医学界新聞プラス
[第2回]意思疎通が困難な脳血管障害による重度認知機能低下,左片麻痺による寝たきりのケース
『生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケア実践マニュアル』より
苅部康子
2024.08.16
生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケア実践マニュアル
『生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケアガイドライン』により,リハビリテーション,栄養,口腔管理の一体的介入の重要性が明らかになりました。しかし,実際に現場でどのように取り組めば良いのか――。その問いに応えるのが『生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケア実践マニュアル』です。ガイドラインを踏まえた具体的な実践方法を伝授します。
「医学界新聞プラス」では,本書の中から「リハビリテーション・栄養・口腔管理の複合的介入とゴール設定・モニタリング項目」「意思疎通が困難な脳血管障害による重度認知機能低下,左片麻痺による寝たきりのケース」の2項目をピックアップして,内容を紹介します。
概要
急性期病院において,嚥下機能障害とサルコペニアを認めることから,今後栄養状態が悪化すると予測された,脳血管障害による重度認知機能低下で寝たきりの女性のケースです。本人の夫は「これまで通り自宅で生活させてあげたい」と,自宅復帰を強く望んでいました。「誤嚥性肺炎で再入院させない」「寝たきりにさせない」ことを共通目標とし,摂取栄養量に合わせたリハビリテーション,食べられない理由を観察し目標栄養量を充足する栄養管理,歯科衛生士や歯科医師による口腔管理を実践しました。
介入のポイントは,食事摂取量が少なく,意思疎通が困難な重度の認知症の対象者に,「何をおっしゃっているのかわからない」と経過観察するのではなく,表情からの非言語的な合図を見きわめて課題に取り組んだ点です。また,1つ目の共通目標である「誤嚥性肺炎で再入院させない」については,歯科衛生士から助言を受け,理学療法士と看護師が介護職員に口腔含嗽(ぶくぶくうがい)の方法を伝えるなど,口腔管理の技術が伝達されることで,誤嚥性肺炎の発症の予防,咳反射の改善につながりました。2つ目の「寝たきりにさせない」については,摂取栄養量の充足が体幹の安定につながり,段階的にリハビリテーション負荷量が検討され,生活場面での離床時間の拡大につながりました。この一体的取り組みにより,日常生活活動(ADL)の改善,栄養状態の維持が図られ,家族が念願としていた自宅へ帰ることができました。
利用者情報
85歳,女性。夫と2人暮らしで昨年までは家事全般を行い,ADLは自立で,絵を描くことを趣味としていました。入院1年前から,年相応の物忘れなどの認知症状がみられるようになっていました。
左片麻痺を発症して急性期病院へ搬送され,頭部MRI検査で右被殻出血と診断があり,保存的治療を受けました。高次脳機能障害により,見当識障害・注意障害が残存し,左上下肢に不全麻痺を認め,嚥下障害も残存しました。急性期病院での治療を経て,第32病日に退院と同時に介護老人保健施設に入所しました。前医での食形態は主食ゼリー粥,副食は「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021(以下,学会分類2021)」のコード2-2(ピューレ・ペースト状の食事・ミキサー食など)を介助で摂取し,水分は中間のとろみを使用していました。
・ニード:敷地内には息子家族が住んでおり,当施設退所後は夫・息子家族の援助と介護サービスを利用して自宅復帰を予定しています。
・現病歴:右被殻出血,嚥下障害,低栄養,認知症
・既往歴:うつ病(50歳代発症),大腸ポリープ(72歳)
・服薬情報:センノシド錠12mg就寝前1錠,トラゾドン塩酸塩錠25mg就寝前1錠,アミトリプチリン塩酸塩錠10mg朝夕食後・就寝前各1錠,ブロチゾラム錠0.25mg 就寝前1錠
・身体所見:身長145cm,体重37.5kg,BMI 17.8kg/m2。通常時体重41kg,BMI 19.5kg/m2
・日常生活自立度:要介護5,障害高齢者の日常生活自立度C2,認知症高齢者の日常生活自立度Ⅳ
一体的アセスメント(介護老人保健施設入所時)
・サルコペニア評価:握力計測不能,歩行は不可,下腿周囲長右(健側)26.5cm(Maedaら1)の入院高齢女性患者のカットオフ値29cm)からサルコペニアであると判定。サルコペニアの原因としては,加齢(85歳),活動(歩行不可),栄養(飢餓),疾患(右被殻出血)があげられました。
・栄養スクリーニング:1か月で3.5kg減少(減少率8.5%)を認め,BMIが17.8kg/m2(18.5kg/m2未満)であることから,高リスクと判定しました(Malnutrition Universal Screening Tool;MUSTによる)。栄養改善を目指すために必要なエネルギー量(1,200kcal)に対し,食事摂取量が約850kcalしか摂取できていませんでした。
・ADL評価:バーセルインデックス(BI)0点,改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)不能,Mini-Mental State Examination(MMSE)は30点中3点(場所の見当識が加点)
・口腔・摂食嚥下機能:オーラルディアドコキネシス(oral diadochokinesis;OD)不能,反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing test;RSST)不能,咽頭含嗽(ガラガラうがい)不可,口腔含嗽(ぶくぶくうがい)不可の結果から,摂食嚥下機能障害と判定。
多職種による初回ミールラウンド(入所2日目)
・医師:窒息や誤嚥性肺炎に注意し,安全に食支援を行う必要があります。
・看護師:食事時の疲労の程度,皮膚の状態や排泄状況を観察し,誤嚥性肺炎,褥瘡などの発生を予防します。
・歯科医師(照会):う蝕の治療を開始します。
・歯科衛生士:歯茎に炎症があるので歯科医師に報告します。また,重度認知症があり,寝たきりで左麻痺もあるため,口腔衛生の際には,誤嚥性肺炎起炎菌を含む洗浄水を誤嚥させないよう注意しましょう。
・介護福祉士:ADLは全介助,コミュニケーションは話しかける行為はみられませんが,介助者の声かけに対しての簡単な返答はあります。入所時は疲労もあり,食事はベッド上介助で40分程度かかり,70%食べました。食事の後半で姿勢が左に傾いてしまいます。甘い間食は口の動きがよいです。口の中の乾燥が気になります。
・薬剤師:既往にうつ病もあり,口腔乾燥は向精神薬内服の影響も考えられます。
・理学療法士:臥床状態が続き,全身の体力や耐久性の低下,呼吸等の循環機能の低下を認めます。食事のために必要な座位保持などの持続的な活動を改善する必要があります。現在のトレーニングはベッド上が中心となっていますが,食事時はベッド上から普通型車椅子へ移動し,他の施設利用者と同じテーブルで食べられるよう支援します。
・管理栄養士:必要栄養量を下回る摂取栄養量の状態です。嗜好は甘い味を好み,水分摂取量1,200mL/日で甘みのあるジュレ状の物は摂取良好でした。主食のゼリー粥は水分量も多く,1食あたりの食事量が多くなり全量食べきれません。主食量を減らし,摂食嚥下機能に適した栄養補助食品(oral nutritional supplements;ONS)を活用します。
・介護支援専門員:息子夫婦は「自宅改修後のお正月には自宅で過ごさせてあげたい」と希望しており,リハビリテーション・栄養・口腔管理の連携により6か月後の自宅復帰を予定します。
リハビリテーション・栄養・口腔に係る実施計画書
図6-4に本ケースの計画書を示します。
多職種での介入前の目標
・3食安全に経口摂取ができ,誤嚥および誤嚥性肺炎の発症なく自宅退所ができるよう支援します。
・離床時間を増やし,体力の向上を目指します。
※本項目の本文の続きは,書籍でご確認ください。
文献
1) Maeda K, Koga T, Nasu T, et al:Predictive accuracy of calf circumference measurements to detect decreased skeletal muscle mass and European Society for Clinical Nutrition and Metabolism-defined malnutrition in hospitalized older patients. Ann Nutr Metab 71(1-2):10-15, 2017
生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケア実践マニュアル
「ガイドラインをふまえて,現場で具体的にどう実践すればよいのか?」に応える1冊!
<内容紹介>『生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケアガイドライン』が発行されました。その重要性は分かったものの、どのように取り組めばよいか──その疑問に本書は応えます。リハビリテーション、栄養、口腔機能のみならず、食べる機能、認知機能、メンタルヘルス、処方薬、社会面などの評価・ゴール設定・介入・モニタリングをわかりやすく解説。要介護高齢者のケースに応じた実施計画書の例も掲載。
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生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケアガイドライン
リハビリテーション・栄養・口腔管理の一体的取り組みのための初のガイドライン!
<内容紹介>要介護高齢者の日常生活活動および栄養状態、摂食嚥下や口腔内の問題は、相互に関連・影響するもので、単独介入ではなく、多職種による一体的な複合的介入こそ最も効果があると考えられてきた。しかし、その効果を検証した研究は少なく、ガイドラインも無かった。自立支援・重度化防止に向け、CQ11問・BQ21問を含む、リハビリテーション・栄養・口腔管理の一体的取り組みのための国内外初のガイドライン、ここに堂々刊行!
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