医学界新聞

2011.03.21

学びの場に患者の語りを届けたい

闘病記研究会シンポジウム開催


 闘病記研究会シンポジウム「闘病記の医学教育への活用」が2月5日,東京都内にて開催された。本シンポジウムは,厚労科研「国民のがん情報不足感の解消に向けた『患者視点情報』のデータベース構築とその活用・影響に関する研究」研究班(主任研究者=京大大学院・中山健夫氏)の主催で開催されたもの。患者の語りが医学教育に活用され始めた今,闘病記や映像ツールをいかに有効活用するか,実践例を通した議論が展開された。


闘病記の活用方法を知る

シンポジウムのもよう
 シンポジウム「闘病記の活用」では,医療機関や教育機関における闘病記の活用事例が各演者から紹介された。

 闘病記はこれまで"お涙頂戴もの"としての印象が強く,読み物としてしか位置付けられてこなかった――。そう語ったのは,本シンポジウムの実行委員長を務めた"健康情報棚プロジェクト"代表の石井保志氏。健康情報棚プロジェクトは,「誰もが自分自身で身体や病気について学習できる健康・医療情報ステーションを作りたい」との思いから,2004年8月に発足した。闘病記の収集とデータベース化を図るとともに,公立図書館に闘病記文庫設置を働きかけるなど,精力的な活動を続けている。図書館司書を務める氏は,闘病記は病気と生活の全体像を知ることのできる有用な資料にもかかわらず,図書館では「手記」に分類されてきた上,タイトルのみでは何の疾患についての手記かわからず活用が難しかったと指摘。闘病記を疾患別に分類して闘病記文庫を設置することで,患者が必要な情報を必要なときに得られると述べた。

 石川道子氏(前聖路加看護大)は,聖路加看護大に設置されている市民向け健康情報提供サービススポット「るかなび」における闘病記文庫の活用について紹介した。るかなびには現在1500冊に上る闘病記が収蔵されており,同施設を訪れる市民らが利用している。さらに,同大学部1年生の看護学概論や4年生の卒業レポートのテーマに闘病記が取り上げられるなど,教育活動にも活用されているという。氏は卒業レポートの内容に触れ,学生は闘病記に取り上げられている疾病の全体像をとらえた上で闘病記を分析するなど,闘病記に生き方を見いだそうとする一般読者とは異なる視点を持っていると指摘した。

 薬学教育の立場から登壇したのは土屋明美氏(東京薬科大)だ。氏は,日本薬学会の「薬学教育モデル・コアカリキュラム」では,全学年を通してヒューマニズムについて学ぶことが示されていると解説。知識教育に加えて技能・態度教育が現在の薬学教育に求められているとした。そこで同大が学部1年生を対象に実施しているのが,薬学導入教育に闘病記を用いたSmall Group Discussion(SGD)だ。SGDでは,各学生が自ら選定して読んできた闘病記を基にグループワークを展開する。氏は,闘病記読書体験をグループワークを通して共有することで,患者を取り巻くさまざまな問題への関心が広がるとともに,眼前の患者への関心が芽生え,人間知を育む機会となっていると,その効果を語った。

 和田恵美子氏(前阪府大)は,看護師のモチベーション向上を目的にある医療機関で開催されている院内研修「闘病記を読もう会」について報告。この会では,参加者が闘病記を声に出して輪読した後,互いに感想を語り合う。氏は,生の患者の声を日々聞いている看護師が闘病記を読む意味について言及。看護師が目にする患者の姿は病を得て悩む一瞬を切り取ったものでしかないと気付いたり,異なる考え方に触れ,自分の物事の見方を知る機会となっていると述べた。

闘病記から何を学ぶのか

 「医学教育に生かす患者の語り」では,4人の演者が登壇。医学教育や看護学教育に闘病記をいかに活用していくかが議論された。

 射場典子氏(NPO法人健康と病いの語りディペックス・ジャパン)は,DIPEx(Database of Individual Patient Experiences)データのより有効な教育的活用方法を展望した。DIPExとは,2001年に英国オックスフォード大で開発された患者体験のデータベースのこと。わが国でもこの取り組みに倣い,乳がんおよび前立腺がん患者の語りがインタビュー形式で集められ,2009年よりディペックス・ジャパンのホームページで公開されている(http://www.dipex-j.org/)。DIPExデータの特徴は,1人ひとりの語りを1-3分程度に断片化し,トピック別に分類していること。氏は,同じトピックについて複数の患者の声を聞くことで,患者の個別性の理解につながると述べた。さらに,2009年度より開始した医学教育への活用についても紹介。授業終了後のアンケート結果から,特に臨床実習経験のある学生に有用であるとの見解を示した。

 奈良医大図書館では,1人の医学生の「患者の気持ちを知ることのできる闘病記を体系的に収蔵してほしい」との要望を受け,2008年に闘病記文庫を開設した。同大の鈴木孝明氏は,10年ほど前からEBMに関する資料の収集に努めるなか,EBMとともに医療の両輪を成すNBMの身近な教材として闘病記に注目していたことから,学生の要望から5か月足らずでの開設につながったと説明。現在約600冊の蔵書があるものの,医学生の利用が低迷していること,一般の利用者の活用が難しいなどの課題を抱えているとし,今後効果的な広報活動を展開していくと抱負を語った。

 星野晋氏(山口大大学院)は医療人類学の立場から発言した。「患者中心の医療」が叫ばれながらもなかなか医療者と患者のすれ違いが解消されないのは,医療者の目が暮らしの現場へ向けられていないからではないかと指摘。闘病記を生活者としての病者を知るための手掛かりにすることの有用性を示唆した。さらに氏は,生活者にとって「病むこと」とは,異常が見いだされ,つらさ(suffering)を伴い,生活・人生・人間関係に支障がある心身の状態であり,病者の思考や行動は病むことによってもたらされるつらさを中心に推移すると言及。医療者が患者のこのつらさを軸に,ケアを行っていくことを提案した。

 医学部で人文系教養教育に携わる藤尾均氏(旭川医大)は,近代以降の日本文学のなかから医療にかかわる作品を抜粋して教材に取り上げ,哲学・史学・文学を統合した教育を実践している。氏は,著名作家の作品を厳選して紹介することで登場人物の感情の機微を具体的にとらえることができるだけでなく,作品が書かれた当時の医療が抱える問題や社会的背景を知り,現代にも通じる哲学・倫理学的課題について考える機会となっていると述べた。

■闘病記への誘い

本シンポジウムのなかで取り上げられた闘病記を,一部紹介する(著者名五十音順)。

・太田正博ほか.私,バリバリの認知症です.クリエイツかもがわ;2006.
・荻野アンナ.蟹と彼と私.集英社;2007.
・岸本英夫.死を見つめる心――がんとたたかった十年間.講談社文庫;1973.
・岸本葉子.がんから始まる.文春文庫;2006.
・関原健夫.がん六回 人生全快;講談社文庫;2009.
・富家恵海子.院内感染.河出文庫;1997.
・西田英史.ではまた明日.草思社;1995.
・ピーコ.片目を失って見えてきたもの.文春文庫;2002.
・マイケル・J・フォックス,入江真佐子訳.ラッキーマン.ソフトバンククリエイティブ;2003.
・室生犀星.蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ.講談社文庫;1993.
・柳田邦男.ガン回廊の朝(上・下).講談社文庫;1981.
・柳田邦男.ガン50人の勇気.文春文庫;1989.

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