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『救急整形外傷学』より

連載 田島康介

2022.06.10

研修医・若手医師からの好評を博す『救急整形外傷レジデントマニュアル』の内容を大幅に拡充した書籍『救急整形外傷学』。本書は整形外科を専門としない医師,整形外科後期研修医,初期研修医,救急医療に携わるコメディカルの方向けに編まれており,救急外来や当直業務で整形外科関連の疾患に対応しなくてはならない場合に役立つ1冊です。
 

医学界新聞プラスでは第10章「上肢の骨折」から「手指周囲の骨折」について,さらに第15章「高齢者関連」の項を抜粋し,紹介をしていきます。

 

骨折それぞれについて,ただ骨折名を並べて論ずるのではなく,患者の「○○(部位)が痛い」という主訴に焦点を当て,部位別に起こりうる骨折について述べていく.

  • POINT 骨折があってもなくても,痛ければシーネ固定を
  • ● 患者が疼痛を訴える部位がはっきりしているものの,転位のある明らかな骨折が存在しないとき(=治療者が単純X線を見て,骨折があるかないかはっきりわからないとき)は,臨床的にはまったく緊急性がない.この場合,骨折があろうがなかろうが処置内容は変わらない.すなわち患者が強く痛がっている以上,患部の安静のためにシーネを当てるべきである.翌日以降,整形外科を受診させることで,患者に起こりうるデメリットは回避できる.しかしながら,骨折があるかないかという点は患者にとっては大きな問題であり,本項で挙げる骨折に関しては,当直医レベルで診断できるほうが好ましい.
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  • POINT 健側も撮影する
  • ● 骨折に慣れない医師が診察する場合,単純X線は成人であっても健側も含めて撮影することが推奨される.普段から骨の単純X線を見慣れていないと,骨折が存在するのか否か判断に困ることがある.また血管孔(『救急整形外傷学』p134を参照)や,小児では骨端線(『救急整形外傷学』p134を参照)を骨折と見間違いやすい.このため小児では必ず健側を含めた両側の単純X線を撮影する.
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  • POINT 骨折なのか,骨折でないのか
  • ● 痛がっていないのに骨折に見える単純X線に遭遇することもあり,夜間にひとりで患者に対応しなければならないときなどは心配になるであろう.しかし,新規骨折であれば「必ず単純X線で骨折と思われる部位に疼痛が存在する」.また新規骨折は骨が割れて生じるために「辺縁が尖っている」.すなわち,辺縁が丸みを帯びていたり,骨折面と思われる部位に骨硬化(皮質骨が存在する)がみられる場合は,新規骨折は否定される(図10-1).もちろん,自信をもって骨折を否定できない場合は“assume the worst”でシーネ固定を行うべきである.
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1. 手指周囲の骨折

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  •  工業用機械を扱う職業や,スポーツ中の受傷が多いが,高齢者では転倒による受傷もみられる.ひとことに「指」といっても,末節部,中節部,基節部があり,どこに最も疼痛が存在するかを確認したうえで,画像検査をオーダーする.受傷機転も診断には重要なので詳細な問診も怠らないようにしたい.

1)診断

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  •  通常は,痛い指の2方向撮影(正面,側面)を撮影する.健側と比較すると,慣れない者にとって骨折の診断の助けになる.痛みがMP関節部に存在するならば,2方向撮影の側面像ではほかの指の骨と患指の骨とがかぶってしまい読影の役に立たないので,斜位像も追加する(つまり,4方向撮影を行う).
     
  •  いわゆる「突き指」で受傷した場合は側副靱帯の損傷を伴うことがあるので,関節の側方に圧痛がないかを確認したうえで,靱帯付着部の剝離骨片がないかも単純X線で確認する.さらには,診察で関節の側方動揺性(不安定性)を確認することも重要である.

2)念頭におくべき骨折

(1)槌指(マレット指)

  •  転倒やスポーツ中のボールでの突き指で受傷することが多い.過屈曲が強要され,末節骨背側の伸筋腱付着部が剝離骨折したものを骨性マレット指と呼ぶ(『救急整形外傷学』p105を参照).末節骨が剝離骨折せずに伸筋腱が断裂した場合は腱性マレット指と呼ぶ(『救急整形外傷学』p105を参照).受傷するとDIP関節の自動伸展ができず,指先が槌つちのように変形するのでこの呼び名がある.診察所見だけでは骨性か腱性かは判定できないので,必ず単純X線検査を行う.明らかな骨折がない場合は腱性マレット指と判断する.
     
  •  治療はいずれの場合も,DIP関節過伸展で,中節部以遠のアルフェンス®シーネ固定を行う.骨性マレット指は手術加療を行うこととなり(図10-2),腱性マレット指は保存治療となるケースが多い(図10-3)が,手術も検討される.翌日以降,整形外科受診とする.
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図10-2.png
図10-3.png

 

(2)指側副靱帯損傷

  •  槌指と同様に突き指で受傷することが多いが,槌指は指に対してほぼ長軸方向の外力による受傷である一方,側副靱帯損傷は横方向の外力により受傷する.DIP,PIP,MP関節のなかではPIP関節の罹患が最も多く,特に小指でみられる.側副靱帯が靱帯実質部で損傷を受けると単純X線上明らかな骨折を認めないが,靱帯付着部の損傷では剝離骨折を認めることが多いため,必ず単純X線検査を行う.DIP,PIP関節の靱帯損傷は診断が容易であるが,MP関節の靱帯損傷は見逃されやすいため,MP関節でも靱帯損傷が起こるということを認識しておきたい.
     
  •  靱帯実質部での断裂を図10-4 aに,靱帯付着部での断裂を図10-4 bに示す.靱帯付着部での断裂の場合,付着部に糸付きアンカーを設置し(図10-4 c),これに靱帯を縫着することで再建できる(図10-4 d).

 

(3)脱臼や脱臼骨折

  •  8章「脱臼」でも述べた.指の側副靱帯損傷が高度である場合,靱帯は断裂し指関節は脱臼する.外見上明らかな変形があるので診断は容易である.単純X線検査で骨折を伴っているか必ず確認する(図10-5).近位の骨に対して遠位の骨がどの方向に脱臼しているか(背側,掌側,橈側,尺側)で表現する.脱臼は単純X線検査の後,ただちに整復しなくてはならない.整復法は8章「脱臼」(『救急整形外傷学』p113)を参照されたい.整復後はアルフェンス®シーネ固定とする.

 

(4)指骨骨折(末節骨,中節骨,基節骨骨折)

  •  指をぶつけたり挟んだりして受傷する.工業用機械で誤って指に大きな挫創を負ったときも,骨まで切れたり,挫滅で骨が圧壊することもある(すなわち開放骨折である)ので,このようなときも必ず単純X線検査を行う.閉鎖性の骨折の場合は,アルフェンス®シーネ固定をして翌日以降整形外科受診で問題ない.開放骨折の場合は,緊急手術に対応できない場合は,感染対策(洗浄,デブリードマン,抗菌薬投与)が十分行えれば,やむを得ず創をラフに縫合し,翌日整形外科受診としても構わない.ただし,皮膚が欠損し閉創できないような開放骨折は早急な整形外科対応が望ましい.
     
  •  指先をプレス機に挟んで受傷した末節骨開放骨折を図10-6に示す.
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図10-4-6.png

3)初期治療

  •  指の骨折に対する初期治療は,アルフェンス®シーネ固定に尽きる.PIP関節以遠の損傷であれば,指尖から基節部までの短い固定を,基節骨やMP関節周囲の外傷であれば指尖から手掌までの長い固定を要する.
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  • コラム 役立つ指の解剖
  •   指には伸筋腱,屈筋腱,腱鞘,靱帯が所狭しと複雑に配置されている.指の外傷に対応するうえではこれらの解剖を知ることが肝要である(図10-7~10-10).
図10-7-10.png
  • コラム 爪根の脱臼は戻す? 戻さない?
  •   脱臼した爪根を整復すると生着することもあり,また,生着せずに下から新たな爪が生えてきて脱落することもある.ただし脱落する場合であっても,新しい爪が生えるまでの指尖部のbiological dressingになるために,脱臼した爪に汚染がなく,可能であれば爪根の整復を行う(Schiller法**を用いる.Schiller法が行えない場合は,可及的に徒指的に爪根を整復してテープなどで固定しておくだけでもよい).末節骨骨折を伴わない爪根の脱臼は抜爪のうえwet dressingとしてもよいが,上皮化の終了までには日数を要し,創処置のために治療を受ける期間が長くなるという患者側のデメリットがある.
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  •   転位のある末節骨の骨折の際は,爪根の脱臼を合併することがある.爪床が損傷した末節骨骨折は開放骨折であり念入りな洗浄を要する.爪根の汚染が強いときは感染の原因となりうるため,整復せずに抜爪しwet dressingとすることが望ましい.爪甲は薄い爪床を介して末節骨と近接しており,爪を正しく整復することで末節骨もアラインメントが改善する.したがって末節骨骨折を伴った汚染のない爪根の脱臼は放置せず整復したほうがよい.末節骨が変形治癒すると爪床もそれに伴い変形し,新しい爪が生えてきても必ず変形した爪甲となるため整容的な問題が残ってしまう. なお,爪根が脱臼しても,爪母が残っていれば爪の再生に支障はない(図10-11).

*爪の脱転のことを慣用的に「脱臼」と呼ぶ.
**Schiller法(図10-12)は,意外に間違った方法が普及している.23 Gかそれより太い注射針を用いて,針を指で回しながら徒手的に爪の近位に穴を2つ開ける(『救急整形外傷学』p91を参照).5-0かそれより太い縫合糸を用いて,図のように爪と皮膚に縫合糸をかける.これを締結することによって爪が皮膚の下へ引っ張られ正しい位置で整復固定できる.抜糸は皮膚の抜糸と同じ約14日目に行う(間違って広まっているSchiller法は図10-13).

図10-11-13.png
 

救急科専門医と整形外科専門医のダブルボードを持つ著者による成書

<内容紹介>救急科専門医と整形外科専門医のダブルボードを持つ著者による「救急整形外傷学」の成書。研修医・若手医師から絶大な支持を集めている『救急整形外傷レジデントマニュアル』の内容をより詳細に記載し、エビデンスも豊富に提示した。「初療を担当する救急医は整形外科の根治手術までも見据えて評価・治療を行っていくべき」との著者の考えに基づき、そのための最低限の治療方針や考え方、思考回路を解説した。

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