医学界新聞プラス
[第2回]腰部脊柱管狭窄症_治療の概要
『保存から術後まで 脊椎疾患のリハビリテーション[Web動画付]』より
連載 古谷 英孝
2024.09.30
保存から術後まで 脊椎疾患のリハビリテーション
高齢化社会に伴い,理学療法士が脊椎疾患を担当するケースは今後益々増えるだろう。書籍『保存から術後まで 脊椎疾患のリハビリテーション[Web動画付]』は,脊椎疾患に対して経験の浅い理学療法士をはじめ,臨床実習に臨む学生,また指導的立場にある理学療法士が,安全かつ効率よく,目に見える結果を出せるような脊椎疾患リハビリテーション実施(保存と術後)についてゴールドスタンダードを示しています。また,大事な評価方法,徒手療法,運動療法は実技動画を多数収載。視覚的にもより深く理解できる一冊です。
「医学界新聞プラス」では本書のうち腰部脊柱管狭窄症の項目を,「疾患の基礎」,「治療の概要」,「保存的リハビリテーション」,「術後リハビリテーション」の4回に分けてご紹介します。
※医学界新聞プラスでは動画の視聴はできません。本書よりご覧ください。
2 治療の概要
腰部脊柱管狭窄症の初期治療は,保存療法が選択される.脊柱管の狭窄が軽度または中等度の症例において,改善もしくは変化なしであった症例は約30〜50%であり,悪化した症例は約10〜20%であった9, 10).このことから,保存療法でもある程度の良好な予後が期待できる.しかし,画像上の狭窄が重度な症例は,予後が不良である 11).
保存療法
1.薬物療法
腰部脊柱管狭窄症に対する薬物療法は,症状の改善に有効である.リマプロスト(プロスタグランジンE1)の投与は,馬尾型もしくは混合型の症例の下肢の痺れ,歩行距離,健康関連QOL スコアの改善に有効である 12).非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の投与は,神経根型または,腰痛を有する症例の腰痛,下肢痛およびQOL の改善に有効であるが,馬尾型への投与は推奨しない 13).
2.神経根ブロック注射
腰部脊柱管狭窄症に対する神経根ブロック注射は,介入1〜2 週後の疼痛およびQOL の改善に有効であるが,長期的な効果は示されていない 14, 15).
3.装具療法
腰椎コルセットを着用することで,歩行距離の延長と疼痛の軽減が得られるが 16),明らかな有効性は示されていない.
4.物理療法
今のところ保存療法としての腰部脊柱管狭窄症に対する有効性は示されていない 17).
5.運動療法
腰部脊柱管狭窄症に対する運動療法の効果について,わが国のガイドライン(2021)では,運動療法は中等度の効果があることが示されている 1).運動療法を行うことで,疼痛の緩和,身体機能,ADL 能力やQOL の改善が期待できる.脊柱管の狭窄が重度な症例を除けば手術と同等の効果が得られる可能性もあることから,運動療法は保存療法の第一選択として実施する 18).また,理学療法士の指導の下に行う運動療法は,セルフトレーニングより有効である 19).
有効性が示されている運動療法の種類は,体幹の柔軟性改善を目的とした腰椎屈曲運動および胸椎伸展・回旋運動 20, 21),股関節周囲のストレッチングおよび骨盤後傾運動 20), 股関節周囲筋の筋力強化, 体幹安定化エクササイズ(core stabilityexercise) 20, 22),体重免荷トレッドミル歩行や自転車などの有酸素運動 23)である.運動療法を行うことでの重篤な有害事象の報告はほとんどない.具体的な方法は後述する.しかし,どの運動療法が最も有効なのか検討した報告は今のところ存在しない.
手術療法
保存治療で効果が認められない症例,膀胱直腸障害や神経症状が重度な症例には手術療法が選択される.腰部脊柱管狭窄症の手術は多岐にわたり,大きく分けると除圧術と固定術に分類される.除圧術は他の複雑な脊椎疾患を合併していない症例に対するゴールドスタンダードな方法で,狭くなった脊柱管を広げることで神経への圧迫を取り除く手術である.椎間に不安定性が認められる場合には,固定術が施行される.
1.後方除圧術
主に後方除圧術には棘上・棘間靱帯を温存しない椎弓切除術と,棘上・棘間靱帯を温存する開窓術がある(図10).保存療法と比較して術後2〜4 年までの有効性が示されているが,経年悪化を認める.
2.腰椎椎体間固定術
固定術は,脊椎の不安定性の改善や脊椎変形の矯正を目的に行われる.腰椎椎体間固定術は,椎体間に自身の骨と人工骨を混ぜ合わせたケージ(スペーサー)を挿入し,椎体間を骨癒合させる方法である.椎体間にケージを入れることで,潰れた椎体間が広がり,脊柱管の狭窄を広げることができる(間接的除圧術)(図11).椎体間を広げても脊柱管狭窄の改善が十分でない場合は,除圧術を加えて行う.除圧術と固定術の術後成績は同等であるが,すべり症を伴う症例の腰痛の改善は,除圧術と比較して固定術が有効である.
進入経路
腰椎椎体間固定術の進入経路には,後方から進入する経路と側方から進入する経路,前方から進入する経路がある.後方進入は,従来行われている方法であり,後方経路腰椎椎体間固定術(posteriorlumbar interbody fusion;PLIF), 経椎間孔腰椎椎体間固定術(transforaminallumbar interbody fusion;TLIF)がある.これは,脊柱起立筋や多裂筋を切開して進入し,後方から骨(椎弓)を削って神経の圧迫をとり,神経を避けてさらに奥にある椎体間にケージを挿入する方法である(図12,13).
側方から進入する側方経路腰椎椎体間固定術(lateral lumbar interbody fusion;LLIF)は,最小侵襲手術として近年,急速に普及した手術方法の1 つで,代表的な手術には,extreme lateral interbody fusion(XLIF ®)とoblique lateral interbody fuasion(OLIF)がある(図12).XLIF ® やOLIF は骨を削る必要がなく,側腹部からの小さな侵襲でアプローチが可能で,PLIF やTLIF と比較して出血量や背筋への侵襲が少なく,はるかに大きなケージを挿入することができる 24).大きなケージが挿入可能になったため,従来の方法と比較して,狭小化した椎間高をより高く矯正することができ,腰椎前弯角度を矯正しやすくなった 25).側方進入による術後成績は,患者報告アウトカム(疼痛,Oswestry Disability Index など),入院期間,骨癒合率,術後合併症率ともに,後方進入法(PLIF,TLIF)と同等である 24).その他に,前方から進入する前方経路腰椎椎体間固定術(anterior lumbar interbodyfusion;ALIF)がある.
合併症
1)側方進入による合併症
側方進入による進入経路は,側腹部の皮膚を切開した後,外腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋の各層を切開して腹横筋膜を超えて後腹膜腔に進入する(図14).次に脊椎へのアプローチはXLIF ® の場合には大腰筋の筋間を分けて進入し,OLIF の場合は大腰筋を背側に避けて進入する(図15).XLIF ® とOLIF とも,進入の際に大腰筋を操作するため,それに伴う合併症を生じやすくなる.XLIF ® 後の合併症には, 進入側の腰神経叢損傷(13.3%), 感覚障害(21.7〜40.0%),大腰筋の筋力低下(9.0〜31.0%),大腿前面および鼠径部の疼痛(12.5〜34.0%)が発生することが報告されている 26).直接,大腰筋を切開しないOLIF においても,進入側の大腰筋の筋力低下(1.2%)や大腿前面および鼠径部の疼痛や感覚障害(3.0%)が起こる 27).
2)隣接椎間障害
腰椎固定術後の合併症に隣接椎間障害(adjacent segment disease;ASD)がある.ASD は固定した脊椎に隣接する椎間レベルの障害(狭窄症,すべり症,脊椎変形など)であり(図16),脊椎を固定することで,隣接関節へのストレスが増加して発生すると考えられている.症状としては神経根または脊髄症状,腰背部痛があるが無症候性も多く,必ずしも再手術を必要としない.再手術率は20〜25%である.
文献
1) 日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,他(編):腰部脊柱管狭窄症ガイドライン2021.改訂第2 版,pp9-14,南江堂,2021
9) Wessberg P, et al:Central lumbar spinal stenosis:natural history of non-surgical patients. Eur Spine J 26:2536-2542, 2017
10) Adamova B, et al:Outcomes and their predictors in lumbar spinal stenosis:a 12-year follow-up. Eur Spine J 24:369-380, 2015
11) Minamide A, et al:The natural clinical course of lumbar spinal stenosis:a longitudinal cohort study over a minimum of 10 years. J Orthop Sci 18:693-698, 2013
12) Matsudaira K, et al:The efficacy of prostaglandin E1 derivative in patients with lumbar spinal stenosis. Spine 34:115-120, 2009
13) Onda A, et al:Limaprost alfadex and nonsteroidal anti-inflammatory drugs for sciatica due to lumbar spinal stenosis. Eur Spine J 22:794-801, 2013
14) Fukusaki M, et al:Symptoms of spinal stenosis do not improve after epidural steroid injection. Clin J Pain 14:148-151, 1998
15) Koc Z, et al:Effectiveness of physical therapy and epidural steroid injections in lumbar spinal stenosis. Spine 34:985-989, 2009
16) Ammendolia C, et al:Effect of a prototype lumbar spinal stenosis belt versus a lumbar support on walking capacity in lumbar spinal stenosis:a randomized controlled trial. Spine J 19:386-394, 2018
17) Goren A, et al:Efficacy of exercise and ultrasound in patients with lumbar spinal stenosis:a prospective randomized controlled trial. Clin Rehabil 24:623-631, 2010
18) Delitto A, et al:Surgery versus nonsurgical treatment of lumbar spinal stenosis:a randomized trial. Ann Intern Med 162:465-473, 2015
19) Minetama M, et al:Supervised physical therapy vs. home exercise for patients with lumbar spinal stenosis: a randomized controlled trial. Spine J 19:1310-1318, 2019
20) Backstrom KM, et al:Lumbar spinal stenosis-diagnosis and management of the aging spine. Man Ther 16:308-317, 2011
21) Whitman JM, et al:A comparison between two physical therapy treatment programs for patients with lumbar spinal stenosis:a randomized clinical clinical trial. Spine(Phila Pa 1976)31:2541-2549, 2006
22) Simotas AC, et al:Nonoperative treatment for lumbar spinal stenosis. Clinical and outcome results and a 3-year survivorship analysis. Spine 25:197-203, 2000
23) Pua YH, et al:Treadmill walking with body weight support is no more effective than cycling when added to an exercise program for lumbar spinal stenosis:a randomised controlled trial. Aust J Physiother
53:83-89, 2007
24) Tan MWP, et al:Comparison of outcomes between single-level lateral lumbar interbody fusion and transforaminal lumbar Interbody fusion:a meta-analysis and systematic review. Clin Spine Surg 34: 395-405, 2020
25) Hsieh PC, et al:Anterior lumbar interbody fusion in comparison with transforaminal lumbar interbody fusion:implications for the restoration of foraminal height, local disc angle, lumbar lordosis, and sagittal balance. J Neurosurg Spine 7:379-386, 2007
26) Epstein NE:Review of risks and complications of extreme lateral interbody fusion(XLIF). Surg Neurol Int 10:237, 2019
27) Li JX, et al:Oblique lumbar interbody fusion:technical aspects, operative outcomes, and complications. World Neurosurg 98:113-123, 2017
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