医学界新聞

対談・座談会

2019.07.08



【対談】

成功体験の積み重ねが大きな成長への近道
聴診から学ぶ診療の面白さ


須藤氏は「マスターカーディオロジー™」,皿谷氏は「カーディオロジーIV™」と,開発中の無線聴診器を手に写真撮影に望んだ。
須藤 博氏(大船中央病院内科/病院長)
皿谷 健氏(杏林大学呼吸器内科准教授)


 1816年,仏のルネ・ラエンネックが聴診器を発明してから200年以上の時が経った。依然として聴診器は患者と医師をつなぐツールの一つであり続けているものの,さまざまなテクノロジーが発達した現代では,技術習得の難しさも相まって,その影響力は薄まりつつある。「聴診の時代は終わった」とも揶揄される時代の中,それでも聴診という「技」に魅了される理由はどこにあるのか。

 身体診察を学ぶ中で聴診の重要性に気付き,独学で聴診技術を磨いてきた須藤博氏と,聴診器を活用した科研費研究「呼吸音のクラウドシステムの確立と在宅・遠隔医療への応用」をはじめ,無線聴診器やアプリの開発にも励む皿谷健氏の対談を通じて「聴診の面白さ」を体感してみましょう。


須藤 聴診器の開発から約200年が経過し,近年は電子聴診器や無線聴診器などデバイス面でも進化を遂げてきました。現在,皿谷先生は聴診器の開発にも携わっているようですが,それほどまでに聴診という「技」に魅せられたきっかけは何だったのでしょう。

皿谷 実はレジデントの頃は,身体診察の勉強に専念していたわけではありませんでした。ですが,内頸静脈を熱心に診られていた仲里信彦先生(沖縄県立南部医療センター・こども医療センター)との出会いから,身体診察に惹かれるようになりました。

 大きな転機は,レジデント修了後に杏林大で徳田安春先生(群星沖縄臨床研修センター)や循環器内科の佐藤徹先生(杏林大)から身体診察を直接学べたことです。この貴重な経験を通じて,身体診察の達人の技,特に聴診のアートを可視化したいと思ったこと,また同時期にJVCケンウッド社との聴診アプリ開発の共同研究がスタートしたことが聴診に傾倒するきっかけでしたね。

 須藤先生はいかがでしょうか。

須藤 私がレジデントの時,循環器のベッドサイド・ティーチングで著名なジュール・コンスタント先生の講演会があり,講義とともにカセットテープの音源から患者の心音をたくさん聴かせてもらい,「聴診って面白いな」と漠然と感じたんです。その後,身体診察を熱心に勉強するようになり,マクギーやサパイラを読み進める中で,頸静脈の診方や心尖拍動を理解するには聴診が鍵になることがわかり,本格的に勉強し始めました。

皿谷 今はそうした経験を踏まえて,学生や研修医たちに聴診技術をレクチャーされているようですね。

須藤 ええ。数年前から医学部の4年生に対して毎年秋に講義をしています。2年前に心音のセッションを1コマ作りましたが,学生に「どう聴こえる?」と聞くと,口まねがまずできない。これは問題だなと感じましたね。

皿谷 卒後,診療科によっては聴診器を全く使わない医師もいます。

須藤 そうですね。一説には卒後10年間聴診器を使わないと,医学生レベルの聴診能力まで衰えるとの報告があります1)。医師の聴診能力低下が叫ばれて久しい現在,皿谷先生は学生や研修医に対する講義で意識することはありますか。

皿谷 学生や研修医にはまず,基礎的な音を覚えてもらうために,私がこれまでとりためた音をアンプにつないで聴かせています。臨床では,正常呼吸音や代表的な副雑音を理解することが求められるからです。さらには,受講者の代表に上半身裸になってもらい,さまざまなペンを使って体表に解剖図を書くことで,疾患を想定した聴診部位を学習してもらいます。

聴診はなぜ難しいのか

須藤 聴診の勉強は難しいとよく耳にします。例えば,心音のI音は幅が広く聴こえて,同じI音と言っても聴こえ方にバリエーションが存在しますよね。かく言う私も判断に困り,いまだにどこまでが正常でどこからが異常なのか,判断に自信が持てません。

 学べば学ぶほど正常の範囲を正確に定義することが難しいと感じます。肺音にも正常と異常のバリエーションは存在するのでしょうか。

皿谷 副雑音の定義は存在しますが,肺実質病変や胸郭変形のある症例の肺音にはさまざまなバリエーションが出現します。肺はlow pass filterと言って,低い音しか通さず高い音をブロックします。通常,高い音が気管から入り,肺実質に伝わる頃には低い音に変化するのですが,肺実質の疾患,例えば間質性肺炎の罹患者は,肺実質の破壊によりこの働きが阻害され,正常呼吸音にさえ高音が混じるようになります(肺胞呼吸音の気管呼吸音化)。加えて,病態に合わせて呼吸音は大きく変化するので,肺炎の患者さんもずっと同じ音ではなく,入院1日目,3日目,7日目と,音が変化しながら終息します。

須藤 その変化に関するデータは論文化されていますか。

皿谷 少ないですが存在します。Holo inspiratory cracklesが聴取されていた肺炎患者が,その後early-to-mid inspiratory crackles,late inspiratory cracklesと,治療経過とともに病態を反映して変化します2)。疾患と病態による音の変化は,肺音と心音で大きく異なる点ではないでしょうか。

須藤 これまで,正常な肺胞呼吸音,coarse crackles,fine crackles,wheezes,rhonchiのパターンしか私の頭の中の分類にはなかったので,ここまで詳細に検討することはありませんでした。

皿谷 呼吸器専門医でなければその考え方で十分だと思います。ただし,呼吸音の分類にも注意点があります。分類では,rhonchiは200 Hz以下,400 Hz以上がwheezesとされていますが,200~400 Hzは音を聴いた人の判断に委ねられます。つまり,両者を見分けることが重要ではなく,その音がどう変化したかが重要ということです。例えば同じwheezesでも,喘息なのかCOPDなのか迷った時には,呼気性の喘鳴の持続時間が長ければCOPDと判断を下せるわけです。

 こういった判断の難しさが聴診が難しいと敬遠される要因の一つでしょう。

知識が実体験に変わる瞬間の喜び

皿谷 須藤先生はこれまで独学で聴診を勉強されてきたと伺っていますが,一人で聴診を勉強することは容易ではないはずです。どのような学習をされてきたのでしょう。

須藤 学習のスタートはコンスタント先生の書籍の付録CDです。通勤中に正常心音や過剰心音,心雑音のパターンを何度も聴き続けました。こうした学習を続けていると,知識が実体験に変わる瞬間があります。その瞬間を味わえることが続けてこられた一番の理由ですね。

 私の場合,聴診を勉強し始めた時に完全右脚ブロックが心音から疑えることを知って,「聴診ってカッコいい!」と感じました。同時に,「自分で聴けるようになりたい!」と思ったのです。その後,右脚ブロックを持つ患者がいればとにかく足を運んで聴き続けました。すると,あるとき聴診器を当てた瞬間,「これがそうか!」とわかる瞬間が来て感動しました。自分のレベルが一段上がった瞬間でしたね。

皿谷 今まで苦労してきたことがふとした瞬間にわかったり,報われたりするとうれしいですよね。須藤先生のように,別の検査で診断名がわかった患者のもとへ直接聴きに行く姿勢も聴診技術の上達には大切です。

須藤 そうですね。皿谷先生は,学習には何が必要と考えますか。

皿谷 粘り強さです。外来で30人,40人を相手に毎日診察していると,「これは!」という音の持ち主が突然受診します。その時に,「忙しいけど頑張って録音しよう」と,気持ちの面で粘れるかが重要です。

須藤 聴診に限らず,貴重な症例は一期一会ですよね。そんな症例を逃したら悔しいので,私は診察室にデジカメを必ず持参します。

皿谷 記録にこだわる理由は他にも何かありそうですね。

須藤 ええ。私が勤務する300床程の中規模病院で独学を続けていると,III音やIV音が聴こえる患者は時々しか来ません。でも,長い間診療を続けていれば,たとえ少ない患者数でもある程度の経験は積めます。ただし,その時に大事なことは,しつこく忘れないことです。一度経験したことを忘れず,次に同じ症例と出会った時に診断できるよう備える必要があります。

 昔,ある病院に講演で伺った時,「救急外来に,変な音が聴こえる患者がいる」と相談され聴いてみたところ,典型的なHamman's crunchを持つ特発性縦隔気腫の方でした。その時の音は自分の頭の中に深く刻み込まれています。

皿谷 成功体験や貴重な経験は,積み重ねが大事ですね。

須藤 その通りです。「これは!」という症例に出会ったとき,私は細かな思考過程も含めて文章で全て記録に残しています。経験する絶対数が少なくても,しつこく忘れなければ着実にステップアップできるはずです。

独学の限界を超えるために

皿谷 聴診音を録音する機器が無かった頃は,カルテを記載する医師によって音の表現がバラバラで,自分の聴いている音はどんな音なのかが曖昧でした。独学による不安にどう対応するかは大きな課題だと思います。日常診療の中で不安を乗り越えるために工夫してきたことはありますか。

須藤 実は私,自称「右脚ブロックマニア」で(笑),右脚ブロックがある外来患者は片っ端からリスト化して,その患者が受診するたびに,II音の分裂を確認しています。具体的には,40人ほどの患者に対し,「吸気呼気共に明確に聴こえた」「吸気時に割れて聴こえた」「聴こえなかった」と星取り表を付け,必ず聴こえる患者さんから「ああ,やっぱりちゃんと聴こえた」と自分の耳を調律するように聴いています。その結果,聴診で右脚ブロックを疑えるのは全体の2~3割程度であること,同じ患者でも条件によってはII音の分裂が明瞭に聴こえたり聴こえなかったりすることがわかりました。

皿谷 外来患者さんで,調律するように音を確認するとは驚きました。外来診療を主体的に取り組むコツでもありそうですね。

 ただ,全ての患者が右脚ブロック症例とは限りません。他にも正しい音を聴くために努力されていることはあるのでしょうか。

須藤 私自身,身体診察の達人に師事して学習をしてこなかったので,2~3年に1度のペースで聴診の講習会に参加し,自分の考え方や聴診音への理解を確認する機会を作ってきました。

 ですが,本当の意味で自分が聴いている音が正しいかを確かめるすべはありません。そこが独学の限界だなと常々感じます。

皿谷 なるほど。打開策は無いのでしょうか。

須藤 最近実行しているのは,聴診の達人と人脈を作ることです。正しい音を知る医師と相談できるような間柄になれれば,ネットなどを通じて教えてもらえることに気付きました。

皿谷 データを簡単に共有できる現代だからこその発想です。

須藤 以前,「変なリズムの心音が聴こえる患者がいる」とレジデントが相談に来ました。診に行くとまず,頸静脈のリズムが変だなと気付きました。聴診器を当てたら「ランタンランタン」と4拍子に聴こえ,モニターを見ると心拍数が40ぐらいの徐脈。2:1の2度房室ブロックの症例でした。心音のリズムを頭の中で刻みながら心電図モニターの波形を改めて見ると,「心房収縮に伴ってIV音が聞こえて,QRSがつながっていない拍動で一拍おきにI音,II音が脱落しているのではないか」と思いついた。つまり「フォワントゥ,フォワントゥ,フォワントゥ,フォワントゥ」の一拍おきのワントゥが脱落して「フォワントゥフォ……フォワントゥフォ……フォワントゥフォ」と聴こえているのではと仮説を立てました。ただ,これが正しいかどうか自信がありません。そこで,この心音を口まねしながら頸静脈を動画に撮って,達人の山本正治先生(山本内科循環器科)に相談しました。結果,「その通りです」とお墨付きをいただけました。アドバイスを聞けるような人脈を持つことは大切だなと改めて感じた瞬間でしたね。

無線聴診器とアプリの連動で地域医療の支援を

須藤 将来的にはスマートフォンで簡単に心音を録音したり,AIを応用して診断までできたりするのではと大きな期待を寄せています。

 皿谷先生が開発中の無線聴診器について,開発の進捗を教えてもらえますか。

皿谷 まずは自分で聴いた音をすぐに共有したいという要望に応えられるよう,正確な音をとれる無線聴診器の開発とそのシステム構築を開発目標にしています。すでに無線聴診器は完成のめどが立ちました。

須藤 その新しい無線聴診器にはどのような特徴があるのでしょう。

皿谷 外部音のノイズリダクションの機能です。例えば,IV音などの低い音を聴こうとしたとき,肺音が邪魔して聴こえづらい場合があります。その際は,低周波(心音用)と高周波(肺音用)の切り替えスイッチを低周波に合わせ,肺音を聴くときはその逆に高周波へと変更し,聴きたい音の周波数へ合わせます。

須藤 それはすごい機能ですね。ということは,残りの課題はスマートフォンとサーバーの連携ですか。

皿谷 はい。現在は,客観的な診療情報を共有できるよう,簡単なチェックリストを搭載した診断アプリ「まかせてメディカ®」(デジタルグローバルシステムズ社)を開発中です。このアプリにデータを保存すれば,今まで診断した症例を振り返ったり,同じ病名や同一患者の経過のソート,さらには他施設と音源を共有してコンサルトもできたりします。

須藤 なるほど。チェックリストとして採用する項目はどのように設定しているのでしょうか。客観的な基準が重要な鍵になると思います。

皿谷 現在開発中のアプリは,心音を佐藤徹先生が,肺音を私が担当してチェック項目を決めています()。近い将来,このアプリが収集したビッグデータを用いて解析を進める構想です。

 アプリ「まかせてメディカ®」のチェックリストのサンプル画面(特許出願中)

須藤 身体診察の達人が選んだ項目に沿ってデータを集めれば,質が高くてなおかつ記載方法が統一された,解析しやすいデータが自動的に生成されるわけですね。AIへの転用も見えてくるはずです。

皿谷 ええ。ただし,AIで自動診断ができるレベルに達するまでには相当な時間とコストがかかると考えています。次のステップとしては,聴診器にAIのアルゴリズムを組み込み,異常音を認めれば光などで注意を促すといった支援ツールの開発です。在宅医療や遠隔診断などで有用と考えています。

須藤 診断はともかく,まずはマネジメントの一手として活用しようということですか。

皿谷 はい。サーバー上にデータを集約するので,距離を考慮に入れる必要がありません。ですので,訪問看護師がその場で判断が付かない場合,院内にシェアしておけば,あとで医師も確認可能ですし,データとしても残ります。

 システムは今年の9月に完成予定ですので,楽しみにしていてください。

須藤 楽しみですね。完成を待ち望んでいます。

皿谷 多くの書籍をはじめ,テレメディカ社の「聴くゾウ」や看護師向けウェブサイト看護roo!の「聴診スキル講座」など,以前と比べて良質な音を手軽に聴ける環境が整ってきました。こうした恵まれた環境をうまく活用しながら学習を進めることも大切です。

須藤 私は,オスラーの時代よりも現代のほうが確実に身体診察を独学で勉強しやすいと思っています。なぜなら,身体所見の取り方や,一生に一度見られるかどうかのレアケースが,動画や画像検索をすればたくさんヒットする時代だからです。それらを活用しない手はありません。読者の皆さんには,情報や人脈を上手に活用して,主体的な学習に取り組んでいただければと願っています。

参考文献
1)Butterworth JS,et al.Auscultatory Acumen in the General Medical Population.JAMA.1960;174(1):32-34.
2)Chest.1992[PMID:1623749]


すどう・ひろし氏
1983年和歌山県立医大卒。茅ヶ崎徳洲会総合病院で内科研修後,指導医として同院勤務。その後,池上総合病院内科,東海大医学部総合内科を経て,06年より大船中央病院総合内科部長,16年より現職。『サパイラ 身体診察のアートとサイエンス 原書第4版』(医学書院)では監訳の一人を務める。

さらや・たけし氏
1998年順大医学部卒。都立広尾病院,都立駒込病院で研修後,2003年杏林大第一内科に入局。19年より現職。現在,科研費研究「呼吸音のクラウドシステムの確立と在宅・遠隔医療への応用」をはじめ,無線聴診器の開発や聴診アプリへの音源提供など精力的に活動する。

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