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『トップジャーナルに学ぶ センスのいい科学英語論文の書き方』より

連載 ジャン・E・プレゲンズ・著,岩永敏彦・執筆協力

2022.01.07

 読み手を惹きつける,センスのいい英文を書くためのコツはあるのでしょうか?
 長年多くの大学でサイエンス・ライティングを教え,英文校閲にも携わるジャン・E・プレゲンズ氏が,新著『トップジャーナルに学ぶ センスのいい科学英語論文の書き方』で,読者の目を引く論文の書き方について,一流誌の最新論文を引用しながら解説します。「医学界新聞プラス」では本書のうち,論文の質を高める上で欠かせない「ロジック」「アウトライン」「フック」の3つのポイントを3回にわたり紹介します。

Point

・セクシーな数値を使う.
・読者への問いかけを使う.
・身近なことへの関心を利用する.
・バズワードを使う. 

 New England Journal of Medicine(NEJM),Natureあるいは Scienceのようないわゆるトップジャーナルが読まれる理由はたくさんありますが,1つは,私のような非専門家でさえ興味ある論文を即座に見つけることができるという点にあります.それはなぜでしょうか.何が広い研究分野の人に雑誌を手に取らせ,読みたいと思わせるのでしょうか.そしてどんな手法が,読者をとらえるのでしょうか.

 英語を母語とする人が,エッセイの書き方やプレゼンの技術を学ぶときは,「フックhooks」というスキルを学びます.「フック(鉤かぎ,ホック,留め金のこと)」というのは,単語の意味が示すように,人の目を惹き,好奇心をかきたて,読んだり聞いたりする価値があるように思わせる工夫のことです.先ほど名前を挙げたようなトップジャーナルを読むと,タイトルと文章の出だしの部分に使われるフックが見えてきます. それらのテクニックをいくつか見てみましょう.

セクシーな数値

 私が学生たちにプレゼンのスキルを教えるときに使っているテキストである 『As We Speak:How to Make Your Point and Have It Stick』(Peter Meyers and Shann Nix, Atria Books, 2011)では,目にしたときに「あっ!」と驚く数値を sexy numberと呼んでいます.目を惹き,注目させる数値ということです.センセーショナルに扱いたいということではありませんよ.しかし,読者にインパクトを与えることが重要だと思われたときに有効です.別のフックを意味する言葉「shock the audience(読者に衝撃を与える)」と似ていますね. 
 

No woman should die of cervical cancer in this day and age, yet each year more than 260,000 women do, mostly in low- and middle-income countries(LMICs).

※ sexy numberを太字で示す.

現代において子宮頸癌で死亡する女性をゼロにすべきだ.低中所得国を中心にまだ年間26万人の女性が死亡しているのだ.

(N Engl J Med 374:2509-2511, 2016)

 この例文は,NEJMの perspective(視点)欄に掲載された論文の冒頭の 1文です.具体的な 26万人という数値が,「そんなにたくさんの女性が亡くなっているのか」という驚きを読者に与えるのです.

質問は読者を惹きつける

 人間は,質問に対してすぐに答えを考えたり,探したりするようにできています.「質問は読者を惹きつける」という言葉があります.このテクニックはポピュラーなものの1 つです.ここに,雑誌のある号の目次の1 ページから取り出した4 つの例を示しましょう〔N Engl J Med 375(4), 2016〕.わずか1 ページにもこれだけの疑問文のタイトルが出てきます.
 ただし,質問(疑問文)は注意を惹きますが,原著論文での採用はそれほど多くありません. 下に例を示すようにperspective,commentary( 解説),editorial(論説)などの,特にタイトルや見出しでは,いろいろな意見を紹介する手前,しばしば使われます.

  • United’s Withdrawal from Exchanges ― Much Ado about the Wrong Things?
    United Healthcare 社のExchange(訳注:アメリカの保険加入インターネットサイト)からの脱退――誤った空騒ぎ? ※ちなみに『Much Ado About Nothing(空騒ぎ)』は,シェイクスピアの喜劇のタイトルです.この論文のタイトルは,名作をもじった洒落たタイトルというわけですね.
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  • Cardiac and Renovascular Complications in Type 2 Diabetes ― Is There Hope? 2 型糖尿病の心臓と腎血管の合併症――そこに希望はあるのか?
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  • Von Willebrand Factor ― A Rapid Sensor of Paravalvular Regurgitation during TAVR? フォン・ヴィレブランド因子――経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)中の弁周囲逆流の迅速なセンサーとなるか?
     
  • β-Lactams against Tuberculosis ― New Trick for an Old Dog? 結核に対するβ‒ラクタム――使い古された薬に新しい活躍はあるか?
  1. ※「New Trick for an Old Dog」も,有名なことわざ「You can't teach an old dog new tricks.(老犬は新しい芸を覚えない⇒ 老い木は曲がらぬ)」を使ったタイトルです.このように有名な本のタイトルやことわざをうまく使った表現は,ネイティブの論文によく見られます.

自分にかかわる話題,あるいは人類全体に価値がある話題

 人が最も興味をもつのは自分の役に立つかどうかだということは,論を俟たないでしょう.だから機械や工業製品の広告でさえ,商品を使うモデルや,その商品をつかむ手にスポットが当たるのです.われわれは,あるものがどのようにして自分たちに直接影響するかを知りたがります.健康,ライフスタイル,社会問題に関する記事は,人々の興味をそそりますよね.それは自分にかかわる話題を含んでいるからです.「自分の研究がいかに人類にとって価値あるものか」をうまくアピールすることは,論文のみならず研究費の申請書類を書くときにも重要な視点です.

Vital Drugs Made Cheaper: Non-profit initiative targets neglected diseases
命にかかわる薬をもっと安く作りたい:顧みられない病気にターゲットを絞った非営利の取り組み   

〔cover of Nature 536(7617), 2016〕

 このフックは「tell a story(物語を語ること)」とも似ています.話を始めるときはいつでも,われわれはどんな結論になるのかに興味がある,つまりケーススタディとしての興味をもつわけです.

Case 13-2016 ― A 49-Year-Old Woman with Sudden Hemiplegia and Aphasia during a Transatlantic Flight
ケース13――2016 年:49 歳の女性が大西洋横断フライト中に突然の片麻痺と失語症を発症した症例

(N Engl J Med 374:1671-1680, 2016)

流行りの言葉あるいは話題のトピック

 いわゆるバズワード,sustainability やbig data のほか,COVID-19(新型コロナウイルス),mRNA vaccine(mRNA ワクチン),ebola(エボラ),zika(ジカ),global warming(地球温暖化)などは,興味をもたれる流行りの言葉です.Nature やNEJM の最近の号を見ると,そのような言葉がたくさん見つかりますね.

Cities Cook Carbon Books: Overhaul urban emissions accounts

※フックになる言葉を太字で表す.

都市のCO2 のごまかし:都会のCO2 排出量報告書を点検せよ

〔cover of Nature 536(7617), 2016〕

 最近は,COVID-19 に関する論文がやたら多い印象をもちます.Journal of Clinical Investigation(J Clin Invest)のcommentary のタイトルから2 つ紹介します.

Are T cells helpful for COVID-19: the relationship between response and risk
T 細胞はCOVID-19 の助けになるか:反応とリスクの関係

(J Clin Invest 130:6222-6224, 2020)

What are protective antibody responses to pandemic SARS-CoV-2?
何がパンデミックSARS-CoV-2 に対する防御抗体になるのか?

(J Clin Invest 130:6232-6234, 2020)

 私は科学論文の英語校閲を依頼されたとき,しばしばその人に投稿予定のジャーナルを尋ねます.その論文が専門家とともに広く非専門家をも読者対象にしているものであれば,私はタイトルやIntroduction にこれらのフックを使うことを試みます.アカデミックな論文はフックを使うべきではない,とする理由はどこにもありません.多くの読者は,タイトルやIntroduction だけで論文を読もうとすることを覚えておいてください.対象が一般人であれ専門家であれ,フックは読み手の注意を惹きつけ,聴衆を増やす効果があるのです.

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目を引く論文を書くには,コツがいる!

<内容紹介>長年にわたり多くの大学でサイエンス・ライティングを教えてきた著者が,満を持してまとめる科学英語論文の極意。一流誌に採用された論文は,ライティングも一流である。センスの良い英文は,実験結果に高い説得力と魅力を与えてくれる。本書には,英語の文章構成論,場面に合う単語選び,シグナルワードやフックの活用など,論文の質を高めるコツが満載。エディターの目を引く論文で,ワンランク上のジャーナルへの掲載を目指せ!

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