医学界新聞

 

「看護師に求められる薬剤知識」を習得するために

荒井有美氏(北里大学病院看護部,看護師・薬剤師/第130回医学書院看護学セミナー講師)に聞く


 『看護のヒヤリ・ハット報告』の原因分析によれば,「内服与薬」「注射」「輸血」などの薬剤関連の事例が約3分の2を占めている。この事実は,近年の急速な医療の進歩によって,看護師に求められる薬剤知識が,質的な面においては高度化・複雑化し,また広範な領域に及んでいることを物語っているのではなかろうか。しかも,この傾向は今後とも漸増することが予想され,各方面から警鐘の声さえ聞こえている。

 そこで本紙では,第130回医学書院看護学セミナー「目からウロコのクスリ問答-教員が知っておきたい臨床薬剤知識」の講師であり,看護師と薬剤師の資格を持つ荒井有美氏に,「看護師に求められる薬剤知識」について伺った。


「病棟薬剤師」としてスタート

――薬剤師と看護師の両方の資格をお持ちということですが。

荒井 最初は薬学部の臨床薬学研究室を卒業して,薬剤師としてスタートしました。いわゆる「創薬」の分野ではなく,臨床現場での患者さまとのかかわりに魅力を感じて,臨床の現場に進みました。

 「臨床薬学」という分野ですが,調剤だけでなく,薬剤の専門家として医師に助言したり,患者さまに直接服薬指導をすることを志しました。

 最初の1年間は外来での調剤業務に従事し,2年目から病棟薬局という部署に勤めました。病棟薬局では,病棟で使用される内服薬や点滴の調剤を行ったり,病棟へ直接出向き,調剤された薬を直接患者さまへ与薬し服薬指導を実施したり,医師や看護師へ医薬品の情報提供を実施するなどさまざまな業務に携わりました。

 けれども,病棟に配属された当初は,看護師さんから「薬剤師さんは病棟に必要ないですよ。だって,いままでいなくても困らなかったですから」と言われ,病棟薬剤師の存在基盤が脆弱であることを痛感しました。

 しかし,薬品の取り扱いから,保管方法,服薬の仕方など,医薬品に関して気がついたことは何でも意見し,アドバイスしました。実際,臨床現場では医薬品の情報は不足していると実感しました。

 だから,看護師さんから「役に立つ」という評価をもらうのにはそれほど時間はかかりませんでした。そんな現場で,6年間活動しました。

「患者学」を学ぶために看護学部に社会人入学

――どのようなことから,看護師の資格を取得しようと考えられたのでしょうか。

荒井 病棟薬剤師として,ある程度の手応えとやりがいを持って活動していましたが,臨床現場で働くうちに,自分には「患者学」や「病態」の知識が不足していることを痛感したので,看護師の資格を取得しました。

 薬剤に関してならばある程度勉強していましたし,それなりの自信も自負心もありました。しかし,臨床の現場で多くの患者さまと接していると,薬剤師としての服薬指導に留まらず,薬を飲む相手のこと,つまり患者さまについてもっと知りたい,学びたいと思うようになりました。

 そして同時に,疾患そのものに対する知識を得たいと思いました。その時,「医学」か「看護学」か悩みましたが,疾患そのものを学ぶならば「医学」でしょうが,「患者」を学ぶことができるのは,やはり「看護学」だろうと思いました。

 これまで自分が学んできた薬学を,また別な視点で見てみたいと思って,看護学部に社会人入学をしました。

身をもって知った「看護教育」における「薬学教育」

荒井 ところが,自分が薬学部の出身で,すでに薬学教育を受けていたこともあったからだと思いますが,実際に看護学部に入学して授業を受けてみると,いかに看護教育における薬学教育が質・量ともに不足しているかということを感じました。

 国家試験の科目にありながら,薬理学の授業は少ないですし,本当に現場で必要な薬の知識を提供する講義もありません。薬学を講義する教員の知識も最新の情報に追いついておらず,知識は不足していると思いました

 ご存じのように,新薬の開発に伴って,医薬品の使用方法も日々変化しています。自ずから,看護師に求められる薬剤の知識はそれに比例して膨大なものになっています。医薬品は正しく使ってこそ本当の効果が得られることが期待されます。

 しかしながら,私自身看護教育を受けて感じたことは,あまりにも薬に関する授業が臨床に即していないということです。特に薬理学も重要ですが,臨床現場で必要な医薬品情報学も必要だと思います。

 薬を扱う業務がこれほど多いにもかかわらず,看護教育の中で薬を扱うことに対する意識の低さを感じましたし,現在も同じことを感じています。

 服薬支援という視点においても,薬の知識は不可欠だと思います。具体的には,与薬業務のプロセスを知ったうえで,薬の持つ特徴や危険性を知って,薬の使い方,情報の集め方などを看護教育の中に盛り込むべきだと思います。

 薬の知識が,時間的な切迫感から引き起こすリスクの回避にもなります。薬の知識・認識の必要性は言うまでもありません。また,多くの看護学生が換算や単位に対して苦手意識を持っており,新人ナースに実際に問題をやってもらうと,驚くほどできません。

 これらもろもろのことを踏まえて,しっかりと基礎教育において薬学教育を固めていくべきであると思います。

「教える側」に立って

――現在はどのようなお仕事に携わっていらっしゃるのでしょうか。

荒井 私は現在,新人看護師を教育する機会を与えられています。毎年,新人看護師のオリエンテーションプログラムの1つとして,「事故防止のためのポイントとしての薬の知識」を担当しています。

 事故防止を中心とした,薬の知識の提供をすると同時に,実際の臨床現場で起こりやすい薬に関する取り扱いの注意点を話しています。

 医療事故を再現したビデオを教材として使用したり,多くの薬に関する医療事故事例を紹介しています。入職してまだ3日目の看護師に,「薬はこわいもの」ということをあまり強調しすぎるのでは?と躊躇することもありますが,臨床現場を思うと,強調しすぎることはないと思うのです。

「看護」の中の服薬支援

荒井 ところで,最近は「薬に関する事故が多発しているから,薬の知識を身につけよう」という流れになっていますが,本来はそうではないはずだと思います。

 むしろ「看護の中の服薬支援」,「看護技術としての服薬支援」という視点から,薬の知識の必要性を考えるべきだと思います。

 患者さまから「錠剤は飲みづらい」という訴えがあれば,口の中で溶けるタイプの薬に変えたり,液剤にしたりと剤形変更を考える視点を持つことも必要だと思います。

 介入方法を薬の視点から考えることも重要ではないかと思います。

「チーム医療」の一員としてのメッセージを伝えたい

荒井 近年,「チーム医療」ということが強調されていますが,「看護師」と「薬剤師」という関係だけでなく,専門分野がそれぞれ別個に確立されていて,横のつながりが弱いように思います。「患者中心の医療」と言いつつも,向かっているベクトルが異なっていると感じるのです。

 リスクマネジメントは,チーム医療が最も必要とされる分野です。私はできることなら,2つの資格を持つ者として,チーム医療を推進していく時の,専門職間の架け橋になりたいと思っています。

 医療の領域では,他分野に入りにくいという,悪しき伝統がありますが,お互いの仕事を知り合うべきだろうと思います。また,お互いに知ろうとする意識がないと,それを突破することはできないと思います。臨床現場に求められている,臨床現場を踏まえた問題をしっかりと把握して,チームを組む人たちに,きちんとしたメッセージを発信したいと思っています。

 その意味からも,今回のようなセミナーで講演できることは大変うれしいことです。

 雑誌『看護教育』で連載中の《目からウロコのクスリ問答》では,私が実際に新人看護師から聞かれたことをもとにして,臨床で必ず出会う,薬に関する疑問に答えています。

 今回のセミナーでは,現場で生じている薬に関する問題を提示しながら,そこで求められている知識・技術についてお話ししたいと思います。