医学界新聞

患者や医療者のFAQに,その領域のエキスパートが答えます

寄稿 山口 崇

2020.07.20



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
慢性進行性疾患患者の呼吸困難に対する症状緩和

【今回の回答者】山口 崇(甲南医療センター緩和ケア内科 部長)


 呼吸困難は,慢性進行性疾患患者において多く合併し,進行がん患者で50~70%以上,慢性呼吸器疾患・心不全などの進行期の非がん疾患患者ではより高頻度で合併すると報告されています。呼吸困難の合併は,症状自体による苦痛をもたらすのみならず,生活の質(QOL)低下や日常生活動作(ADL)の制限につながり,患者の生活に大きな影響を及ぼすため,その症状を軽減させることは緩和ケアの重要な役割の一つと言えます。


■FAQ1

進行がん患者などの慢性進行性疾患患者に呼吸困難が発生した際,原因として何を考え,どのような点に注意して診察を行えば良いでしょうか?

 呼吸困難は「呼吸時の不快な感覚という主観的な経験」と定義されています。呼吸困難というと,まず低酸素血症になっていることを想起しやすいかと思いますが,必ずしも血中の酸素濃度の低下とリンクするわけではありません。また,肺や心臓などの胸腔内の臓器の問題だけではなく,時に肝腫大や腹水による横隔膜の運動制限や神経筋疾患,悪液質/サルコペニアに伴う呼吸筋機能低下など,胸腔外の原因による呼吸困難も経験されます()。これらの胸腔外の原因は見逃されやすいので,呼吸困難を発症した患者を診察する際には,酸素濃度や胸部の診察のみならず,包括的に病歴・身体所見を評価し,画像評価の場面においても必要に応じて胸腔外の評価を含めるよう心掛けます。

 呼吸困難の原因となる病態(クリックで拡大)

Answer…低酸素血症や胸腔内の臓器の問題だけでなく,血中酸素濃度に関連のないところや,胸腔外に原因があることもあります。包括的に病歴・身体所見を評価しましょう。

■FAQ2

非がん疾患患者の呼吸困難に対してオピオイドの投与は効果が期待できるのでしょうか?

 モルヒネをはじめとしたオピオイド製剤は,がん患者の呼吸困難に対する症状緩和治療の第一選択として国内外のガイドラインでも推奨されており,緩和ケア専門施設以外の一般的な臨床現場においても使用されることが珍しくなくなっています(1)

 がん患者の呼吸困難への対応アルゴニズム(文献1より作成)
*低酸素血症を合併している際はオプションとして,高二酸化炭素血症を伴っている患者には非侵襲的陽圧換気を,伴っていない患者には高流量鼻カニュラ酸素療法などを用いる。

 一方,非がん疾患患者の呼吸困難に対するオピオイドの効果に関しても,重症慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の呼吸困難にモルヒネを中心とするオピオイドの効果を検討したメタ解析において,プラセボと比較して有意に呼吸困難を改善したと報告されています2)。その他の呼吸器疾患や心不全などについては,まだ結論の一致した研究結果が十分にそろっていませんが,オピオイドの有効性を示唆する結果も得られています。

 非がん疾患患者の呼吸困難にオピオイドを投与する際の注意点として,臨床試験で採用されている投与量は,がん患者に対して使用される投与量と比較すると全て少量投与であることが挙げられます。特にCOPDにおいて経口モルヒネ換算30 mg/日以上では死亡リスク増加との相関が報告されており3),少量投与(経口モルヒネ換算10~30 mg/日)を基本とします。

 国内の心不全やCOPDのガイドラインにおいても呼吸困難に対するオピオイド投与に関する記載があるため,今後臨床現場でのオピオイド投与が広まることが期待されます。

Answer…重症COPDの呼吸困難に対してオピオイドの効果が立証されており,その他疾患についてもオピオイドの有効性が示唆されています。ただし,非がん疾患患者の呼吸困難にオピオイドを投与する際は,少量投与が基本であることに留意しましょう。

■FAQ3

呼吸困難の治療としてオピオイドを用いる際,呼吸抑制の危険は問題ないのでしょうか?

 呼吸困難は,呼吸状態の悪化を伴っていることがあります。特に呼吸機能低下を基礎に合併している場合は多くの医療者が,オピオイド投与による呼吸抑制への懸念を抱いているようです。しかしながら,呼吸困難に対するオピオイド投与に関する臨床試験データのメタ解析では,オピオイド投与による有意なSpO2/PO2低下やEtCO2/PCO2上昇は見られないか,見られても臨床的に問題とならない極めて軽微な程度であることが報告されています4)。したがって,呼吸困難を緩和するためのオピオイド治療によって臨床的に意義のある呼吸抑制が生じることは極めてまれであり,「適切な投与方法」を行う限り安全性は高いと言えます。

Answer…臨床的に問題となるほどの呼吸抑制が生じるケースは多くありません。適切な投与を行っていれば安全性は高いと考えられますので,ガイドライン等に準拠し処置を行いましょう。

■FAQ4

呼吸困難への対応について,薬物療法以外にどのような方法がありますか?

 呼吸困難を訴える患者に対しての治療法について,まず頭に浮かぶのは酸素療法ではないかと思います。低酸素血症を合併している呼吸困難に対しては基本的に酸素療法が適応となることに疑問の余地はないと思います。一方,低酸素血症を合併しない,もしくは(在宅酸素療法の適応基準を満たさない程度の)軽度低酸素血症合併例での呼吸困難に対する酸素療法は,がん・非がん疾患共に空気投与以上の効果がまだ証明されていません。英国胸部学会の酸素療法に関するガイドラインでも「酸素療法は低酸素血症の治療を目的としており,呼吸困難に対する治療法ではない(Oxygen is a treatment for hypoxaemia, not breathlessness.)」と冒頭から述べられています5)。酸素療法に伴う拘束感や気道乾燥などの不快,せん妄の増悪などデメリットも見逃せないため,低酸素血症を合併していない呼吸困難に対して酸素療法は基本的に勧められません。

 また,呼吸困難に対し広く適応可能な緩和治療として,送風療法(Fan therapy)があります。これは,手持ちの扇風機(Hand-held fan)などを顔面に向けて送風することで,三叉神経第2~3枝領域の皮膚・粘膜に寒冷/気流刺激をもたらし,呼吸困難が緩和される機序が考えられています。この方法は,比較的安価で簡便に行えること,副作用はほとんど想定されないこと,自身で調整できることから自己効力感の向上にもつながり,臨床研究でも有効性が確認されています6)

 その他にも,体位調整,呼吸法の指導などの看護ケアやリハビリ介入,リラクゼーションなどの心理介入等,エビデンスは十分とは言えませんが,普段の臨床現場で行える非薬物療法はいろいろありますので,周囲の多職種に相談してみるのが良いと思います。

Answer…低酸素血症を合併しない,もしくは軽度低酸素血症合併例での呼吸困難に対して酸素療法は推奨できません。酸素療法が使用できない例を含め,多くの呼吸困難に用いることができる非薬物療法の一つに送風療法が挙げられます。送風療法以外にも,それぞれの療養場所・施設で,リソースに応じて提供可能な非薬物治療を実施すると良いでしょう。

■もう一言

 呼吸困難は,慢性進行性疾患患者の終末期において,苦痛緩和のための持続鎮静(Palliative sedation)の適応となる代表的な症状の一つであり,十分な症状緩和が得られない場合も少なくないのが現状です。しかしそのような中でも,薬物療法・非薬物療法をうまく工夫しながら組み合わせることで,目の前の患者やその家族の苦痛をほんの少しでも今より和らげることができます。患者さんの状態に応じた効果的な症状緩和を見いだして取り組んでほしいと思います。

参考文献
1)J Palliat Med. 2016[PMID:27315488]
2)Ann Am Thorac Soc. 2015[PMID:25803110]
3)BMJ. 2014[PMID:24482539]
4)Eur Respir J. 2017[PMID:29167300]
5)Thorax. 2017[PMID:28507176]
6)J Pain Symptom Manage. 2019[PMID:31004769]


やまぐち・たかし氏
2004年岡山大医学部卒。14年筑波大大学院人間総合科学研究科博士課程修了。手稲渓仁会病院,筑波メディカルセンター病院,神戸大病院腫瘍センターでの勤務を経て,18年より現職。『緩和ケアレジデントマニュアル』『緩和ケアレジデントの鉄則』(いずれも医学書院)の編集に携わる。

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