医学界新聞

対談・座談会

2009.03.02

座談会
脳卒中急性期医療をめぐる課題と展望
内山真一郎氏(東京女子医科大学教授)=司会
豊田一則氏(国立循環器病センター)
長尾毅彦氏(東京都保健医療公社 荏原病院)
平野照之氏(熊本大学医学部附属病院)


 本邦における死因の第3位,要介護原因の第1位を占め,「国民病」の一つとして社会的な問題となっている脳卒中。治療法の進歩により死亡数は減少したものの,患者数は依然増加し続けており,2020年には288万人に達するとの見方もある(厚労省研究班)。また,慢性期のリハビリテーションも含め,医療費の増大も課題となっている。このようななか,2005年に血栓溶解薬アルテプラーゼ(t-PA)療法が認可され,脳卒中急性期医療への追い風となった。しかし,t-PAは発症後3時間以内の治療開始が望ましく,それ以降では効果の減少・副作用の増加が見込まれること,また「24時間CTまたはMRI検査が可能」「治療を熟知した医師が勤務」などの条件により適応が制限されていることから,実際にt-PA治療を受けられる患者は限られている。

 脳卒中発症から治療開始までの時間短縮には,システムの整備や一般医の理解,そして市民への啓蒙が不可欠である。現在の脳卒中急性期治療をめぐる課題と,これからの脳卒中急性期治療のありかたについて考える。


■t-PAは脳卒中急性期治療を変えたか

各地域でのこの3年間

内山 本日は,「脳卒中急性期医療をめぐる課題と展望」と題して,脳卒中領域のエキスパートの先生方3人にお話をうかがいます。

 2005年,アメリカから10年遅れて血栓溶解薬アルテプラーゼ(以下t-PA)が,発症後3時間以内の脳梗塞における急性期治療の手段の1つとして承認されました。しかし,タイムウィンドウの問題をはじめとして,適応には厳しい制限があるため,実際にその恩恵に浴せる患者さんはごく一部です。また,少し誇大宣伝といいますか,「夢のような治療法」だと思われているため,患者さんがt-PAを受けられなかった場合,また受けてもよくならなかった場合に,医療者が責められるという歪んだ現象も生じています。t-PAに限らず,脳卒中急性期の合併症管理は非常に重要だと思いますし,よりタイムウィンドウの広い治療法,選択肢が増えることが今後求められていくでしょう。

 とはいえ,t-PAの登場は脳卒中への社会的関心を高め,救急搬送や診断・治療のシステム構築に大いに貢献しました。また2008年の診療報酬改定で,脳梗塞急性期患者へのt-PA投与に1万2000点の加算がついたことも,この治療法の普及に拍車をかけています。それぞれのご経験も含めて,t-PAの登場から現在までのお話をお聞かせください。

長尾 全国一斉に始まったとはいえ,どこでも同じようにt-PA療法ができたわけではありません。医療体制も含め,各地域の事情が大きく反映されたというのが正直なところです。

 私がおります東京地区は,病院数は全国最多ですが,体系的な脳卒中の救急システムが未整備であるため効率的に患者さんを治療できないもどかしさがあります。発症から治療まで――door to needleがもう少しスムーズに流れてほしいというのがこの3年間の総括です。

内山 そういう点で,病診連携を含めた脳卒中急性期診療のシステム化に先んじて着手されたのが,平野先生のいらっしゃる熊本地区です。

平野 熊本では,t-PA認可以前から,急性期の脳卒中を診る医師数に比べて患者数が圧倒的に多く,一施設で救急からリハビリまでを診る難しさを感じていました。そこで患者さんへのシームレスな医療の提供をめざして,1995年頃から急性期-回復・維持期にかけてのネットワークづくりを地域全体で行ってきました。そんななかでのt-PA認可でしたので,どこの病院が脳卒中救急を診ているかという情報が地域全体で共有されており,それらの施設に救急搬送が集まる形で,いまのところうまくいっているのだと思います。

 ただ,熊本県のなかでも地域格差があり,熊本市とその近郊については人口100万人をカバーできるシステムが動いていますが,一歩離れるとまだまだ体制が整っていません。それらの地域で,今後救える患者さんをいかに増やしていくかが課題だと感じています。

内山 私も平野先生と同じく大学病院の所属ですが,大学病院の神経内科では,限られたスタッフ数で脳卒中以外の神経疾患や救急疾患も診なければなりません。そのため,専門病院のように脳卒中診療に特化できませんし,受け入れにも限界があると思います。そういった条件下で,どのように他の医療機関と連携をされていますか。

平野 熊本では,市内の5つの基幹病院が,神経内科医と脳外科医でチームを組んで脳卒中の急性期診療を行っています。このうち熊大以外の4病院では脳卒中救急を中心に診ていますので,搬送もそれらの施設に必然的に集中しています。

 一方,熊大病院の強みは血管内治療の専門医がいるということです。大学病院として地域に貢献できるよう,comprehensive stroke centerとして血管内治療が必要な患者さんを受け入れる,あるいはmobile teamとして関連施設に出向して血管内治療を行う,という具合にネットワークをつくりながら,お互いの得意な部分で協力しあっています。

内山 豊田先生のおられる国立循環器病センター(以下,国循)は,t-PA療法についても中核になって推進していかれる立場にあると思いますし,脳卒中急性期医療全体の啓発活動,全国の多施設共同研究の観察・研究・介入試験なども含めて,リーダー的な役割を課せられている施設だと思います。そういう立場から,これまでの歩みをお話しいただけますか。

豊田 国循は大阪市郊外のベッドタウンにある病院です。短時間での救急搬送が可能な範囲に,100万人以上の人口が密集しているという意味では,脳卒中救急診療が行いやすい場所だといえます。搬送システムに関しても,90年代後半から救急隊とのホットラインを引いており,脳卒中の救急医療を行う医師が直接,搬送中の患者情報を得るようにしているため,発症から治療開始までの時間も短くて済む素地ができていました。ですから,t-PAが認可されたあとも比較的スムーズに治療ができてきたと思います。

door to needleをいかに短縮するか

内山 各地域の現状をお話しいただいたところで,現時点で治療の中心となっているt-PA静注療法について議論したいと思います。

長尾 特に,患者さんの到着からどのように時間を短縮していくかという工夫をぜひお聞きしたいです。

豊田 国循は総合病院と違って,脳疾患や心臓疾患が疑われる患者さんしか搬送されてこないため,ルートは非常に単純です。意識障害があったり脳卒中と思われる患者さんの場合は必ず,私たち神経内科医が最初に呼び出されますから,診療時間は非常に短縮化されていると思います。

長尾 当院でいちばん苦労しているのは,脳卒中救急の窓口をどこと考えるかという問題です。神経内科救急を標榜すれば頭部外傷の要請は受けられませんし,脳外科救急で対応すれば脳卒中以外の神経疾患が対象外となって搬送されてきません。理想は「救急部」のような形で入口を一本化し,そこから速やかにトリアージを行って,スムーズに各科につなぐことですが,今はトリアージできる入口がないのが実情です。他の大学病院でも,t-PAチームに連絡がくるまでに,搬送から30分前後経過していると聞きます。大きな病院になればなるほど,タイムロスが増えてしまっているようです。

平野 おっしゃるとおりですね。当院では,脳卒中らしい症状がある患者さんでも,最初から神経内科に搬送されるのではなく,まずはかかりつけの診療科が呼ばれます。そして,「これは脳卒中かもしれない」となってから私たちに連絡が来るのですが,そこまでで20-30分かかってしまいます。

内山 当院でも同様の悩みを抱えています。クリティカルなケースは,脳卒中を含めて救命救急科に救急隊からホットラインがかかってきますが,各救急隊の判断で神経内科に直接コンサルトして運ばれてくる場合もあれば,脳外科のこともあります。さらに神経内科の中でも,脳卒中かそれ以外の神経疾患かの判断をしなければならず,そこでも明確なシステムが確立されていないので,かなりのタイムロスが出ます。この点では,国循とは正反対の問題点があることを認めざるを得ません。

t-PAは3時間以降も有効か

内山 t-PAの適応は3時間以内という非常に狭い範囲に限られていますが,ヨーロッパでは4.5時間までの有効性をうかがわせるような研究データも出てきています。今後どうなるかは厚労省の判断にもよると思いますが,豊田先生はどうお考えですか。

豊田 たしかに,t-PAは現状の薬と治療法で4.5時間まで有効かもしれません。少なくとも,比較的軽症例など投与する患者を選択すれば,それほど危険ではなさそうだということは,今回の研究から伝わってきます。しかし,このデータを鵜呑みにしてわが国で適応することには慎重になるべきです。少数例でもいいので,日本でまとまった試験を行い,何らかのかたちで結論を出す。本当に4.5時間が有効か,少なくとも安全かを国内で示すことが必要だと思います。

内山 ヨーロッパのデータを見ると,やはり若くて軽症例が多いことがみて取れます。このことを,いままでの3時間以内の適応基準と除外基準でそのまま考えていいのかどうかということも問題になると思います。

長尾 t-PAの安全性・有効性は発症からの経過時間に比例して下がり,逆に危険性は上がります。ですから,時間が経てば経つほど,時間がないにもかかわらず,丁寧に評価して適応を考えなければならないというジレンマに陥るわけです。そのときに,3時間までと同じような診断基準を用いていいのかどうか。有効性をみるか,あるいは安全性を重視するかという,二つの側面からの画像診断のあり方を考えなければならないと思っています。

 軽症でt-PAを行う必要のない患者さんもいれば,重症でもよくなる患者さんもいます。これまでの大規模研究では,発症から時間が経過するほど軽症例で有効となる印象がありますが,本当に必要な患者さんに使ってあげたいと思っています。

早期診断に貢献するMRI

内山 そういった意味でも,t-PA投与適応決定における画像診断がとても重要になってきます。

 現在,CTによる診断は標準化されつつありますが,限界もあります。一方,MRIの拡散強調画像による判定は非常に有効で,DWI(拡散強調画像)/PWI(灌流画像)ミスマッチによるペナンブラの評価は今後普及することが期待されますが,現状ではまだまだ標準化されていません。また,CTでもperfusionの評価ができる方法が出てきたり,新しいモダリティーとしてMRIを使った灌流測定法も出てきつつあるようです。治療の適応を決める判断基準としての脳卒中急性期診断ですが,有用性も含めて,今後どういう方向に進んでいくのでしょうか。

平野 以前から,急性期脳卒中の画像診断はCTでいいのか,MRIでないといけないのかということが議論されています。CTでも条件を整えて見れば,diffusion MRIと同等に,危険な患者さんを排除する力は十分あると思います。しかしかなりのスキルを要するのも事実です。

 一方,MRIの拡散強調画像で高信号を見つけるのは,ビギナーでもできますので,簡便に普遍化するのであれば,MRIを用いるのがベストでしょう。ただ,一所懸命病巣を見つけようと思っていじると,本当は無視していいような軽微な異常信号を引っかけてしまい,無駄に悩んでしまうこともありますから,標準化の必要はありますね。そうやって,きちんと適応となる患者さんを選択していけば,4.5時間を超えてもまだまだt-PAが有効であるケースは出てくると思っています。

すべての医師がファーストタッチできるように

豊田 先ほどもタイムウィンドウのことが話題になりましたが,「脳外科や神経内科の専門医が一から診なければt-PAの診療が動かない」というシステムには,制約が大きいですよね。施設に来て60分以内にt-PAを打とうというとき,その大部分は初期担当医である,必ずしも神経専門ではない医師が担うわけです。ですから,最初のNIHストロークスケールでおおよその評価をして,画像診断を始める部分は救急担当医が担い,最終的な判断を神経内科医や脳外科医が行うようなシステムをつくる。そうすれば,かなりの施設で救急時のt-PAの対応ができると思います。そういう意味でも,t-PA投与禁忌である広範な早期虚血の見逃しはまずないであろう,MRIの役割は非常に大きいです。幸い日本は大多数の病院でMRIが稼働していますので,それを使わない手はないと思います。

 心臓疾患や脳卒中といった救急かつ患者人口も多い病気に関しては,医師であればたとえ専門外でも,基本的な診療が行えるように卒前教育をすることが理想です。より多くの医師が,少なくともファーストタッチはできるようにすれば,脳卒中の診療は非常にやりやすくなると思います。

平野 まったく賛成です。幸いいまの医学生たちは脳卒中救急医療に興味を持ってくれていますし,神経内科を志す若手も数年前より確実に増えています。それには,マスメディアで脳卒中の新しい治療が取り上げられることも要因にありますし,何より実際に目の前で患者さんが劇的によくなるところを見ると,「こんなにいい治療があるのだったら,自分もそれに携わりたい」という想いが生まれるのだと思います。

t-PAに代わる治療法とは

内山 昨年春に頸動脈ステント留置術(CAS)が承認され,また従来のCEA(頸動脈内膜剥離術)も含めて発症直後の超急性期診療が保険適応になるなど,治療のタイミングについても考え方が変わってきています。さらにアメリカでは,MERCIというclot retriever deviceが使われ始めました。これは3時間を過ぎても有効性が期待できる治療法であると言われており,日本でも早晩選択肢に加わってくるでしょう。t-PA以外に有効な方法があるのかどうか,内科的治療も含めてお話しください。

豊田 薬物治療として以前から期待されているのは,脳保護療法の今後の進展です。日本はフリーラジカル・スカベンジャーが公的に認められているほぼ唯一の国で,実際によく使われていますが,その有効性をきちんとしたかたちで世界に発信する必要があるでしょう。例えば「t-PAにフリーラジカル・スカベンジャーを併用すると効果があるか」ということは,世界からも注目されているトピックですし,この国で行いやすい試験の一つです。

 また,CASやCEAが比較的早期から行われるようになったことに関して,早期CEAの効果についてはエビデンスがいくつか出ており,当院でも積極的に行っています。ただ,「どの患者にも早期から行う」というのではなく,個々のケースにおいて,頸動脈プラークを狭窄度だけでなく形態学的に性状評価した上で,適応を判断しています。具体的にはプラークの安定性をエコーやMRIを用いて,例えば微小栓子シグナル(HITS/MES)などによって判定し,その上で不安定プラークだと思われるものは早めにCEAを行う。あるいは実際に抗血小板薬を増やしていっても,進行が見られる例などには積極的にCEAなどを行っています。

平野 次のオプションとして出てくるのは超急性期の血管内治療だと思います。PROACT IIに加えてMELT-Japanの結果が揃ったところで,超急性期局所線溶療法は発症6時間以内まで有効というエビデンスが出ていますから,3時間では難しいけれどもなんとかできそうだという患者さんに関しては,局所線溶療法を積極的に試みるのもよいでしょう。

長尾 循環器で最初にt-PA静注療法が認可されてから,全体が血管内治療にどんどんシフトしてきました。脳卒中の分野でも,血管内治療のウェイトはこれからますます上がってくると考えています。

 もしもt-PA静注療法が最初の治療法であるにしろ,「静注療法のみ」「静注療法と血管内の併用」「血管内のみ」という3つのオプションを,搬送後6時間くらいにおける治療の選択肢として議論すべきです。

■TIAの早期診断・治療が脳卒中を防ぐ

「よくなってよかったですね」で帰してはいけない

内山 欧米では,TIA(一過性脳虚血発作)はメディカル・エマージェンシーであり,早期の評価と治療を要することが,ここ4-5年強調されています。それに比して,日本ではその認識が遅れており,症候学として,あるいは診断基準の論争だけにとどまっていた傾向があると思います。

 実際,脳卒中発症後にt-PA療法を行っても,全体としての効果は3か月後の転帰良好例が30%増えるだけです。一方,ハイリスクのTIA患者を早期に診断・治療すれば,脳卒中そのものを起こさなくても済むわけですから,結果的に医療経済効果ははるかに高くなります。実際に海外では,TIAを早期に治療すれば脳卒中のリスクは半減するというデータも出ています。そういった意味でも,今後日本におけるTIAの認識を変えていかねばなりません。

平野 先ほど長尾先生から心臓の話が出ましたが,「TIAは脳にとっての不安定狭心症」だと言うことができます。不安定狭心症を放っておいたら心筋梗塞になるのと同様に,TIAを放っておいたら脳卒中になる。メディカル・エマージェンシーだという認識をしっかり持ち,必ず血管系のサーベイをして,すぐに的確な対策を立てることが大切です。よく九州医療センターの岡田靖先生の言葉を借りて「TIAは脳卒中予防五段階のがけっぷちです」と言うのですが,いちばん危ない病態だと認識してほしいということを,患者さんにも開業の先生方にも,機会があるごとにお話ししています。

内山 他科の医師や研修医にも啓発が必要です。例えば,週末の救急外来を受診した当日発症のTIA患者さんに,当番にあたった医師が「よくなってよかったですね。また来週の月曜日に来てください」と言って帰す。これは絶対にいけません。それで帰宅後に脳卒中を起こした患者さんも実際にいます。このことは口を酸っぱくして言っているのですが,まだまだ認識が不十分だということは,痛いほど感じています。

TIAを正確に診断する

長尾 私が現場で感じているのは,他科の医師のTIA診断に関する誤解が非常に大きいことです。TIAでないものをTIAと言い,TIAをTIAと言わない傾向が非常に強い。例えば,失神や意識消失発作に対してTIAと診断する医師は多いですよね。でも,実際は重篤な不整脈が隠れていたりするなど,心臓疾患の可能性も含めて考えなければならない。「それを簡単にTIAと言っていいのか」というのは,常々疑問に思っています。また,救急の現場ではいわゆる局所神経症状が出ている「がけっぷちのTIA」の整理も不十分だと感じています。

 私は「TIAは脳卒中の予行演習」と言っていますが,本当のがけっぷちのTIAをきちんと拾い上げ,本番になる前に適切な対処をすることが必要です。つい先日も「手がしびれる」と整形外科を受診し,診断がつかずに手こずった患者さんがいました。最終的にその方はTIAだったのですが,もちろんご本人にもTIAの認識はありませんでした。t-PAと同様に,発症から来院までにもう少し啓発が必要ではないかと現場では感じています。

内山 その通りです。2005年度から,JPPPという動脈硬化性疾患に対するアスピリンの一次予防に関する厚労科研費研究で,松本昌泰先生・峰松一夫先生と一緒にTIAと診断された患者さんのイベント評価を行っているのですが,TIAと診断された10人のうち7-8人が,実際はTIAの診断基準を満たしていません。JPPPは一般のクリニックの先生を中心に行われているスタディですが,やはりもう少しTIAの正確な診断を啓発する必要があると思います。

 アメリカではNational Stroke Associationで「TIAは48時間以内に評価を終わらせ,治療を始めなければならない」というガイドラインを出しましたが,ヨーロッパはさらに一歩進んで,24時間以内でなければいけないと主張しています。たしかに,ついさっき起こったTIAと1年前に起こったTIAとでは危険度がまったく違うという認識も,一般医にはほとんど理解されていない面があると思います。

TIAは「重い脳卒中の予備軍」

豊田 TIAというと皆,「脳卒中の軽いもの」という言い方をしますよね。実際,神経内科医や脳外科医を含めてかなり多くの人が「アテローム血栓症や心原性脳塞栓症は重い病気で,それより軽いラクナ梗塞,さらに軽いTIAがある」という誤った認識を持っていると思います。TIAというのは基本的にはアテローム血栓症か心原性脳塞栓症の機序による一過性の脳梗塞ですから,決して「脳卒中の軽いもの」ではなくむしろ「重いものの予備軍」なのです。ですから,症状が安定しているラクナ梗塞の患者を緊急入院させる感覚を持っている医師だったら,それ以上の真剣さでTIAの患者さんに入院を勧めるべきだと思います。

内山 おっしゃるとおりです。いくつかの前向きコホート研究ではcompleted strokeよりもTIAのほうが,発症後3か月以内の脳卒中のリスクは高いと出ています。

豊田 それがなかなか入院に結びつかない原因の1つは,患者さんがTIAの危険性を理解していないことにあります。診察の段階では症状は消えていることが多いので,入院と言われても納得しにくいでしょうし,医師も主に病歴でしか判断できないため,自信を持って「これは入院が必要な病気だ」と言いづらいのでしょう。しかし,TIAを疑わせる患者さんにはなるべくそのときに,ABCDスコアや,脳卒中専門病院であれば頸部エコー,MRI/MRA等を行い,その場で「がけっぷち」のTIAか否かの診断ができるシステムをつくることが大事です。

リハビリ開始は1日でも早く

内山 もう一つの課題は,急性期-回復期-慢性期にわたるシームレスな医療の実現です。今年から脳卒中専門看護師・専門理学療法士の認定が新たにスタートすることも鑑みると,他職種,他診療形態との連携がいっそう重要になってくると考えます。

平野 熊本では,30年以上前にわれわれの一世代前の先輩方が,神経内科におけるリハビリの重要性を強く認識され,国内の先進的な施設で勉強して県内に多くのリハビリ病院をつくられました。同じころから脳外科の先生方が救急の素地をつくっておられましたので,そこにわれわれ神経内科のグループが参加し,脳外科と協力して脳卒中急性期診療を行う,という形が自然と生まれてきました。

 私が卒業した時期,ちょうど先輩の橋本洋一郎先生が国循から戻られた1987年ごろは,救急で入院すると2-3か月してやっとリハビリの転院を考えようかという時代でした。ですから,リハビリ病院の先生から「あんたたちは,脳卒中の患者さんをスルメにして送ってくるから困る。それをイカに戻すには,ずいぶん時間がかかる」と言われました(笑)。とにかく,早く送ってほしいと。実際,長期間安静にされた患者さんよりも,ともかくリハビリを早く始めた患者さんのほうが圧倒的に回復がいいということが年を経るごとにわかってきたのです。いまは救急の病態をなるべく早く落ち着けて,早期にリハビリが始められることを急性期のゴールにしていますし,入院したその日から,関節可動域訓練や体位交換といった他動的なリハビリを始めるようにしています。15年以上前から「電話1本1週間」をキャッチフレーズに,急性期と回復期で連携を取りながら進んできました。

内山 長尾先生のところでは,リハビリや後方病院の確保についてはどうされていますか。

長尾 東京の泣きどころはリハビリ病院の少なさで,全国でいちばん苦労している地域ではないかと思います。現在,回復期リハの病院は関東地域でも増えつつあり,10年前と比べると状況はかなり改善しています。それでも入院期間は熊本より1週間から10日ほど長くなってしまうのが実情です。

 そこでカギとなるのが,急性期のリハビリです。回復期のリハビリを受けるまでの2-3週間がブランクになると,それこそスルメになってしまいます。それを防ぐためには,発症直後から回復期に負けないレベルでしっかりと急性期リハビリを行い,その上で回復期リハビリ病院への転院を待機する。私は,それがcomprehensive stroke centerの大きな役割の1つだと考えています。特に,東京のようになかなか転院先が決まらない地域であれば,より急性期のリハビリを重要視して,患者さんの早期回復を狙うべきです。とはいえ,実際に急性期リハビリの体制が整った脳卒中基幹病院は多くないので,今後,リハビリをペアにした脳卒中センターという概念をもう少し強調すべきではないかと考えています。

 当院でも,たかだか2-3日リハビリの開始を前倒ししただけで,すべての回転がスムーズになり,患者さんの状態もよくなるというデータがわずか1年で出てきました。「ああ,こんなに違うんだな」と実感しましたね。急性期リハビリは脳卒中ケアユニット加算にも入っていることでもあり,そのあたりの認識を,脳卒中の専門医も持つべきだと思います。

シームレスな脳卒中医療のための病診・病病連携

内山 リハビリの話に関連して,再発予防も図らなければいけません。そう考えると,予防の観点からも地域の診療所との連携が必要だと思います。診療所において脳卒中がどの程度正しく認識され,正しい治療が行われているかという問題も含め,地域での啓発活動や連携についてお話しください。

豊田 当院では月に一度,地域医療連携室から日ごろ連携している一般開業医の先生にお便りを送っています。そのなかに,脳卒中に関して開業医の先生を啓発するようなパンフレットを折り込んで入れています。

 例えば「軽症の脳梗塞だから専門病院に行かなくていいということは決してありません。むしろ軽症の脳梗塞ほど,専門病院に送ってください」というメッセージや,頸部エコーを使われるクリニックが増えてきたので,どんな所見があったら専門医に紹介すればいいかというようなことを書いています。通常,クリニックから専門病院へ紹介する際に明確な基準というものはまったくありませんから,少しでも参考になればと考えています。

 それから,個々の患者さんに関しては,「脳卒中ノート」という母子手帳のような手帳をつくり,そこに急性期病院に入院したときの主だったデータを書き入れています。特に今後のリスクファクターの管理として,「この患者さんは血圧を安易に下げないでください」「糖尿病と腎疾患があるので,脳梗塞ですが130/80ぐらいを目安にしてください」といった,開業医の先生が目安としやすいような値を自分たちなりに考えて記載し,それを患者さんにお渡ししています。

平野 当院でも同様の取り組みを行っています。ただ,急性期-回復期-維持期の連携はなんとかいくのですが,一般開業医の先生たちを取り込むところが,まだ不十分なところがあり,これからの課題だと思っています。

長尾 荏原病院のある東京の城南地区は,いま病診連携パスを作っており,ひな型がほぼでき上がりました。そのなかに,治療方針,合併症・基礎疾患の治療目標もすべて記載して,お互いにクオリティチェックをすることをめざしています。早ければ春から,城南地区の一部の医師会と協力して脳卒中の患者さんへの運用が可能になるはずです。特に軽症の患者さんは回復期リハビリ病院を経ずに自宅に帰りますので,そういった患者さんのやり取りを含めてパス化する予定です。ほかには,一般のクリニックから荏原病院の脳卒中センターのホットラインにつながるようなシステムを構築したこと。また,開業医の先生から敷居が高いといわれる抗凝固療法に関して,勉強会を開催するといった試みも行っています。

 最後に,これは私がずっと前から強調していることですが,やはりTIAのさらに前,脳卒中ハイリスク患者さんのチェックが重要です。脳ドックのようなかたちで,あらかじめリスク評価ができないかという試みも進めています。発症前パスと発症後パスというかたちで,地域連携に関しては,かなり力をいれて医師会と協力して進めているところです。

 当院では,退院した患者さんを引き続き外来で診ることは少なく,ほとんどの患者さんを医師会の先生方へ戻して1年に一度病状報告に来てもらい,また主治医に戻すというキャッチボールをしています。それを通して,自分の治療方針が本当によかったのかという予後チェックができます。急性期病院は,どうしても「あとはよろしくお願いします」といって,その患者さんのその後の治療がうまくいっているかどうかを見ようとしないので,自分の治療法が正しかったのかも責任を持って評価しなければいけないと思っています。

内山 フォローアップ,アフターケア,それからアウトカムの検証ですね。そういう意味では,いまのお話は,すべての読者の方に非常に参考になるご意見だったのではないかと思います。

 本日は脳卒中の急性期医療をめぐって,さまざまな課題について非常に幅広くしかも実際の診療経験に即したお話が伺えました。各地域の特殊性の比較も出されましたし,大変有益な座談会だったと思います。脳卒中は非常に多岐にわたる領域の診療科が関与する疾患ですので,この座談会は脳卒中の専門家だけでなく,脳卒中診療にかかわる他の多くの方々も参考にしていただければと思います。どうもありがとうございました。

(了)


内山真一郎氏
1974年,北大医学部卒。同年東女医大総合内科研修医,76年同内科助手。81年から2年間米国Mayo Clinic血栓症研究室研究員。87年東女医大神経内科講師,95年同助教授,2001年同教授,08年同主任教授。日本脳卒中学会理事,日本脳ドック学会理事,日本血栓止血学会理事。専門は脳卒中学,血栓止血学,臨床神経学。
『Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases』(日米脳卒中学会合同機関誌)編集副委員長,『BRAIN and NERVE――神経研究の進歩』(医学書院)編集委員。
「患者の目線で,わかりやすい医療を」をモットーに,一般書の執筆も多い。

豊田一則氏
1987年九大卒。同年,九大第二内科に入局。89年より国循でレジデントとして研修,96年より米国アイオワ大で脳卒中への遺伝子治療の基礎的研究を行う。2002年より国立病院機構九州医療センター脳血管内科科長,05年より国循内科脳血管部門医長として,急性期脳卒中診療と臨床研究,後進の育成に従事する。心の支えは,家族とガンバ。
一言:「国循脳内科は,脳卒中征圧を志す若手医師に,大きく門戸を広げています。ためらわず武者修行に来てください」

長尾毅彦氏
1988年日医大卒。日赤医療センターにて内科研修後,90年日医大第二内科入局。東京都多摩老人医療センター神経内科を経て,94年日医大大学院卒。同年より現任地の都立荏原病院(現:東京都保健医療公社荏原病院)神経内科に勤務。現在は神経内科医長,総合脳卒中センター兼務。血栓止血学的アプローチを得意として,脳梗塞急性期の診断,治療から慢性期再発予防までの臨床研究に励んでいる。
趣味は寺社仏閣教会古城巡り,レコード・CD蒐集,スキー。東京ヤクルトスワローズの8年ぶりの日本一を願って,ビニール傘持参で神宮球場へ足を運ぶ。

平野照之氏
1988年熊大卒。同年,同第一内科に入局。91年より国循内科脳血管部門で研修,96年よりオーストラリア・メルボルン大でPETを用いた臨床研究を行う。98年に帰国後,現職。神経内科副科長として脳卒中を中心とする神経疾患の急性期医療と学生教育に従事している。画像診断を用いた脳虚血の病態解析と急性期治療を専門とし,J-ACT2では画像判定委員を務めた。
趣味はサッカー,ドライブ,音楽,映画鑑賞。ロアッソ熊本のJ1昇格を夢見ながら,岡田ジャパンを応援している。

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