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JJNスペシャル No.82
感染症に強くなる
17日間 菌トレブック

著:今村 顕史  都立駒込病院感染症科医長・感染対策室長

書 評

自分に合った“菌トレメニュー”で感染症を楽しく学ぶ
書評者:岩本 愛吉(東大医科学研究所・感染症分野)

 昔の医学部細菌学の講義に関する笑い話がある。遅刻し、その日の講義の最初に述べられる細菌の名前を聞き逃すと、最後まで何の菌についての話なのかわからない、というものである。似たような話は教科書にもある。個人的には生化学が一番たいへんだと思っていたので、生化学の分厚い教科書をはじめから読破しようと何度か試みた。しかし、最初の方に出てくる解糖系の途中でいつも挫折してしまった。物事ははじめが肝心というのも事実だが、高い壁にむやみにとりつくと、跳ね返されるばかりでなく後々まで心に残るけがをする。

 『感染症に強くなる 17日間 菌トレブック』には、読者のための“菌トレメニュー”が用意されている。(A)日常で遭遇しやすい感染症に興味のある人、(B)病院で必要な臨床知識を増やしたい人、(C)病院における感染症対策のポイントを知りたい人、(D)病原微生物の知識を増やしたい人、人それぞれに応じて読み進みやすいコース案内がなされる。全体で17日間、一つ一つのコースは5~7日の設定だから、好きなところから入ってその後別のコースに移っていけばいい。(A)~(D)のコース選びに戸惑う必要もない。「かわいい動物を見るとつい近寄ってなでたりしたくなる」とか、「ノロウイルスの流行時に同僚のナースにも感染が広がった」など、用意されたチェックリストによって自分に合ったコースに誘ってくれる。

 心のなごむ“イラスト”に加えて、多くの“図”を使って重要項目がわかりやすく解説されている。一方、より詳しい説明を必要とするものに関しては、パソコンの画面に出てくるポップアップのようにいくつかの工夫がなされている。“病原体ファイル”では各病原微生物についての詳しい説明、「Column」欄では、セラチアやヒトパピローマウイルス、はしか、人食いバクテリア等々の話題で、少し詳しく著者のうんちくを傾けている。「NOTE」欄ではちょっとしたポイントの説明がある。それぞれの日の内容は7項目の「キーワード」で示され、関連事項は「LINK」によってどこに記載されているかが示されている。要するにインターネットでグーグルしたり、ネットサーフィンをするノリである。

 著者の勤務先は東京都立駒込病院で、がんと感染症の治療を掲げる専門的かつ総合病院である。多数のレジデントを抱え臨床教育も充実しており、筆者が教え上手なことにも合点がいく。あえていえば、エビデンスに基づくことを念頭に置いたのであろうが、いわゆる「文献」が並んでいるのが若干気になった。マクニールの『疾病と世界史』があげられているが、もう少し“読み物”から感染症を学べるような本の紹介があって良い気がした。ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』(草思社)やリチャード・プレストンの『ホット・ゾーン』(小学館文庫)、藤田紘一郎の『笑うカイチュウ』(講談社)などである。著者も述べているように、気楽に雑学的に感染症を学ぶのも一つの方法である。