高齢者が急増する救急医療の現場で看護師にできること(岩田充永,笠原真弓)
対談・座談会
2010.09.20
【クロストーク】高齢者が急増する救急医療の現場で
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年齢を重ねても,自分の好きなことを見つけて楽しめる時代になりました。しかし一方で,ちょっとしたバランスの崩れから,体調を崩したり,けがを負ったりする高齢者も少なくありません。そうした高齢者が病院を受診した際,どのようなことに着目して向き合えばよいのでしょうか。加齢による身体機能の衰えなどにより身体症状が出にくい場合もあることから,高齢者の看護に苦手意識を持つ方も少なくないかもしれません。
本紙では,このほど『高齢者救急――急変予防&対応ガイドマップ』を上梓した岩田充永氏と,救急看護認定看護師として日々高齢者の対応に当たる笠原真弓氏を迎え,高齢者をめぐるさまざまな課題について,お話しいただきました。
岩田 超高齢社会を迎え,病院受診者の半数以上が高齢者という時代になりました。当院でも救急受診者の25%,緊急入院患者の60%近くが65歳以上の方です。そのような社会背景のなかで,認知症や循環器疾患など,高齢者に非常に多くみられる疾患についての研究は進んできましたが,救急医学においては,高齢者をめぐる問題が議論されたことはほとんどありませんでした。むしろ,敬遠されてきたと言っても過言ではないのかもしれません。
そのような状況を変えるためには,日ごろから患者さんの生活全体に目を配り,高齢者にも親和性が高い看護師の方々にアプローチすることも重要ではないか。そう考えたのが,『高齢者救急――急変予防&対応ガイドマップ』を執筆したきっかけの1つです。
高齢者の異常を注意深く読み取るには
岩田 高齢者救急のいちばんの特徴は,さまざまな“あいまいさ”をはらんでいるということです。まず病態がつかみにくく,診断がはっきりしない。また,病気やけがによる受診だけではなく,例えば介護環境が破綻したから来院したという方もいます。しかし,多忙な救急医療の現場では,そのようなあいまいさにどう向き合えばよいのか,立ち止まって考える余裕はありません。さらに言うと,医師の多くは高齢者の持つあいまいな部分にほとんど興味を持っていないのが現実ではないでしょうか。
笠原 確かに,救急外来を受診する高齢者は,主訴がわからない場合が少なくありません。ですから,どのような理由で来院したのか,さまざまな検査を行いながら原因を探ることから始まります。主訴があいまいな方は,来院して10-20分の間に急激に病状が変化するということはまれです。ですから,当院では多くの場合,かかりつけの開業医や入所施設の担当者,ケアマネジャーなどに連絡し,内服薬やADLの情報を得るようにしています。
岩田 介護者が一緒に来てくれる患者さんはよいですが,独居の方も増えているので,有用な情報を短時間で得るのに苦心する場合も多いですね。
笠原 特に夜間など医療スタッフが少ない時間帯は,患者さんの話をゆっくり聞くことが難しいし,本人が訴えない部分の異常の有無まで掘り下げて尋ねる余裕をなかなか見いだせないのが実情です。そのような状況のなかで,最低限何をみていく必要があるのか。患者さんのバイタルサインや見た目の様子から異常を読み取ることができればよいですが,高齢者の場合は症状が出にくいことで,疾患の徴候を見逃してしまう場合もあるのではないかと思います。
岩田 高齢者を診る際に,看護師の方たちに見逃してほしくないポイントは4つあります。
1つ目は,「元気がない」「食事が摂れない」など,漠然とした訴えです。すぐに「年のせい」と片付けてしまわず,いつからそのような状態になったのかが明確になるように,慎重に話を聞くことが重要です。それが日にち単位の変化であれば,急性疾患による症状であることが多いのです。「食事,トイレ,着替え,薬の管理」をキーワードに,それぞれができるのかできないのかを尋ねていくと,ADLが具体的に見えてきますね。
2つ目のポイントは,けがによる来院の患者さんの場合です。高齢者の転倒や外傷の背景には,意識消失や薬剤の副作用など,急性疾患が隠れている場合があります。例えば,一瞬意識を失ったことによる転倒なども考えられるので,受傷したときの状況を確認することが不可欠です。
笠原 転倒したことによって生じるさまざまな問題を予測して,ケアに当たることも重要です。
岩田 そうですね。重篤な外傷でないからと言って,安易に帰宅させると,思いがけない疾患につながることもあるので,注意が必要です。例えば,痛みで食欲が低下し脱水症状を来したり,肋骨骨折のために痰が喀出しにくくなって肺炎を発症する場合などがあるのです。
そして3つ目は,服用している薬剤に関する情報収集です。救急外来には,薬剤の副作用や相互作用など,薬にかかわる問題を抱えて受診する患者さんも少なくありません。どのような薬を服用していたのか,指示されたとおりに服用していたのか,誰が服用管理をしているのかなどが診断の手がかりとなります。
4つ目は,生活環境の破綻が救急受診につながったのではないかという視点から,介護保険を受けているのか,週何回デイサービスに行っているかなどを尋ねる。本人が元気で話を聞くことができる場合には, 1日,あるいは1週間をどのように過ごしているのかを把握しておくことも重要です。
■患者の生活背景も重要な手がかり
笠原 私たち看護師は,患者さんの生活背景にも目を向けています。そのため例えば,汚れや臭いが先に目に付いてしまい,症状の原因や疾患を考えることが後回しになってしまうことがあります。
岩田 医師はそれとは逆に,身体症状ばかりに注目しがちです。ですから,看護師が生活背景に目を向けて,気付いたことを記録しておいてもらえると,とても助かります。
笠原 すべての看護師がそう心がけられればよいのですが,残念ながら個人差があるのが現状かもしれません。私自身が高齢患者さんの生活背景に目を向けるようになったのは,年齢性別を問わずすべての方が対象となる救急看護を専門にしようと決めてからです。また,祖母と一緒に生活していて介護を経験し,生活者の視点を持てるようになったことも,患者さんの生活背景に目を向けるようになった理由の1つだと思います。ですから,そういった機会がなく,高齢患者さんとかかわることを苦手とする若い看護師がいることも理解できなくはありません。しかし,そこはプロとして,きちんと接してほしいという思いがあります。
岩田 ご家族が付き添っている患者さんの場合は,10分だけでも話を聞くことができれば,患者さんの受診理由が見えてきます。しかし,救急の現場で10分時間をとるのは,若いスタッフには相当難しいことかもしれないですね。腰を据えて,じっくり情報を取るという作業から始めなければいけない。高齢者医療では,日常の診療とはスタンスを変えて臨む必要があるということを,ぜひ知ってほしいです。
笠原 同時に,何かあったら病院へ,という患者さんの受診行動も見直す必要があるのではないでしょうか。そのためには,私はケアマネジャーの役割をもっと浸透させていくことが必要だと考えています。日ごろからケアマネジャーとつながりを持っておくことは,高齢者にとって安心感が得られるだけでなく,病院側も患者さんの情報を得やすくなるという利点があります。
私は,自宅での介護困難,介護環境の破綻などの理由で来院し,入院を希望する患者さんやご家族には「困っているときはケアマネジャーに相談するといいですよ」と必ず説明するようにしています。ケアマネジャーの方々も,自分たちの役割や活動内容をもっとアピールしていいのではないかと思います。
人生の最期をどう迎えるか
岩田 私のような若造が言うのはおこがましいかもしれませんが,救急医療に携わるようになって,自分の死について考えたことがない方が非常に多いことを実感します。高齢者でさえ,人生の最期に対して現実感がないですね。
救急外来へ来て,いきなり医療者に「どうしますか」と聞かれても,家族は「助けてほしい」としか言えない場合がほとんどです。何らかの機会を見つけて,本人,家族,かかりつけ医,などがそろった場で,人生の最期をどのように迎えるのかを話し合っておくことは,非常に重要ではないかと思っています。
笠原 がんの終末期などは,ある程度本人の気持ちを尊重することができます。しかし,クリティカルケア領域のように,ある日突然死に直面する場合は,ご家族の動揺も非常に大きく,本人の死生観を推し量るといっても限界があるのではないかと思うことがあります。
以前,脳梗塞の既往があり,けいれん発作や誤嚥性肺炎で入退院を繰り返していた方が,CPA状態で救急搬送されてきたことがありました。すぐに蘇生を行いましたが,反応する気配がまったくない状態でした。当直医が状況を説明しましたが,ご家族は現実を受け止めることができず,「助けてほしい」としか言うことができない状況でした。結局,脳神経外科の主治医を呼んで説明してもらい,ようやく納得されました。
患者さんを何とか助けたいというご家族の気持ちは痛いほど伝わってきたのですが,どう頑張っても助けることはできない。それを受け容れてもらわなければいけないことが非常につらかったですね。
そして,もう1つつらかったのは,このときは救急外来での対応だったので,ほかの患者さんもたくさんいて,ご家族が落ち着くまで待ってあげることができなかったことです。おそらく,かかわっていたスタッフのなかにも,ご家族の話を聞いてあげたいという思いを持っている人がいたと思います。
岩田 患者さんの最期を悲しんでいる家族がいるのに,ホットラインが鳴ると,次の患者さんのためにベッドを空けざるを得ない……。だんだん感覚が麻痺してきますね。
笠原 そう思います。ですから一方で,このご家族のように現実をなかなか受け容れられない方に対して,早くここから逃げたいというネガティブな気持ちのほうが強くなっていくスタッフもいます。
岩田 危ないパターンが二通りあって,1つは,患者さんやご家族の話を聞いてあげたいのに聞いてあげられないということが積み重なって,だんだんバーンアウトしてしまうパターン。もう1つは,困難な現場から逃げ出したいという気持ちから,悩み葛藤する家族に優しくなれなくなっていくパターン。このいずれかで,救急医療を続けられなくなる医療者もいます。救急医療の現場自体が,あいまいさを抱えた難しい現場なのかもしれませんね。
救急受診後の高齢者の生活を知る
岩田 救急の現場で長く働きたいと思っている方はぜひ,慢性期病棟や訪問看護ステーションで短い期間でも研修するなど,自分たちが救急でみた後の高齢者がどのような生活をしているのかを一度見てきてほしいですね。最近は,祖父母と同居して育ってきた人も少なく,高齢者を身近に感じる機会が減っています。ですから,教育システムとして,高齢者の往診などを一定期間経験する体制を整えることなども必要かもしれません。
笠原 岩田先生はよく,「患者さんのその後の生活を具体的にイメージする」というお話をされますね。
岩田 私は介護老人保健施設や在宅医療の現場などでの研修の後,救急医療に携わるようになったこともあり,患者さんの退院後の生活を想定して治療に当たることの重要性を身に染みて実感しています。退院前カンファレンスを行ったり,専任の退院調整看護師を配置するなど,スムーズな連携をめざした先進的な取り組みを行っている病院もありますが,救急に限っては未開拓の分野ではないでしょうか。
笠原 救急の場合は,患者さんの状態が落ち着くと一般病棟に転床する場合が多いので,先を見据えて患者さんにかかわらなければいけないと言いながら,退院後を念頭に置いて早期からかかわることは,ほとんどできていないと思います。
また,後方病院あるいは介護老人保健施設への転院に当たっても,患者さんの経済状態や受け入れ施設がその患者さんの疾患をみられるかどうかで,転院先が決まってしまう場合も少なくありません。
岩田 いま認定看護師や専門看護師など,それぞれの領域におけるプロフェッショナル教育が進んでいます。そのこと自体は非常に重要ですが,そのような専門的な知識や技術を持った看護師が,どうしても専門分野だけに特化していきがちだと感じることがあります。現場の教育を担う専門看護師や認定看護師の方々を先頭に,“退院後”に着目した看護にもこれまで以上に取り組んでいってほしいと思います。
(了)
岩田充永氏
1998年名市大医学部卒。同大病院麻酔科,名大病院老年科にて研修。99年協立総合病院,2002年名古屋掖済会病院,08年より現職。学生時代はオーケストラに熱中。多職種が勤務する救急医療の現場でもアンサンブルを重視し,他科との密な連携を心がけている。また,若手医師の教育にも積極的に取り組んでおり,『救急外来でのキケンな一言』(羊土社)などを手がけるほか,雑誌『Medicina』(医学書院)にて「The M&M reports 見逃し症例に学ぶ内科ERの鉄則」を連載中。 |
笠原真弓氏
1997年浜松市立看護専門学校卒。卒後,県西部浜松医療センターに勤務。同院救命救急センター,外科内科混合病棟勤務の後,2007年に救急看護認定看護師資格を取得。救急医療だけでなく,病棟勤務を3年間経験したことで,広い視野を持って患者さんやご家族とかかわることができるようになった。現在は災害医療・災害看護に興味関心を持ち,自己研鑽をしながら院内外で教育を行っている。 |
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