医学界新聞

連載

2012.06.11

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第26回(最終回)】 新しい医学教育のパラダイム(4)

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(北海道大学医学教育推進センター 教授)
松村真司(松村医院院長)

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2977号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,マクロの問題からミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな課題を取り上げていきます。


前回までのあらすじ:「未来への投資」とも言える医学教育。社会のパラダイムが変わりゆくなかでも,医学教育のモデルを変更するという決断は,専門職である医師自身のなかから生じるものである。

医学教育改革で大切なのは効果や改善の検証

大滝 日本の医学教育におけるこれからの課題をひと言で表すならば,「質の保証と多様性への対応」になると思います。

 専門医,総合医,研究医など,多様な医師の養成が社会から求められています。そのなかで医師の基本的な能力を保証する教育が,社会からも学習者からも要求されるようになりましたが,これを達成するのは容易なことではありません。

松村 これからは医学教育についても,医師国家試験の合格率に代わる確かな評価が求められる時代がやってくるのだと思います。しかし,政府の財政状況が厳しいなかでは,医学教育を改善させるための大幅な資源の投下は期待できないでしょう。

大滝 それでも医学教育改革の波は,確実に押し寄せてきています。医学部の教員や研修病院の指導医は,教育活動の面で過去に例がないほどの負担を課せられています。しかし,教育活動は診療や研究に比べ評価方法が難しく,昇進や給与に反映させるシステムも普及しているとは言えません。ですから,この点の改善を進めていく必要もあると思います。

ノエル どの国にも当てはまることですが,患者ケアにおける変化と同様,医学教育における変化も,それがもたらす効果や改善を証明するためには,現在と比べどう変わるのかを検証することが大切です。

 検証のための研究はそれほどコストがかからないことから,欧米では民間の財団や政府の研究助成金で行われています。しかし,「どのようなアウトカムを生み出すことが医学教育において望ましいのか」といった改善の指標については,国レベルのコンセンサスを得る必要があります。そしてそのアウトカムとは,単に「国家試験に合格できる」というような種類のものを超えた,医師の幅広い能力を担保するものでなければなりません。本連載で何度も取り上げていますが,米国ではACGME(卒後医学教育認可評議会)が,研修の期間や必要なリソース,そして研修を修了するまでにすべての医師が習得すべきアウトカムの具体的な内容を規定しています。

格差社会における医学生選抜の在り方を考える

大滝 格差社会の影響は医学教育にも及んでいると感じます。今日の日本では,私立大学の医学部には経済力が相当にある家庭の子弟しか入学できなくなっています。国公立大学の医学部に入学するためにも,都市部の学習塾や予備校で受験対策を受けられる経済力がなければ不利です。医師の少ない地域の学生を受け入れる「地域枠」が拡大している面もありますが,医学部入試の在り方を見直す時機が来ているのではないでしょうか。

ノエル 医学生のバックグラウンドが多様であることとともに,医学生が描く目標が千差万別であることは,社会にとって重要な意味を持ちます。確かに,米国でも4年間の大学課程とその後の4年間の医学部課程の学費・生活費のすべてを,両親が支払う裕福な家庭の学生はいます。しかし,多数を占めるのはローンを組んで学費を支払う学生です。彼らは卒業後,10-15年かけて少しずつローンを返済していきます。この事実が示しているのは,若い人たちが他者を助けたいという強い意欲を持っていることであり,ほとんどの場合,医師としてのキャリアを積めば十分な収入が得られるという医学生の期待です。

 米国の医学部の学費は公立・私立によらず高額です。また,医学部ではごく一部の奨学金を得る学生を除き,無料で教育を受けられることはあり得ません。しかも,彼らの教育にかかる支出は授業料だけではないのです。日本の地域医療政策と同様,米国の各州も,その州の医学部卒業生には州の医療の行き届いていない地域にとどまって診療を行ってほしいと願っています。しかし,それは効果的な戦略とは言えません。例えば英国では,国が医師に直接報酬を支払い,医師が必要な地域に新たなポストを作ることで,医師の配置という点ではより上手く機能しています。そのような国では,要するにほかに働き口が選べないような仕組みになっているのです。

大滝 医師という職業の公共性を踏まえて,医学生の選抜や医師の配置を行うことが,他の国でも重要な課題となっているのですね。

医学教育の果てなき進化をめざして

松村 ノエル先生,もちろん問題は数多くありますが,それでも私は日本の医学教育は着実に進化していると信じています。われわれ日本人医師の先輩たちは,数多くの困難を克服しながら,世界に誇れる医療システムを構築してきました。今日でも,多くの医療者は手探りではあるもののさまざまな方法を取り入れながら,医学教育の改善を試みているのだと思っています。

ノエル 米国では,約40年にわたって教育手法の改善を継続して行い,さらに教育の到達点を明確化するプロセスが続けられてきました。そして医学部の教員や医学教育を統括する機関のリーダー,また医学以外の領域の指導者たちによる幅広いディスカッションを通して,約10年ごとにより高度な基準が策定されてきました。日本でも同様に,医学教育は数十年かけてゆっくりとした変容をたどっていくのだと思います。

 新たに重大な疑問が私の中に湧いてきました。それは,全国に浸透させることが可能な変化を提案でき,さらに現状に批判的精神を持った新しいリーダーが果たして日本の医学部に出現し得るか,ということです(笑)。

松村 最後に難しい宿題を出されてしまいました(笑)。

 ノエル先生,私たちはこれからも日本の,そして世界の医学教育を改善していくための努力を続けていきたいと思っています。日本の医学教育が世界の利益にこれからも寄与していくためにはどう変化していけばよいのか,ノエル先生とともに考えて続けていきたいと思います。

大滝 学ぶことにより習得する能力のなかで,領域を問わず重要なものの一つに「メタ認知」があります。これは,自分の考えや行動について自分自身で観察しとらえ直す過程を指していると,私は理解しています。私はノエル先生との対話を通じて,自分が携わっている医学教育というものを,今までと異なる視点でとらえることができるようになったと思います。

 現状を踏まえ,しかもメタ認知能力を養い続けながら,さまざまな課題に一つずつ取り組んでいくことが大切だとあらためて感じました。ぜひこれからも情報交換や議論を続けさせてください。

ノエル お二方と長期間にわたって対話を続けられたことは,私にとっても光栄であり心楽しいものでした。また別の対話の機会があることを願っています。読者の皆さんは私たちとどんなことを話し合いたいですか。皆さんからの新たなテーマを楽しみにしています。

(終わり)

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