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聖路加国際病院

【WEB新連載】  内科グランドカンファレンス

―半年間の不明熱と高度の浮腫のある64歳女性―

大屋敷倫代(聖路加国際病院血液内科シニアレジデント)
岡田 定(聖路加国際病院血液内科部長)

患者】 64歳,女性.
主訴】 発熱.
現病歴
当院入院半年前から39℃台の発熱が時々出現するようになった.1か月前からは39℃台の発熱が持続するようになり,咳嗽,食欲不振も出現し,近医を受診した.そこで低酸素血症を指摘され,2週間前に総合病院に紹介入院.血液検査では WBC 5,400/μL, Hb 10.9 g/dL, PLT 12.0万/μLと2系統の血球減少,AST 209 IU/L, ALT 12 IU/L,LDH 3,817 IU/L,CRP 5.28 mg/dLなどの異常を認めたが,上部消化管内視鏡,心エコー,胸腹部CT,骨盤MRIなどでは熱源は不明だった.第4世代セフェム系抗菌薬を投与されたが反応は乏しく,5日前からプレドニゾロン(prednisolone)40mgの内服も開始されたが発熱は持続し,本人・家族の希望で聖路加国際病院に転院となった.
既往歴】 特になし.

追加の問診事項はありますか?

→熱型は?

当初は夕方のみであったが次第に持続するようになった.プレドニンの使用で発熱はやや改善したが,依然38~39℃の発熱は続いた.夜間に着替えを要する盗汗も認めるようになった.

→体重の変化は?

半年間で5kg減少し,前医入院時は56kgになった.その後浮腫が出現・進行し,2週間後の当院入院時は66.8㎏と約11kgも増加した.

→便通は?

最近は便秘傾向.

→感染症に関する追加問診は?

海外渡航歴はない.性交渉は夫のみ.ペット飼育歴なし.結核の既往や家族歴はない.

入院時身体所見
 身長164.5cm,体重66.8kg.意識清明,体温38.6℃,呼吸20/min,脈拍112/min,血圧 148/88mmHg,SpO2 90%(経鼻酸素3L)
一般状態:消耗して不良.
頭頚部:眼球結膜に貧血あり.項部硬直なし.咽頭発赤や腫大なし.甲状腺の圧痛や腫大なし.
胸部:心音正常,心雑音なし.呼吸音は両側側胸部でcoarse crackleあり.
腹部:脾腫あり.肝腫大はない.
四肢:高度のnon-pitting edemaあり.
皮膚:体幹に点状出血が散在.
神経学的所見:異常なし.
表在リンパ節:触知しない.

入院時検査所見
血液検査:WBC 4,500/μL(Ne 82.5, Ly 10.0, Mo 7.0%), Hb 8.3 g/dL, Ht 25.0%, MCV 87.4 fl, PLT 5.7万/μL, 網赤血球 2.32%, Glu 90 mg/dL, TP 5.1 g/dL, Alb 2.5 g/dL, BUN 15.9 mg/dL, Cr 0.76 mg/dL, T-bil 0.7 mg/dL, AST 109 IU/L, ALT 38 IU/L, LDH 3,453 IU/L, ALP 548 IU/L, γ-GTP 141 IU/L, Na 132mEq/L, K 4.3mEq/L, Cl 100mEq/L, Ca 8.0 mg/dL, CRP 4.22 mg/dL, 血沈 51 mm/hr, TSH 0.341μIU/mL, free T4 0.70 ng/dL, free T3 1.8 pg/mL
尿検査:異常なし.
動脈血ガス(経鼻酸素3L):pH 7.523, PaO2 63.9 Torr, PCO2 32.3 Torr , HCO3 26.4 mmol/L.
心電図:異常なし.
胸部X線:両側に胸水貯留(図1).

図1 胸部X線写真
両側に胸水貯留を認める.

プロブレムリストはどうなりますか?

→1 不明熱

→2 正球性貧血,血小板減少

→3 低酸素血症

→4 LDH高値

→5 体重減少

→6 中枢性甲状腺機能低下症

   →6-1  non-pitting edema

どのような検査を追加しますか?

→1 凝固検査は?

PT- INR 1.47, APTT 42.7秒, FBG 396mg/dL, FDP 7.5μg/mL, Dダイマー 3.5μg/ml.

→2 LDHアイソザイム?

LDH1 15.0%, LDH2 53.2%, LDH3 23.4%, LDH4 6.9%, LDH5 1.5%.

→3 鉄動態検査は?

Fe 19μg/dL, TIBC 152μg/dL, FRN 1,290ng/mL

→4 TRH負荷試験は?

free T4 60分値 上昇なし,TSH 0分値 上昇なし,TSH 30分値 上昇なし,TSH 60分値 上昇なし.

→5 腫瘍マーカーは?

可溶性IL-2受容体 3,560 U/mL,NT-proBNP 729 pg/mL.

→6 血液培養は?

陰性.

→7 抗核抗体は?

陰性.

→8 肝炎ウイルス,HIV,梅毒は?

HBs抗原 陰性,HCV抗体 陰性,HIV抗体 陰性,VDRL 陰性,TPHA陰性.

以上から鑑別診断をどのように考えますか?

 不明熱から,VINDICATEを使って鑑別診断を考えてみましょう.

Vascular : 肺塞栓症.
Infection : 急性HIV症,感染性心内膜炎,粟粒結核.
Neoplasma : 悪性リンパ腫,脳腫瘍(下垂体腫瘍など).
Degenerative : なし.
Intoxacation/Iatrogenic : なし.
Congenital : なし.
Auto-immuno : SLE,抗リン脂質抗体症候群,成人発症スティル病.
Trauma : なし.
Endocrine : 汎下垂体機能低下症.

さらにどのような検査を行いますか?

→1 骨髄所見

図2図3を参照.

図2 骨髄スメア
血球貪食をしている多数のマクロファージとリンパ腫様細胞を認めた

図3 骨髄clot section
大型で核小体が目立つリンパ腫様の腫瘍細胞を認め,腫瘍細胞はCD34で示される血管内皮に沿って小胞巣状ないし索状に増殖している.CD20陽性であり,intravascular large B-cell lymphomaが疑われる.

→2 下垂体MRI

下垂体のわずかな腫大を認めた(図4左).

図4 下垂体MRI
血球貪食をしている多数のクロファージとリンパ腫様細胞を認めた

入院経過
不明熱,低酸素血症,高LDH血症,2系統の血球減少,高フェリチン血症などより,血管内リンパ腫,血球貪食症候群を疑い,骨髄穿刺を施行した.上記のような骨髄所見より,血管内リンパ腫特にアジア亜型血管内リンパ腫(AIVL)と診断した.
入院第6病日よりCHOP療法を開始したところ,速やかに解熱し低酸素血症も改善した.さらに,急激な利尿効果と浮腫の著明な改善を認めた(図4右).甲状線機能も正常化し下垂体MRI検査では,下図のように下垂体腫大も改善した.以上より,下垂体性甲状腺機能低下症は,下垂体への悪性リンパ腫の浸潤が原因と思われた.

最終診断
アジア亜型血管内リンパ腫(AIVL),下垂体性甲状腺機能低下症.

診断推論のまとめ

不明熱,体重減少,盗汗→悪性リンパ腫?

高LDH血症,2系統血球減少,高フェリチン血症→血球貪食症候群?

画像に比して低酸素血症が高度→肺毛細血管内へのリンパ腫浸潤?

中枢性甲状腺機能低下症の存在→下垂体へのリンパ腫浸潤?

本例の診断のポイントは?

 不明熱の鑑別で悪性リンパ腫を忘れない.

 悪性リンパ腫にはリンパ節腫大のない「血管内悪性リンパ腫」という病型がある.

 血管内リンパ腫は血管内閉塞に起因する多彩な症状を呈する.肺の毛細血管内に浸潤増殖が起こると,画像所見では説明できない低酸素血症を呈する.

 血管内リンパ腫には血球貪食症候群を伴うアジア亜型血管内リンパ腫があり,汎血球減少症,肝脾腫を示すことが多い.一方,古典的血管内リンパ腫は皮膚,神経症状が多いという特徴がある.