者の安全と情報の機密性を保持するために,各種のガイドラインを整備・遵守し,エビデンスの蓄積と共有を行い,専門家が参照・受講できる標準プログラムを策定する必要がある。その上で,情報技術がさらに進化することを考えると, 遠隔心理学の本格的な実践と変革は,5G(第5世代移動通信システム)の普及後に起こるだろう。

 遠隔心理学の一分野に,遠隔心理療法(telepsychotherapy)がある。これは映像と音声を同時双方向で通信するビデオ会議ツールやオンライン診療システムなどの情報技術を用いて心理療法(精神療法)を提供するものである。諸外国ではCOVID―19以前から特定の心理的な問題の改善に有効であることが検証され,対面の心理療法に劣らないことが示されている1)。遠隔心理療法の最大の強みは,アクセスの障壁を軽減し,治療を受けられる人と受けられない人の格差を是正することである。例えば専門家が全国に少ない疾患に苦しむ患者への適用が挙げられる2)。サービスにアクセスでき,移動のコストが軽減することは,全ての人の健康的な生活と利益のために極めて重要である。専門機関はこのサービスを発展させることで, より効果的に,より多くの地域の人に提供できる可能性がある。

 遠隔心理療法は対面式の心理療法の敷き写しととらえられやすいが,新しいケアの提供方法でもある。医療記録データや患者レジストリなどWebベースの情報管理プログラムを用いて治療の流れを構造化し,遠隔チームをオンラインでつなげてケアを提供するタイミングや方法を調整する,遠隔チーミング(Tele-teaming)3)というチームアプローチがトレンドになっている。

 遠隔式でも対面式でも,サービスを受ける人と提供する人との対話が大切になる。両者では相互信頼関係の進み方や提供者の存在感の示し方,イントネーションや身振りなどのパラ言語の使い方に差異があると指摘されることがあるが,人と人が心を通わせて対話するものであり,心構えに本質的な差異はないのではないか。近年注目を集める対話的実践(dialogic practice),つまり人と人との対話を重視する実践は,遠隔式でも大切である。筆者らは,個人と組織のダイアローグ性の向上を目的としたプログラムの開発,ならびに個人と組織のダイアローグ性を測定するスケールの開発に取り組んでいる4)。ダイアローグの姿勢とは,一つの見方や結論に執着せず,曖昧な状況に耐える「不確実性の許容」(tolerance of uncertainty),さまざまな立場や価値観を持つ人々の意見を尊重し,大切にする「多声性の尊重」(polyphony),じっくり話を聴き,応答する「対話性」(dialogism)である。これからは遠隔心理学の発展と普及に向けて,サービスを受ける人だけでなく遠隔心理学の実践家と研究者との対話にも取り組んでいきたい。

参考文献・URL
1)Clin Psychol Psychother. 2018[PMID:30014606]
2)Hiraizumi T. Videoconferencing Psychotherapy and Community Care in Japan. In:Hagino H, et al, editors. New ways of promoting Mental Well-being and Cognitive Functions. Laurea Publication;2018. pp56-68.
3)Curr Psychiatry Rep. 2019[PMID:31286277]
4)平泉拓,他.日本ブリーフセラピー協会第12回学術会議.ダイアローグ尺度の作成と信頼性・妥当性の検討.要旨集;2020.p5.


ひらいずみ・たく氏
2008年立命館大アジア太平洋学部卒。15年東北大大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。臨床心理士,公認心理師。日本学術振興会特別研究員,宮城大学生相談室カウンセラーを経て,15年より現職。20年,東北初となるオンライン専門の遠隔心理支援サービス,VCPカウンセリングオフィスを開業。

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