医学界新聞

寄稿

2015.06.15



【寄稿】

エビデンスに基づく予防医療のススメ

西原 悠二(亀田総合病院総合内科 後期研修医)
八重樫 牧人(亀田総合病院総合内科 部長)


 かかりつけ医がいれば適切な予防医療も推奨してくれると考えている患者は多い。しかし,日本の外来診療で,の項目に挙げられるような予防医療が提供されているだろうか。

 亀田総合病院総合内科で配布するプリント『健康であるために』の項目一覧(一部抜粋・改変して転載)3)

 一方で,米国では事情が少し異なっている。内科専門医や家庭医療専門医がかかりつけ医として継続的に成人の外来診療を行う際には,健康増進(ヘルスメインテナンス)として,U.S. Preventive Services Task Force(USPSTF;米国予防医学作業部会 ※予防接種以外)1)やAdvisory Committee on Immunization Practices(ACIP;ワクチン接種に関する諮問委員会 ※予防接種のみ)2)の推奨に基づく予防医療が提供されている。

 米連邦政府の下部組織であるUSPSTFでは,エビデンスに基づき,幅広く予防医療として推奨する項目(12カテゴリーの94項目 ※執筆時点)を定めている(推奨度A:強く勧める,推奨度B;勧める,推奨度C:中立,推奨度D:勧めない,推奨度I:データ不十分)。がん検診に加え,うつ病や転倒などの健診と,カバーする領域が広いだけでなく,各専門学会からの推奨よりもエビデンスに忠実でバランスが取れている点で特徴的だ。米国ではそれらの項目が患者に提供されていれば,「良質の医療を提供している」として医師/外来に診療報酬が付く。むしろ提供されていなければ減点されることも多く,「実践できて当然のもの」として,全ての内科専門医と家庭医療専門医はこれらの項目に精通しているのだ。

情報提供から始まる予防医療

 予防医学の概念を日常診療に組み込むことで,外来患者にもたらされるメリットは大きい。いくつか列挙したい。

●毎年,便潜血の検査を行うことで,大腸がんによる死亡率が15-33%減少(Ann Intern Med. 2008[PMID:18838717])。
●約1000例の妊娠に1例は神経管閉鎖障害だが,葉酸0.4-0.8 mg/日内服でリスクを48%低下させる(Ann Intern Med. 2009[PMID:19414842])。
●骨粗鬆症は骨折の大きなリスク。大腿骨頚部骨折の患者の1年後死亡率は男性で37.5%,女性で28.2%。骨密度測定で骨粗鬆症が見つかることで,薬物治療により骨折率を減少させる(J Bone Miner Res. 2005[PMID:15746995])。

 こうした予防医療が,日本のかかりつけ医から提供されづらい背景の一つに,無症状に対する介入には保険診療が適応されないと健康保険法第1条で定められていることが挙げられる。しかし,かかりつけ医が患者の自費負担となる予防接種を提供することや,胃がん・大腸がん・子宮頸がん・乳がん・肺がん検診を推奨し,患者に市町村の検診を受けるよう促すことに何ら問題はない。

 「忙しい外来で実践するのは難しい」という声もあるだろう。そこで亀田総合病院総合内科では,エビデンスに基づく予防医療を患者に提供しやすくする方策として,『健康であるために』と題したプリントを作成した。先述した米国のガイドラインで推奨された項目(USPSTFの推奨度A・Bの項目,ACIPの推奨予防接種)などに基づいて作成したもので,平易な言葉で用紙一枚にまとめている(表)3)。2014年12月より,かかりつけの患者全員に,医師を受診する前にスタッフから渡すようにした。

 こうした情報提供を行うことで,患者側も「推奨される予防医療は何か」がわかる。医師と患者の間で共通認識を持てるため,こちらから各項目を推奨する際に説明がスムーズに理解されやすく,同意も得られやすい。中には「私も肺炎球菌ワクチンを受けたほうがいいですか?」と患者から医師に聞いてくることもあるほどで,予防医療の実践につながりやすいと実感している。

 患者からの評価も上々だ。アンケート(43件)の結果,「非常に参考になり,先生と相談して予防医療に取り組んでいこうと思いました」「役に立つと思い,役場へ持っていき,見せてみました」などの声が聞かれ,回収した76%,有効回答数に絞ると97%でポジティブな評価が得られている。

提供する予防医療は吟味も必須

 もちろん,誰にでも全ての予防医療を提供すればいいわけではない。対象となる患者に合わせ,慎重に選ぶ必要がある。がんの検診も,将来に末期がんとなることを予防できてこそ利益が見込まれる。よって,(1)悪性腫瘍が見つかった場合に治療が行える患者であること,(2)治療によって予後の改善が望める患者であること,(3)相当先の将来まで生存すると予想される患者(例:10年以上)であることが,がん検診対象の条件になろう。例えば,「重度の認知症がありADLが非常に低下している患者」には,スクリーニングの対象年齢であってもがん検診は勧められない。しかし,この場合も肺炎球菌やインフルエンザの予防接種は有益である。このように,対象となる患者の全体像を診て,各項目を吟味し,患者と話し合いながら,適切な予防医療を実施する必要がある。

 また,USPSTFやACIPで推奨されている項目であっても,日本の事情・背景・データに合うか,その妥当性を検討することも重要だ。日本国内の研究で,明らかに有効性を否定するような良質なデータがあるのなら,推奨は控えねばならない。例えば,「冠動脈疾患・脳梗塞のリスクが高い患者に低用量アスピリンを予防的に内服すること」。これはUSPSTFでは推奨されているが(推奨度A),日本では有効性を否定するJPPP研究があるため4),われわれも推奨はしていない。もちろん逆のケースもある。日本で発症の頻度が高く,国内のガイドラインで推奨される胃がん検診は項目に取り入れた。以上のように,提供する予防医療は検討される必要がある。われわれも引き続き,USPSTFやACIP,原著論文を批判的吟味しながら,日本の患者に推奨できる事項をアップデートし,情報提供を行っていくつもりだ。

 今回の寄稿には,日本の外来でも患者に予防医療を提供可能であると知っていただきたいという思いが根底にあった。提示した表はウェブ上3)での閲覧も可能なので,活用していただければ幸いである。日本のかかりつけ医がエビデンスに基づく予防医療を提供することで,予防可能な疾病で苦しむ患者が減り,多くの患者がより長く健康な人生を謳歌できることを切に望む。

参考文献・URL
1)U.S. Preventive Services Task Force.
2)Vaccine Recommendations of the ACIP.
3)健康であるために.亀田総合病院総合内科ウェブページ.
4)JAMA. 2014 [PMID:25401325]


にしはら・ゆうじ氏
2012年熊本大医学部卒。熊本赤十字病院を経て,14年より現職。

やえがし・まきと氏
1997年弘前大医学部卒。亀田総合病院,在沖米海軍病院を経て,2000年より米国へ。セントルークス・ルーズベルト病院などの施設で内科,呼吸器内科,集中治療研修を修了し,06年より亀田総合病院。10年より現職。

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