医学界新聞

対談・座談会

2017.06.26



【座談会】

新賃金制度導入時のカベ
やりがいと安心感を持って,意欲的に働ける仕組みを作るには

今野 浩一郎氏(学習院大学名誉教授)
勝又 浜子氏(日本看護協会常任理事)
山下 美智子氏(筑波メディカルセンター 法人看護部門長/病院副院長)


 2016年6月,日本看護協会(以下,協会)は「病院で働く看護職の賃金のあり方」の提案を発表した。適切な人事評価に基づいた賃金体系の整備は,看護職がやりがいを持って安心して働き続けるためには避けて通れない。しかし,人事管理の基盤を成す賃金制度の改革は容易ではない。

 本紙では,医療経済学者の今野氏,協会で提案作成を主導した勝又氏,筑波メディカルセンター病院での新制度導入を先導した山下氏にお集まりいただき,新制度導入時に直面し得る問題や留意点をお話しいただいた。


勝又 看護職がやりがいや充実感を持って働き続け,キャリアを自ら選択し,高めていけるようにするため,そして病院が人材の定着と活用を図り,質の高い看護ケアを提供できるようにするためには,公平感,納得感を持った適切な賃金制度・処遇の構築が不可欠です。

 協会は昨年,「病院で働く看護職の賃金のあり方」を提案しました。しかし,こうした提案を示しても,すぐに新制度を導入できるわけではありません。現場ではさまざまな悩み・不安があると思います。実際にどのような利点があり,どのような課題や注意点があるのか,提案1「看護職の賃金体系モデル」作成時に参考とさせていただいた筑波メディカルセンター病院の山下さんと,モデル作成時にアドバイザーを務めた今野先生にお話をお聞きしたいと思います。

賃金制度の工夫で看護師のステップアップを促す

勝又 協会が示したモデルは,「複線型人事制度」と「等級制度」を組み合わせ,職務遂行能力や職務・役割,専門性による貢献度に応じて賃金を決定する方式です(図1)。筑波メディカルセンター病院では,同様の賃金制度を2014年から導入しているのですよね。

図1 看護職の賃金体系モデル(文献1より一部改変)(クリックで拡大)
能力,職務・役割の違いによって分ける「複線型人事制度」と,能力,職務・役割の大きさによって分ける「等級制度」を組み合わせたもの。「専門職群」はベッドサイドなどでケアを提供する一般の看護師。等級は協会が提唱するキャリアラダーに合わせて7等級に分かれる。「管理・監督職群」はマネジメントを担当する看護師で,専門職群のスタッフとして一定の等級にまで昇級した後に選択可能になる。「高度専門職群」は専門看護師・認定看護師,特定行為研修を修了した看護師としての資格を持ち,かつ実際に専門領域にかかわる業務に従事する看護師。

山下 はい。一部の名称や等級を全8段階にしていることなどは協会が作成したモデルと異なりますが,人事評価と連動して賃金・処遇を決めています。医師も含む全職種共通のキャリアパスである点が特色です。

今野 等級や職群の考え方は民間企業と一緒ですね。会社によりますが,一般職は初任者,中堅,リーダークラスに分かれ,それより上は管理職になります。中堅やリーダークラスが2ランクに分かれていることもあります。ところで筑波メディカルセンター病院では,給与はどのように決めていますか。

山下 基本給+職能評価手当に住居手当や夜勤等手当と,管理職・監督職・専門職といった役職手当を加えています。基本給は人事評価の役割達成度のステップに連動,職能評価手当は前年の目標管理の成績に連動しています。

勝又 賃金制度を変えるに当たり,特に意識したことは何ですか。

山下 旧来の制度で生じていた問題の解決です(図2)。その中で特に問題だったのが,若くして師長になると,係長のときよりも年俸が低くなることでした。そのため,能力が高くても師長に格付けしにくい状況でした。

図2 筑波メディカルセンター病院の旧賃金体系で生じていた問題と,その解決法(クリックで拡大)

 当院では,時間外・夜勤手当が付くのは監督職(係長)までで,管理職(師長)以上には付きません。さらに,以前は管理職手当が基本給の12%という設定でしたので若い師長は低くなりました。新制度では,定期昇給に当たる習熟昇給額を減らして昇格昇給額を上げることに加え,管理職・監督職・専門職手当を職責に応じた固定額にすることで問題解決を図りました。一番悩んだのは管理職・監督職手当の設定で,監督職が管理職の年俸を抜かないよう,時間外勤務・夜勤が月にどの程度発生するかを検討しました。部署による受け持ちスタッフ数の差,掛かる人事労務負担も異なるため,業務内容を洗い出して考えていきました。

今野 1つの等級内での定期昇給額が一定ではなく,昇格直後は高く,長期間同じ等級にいると徐々に下がるようにしているのですね。こうした賃金体系にすると,昇格への意欲を高めることができます。

山下 はい。年齢のみを基準にしていたころと比べて,昇格を促す仕組みになったと感じています。当院では,昇給直後の1期の昇給は4000円台,2期では3000円台,3期は1000円台と3段階に分けています。3期までには10年以上期間があるので,自らステップアップすることを期待したいです。

勝又 新制度での問題点はありますか。

山下 実践能力が高いにもかかわらず,同一ステップにとどまってしまっている職員について悩んでいます。当院では,昇格のための1つの要件として,受け持ち患者さんのケースレポートの提出を課しています。受け持ち事例を丁寧に振り返ることは看護師にとって一番大事なことです。しかし,事例を書きたがらない方がいるんです。若い人はそうでもないのですが,少し上の人たちは評価されることにも書くことにも慣れていないと感じています。

勝又 書かないと給与が上がらないのに書きたがらないのですか?

山下 夜勤をたくさんすれば月々の手取りは高くなるため,看護師は固定給への意識が低いのかもしれません。また,実践力は高いため,目標管理と連動した職能評価手当も高くなります。しかし,基本給の昇給と比べるとわずかな金額です。

今野 そうした問題は,賃金体系では解決できない部分ですね。上司が働き掛け,ケースレポート作成能力がつくように手伝ってあげるしかありません。

山下 そうですね。当院では,事例をまとめることを推進して,師長や専門職の方々が支援しています。

今野 道は用意されているのですから,ぜひ頑張ってほしいです。

役割定義で組織が求める人材を示す

今野 制度を作る際の肝は,各等級・各職群で期待される役割を明確に定義することです。役割定義は働いている人にとっては昇格や自己研さんの目標になりますし,組織にとっては求める人材の表現になります。業務上のニーズによって異なるため,こう定義すればよいという普遍的な答えはありません。だからこそ,各組織に適した定義は何か,一生懸命議論しないといけません。山下さんはどのように作成していきましたか。

山下 まずは求める職員像を描くところから始めました。実践,教育,学習・研究,チーム,管理という看護師の実践能力を評価するクリニカルラダーがありましたので,それをベースに設定しました。キャリアパスのステップを8段階として,まず各ステップの役割定義をしました。評価項目は,多職種が目標とできるようにBSC(バランスト・スコアカード)の財務・顧客・業務プロセス・学習と成長という4つの視点を活用して,各ステップの役割目標を設定していきました。そして知識・技術・資格等の習得能力と対人対応と課題対応についての習熟能力,求められる姿勢・行動を示しました。

勝又 すでにラダー等がある病院はそれを活用すればいいですし,これから定義を作っていく病院は協会の看護師キャリア開発ラダーが活用できると思います1)

今野 BSCはあくまで考え方の1つで,指標は他にもたくさんあります。もしかしたら必要なのは違う視点かもしれません。求める看護師像を描き,どんな能力を必要とするかをきちんと考えて,それに合わせた項目を作っていくようにしてください。

納得できる評価のためには?

勝又 看護職の賃金体系モデルを提示した時に要望を受けたのは,チグハグな評価で賃金が決まってしまわないよう,評価者教育を実施することです。筑波メディカルセンター病院ではどのような評価を行っているのですか。

山下 基本給を決める役割達成度評価は,部門ごとに用意されている「役割評価表」を活用して,師長(課長)がが評価を行います。評価者の教育は,法人の評価委員会が評価者訓練を毎年開催して,課長級以上の全部門の管理者が参加しています。

 職能評価手当を決める毎年の目標管理には,日常業務の出来栄えを示す「担当業務の遂行度」と上司と設定した「業務目標の達成度」という2区分からなる「チャレンジシート」を活用しています。年に3回管理者と面接し,目標の設定・中間評価・年度末評価を行い,成績を5段階で出します。1次評価では師長が担当病棟を,2次評価では1次評価を実施した師長と共に私(部長)が看護職全員の評価を行います。看護職は600人いるので大変ですが,部署間の格差がないよう,師長と目標達成の確認をしながら一人ひとりを丁寧に見ています。

勝又 人事考課制度などで評価は行っていても,賃金処遇とは連動させていない病院も多いです。評価に掛かる労力は同じです。処遇と連動しているほうが管理者もスタッフも意欲が湧くのではないでしょうか。

今野 その一方で,納得感のある評価でないとモチベーションは落ちてしまいます。職場によって良い/悪い評価ばかり付けるといった偏りも生じないようにせねばなりません。

山下 当院で実際に初めて評価者訓練を行ったときは,部門間での評価の差がかなりありました。特に看護師は,他職種と比べて評価が厳しい傾向がありました。評価者訓練では,自部門だけでなく他部門の事例も基にし,多職種からなるグループワークを行うことで,評価の差が出ないように教育しています。4年かけて差が徐々に縮まり,今ではほぼ同じ視点で評価できるようになりました。同じ視点での評価が可能なのは,やはり,役割定義がきちんとできているからだと思います。

今野 極端なことを言うと,等級制度の枠組みと各等級の定義さえできれば,賃金制度を作ることは簡単なのです。協会が等級制度(ラダー)のモデルを示しているので,あとは各組織に合わせて基本給や昇給の範囲を工夫するだけではないでしょうか。

勝又 ぜひ各施設の実状や方針に合った制度を作り上げてほしいですね。

コンセンサスを得るには猶予の設定と丁寧な説明が大切

山下 新賃金制度になった時に給与が下がるのは,経験が長くて等級が低い方々でした。当院では,調整給を出して3年間現給を保障し,昇格のための猶予期間を作りました。

今野 民間企業でも,降給になる方がいる時には3年程度の移行措置を取り,その間に教育の機会を与えます。そうしないと不利益変更で訴えられるかもしれませんし,不満が残ります。モチベーションにも影響しますので,丁寧にフォローしたほうがよいですね。

山下 当院では全部門に向けた説明会を3回実施しました。看護師は交代制勤務なため,1回だけだとその日に来られない方もいるからです。給与が下がる方には個別面談での説明もしました。さらに,新賃金体系の内容が浸透するように,各部署において具体的な質問や意見を受けて当該師長に回答を返し,職員に説明し理解を得ることができるようにしました。

勝又 皆さん無事昇格できたのですか。

山下 昇格ができず,結果的に基本給が大きく下がってしまったスタッフもいますが,自身の選択だと納得し,今でも働き続けてくれています。今後,気持ちの変化もあるでしょうから,キャリア支援を継続していきたいです。

今野 適切な評価をされ,合理的に賃金を決められることは,長期的に見れば看護師にとって良いことです。これからの時代,病院の収入源である診療報酬は伸び悩み,人手不足も加速します。そうした中では,適切な評価制度に基づく賃金体系がないと,優秀な看護人材の獲得・定着は期待できなくなります。新制度導入当初は,必ずどこかで不満が出ます。「それでも,こうしないと今後の病院運営はうまくいかない」と腹を据え,覚悟を決めて進めていくことが必要です。

MEMO 看護職の賃金に関する問題点

 協会による2009年看護職員実態調査により,看護職の半数以上が給料が低いことに悩みや不満を抱え,3人に1人は給料が低いことを理由に離職を考えたことがあると明らかになっている。2012年の調査では,以下の問題点が明らかになった。

①賃金表がない,または公表されていないなど,昇給の内訳や将来的な賃金上昇がわかりにくい。
②看護師の賃金カーブは,他の医療職と比べて賃金上昇が極めて緩やか。
③看護職の人数規模に対してポスト数が少なく,昇進や昇格の機会を得にくい。
④看護実践能力に関する標準的なラダーが存在しなかったため,転職や再就職時に経験についての評価が十分になされず,賃金が下がることがあり得る。

(了)

参考文献・URL
1)日本看護協会.「病院で働く看護職の賃金のあり方」日本看護協会の提案(最終版).2016.http://www.nurse.or.jp/nursing/shuroanzen/chingin/proposal/pdf/proposal.pdf


いまの・こういちろう氏
1971年東工大理工学部経営工学科卒,73年同大大学院理工学研究科修士課程修了。神奈川大工学部工業経営学科助手,東京学芸大教育学部講師,同助教授を経て,92年より学習院大経済学部教授,2017年より現職。専門は人事管理。協会の提案作成に関与してあらためて感じたのは,「あるべき賃金制度は,賃金を見ても決まらない。看護師に求める人材像,役割から考えるのが基本である」ということ。

かつまた・はまこ氏
1978年京府医大附属看護専門学校(現・京府医大医学部看護学科)卒,79年京都府立保健師専門学校卒,91年国立公衆衛生院専門課程看護コース卒,2006年吉備国際大大学院修士課程修了。滋賀県健康福祉政策課長,厚労省健康局総務課保健指導室長,国立保健医療科学院統括研究官などを経て,15年より現職。担当理事として協会での提案作成にかかわる。

やました・みちこ氏
1978年水戸赤十字看護専門学校卒,83年日本看護協会看護研修学校教員養成課程修了,95年日大文理学部卒。筑波大病院勤務,横市大医学部付属高等看護学院専任教員,同院副看護部長などを経て,2005年より現職。12年9月から14年3月までの約1年半かけて,病院長と全部門の代表者,コンサルタントとともに新賃金体系を作り上げた。

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