医学界新聞

連載

2010.01.11

小児科診療の
フレームワーク

Knowledge(医学的知識)-Logic(論理的思考)-Reality(現実的妥当性)の
「KLRモデル」に基づき,小児科診療の基本的な共通言語を共有しよう!

【第13回(最終回)】 研修医教育に活かすKLRモデル

土畠智幸
(手稲渓仁会病院・小児NIVセンター長)


前回からつづく

 いよいよ最終回です。今回は番外編として,連載第2回でご紹介したKLRモデルにもとづいた,研修医の教育について考えてみます。医学生・研修医の皆さんには,現在の自分にはどんな勉強が必要なのか,指導医の先生方には,どの段階でどのようなことを指導すればよいのか,それぞれが考える機会にしてくださればと思います。

医師の発達段階

 連載第2回で,医師に必要とされるスキルには,Knowledge(医学的知識),Logic(論理的思考力),Reality(現実的妥当性の判断力)の3つがあるとお話ししました。医師としてのトレーニングを行う上で,これらをバランスよく身に付けていかなければならないわけですが,すべてを同時に学ぶことはできません。どの時期にどのスキルを学ぶかということは,子どもの発達段階に「医師の発達段階」を当てはめて考えてみるとわかりやすくなります(図1)。

図1 子どもの発達段階と医師の発達段階(矢印は,各スキルを重点的に学ぶ時期)

 ここで大事なことは,発達段階に応じて学ぶべきスキルがある,ということです。例えば,独立心が芽生え始めた2歳の子が「ひとりで外に行きたい」と言ったとしても,親はそれを許可するでしょうか。4歳くらいの子がひとりで包丁を使って料理をしたいと言っても,側で見守らないことがあるでしょうか。もともと優秀な研修医ほど,「あいつはひとりでやらせても大丈夫」と言われ,気がついたら側で見守ってくれる指導医がおらず,叱られることもなく育っていってしまうという事態に陥りがちです。

 医師になってすぐの時期は,医学部で学んだKnowledgeが実際の臨床現場では役に立たない場合が多いことに気づき,臨床医としてのKnowledgeを得るのに必死になります。また,それらのKnowledgeをいかに目の前の問題解決のために使用するか,つまりLogicも学ぶことになります。このように奮闘するうちに,Philosophy(医師としての哲学)と呼べるものを無意識下に形成していきます(後述)。

 一方この段階で,看護師さんなど周りのスタッフといかにうまくコミュニケーションを取るか,また,患者さんの家族といかにうまくかかわるか,といったRealityの部分をあまりにも重要視しすぎると,学ぶべきことが多くなりすぎてしまいます。初期の段階では,特に小児科で多いRealityに相当する部分については上級医・指導医がカバーし,まずは「医学的に」きちんとした判断を下すことができるように指導しましょう。学ぶ順序を間違えると,「医学的に」入院が必要な状態なのに,「Realityとして」家族と相談して帰宅させてしまう,といったことになりかねません。

「評価」による「価値判断」を避ける

 また,研修医を評価することは非常に重要ですが,その評価をもとにして価値判断をしてしまうことは避けなければなりません。具体的には,「2年目なのにこんなこともできないから,あいつはダメだ」とか,「あいつはRealityのスキルがないから,もめそうな症例については担当を外そう」といったようなことです。このような価値判断によって,研修医がむしろ最も努力しなければならない領域において,チャレンジする機会が奪われてしまうことになります。指導医に必要なことは,評価にもとづいた価値判断ではありません。悪い結果も含め,評価をきちんと研修医に伝え,それでもチャレンジする機会を与え続け,見守り続ける,という意思を示すことです。それによって,研修医は安心して,自分の得意でない領域にもチャレンジすることができるのです。

Philosophy: 医師としての哲学とは

 しかし,KLRモデルを使って研修医の教育にかかわっていくうちに,KLRをバランスよく身につけることができれば,それで立派な臨床医になれるのだろうかという疑問が生じてきます。

 そこで私が気づいたのは,P:Philosophy(医師としての哲学)というものが別にあって,それがLogicとRealityのスキルに大きな影響を与えているということです(図2)。

図2 修正KLRモデル(連載第2回の図を改変)

 このPには,人間としてのPはもちろん,医師としてのPもあれば,小児科医としてのPもあります。具体的には,「小児科医としては当然こう考えるでしょ」という慣習や,「この病院ではこうする」といったローカルルールや文化など,「うまくは説明できないが,いつもそうしていること」をすべて含みます。

 これらのスキルは,自分で努力して学ぶというよりも,集団のなかで,あるいは側にいる指導医を見ていて,無意識下に学んでいくことが多いのです。指導医と一緒に重症患者を夜通し診る,背伸びをして大きな間違いを起こし怒鳴られる,指導医が飲み会でいつも同じ武勇伝を語るなど,体育会系というか,泥臭いというか,従来の日本的な教育で重要視されていたものが多く含まれていると考えられます。

 医師としての,あるいは小児科医としてのこのPhilosophyは,学生時代のアルバイトや遊びも含めた経験から形成された個々人のキャラクターも大きく影響し,キャリアの初期,2-3年間でほぼ固まってしまうだろうと考えます。ですから,親が子どもを側で見守るように,指導医が側で研修医のことをいつも見守り,ときには叱ることも必要だということなのだと思います。親になる準備が完璧にできたから親になるわけではないのと同様,指導医も研修医との関係を通じて,一人前の指導医になっていくということなのでしょう。

Closing comment

 全13回を通じて,小児科医としての基礎を,研修医がどのように学ぶべきかという視点で勉強してきました。研修医教育にかかわるようになって5年が経ちますが,日々多くのことを彼らから学んでいます。むしろ,私が彼らから指導を受けているといったほうが正しいかもしれません。医療不信が叫ばれるなか,指導医としての私たちにできることは,プロフェッショナルと呼ぶことのできる医師を1人でも多く育て,医療そのものに対する患者さんの信頼を得ることだと思っています。

 この連載では,今回のように私が勝手に考えたことも多く書かせていただきました。ご意見・ご批判などがあれば遠慮なくご連絡ください。学会などどこかでお会いできた折には,ぜひ語り合いましょう。

 これで私の連載はすべて終わりです。これまで読んでくださった皆様,本当にありがとうございました。

(おわり)


土畠智幸
tdobata@hotmail.com

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