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『「卓越したジェネラリスト診療」入門――複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』より

藤沼 康樹

2024.06.28

 マルチモビディティ,下降期慢性疾患,複雑困難事例,心理・社会的問題,未分化健康問題……。現代の臨床医は外来で,ガイドラインや医学的知識だけでは太刀打ちできない,さまざまな患者・家族の健康問題に直面します。そんな時,医師として,どう考え何ができるか? 『「卓越したジェネラリスト診療」入門――複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』では,日本のプライマリ・ケアと家庭医療学を牽引してきた著者が,そのメソッドを開示し“新たな医師像”を提示します。藤沼康樹氏の現時点での集大成,待望の単著です。

 「医学界新聞プラス」では,本書の中から「はじめに」「『外来診療』を構造化する」「プライマリ・ケアにおける『回復』の構造」「『振り返り(省察)』と実践をつなぐ方法」の4項目をピックアップして,内容を紹介します。

 ※本文中のページ数は,『「卓越したジェネラリスト診療」入門――複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』内の関連記述のあるページです。


 

 近年、医療者教育や日常臨床において、「振り返り(省察)」というタームが普及してきました。歴史的には、看護領域で先駆的に「省察」と「実践」を結びつける教育が展開されてきましたが、2000年代に入って医学領域でも、特に初期臨床研修やプライマリ・ケア関連の教育において、「振り返り」はかなり重視されています。

“きれいごと”では「振り返り」にならない

 

 ただ、医学教育の現場では、「背中を見て育つ」という徒弟制の伝統のなかで、振り返りがやや形骸化している感もあります。本来は“プロセス”が重要なのに、“正解”の「振り返り」があるのではないか、という隘路に陥りがちです。
 たとえば、特に対応の難しかったケースや各種プロジェクトの結果などをチームで振り返る際、あたかもメンバー間に対立点はなかったように整理を行い、誰も傷つかない“肌触りのよい結論”を提供するようなことはないでしょうか。また、「メンバーみんなで患者さんに寄り添っていきましょう」というような“紋切り型の結論”に至ったりすることも多いような気がします。しかし、それでは真の「振り返り」になりません。
 私自身、医学教育や診療所医療、地域包括ケアの現場で、さまざまなタイプのチームの、医療職・介護職・福祉職・教育職・行政職などさまざまな人たちと、話し合ったり振り返ったりする経験を重ねてきました。そのなかで「振り返り」に際して留意すべきポイント群が自分なりに形成されてきましたので、以下に紹介してみたいと思います。

「振り返り」をする前に認識しておきたい4つのこと

 

 ❶医師は依然として「一番えらい」とみなされている

 多職種チームでの振り返りにおいて、「医師」に対する疑問や反対意見は出にくいものです。医師は“無言のポジティブフィードバック”を常に受け続けることになるため、自己効力感が過度に肥大しやすくなります。とりわけ、医師が自分がチームの中心であり決定者だと自覚して場合に顕著となります。

 ❷「看護」と「介護」の権威勾配は急峻である

 看護と介護は必ずしも価値観やタームを共有しているわけではなく、歴史的経緯もあって、看護側が介護の現場を「不十分なケアが実施される医療現場」と捉えていることがあります(p.206)。互いの言葉の内実を解きほぐすことをファシリテートするメンバーが必要です。

 ❸医師・看護師以外は「死」について語ることをためらう傾向がある

 在宅医療の現場などで、「このままでは死んでしまうのではないか?」という過度の不安は、介護職・福祉職に多いような印象があります。一方で、投薬などの医療的介入の有効性を過剰に信じており、たとえば“困った患者”を精神科に受診させれば何とかなるのではないか、という幻想を抱きやすいようです。

 ❹すべての職種の判断には「個人の価値観」が影響している

 前述のとおり、チームメンバー個々の価値観は極めて多様性に富んでいます(p.210)。たとえば以下の「◯◯」にどんな言葉を当てはめるかには、相当なバリエーションがあるはずです。
「人間の生きがいとは◯◯である」
「仕事とは◯◯のためにやるものだ」
「人が死ぬということは◯◯なことである」
「◯◯は言葉では伝わらない」
「家族とは◯◯であるべきだ」
「◯◯は親の責任である」
「子は親に対して◯◯であるべきだ」
 こうした個人の価値観は、臨床上の価値判断に実は大きな影響を与えています。たとえば「もし家族が病気になったら、何はなくとも駆けつけるべきだ。仕事はそれに優先するものではないし、それが本当の家族だろう」という価値観をもっている場合、あまり見舞いに来ない患者家族に対しては「まともな家族ではない」と感じているかもしれません。実際には、「家族」のあり方は極めて多様性に富んでいます。その “正常”のレンジは相当広いのですが、恵まれた家庭環境で育ってきた若い医療者の家族像は、その許容範囲が狭小である印象をもっています。一方で、個人の価値観がプロフェッショナルとしての自分の価値観と対立・矛盾している場合もあります。いずれにせよ、個人の価値観や感覚が、臨床判断にバイアスをもたらす可能性は十分あります

「振り返り」をする時に意識しておきたい6つのこと

 

 ❶チームで話し合う時、医師は“上機嫌”でいるべき

 医師が不機嫌だと、振り返りセッションはたいていうまくいきません。しばしば、権威勾配(p.204)の上位にいる不機嫌なメンバーが、下位のメンバーに機嫌をとってもらおうとする場面があり、「権威勾配を存続させたい」という“甘え”の感覚が、そうさせているところがあります。医師は「自分の機嫌は自分でとる」必要があります

 ❷反省会ではなく“多面的に評価する会”として捉える

 振り返りセッションは“反省会”ではありません。あくまで“多面的に評価する会”として位置づけるには、「フィードバック」の文化を職場や地域に醸成することを不断に試みたいところです。効果的なフィードバックの一般原則として、次の点に留意しておきましょう。
相手の人格ではなく、具体的な行動を評価するという姿勢を保つ(これを可能とするのが「no blame culture」です)。
推測や噂ではなく、具体的な情報や事実に基づいて行う。
相手の失敗や弱点だけでなく、うまくいったところや強みも必ず同時に評価する。
相手がこのチームにどのように貢献しているかをチームメンバーで共有する(これが、相手の「居場所と出番」を意識することになります)。
「次回は、どうすればうまくいくか」「今後、どんな学習が必要か」といった、前向きな議論に時間をかける。
発言は、「私は◯◯と思う/考える」というように、自分を主語にするよう心がける(「一般的に言うと…」や「世の中では…」といった “評価の主体”が不明確なフィードバックは効果的でないし、責められているような感覚をもちやすいものです)。

 ❸感情的な反応を忌避しない

 「感情」を伴う振り返りは非常に重要なポイントを含んでいることが少なくありません(p.116)。受け止める側は、その感情を受け入れ共感しつつ、「なぜ、そのような感情をもつに至ったか」の言語化を援助するとよいでしょう。

 ❹全体を俯瞰的にみるメンバーの存在が有用 

 その事例に関連した概念的枠組みから「演繹的」に考えることができるメンバーがいると、より振り返りが深まります。家庭医療学や家族療法、各種看護理論などの概念的枠組みから「意味づけ」を試みることで、メンバーが議論をメタレベルから見直す機会を与えることができます。

 ❺始まりと終わりの時間を決める

 医師は時間外勤務に慣れすぎているため、他職種の時間の流れを理解していないことが多いです。時間の保証とそれを守ることは、より集中できる環境づくりの第一歩です。

 ❻日常的にチームで学習会の企画をもつ

 成人教育の観点からすると、実際の事例の検討を通じた「多職種」による「問題基盤型学習」の形式をとるとよいでしょう。これを通じて、他職種の専門性や役割、価値観、また「問題に対してどのようなアプローチをするのか?」「どこまでできるように教育されているのか?」といったことを互いに知り合うことができます。特に医師は、たとえば「リハビリテーション職がどんな教育課程を経てきたのか?」「管理栄養士教育におけるカウンセリングスキルに関するアウトカムは何か?」「そもそも看護学という学問はどのような体系なのか?」といったことに、残念ながらほとんど答えられないでしょう。また、逆に「医師はオールマイティなスキルをもっている」というような幻想を抱いている他職種メンバーもいると思います。互いの出自や能力を学び合うことが、「振り返り」のセッションを豊かにするのです。

(※この続きは書籍本編でお読みください。)


 

 

ガイドラインじゃ解決できぬ臨床課題に答えるエキスパートジェネラリストのメソッド集

<内容紹介>マルチモビディティ、下降期慢性疾患、複雑困難事例、心理・社会的問題、未分化健康問題…。現代の臨床医は外来で、ガイドラインや医学的知識だけでは太刀打ちできない、さまざまな患者・家族の健康問題に直面する。そんな時、医師として、どう考え何ができるか? 日本のプライマリ・ケアと家庭医療学を牽引してきた著者が、そのメソッドを開示し“新たな医師像”を提示した。藤沼康樹氏の現時点での集大成、待望の単著。

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