医学界新聞

寄稿

2016.11.28



【寄稿】

教育から臨床へ,看護師の思考を学ぶ
新人看護師が看護師らしい思考を獲得するための手掛かりとして

三浦 友理子,奥 裕美,松谷 美和子(聖路加国際大学大学院看護学研究科看護教育学)


 今年卒業した学生が新人看護師として就職してから8か月がたった。彼らは時に研究室に寄って,これまでの臨床での頑張りや奮闘,苦労を話してくれる。臨床現場の時間の流れは速く,量的にも種類的にも多くの仕事が存在するため,学生時代のようにじっくり考えて看護を行うことは難しい状況が語られる。教育と実践のギャップを考えるとき,対応する状況の違いが看護実践を導く思考にも違いをもたらしていることに気付かされる。

 臨床における看護師の思考のメカニズムは見えにくい。それが提示されれば,新人看護師にとっては臨床環境に参入するときの看護の変容を理解する一助となり,先輩看護師にとっては看護師らしい思考を獲得させるために何をサポートすれば効果的なのかを模索する手掛かりとなるのではないだろうか。そこで本稿では,クリスティーン・タナー氏(米オレゴン健康科学大名誉教授)が開発した「臨床判断モデル」1)の概要と特徴を紹介する。

熟練看護師の臨床判断のプロセスをモデル化

 聖路加国際大大学院では,2013年から15年まで文科省看護系大学教員養成機能強化事業「フューチャー・ナースファカルティ育成プログラム」を展開した。臨床に軸足を置く教員を育成し,大学に軸足を置く教員との協働により,真に看護職として必要な力を身につけることができる教育を創生することを目的としたこの事業では,外部評価者としてタナー氏の協力を得た。タナー氏は,オレゴン州の高齢社会を支えるために必要な看護師の確保をめざし,州内の看護師,看護教員,その他のステークホルダーが協働するコンソーシアム(Oregon Consortium for Nursing Education;OCNE)を構築した,看護教育のリーダーである。タナー氏は,臨床判断に関する約200本の文献を検討し,エビデンスに基づく知識やナラティブ(説話)による背景の解釈の中で明らかとなるような臨床の知,これらを含んだ熟練看護師の臨床判断のプロセスをモデル化した1, 2))。「看護師のように考える」ことを示したこのモデルは,学生から臨床看護師への思考の転換を理解する際に多くの示唆を与えてくれる。

 臨床判断モデル(文献2より筆者訳・一部改変)

臨床において看護師はどう考え,行動しているか

 臨床判断モデルが示す「看護師のように考える」とは,患者のニーズ,関心ごと,健康問題をとらえて解釈し,患者を統合的に把握する中で,看護行為を行うか行わないか,行うとしたらどのような行為を行うかを判断し,実施する。さらに患者からの反応をとらえて適切と思われる新たな行為を即興的に行うことを表す。このプロセスは「気付き」「解釈」「反応」「省察」の4つのフェーズからなる。さらに,これらの前提にはコンテクスト(状況)や背景,患者との関係性が存在し,以下のプロセスに影響する。

 「気付き」とは,間近にある状況を知覚的に把握することである。確定には至らなくても,状況がどうであり今後どうなっていくのかを予期し,臨床像を全体的に把握する機能を持つ。全体的な見込みを立てるためには,典型的な患者の反応パターンやそれに対する看護師の対処を知っていることが前提となる。パターンに対する知識は,類似した患者に対する実践的知識,経験から看護師が概念化していること,または教科書的な知識からもたらされるものである。

 「解釈」とは,後に続く「行為」に向けて状況理解を十分に深化させることである。看護師は「解釈」することによって「初期把握」しているさまざまな情報の意味付けを行い,行為の方向性を決定している。暗黙知的にいくつかの推論を導引し,解釈していく。推論パターンには,分析的,直観的,ならびに説話的推論という少なくとも3タイプが存在し,これらを単独もしくは複合的に用いることで,より豊かに多角的に患者を解釈することが可能になる。

 「反応」とは,解釈に基づき,状況に対して適切と考えられる看護実践を決定し,実際に行動することである。解釈と行為は,ほとんど時間的ブランクがない即興的な場合とそうでない場合がある。行為後の患者の反応を行為の結果として認識することで,後に続く省察への萌芽となる。

 「省察」のフェーズは,行為と結果の関連付けを行うことで,看護行為を評価する。より良い臨床判断を行えるようになるための臨床的な学びとしての役割を持つ。看護活動に対する患者の反応に関心を向けることとなり,看護師が臨床判断を含む看護実践能力を発達させる機会となる。

 これら4つのフェーズの前提として,「コンテクスト・背景・関係性」が位置付けられている。患者の置かれている状況,今までの経緯,患者と周囲の人々の関係性は,患者をより豊かに知ることに影響する。看護師自身または部署の文化が有する倫理的認識や価値認識は,保有する知識,関心を向ける事象,行動の選択,最終的に行う意思決定,提供するケアに関与する。

思考の転換をサポートする手掛かり

 臨床判断モデルの特徴は大きく2つある。1つは,実際の看護師の思考を反映しているということである。看護の基礎教育では,看護実践を決定する思考を看護過程を用いて教授している場合が多い。看護の経験が浅い人でも,基礎的な知識や方法を学び,段階を追って思考していくことにより看護計画を導くことができるためである。一方で,臨床においては,このような系統的,網羅的な思考を必ずしも展開していない。看護師は患者にとって重要なことを強調して認識し,行為を決定し実践している。

 思考の仕方がこのように変化することを新人看護師や支援者が理解することで,サポートの必要性を認識し,サポートの仕方に示唆を得ることができる。例えば,先輩が新人の優先順位のつけ方に違和感を覚えたとする。これは,ある患者に対する重要なことへの「気付き」がないことが原因かもしれないし,ある情報に「気付き」はしたが知識や推論能力により重要さの程度の「解釈」に違いが生じたのかもしれない。このモデルを知ることで,新人がつまずく点を分析的に把握することができ,効果的な対話を開始することができる。通常,思考は見たり聞いたりすることができない。先輩が新人看護師に「気付き」や「解釈」のプロセスを言語化して伝えることは,新人看護師にとって有意義なサポートとなるだろう。

 2つ目は,多角的に推論することで,患者にとって最適な看護を行うことである。看護師は臨床でのいくつかの経験から,例えば「肺炎の患者は通常このような回復(療養)過程をたどる」というような共通性を理解していく。しかし,患者をより豊かに知るためには,この共通性を基盤にしながらも患者ならではの特徴や背景と共にとらえ直す必要がある。行為中の省察は,解釈に基づく行為が適切だったか否かを瞬時に判断し,暗黙知的に調整することである。行為後の省察により,実践的知識を深めたり新たな推論パターンを獲得したりするという臨床的な学びが生起し,さらに豊かに患者を知るための基盤が育まれる。共通性を分析的に見いだせるような,また患者の独自性をナラティブに話し合うような省察を支援することで,臨床ならではの有意義な学びを促進できるだろう。

参考文献
1)松谷美和子,他.看護過程と「臨床判断モデル」.看護教育.2015;56(7):616-22.
2)Tanner CA.Thinking like a nurse:a research-based model of clinical judgment in nursing.J Nurs Educ.2006;45(6):204-11.[PMID:16780008]

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