医学界新聞

寄稿

2019.07.29



【寄稿】

健康観の変遷と展望
「過程としての健康」観の構築と,その先へ

杉本 洋(新潟医療福祉大学看護学部看護学科准教授)


 健康は多くの人が望むもので,保健医療はその望みに応える重要な役割を果たす。では,「健康」とはそもそもどのようなものか。あらためて問われると困惑するのではないだろうか。

 看護系大学の大学院を修了後,市町村保健師として勤務した筆者は,生活者,専門家,医療制度,情報,価値観,信念,文化,歴史といったものが交錯する中で人々が暮らし,そこに健康が関係する当たり前のことを実感してきた。大学院博士課程で触れた文化人類学・社会学は難解に感じたものの,学びを深める中で芽生えた「健康」を含むいくつかの問題意識に対し,既に学術的な検討がなされているという,これもまた当たり前のことを理解した。

 今振り返れば当然と思うことも,それぞれの環境,立場では新鮮な驚きを感じた。「健康」の概念は既に多く語られ,正直筆者の手に負えるものではない。しかし,古くから検討されてきた「健康」の概念も,新しさを感じる面がある。学際的な学問研究の場に身を置いてきた者として,思い付きの域をまだ出ないものの,「健康」に関する議論の発端となる視点を記したい。

病気ではない状態から,過程としての健康へ

 の「状態としての健康」のように,健康は古くは「病気ではない状態」ととらえられてきた。その健康観は強固で,「保健学や健康の科学を志向している」者にとっても,「『病気や症状や異常がない状態』という発想や観念から脱却」することが「大転換」1)であったとされるが,そこから「生活者を主体とした,ライフ(生命,生活,人生)を基本にすえた新しい健康の理論」1)の展開が志向されてきた。健康を多様な「過程」ととらえることで,かつての幻想の健康観の理解を超えた新しい視点が得られる可能性があると言われている2)

 健康観の変遷のイメージ(筆者作成)(クリックで拡大)

 こうした見解の中,健康を静的な「状態」としてとらえる立場から,動的なものとしてとらえる立場が表れてきた。その一つの表れが図の「過程としての健康」といえる。「健康」と「健康破綻」は連続体であるとされ,リスクファクターではなく健康生成要因に着眼する視点が,医療社会学者のアントノフスキーによって生み出された3)。「健康生成論」と呼ばれるこの考えは,病気と健康のパラダイムは異なるとする立場,すなわち病気を予防・治療することと,健康を生成することは異なるという革新的な立場を取っている。

 「状態」としての健康が客観的な病気ではない状態であれば,過程としての健康は固有で多様なものとなる。

 筆者は,メンタルヘルス関連の当事者活動にてフィールドワークを行う中,生きづらさは必ずしも消し去られるわけではなく,むしろ表現され,顕在化されることで,生きづらさがあるままに他者とのつながりを生じさせながら当事者活動がなされていく様子を感じ取ってきた。

 病気は生きづらさを生じさせる一方で,別の側面から見ればさまざまな資源となる場合もあり,日々の生活や個々人を形作る重要な要素となる。プロセスとしてとらえれば,痛みや苦しみは「味わうもの」とする立場もある4)。病気を生きる過程は,健康に相反するものではなく,一つの健康の形であると考えられる。過程としての健康は直線的で連続的なものであり,さらには不可分に二面的で,なおかつ循環的なものととらえることもできる。

ネットワークの連関,再帰的に構築される健康

 病気を予防・治療することと健康をつくることは異なるとの発想に加え,健康生成論で筆者が興味深いと思ったのは,健康生成力と表される Sense of Coherence(SOC)が,「環境や周囲の人々との関係性を不可分にもった」「拡大された自己概念」,「人間の体の内外は明確にしていない」5)と表されていることである(註1)。

 加えて筆者は,精神保健領域で注目されているオープンダイアローグは,治療や回復にネットワークが重要との立場よりも,ネットワークが先にあって「システムが生み出す産物(「廃棄物」)」として治療や回復がもたらされるとの視点に注目した6, 7)

 これらは健康が必ずしも「個人」だけのものではないこと,健康のためにネットワークや環境が必要なのではなくネットワークそのものに健康を見いだす可能性を示しているのではないかと考える。文化人類学や社会学で注目されているアクターネットワーク理論では,人間のみならず非人間をもエージェンシー(行為を生み出す力)を有するものとして扱い,自然も社会も前提とせず連関そのものに着眼する立場を取る(註2)。ゆえに「アクター」が「ネットワーク」で,「理論」もまたアクターになるとの興味深いとらえ方がなされる8)

 そして近代の特性を表す際に用いられる再帰性は,「社会の実際の営みが,まさしくその営みに関して新たに得た情報によってつねに吟味,改善され,その結果,その営み自体の特性を本質的に変えていく」9)ことを指す。

 アクターネットワーク理論と「健康」を関連付けると,健康の概念・コンセプト自体がアクターになり,それが連関の中で,健康自体が健康を構築するという再帰的な姿が見て取れるようになる。「健康」(という概念)は自然を前提としたもの,社会を前提としたものではなく,まして専門家や国によって与えられるものでもない。健康は,図の「連関としての健康」に示したように再帰的に作られる複雑な連関として表れるものともとらえられる。

 例えばひきこもり支援においてしばしば指摘される,変わるべきは相手(ひきこもりの人)ではなく,「私」(支援者)との視点10)を持つことは,問題や支援,健康などのめざすべき方向性が連関に位置付けられることの表れととらえられないだろうか。

「健康」の知見の深まりに期待

 健康についてこのように考えると,不確実ではあるが開けた過程としての健康観,また個人の健康を支える環境が必要との意味合いを超えたネットワークとしての健康が想定されることで,EBMやリスクファクターの除去といった今まで医学が磨き上げてきた知を否定するのではなく,それらを包含しながら,現代社会に即した保健医療の施策形成に向けた考察が可能になると考える。

 「健康」の概念は魅力的で可能性が開けている。自らの体験を踏まえれば,「健康」を研究・教授する場の充実と,「予防」とは異なる(もしくは予防を包摂した)「健康」を専門とする保健師らが養成されることによって,健康に関する知見の深まりと応用が期待できると考える(なお,予防の必要性を否定・軽視しているわけではない)。

 再帰的に作られる連関としての「健康」の一部に,私自身も組み込まれながら健康の構築に寄与していきたい。

註1:Sense of Coherenceとは,ストレス対処能力ともとらえられる,健康生成論に基づき,ある種の「確信の程度によって表現される世界規模の志向性」3)を概念化したもの。
註2:アクターネットワーク理論とは,主体/客体あるいは人間/自然といった近代的世界認識を超え,脱中心的なネットワークとして社会を記述する理論で,社会学者のラトゥールらが提唱した。人間や事物は複雑に絡み合ったネットワークととらえる「連関の社会学」は「つながりをたどること」がめざされている。

参考文献
1)園田恭一,他編.健康観の転換――新しい健康理論の展開.東京大学出版会;1995.
2)斎藤環.人間にとって健康とは何か.PHP研究所;2016.
3)山崎喜比古,他監訳.健康の謎を解く――ストレス対処と健康保持のメカニズム.有信堂高文社;2001.(Antonovsky A. Unraveling the Mystery of Health:How People Manage Stress and Stay Well. Jossey-Bass Publishers;1987.)
4)中土井僚 監訳.なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる.英治出版;2017.(Kegan R, et al. An Everyone Culture:Becoming a Deliberately Developmental Organization. Harvard Business Review Press;2016.)
5)山崎喜比古 監修.健康生成力SOCと人生・社会――全国代表サンプル調査と分析.有信堂高文社;2017.
6)斎藤環.オープンダイアローグとは何か.医学書院;2015.
7)野口裕二.ナラティヴと共同性――自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ.青土社;2018.
8)伊藤嘉高 訳.社会的なものを組み直す――アクターネットワーク理論入門.法政大学出版局;2019.(Latour B. Reassembling the Social:An Introduction to Actor-network-theory. Oxford University Press;2005.)
9)松尾精文,他訳.近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結.而立書房;1993.(Giddens A. The Consequences of Modernity. Polity;1993.)
10)芦沢茂喜.ひきこもりでいいみたい――私と彼らのものがたり.生活書院;2018.


すぎもと・ひろし氏
2001年金沢大医学部保健学科看護学専攻卒,03年同大大学院医学系研究科保健学専攻修了。15年北陸先端科技大学院大知識科学研究科修了。博士(知識科学)。市町村保健師として勤務後,新潟医療福祉大助教,19年より現職。メンタルヘルス関係の当事者活動へのフィールドワークを通して,当事者の知とその生成過程の解明を志しながら,ヘルスプロモーションや保健活動の在り方を検討している。

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