医学界新聞

 

ポートフォリオで「意思ある学び」を実践

――聖マリアンナ医大クリニカル・クラークシップにおける取り組み


 初等教育において注目を集め,学習者の自発的な学びを促進するといわれる「ポートフォリオ」。近年,医学教育の場においてもその活用の有用性が指摘されはじめている(本紙2544号参照)。
 聖マリアンナ医大の腎臓・高血圧内科におけるクリニカル・クラークシップでは,このポートフォリオを利用した学びが実践されているという。指導者・学習者のそれぞれにとって,ポートフォリオはどのようなメリットをもたらすのか,取材した。


ポートフォリオとの出会い

 本(2003)年4月より聖マリアンナ医大腎臓・高血圧内科講師に着任した安田隆氏は,同科教授の木村健二郎氏と共同で,学生によるクリニカル・クラークシップの評価ツールとしてポートフォリオの導入を立案し,訪れる学生に,実習期間中,独自のアイデアを盛り込んだポートフォリオを作成させている。
 安田氏によれば,ポートフォリオの存在はそれまで,藤沼康樹氏(北部東京家庭医療学センター長)による初期臨床研修への利用や,鈴木敏恵氏(未来教育デザイナー)の提唱などによって知っていたが,同僚である新保清氏(聖マリアンナ医大講師・医学教育研究室)が,卒前教育の中でもPBL(Problem Based Learning)で利用をはじめたことで,学生の自発的な学習意欲の向上に役立つことを学んだという。

まずは半日かけて目標を設定

 腎臓・高血圧内科に新しく実習に来た学生グループの最初の仕事は「ゴールの明確化」であるが,はじめから「実習中に何を学ぶか」は考えない。自らが納得できる目標を作るために,まず自分自身を知ることからはじめる。まずは「どんな医師になりたいのか」について考える。また,自己発見のために自分の興味,得意分野などをあげる。これらを並べたうえで,「自分にとって必要なことは何か」を学生どうしで議論しあい,まとめる。こうして作った各自の「大きなゴール」をもとに,実習で身につけたい具体的な目標をリストアップしていく。その目標に沿った形で,4週間の実習期間のどの時点で,どの目標を達成するのかを具体的に計画する。ここまでの作業に半日をかける。
 「自分でゴールを設定することが重要」と安田氏は強調する。指導者側が用意した目標に向かって学習者が受動的に課題をこなすのではなく,目標設定から自力で考えさせることは,学生に学ぶ自覚を持たせることにもなる。
 一方で,「最も苦労するのはこの段階」とも言う。目標設定の段階でのってこない学生もいる。このような場合,学生自身の考えている夢を具体的な形で引き出すことが大切だ。実習期間中にポートフォリオ作成を継続するためにはフィードバックが特に重要になってくる。自分自身の「成長」を,ポートフォリオを介在したフィードバックによっていかに気づかせるか。指導者の腕が問われるところである。

実習の成果を4つのファイルに

 実習中に学生がつくるファイルは,「日々の活動記録」,「資料集」,「診療録1(レポート作成用)」,「診療録2(その他)」,の4つに分けられる(写真)。特に注目すべきなのは「日々の活動の記録」ファイルである。1頁目には,初日に作った目標を記載し,その後毎日,その日の目標,自分が行なったこと,疑問点,その日を終えての自己評価を記載していく。内容は十人十色だ。知識や手技を中心に記載する者,臨床現場を見て変化した思考や気づきに絞って記載する者……。書き出された疑問点に対しては,後から自分で調べたことを書き足す。疑問点が多すぎて,長い時間病棟で過ごすことも多い実習中には調べ切れない者が大半だ。
 最終的には,自身の経験した症例から1つを選んで作成したレポート,教授面接,そしてポートフォリオが評価対象となるが,これらのどのポートフォリオにも「間違い」はない。あくまで学生の「成長」がまとめられているだけなのである。後から自分のポートフォリオを眺めて行なう「振り返り」によって,学生は自分自身の成長を確かめることができる。ポートフォリオを利用した学習の真髄はここにある。

指導者側から見たメリット

 安田氏によれば,ポートフォリオの導入によって学生の学ぶ意欲,積極性が増したという。また,ポートフォリオを見れば,それぞれの学生がどの程度勉強しているかが一目瞭然なのも,指導者には便利だ。
 しかし,「ポートフォリオを利用した評価はあくまで形成的評価(成長を保証するもの)」と安田氏は言う。「自分の目標に対してどの位置まで来ているのか」という学生自身の成長がはっきりと見えることで,個別指導が行ないやすくなる点が,指導者側にとって最も大きなメリットともいえる。新しい教育ツールとしてのポートフォリオの可能性は広がる。

※ポートフォリオとは
 「紙ばさみ」,「書類入れ」などと訳され,元々は建築家やジャーナリストが,自らの「仕事歴」を整理・蓄積したものなどを指している。教育への応用としては,あるテーマについての「学び」のすべてをファイリングし,それを振り返って眺め,自己の成長を確認・評価することで,目標に向かっての自主的な学びが促進されるというもの。




医学生から見たポートフォリオ

「友人同士で交換」・「自分流のアレンジ」で活用




 はじめてポートフォリオにふれた学生の側は,どのような印象を持ったのだろうか。安田氏のもとで実習を受けた高橋菜奈子さんと大林伸太郎さん(ともに聖マリアンナ医大5年)に,インタビューした。
 ポートフォリオ学習を体験した感想として,2人がまず挙げたのは「その日1日に学んだことを振り返ることができる」ということ。ポートフォリオには自分がその日に学んだこと,疑問,思ったことなどが記録として残るので,後でわからなかったことを調べたり,学んだことの確認ができる。
 また,実際に毎日ポートフォリオを作成していく過程で,自分の疑問点を指導医に積極的に質問するようになり,「わからないことがあったらすぐメモを取る」習慣が身に付いたという。こうした能動的に学ぶ姿勢,そして自分の成長を実感できるということが,学習者側にとってのポートフォリオ学習の最大のメリットといえる。

学生同士のコミュニケーション

 さらに,学生が互いのポートフォリオを見せあうことも重要だ。
 高橋さんの「他の人のポートフォリオを見ると,同じことをやっていても,感じることや疑問点は人によって違うのだと思います」という言葉どおり,別の視点ならではの発見やアドバイスを得ることができる。こうした“横のつながり”によるフィードバックも,学生にとってのポートフォリオの利点と言える。
 ただし,自分が思ったことや反省などを書いた「日々の活動記録」のファイルは「恥ずかしいので見せられません」とのこと。
 自分の疑問や調べたことをまとめた資料のファイルを使って情報交換し,相手の調べ方を「盗む」こともあるという。

自分に合ったポートフォリオを

 一方,ポートフォリオ学習を続けるにあたっては問題点もある。学生が自主的にポートフォリオ学習をすることは可能だが,指導医による評価というフィードバックがあれば,より効果的なものとなる。しかし,それはポートフォリオに対して理解のある指導医でないと難しい。
 大林さんは腎臓・高血圧内科での実習が終わってからは,4冊あったファイルを「日々の活動記録」と「資料集」をまとめた1冊にして使っているという。ポートフォリオ学習は多忙な研修医になってからは継続が難しいと言われるが,このように自分が継続できる形にアレンジすることで,それが可能になるかもしれない。
 最後に,ポートフォリオ学習を後輩に薦められるか,という質問に対しては「日記などをつけるのが苦手な人には少し面倒くさいかもしれません。性格によって向き,不向きがあると思う」としつつも,「自分がどれだけやってきたかを後で見返すと達成感がある」と語ってくれた。