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『[動画で学ぼう]PT・OTのためのハンドセラピィ [Web付録付] 』より

連載 渡辺康太

2022.04.08

 ハンドセラピストには手の機能解剖の知識を身に付けた上で適切な評価を行い,治療につなげることが求められます。このたび上梓された『[動画で学ぼう]PT・OTのためのハンドセラピィ [Web付録付]』では,ハンドセラピィ実践の上で必要な知識を網羅的に学習できるように,第一線で活躍するハンドセラピストたちが筆を執りました。また100本を超える動画を収載しており,繰り返しの学習に最適です。

 「医学界新聞プラス」では,本書が伝授するハンドセラピィのエッセンスを4回にわたってご紹介します。本書付録の動画も各回でご覧いただけます。

学習のポイント

上腕骨骨折は近位端,骨幹部,遠位端の3 つに骨折部位が大別される.治療方針は骨折部位,転位の程度,骨癒合状況に加え,患者背景によって決定される.保存療法や観血的治療における治療方針の内容と特徴を理解し,早期の運動開始が機能獲得のポイントとなる.

1) 特徴

a.上腕骨骨折の疫学

・上腕骨骨折は近位端・骨幹部・遠位端骨折に分けられる.本項では近位端骨折と骨幹部骨折について述べる.

・受傷機転は近位端骨折では手をついた際に生じることが多く,脆弱性骨折の代表である.骨幹部骨折は高所からの転落など高エネルギー外傷が多く,腕相撲や野球の投球時に生じることもある.

・受傷年齢について,近位端骨折は60 歳以上で急増し 1),骨幹部骨折では20〜30 歳代と60 歳以上の二峰性を示す 2)

b.骨折型の分類

・近位端骨折の分類ではニア(Neer)分類 3)が最も広く使用されている.

・骨幹部骨折の分類はアーオー(AO)分類 4)が使用される.

Neer 分類

近位端骨折を,骨頭,大結節,小結節,骨幹の4つに分け,さらに転位状態をⅠ〜Ⅳ型に分類している.

Arbeitsgemeinschaft für Osteosynthesefragen(AO)分類

AO はドイツ語で骨折治療の基礎・臨床研究グループのこと.AO 分類には外傷全般にわたっての分類がある.骨幹部骨折は,A type が最も多く,次いでB type,Ctype の順に多く発生し 5),斜骨折や螺旋骨折が多い.

c.保存療法について

・近位端骨折および骨幹部骨折の保存療法は骨折部の転位がない,または少ないことが適応条件となる.

・近位端骨折の固定方法は三角巾とバストバンド固定やハンギングキャスト法,カラーアンドカフ法などが用いられる.大結節の骨折を認める場合には外転枕を用いて,外転位固定を行う場合もある.

・ハンドセラピィは,骨折の程度により骨折部の安定期が得られた後に行う方法と, 受傷直後より骨折部に負担をかけずに行うコッドマン(Codman)練習,石黒法,ストゥーピング練習がある.

・骨幹部骨折の固定方法では,ハンギングキャスト法やファンクショナルブレースを用いる方法が知られている(図1).

図1 各種固定方法

d.観血的治療について

・近位端骨折ではロッキングプレートや髄内釘といった内固定材料が用いられる.一方,高度な粉砕や脱臼合併例では人工骨頭置換術も考慮される.骨幹部骨折も同様であるが,開放骨折などでは創外固定を使用する場合がある(図2).

・観血的治療では術式および内固定材料,術中所見を把握し,どのような運動の許可が可能か医師と相談する.

図2 各種内固定材料

a:頸部骨折プレート固定,b:骨幹部骨折髄内釘固定,c:骨幹部骨折プレート固定.

e.注意すべき合併症

・近位端骨折では腱板損傷,上腕骨骨頭壊死があり,予後に大きく影響するため必ず確認が必要である.

・骨幹部骨折の合併症は遷延癒合や偽関節,橈骨神経麻痺である.

・橈骨神経は上腕骨の橈骨神経溝に沿って螺旋状に走行する解剖学的特徴があることと骨幹部骨折が中央部で好発することから,橈骨神経麻痺の合併が危惧される.

・橈骨神経麻痺の発生率は最大で7% 6)とされる.

2) 症例基本情報

30 歳代.男性.右利き.診断名:左上腕骨骨幹部骨折.AO 分類:B1(楔状螺旋骨折)(図3).

・現病歴:腕相撲中にパキッと音がし,上腕部に疼痛出現.疼痛,腫脹が続くため,翌日に近医受診し,上記診断され,手術目的に当院紹介となる.橈骨神経麻痺は認めず,本人が早期ADL 自立,仕事復帰を希望したため観血的治療が計画された.治療方法:ロッキングプレートとスクリューを用いた観血的整復固定術(図4).既往歴:特になし.

・術中所見:上腕後面よりアプローチ.橈骨神経を同定,保護した.上腕三頭筋の内側頭と長頭の間より展開し,骨折部を確認した.遠位骨片をスクリュー2 本で固定した後,近位骨片とプレート固定を行った.コーティカルスクリュー3 本,ロッキングスクリュー4 本を用いて強固に固定された.術後は外固定を行わず,3 日目より運動開始となった.

・社会的情報:職業:事務職.趣味:ウエイトトレーニング.家族構成:妻との2 人暮らし.

図3 受傷時X 線,CT

a:X 線正面,b:X 線側面,c:3D CT.

図4 術後X 線

a:正面,b:側面.

3) 初期評価と目標

【評価時期:術後3 日】

a.X 線評価

・ロッキングプレートとスクリューを用いた内固定により固定性は良好である.

b.視診,触診

・上腕以遠に腫れあり.肘関節以遠は圧痕を認め,浮腫と評価した.骨折部周囲には熱感を認めた.

c.疼痛

・視覚アナログ尺度(Visual Analogue Scale;VAS):安静時74 mm,運動時90 mm,夜間70 mm.疼痛による夜間覚醒を認めた.

・肩関節自動屈曲最終域で術創部に伸張痛を認め,肘関節自動屈曲伸展最終域では肘関節前面に疼痛を認めた.

d.ROM 測定(自動運動)

・肩関節:屈曲75°,肘関節:屈曲85°,伸展−30°,前腕:回内55°,回外60°,手関節:掌屈45°,背屈55°,手指にROM 制限は認めなかった.

e.筋力測定

・術後早期であることから,骨接合部への負荷を考慮し,徒手筋力検査(Manual Muscle Test;MMT)は実施せず,自動運動時の筋収縮を筋力評価として実施した.

・上腕二頭筋は停止部で触知可能であったが,上腕三頭筋の筋収縮は触診にて不明瞭であった.三角筋の筋収縮は触知可能であった.

f.動作観察

・前腕,手関節自動運動は腫脹,浮腫と疼痛により円滑に運動が行えなかった.

・肘関節自動運動では肩甲骨の代償運動があり,屈曲時に肩甲骨を後傾し,伸展時は肩甲骨の前傾を認めた.また,肘関節自動屈曲運動では前腕回外位に比べ,回内位で屈曲可動域の低下を認めた.

・肩関節自動運動時も肩甲骨の代償があり,屈曲,外転運動時に肩甲骨挙上,内転を認めた.

g.面接

・「腕全体がむくんでいて,運動する際に硬い感じがして動かしづらいです.肩を動かすときに腕がとても重く感じます.」

h.目標設定

・術後炎症反応の早期改善.

・上腕筋および上腕三頭筋の筋収縮改善.

・肩関節,肘関節運動における異常運動パターンの改善.

i.ハンドセラピィプログラム

・逆行性マッサージ(図5a).

・ハンドインキュベータ ®(Hand Incubator)を使用した手指自動運動(図5b).

・前腕,手関節,手指の自他動運動.

・骨折部遠位を把持し,肘関節愛護的他動運動(動画4-1).

・肘関節自動運動,自動介助運動(前腕肢位は回外位,回内位で実施)(動画4-2).

・肩甲骨運動(挙上,下制,内転,外転)(動画4-3).

・肩関節自動運動,自動介助運動(動画4-4).

・ストゥーピング練習(stooping exercise).

・Codman 練習(pendulum exercise).

・生活指導.

・運動後,アイシングを実施.

図5 逆行性マッサージとハンドインキュベータ ®

a:逆行性マッサージ.細胞のすきまに過剰に滞っている組織液やリンパ液を遠位から近位へ向けて圧迫する.
b:ハンドインキュベータ ®.腫れの軽減効果を期待できる静脈還流用循環補助システム.使用部分が透明なため,観察可能である.

4) 経過

・術後2 週と4 週の各評価結果を表1に示す.

表1 術後経過

a.動作観察とハンドセラピィプログラム

・術後は肩関節屈曲時に肩甲骨代償運動と疼痛を認めたため,運動はストゥーピング練習,Codman 練習およびギャッチアップ座位での運動を選択した.術後よりストゥーピング練習は円滑に遂行でき,肩関節周囲筋の異常筋緊張の抑制が可能であった.

5) 中間評価と目標

【評価時期:術後6 週】

a.X 線評価

・骨折部の転位はなく,正面像において一部に仮骨形成を認めた.

b.視診,触診

・肘関節後面に浮腫を認めた.

c.疼痛

・VAS:安静時8 mm,運動時33 mm,夜間14 mm.疼痛による夜間覚醒は消失した.

・肩関節運動時痛は消失した.肘関節自動屈曲伸展最終域で上腕後面に疼痛を認めた.

d.腫れ

・上腕部:(肘上10 cm)29.2 cm,(肘上5 cm)27.8 cm

・肘部:26.5 cm

・前腕部:(肘下5 cm)26.0 cm,(肘下10 cm)23.0 cm

e.ROM 測定(自動運動)

・肩関節:屈曲160°,伸展45°,外転170°,外旋70°,内旋70°

・肩関節90°外転位,肘関節90°屈曲位(以下2 nd ポジション):外旋90°,内旋30°

・肩関節および肘関節90°屈曲位(以下3 rd ポジション):外旋10°,内旋110°

・肘関節:屈曲132°,伸展−10°

f.筋力測定

・握力:右48.1 kg,左27.2 kg(対側比57%)
・MMT:上腕二頭筋4,上腕筋4,上腕三頭筋4,三角筋5,回旋筋腱板4

g.動作観察

・肩,肘関節運動時の肩甲骨の代償運動は消失した.

h.患者立脚型評価

・Hand20 29.5 点

i.面接

・「肘関節を動かすと最後に痛みが出ますが,我慢できる程度です.日常生活と仕事は問題なく行えています.」

j.目標設定

・残存した肘ROM 制限の改善と肩関節,肘関節周囲筋の筋力増強.

k.ハンドセラピィプログラム

・渦流浴.

・ハンドインキュベータ ® を使用し,手指自動運動.

・術創部周囲のマッサージ.

・肩,肘関節の自他動運動.

・壁面にてワイピング練習(wiping exercise).

・肩関節の前方挙上運動(1〜1.5 kg 負荷).

・elbow curl(1〜1.5 kg 負荷).

・weight pulling exercise(1〜1.5 kg 負荷).

6) 最終評価(図6)

【評価時期:術後5 か月】

a.X 線評価

・術後の矯正損失はなかった.

・仮骨形成を認めるが骨癒合は不十分であり,遷延癒合と診断された.

b.視診,触診

・肘関節周囲の浮腫は消失した.

c.疼痛

・VAS:安静時0 mm,運動時2 mm,夜間0 mm

d.腫れ

・上腕部:(肘上10 cm)28.2 cm,(肘上5 cm)27.0 cm

・肘部:26.0 cm

・前腕部:(肘下5 cm)25.4 cm,(肘下10 cm)22.0 cm

e.ROM 測定(自動運動)

・肩関節:屈曲170°,伸展45°,外転170°,外旋75°,内旋75°

・2nd ポジション:外旋90°,内旋30°

・3rd ポジション:外旋20°,内旋110°

・肘関節:屈曲140°,伸展−2°

f.筋力測定

・握力:右46.6 kg,左43.2 kg(対側比93%)

・MMT:上腕二頭筋5,上腕筋5,上腕三頭筋5,三角筋5,回旋筋腱板5

g.患者立脚型評価

・Hand20 10 点

h.面接

・「肘と肩の動きはまったく気になりません.腕が少し細くなった気がします.趣味の筋トレが怪我の前のように行えないことだけが気になります.」

・X 線評価にて術後4 か月時点で一部仮骨形成を認めるが,上腕骨は遷延癒合と判断され,超音波骨折治療器が導入された.術後7 か月時点のCT 評価では架橋形成を認めるが一部骨折線が確認された.術後11 か月のX 線評価で完全に骨癒合を認め,治療終了となった.

超音波骨折治療器

一般的な骨折治療では,整復,固定後に骨が修復されるが,微弱な超音波(低出力超音波パルス)を照射することにより,骨癒合が促進されることが明らかとなり,治療器として応用されている.

図6 最終成績

7) 考察

a.術後早期の対応方法

・本症例はロッキングプレートとスクリュー固定により強固な内固定が得られ,早期より運動が可能となった.一方で,強固な固定は得られたが術侵襲が大きくなり,術後は腫れや疼痛への対応が必須となる.

・ハンドインキュベータ ® などの使用により上肢の周径は経過に伴い改善を認め,腫れの改善に有効であったと考える.

・急性期においては炎症反応に配慮して,安全運動可能部位から運動を開始する必要がある.加えて,炎症反応の管理として,患肢挙上指導や運動後のアイシングなど細やかな対応を行う.

b.肩関節運動時に生じる異常運動パターンへの対応

・肩関節は5 つの関節からなる複合関節であり,1 つの関節に問題が生じると他の関節が代償することはよく知られている.特に肩甲骨(肩甲胸郭関節)での代償が臨床上,問題となることが多い.

・本症例は術後の疼痛により,肩関節周囲筋がうまく収縮できず,結果的に肩関節屈曲時には肩甲骨の挙上,内転の代償を伴う異常運動パターンを伴い運動を成立させていた.

・肩甲骨挙上,内転を伴う特異的な運動パターンが持続すると,三角筋や回旋筋腱板の収縮に先行して僧帽筋の過剰収縮が起こり,肩関節の屈曲阻害因子となることが報告されている 7)

・異常運動パターンは早急に修正し,正常な運動パターンを獲得する必要がある.このため,痛みに配慮しながら正しい動作を獲得するが,その際,やみくもな可動域の拡大,筋力増強はこの異常運動パターンを増悪させる可能性があるため,運動方法の選択には注意が必要である.

・骨幹部骨折例においては,手術方法によって回旋筋腱板に侵襲が加わる場合があり,この場合は初期の運動としてストゥーピング練習やCodman練習が推奨される.

・本症例は手術による回旋筋腱板への侵襲はないものの,ストゥーピング練習とCodman 練習を早期より導入した.これは肩関節周囲に過剰な筋緊張を起こさず,肩関節運動時の肩甲骨代償を軽減できる観点から術後早期の運動に適していたと考える.

引用文献

1) 萩野 浩,他:橈骨遠位端および上腕骨近位端骨折の疫学的検討.整形外科と災害外科 47:811-812,1998
2) Ekholm R, et al:Fractures of the shaft of the humerus. An epidemiological study of 401fractures.J Bone Joint Surg Br 88:1469-1473, 2006
3) Neer CS 2nd:Displaced proximal humeral fractures.I. Classification and evaluation. J Bone Joint Surg Am 52:1077-1089, 1970
4) Ruedi TP:骨折の分類.Ruedi TP(編),糸満盛憲(日本語版総編集),田中 正(日本語版編集代表):AO 法骨折治療.第2 版,pp50-56,医学書院,2010
5) Tytherleigh-Strong G,et al:The epidemiology of humeral shaft fractures.J Bone Joint Surg Br 80:249-253,1998
6) Schoch BS, et al:Humeral shaft fractures:national trends in management. J Orthop Traumatol 18:259-263, 2017
7) 加古原 彩,他:肩関節屈曲初期時の代償動作への運動療法と肩甲骨アラインメントの重要性.関西理学療法 6:137-143,2006

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