HOME雑 誌medicina誌面サンプル 47巻8号(2010年8月号) > 今月の主題●座談会
今月の主題●座談会
在宅酸素療法と在宅人工呼吸
病診連携を中心に

発言者
阿部 直氏(東海大学医学部内科学系呼吸器内科)=司会
浦野哲哉氏(東海大学医学部内科学系呼吸器内科)
川畑雅照氏(虎の門病院分院呼吸器内科)
武知由佳子氏(いきいきクリニック)


阿部 本日は,たいへんお忙しいところお集まりくださいまして,ありがとうございます.在宅酸素療法と人工呼吸について,病診連携を中心にお話を進めさせていただきます.

 お集まりいただきましたのは,第一線で地域医療に従事するプライマリケア医として武知由佳子先生,地域の中規模病院で医療に従事する呼吸器内科医として川畑雅照先生,そして第3次医療に従事する大学病院の呼吸器内科医として浦野哲哉先生のお3方です.私,阿部直の司会で進めさせていただきます.

 今回の特集テーマは「呼吸不全の診療」です.実際の呼吸不全の患者さんに対応するとき,いろいろ難しい問題が病診連携で起こっていると思いますので,そのへんをざっくばらんに語っていただきたく思います.

■在宅呼吸管理の導入

阿部 まず,病院での呼吸管理の導入について,浦野先生お願いします.

浦野 当然のことながら,低酸素血症に関しては酸素療法,高CO2血症を伴うII型呼吸不全には人工呼吸が必要になります.急性期を主に扱っている当院で考えてみますと,いかに急性期から在宅人工呼吸,NPPV(non-invasive positive pressure ventilation;非侵襲的陽圧換気)を意識していくかが,非常に重要な課題になります.

 急性期疾患に対するNPPVは,最近ようやく常識となってきましたが,少し前までは高CO2血症を伴うと,必ず挿管,人工呼吸,ウィーニングに手間取れば気切(気管切開),というのが決まったコースでした.しかし,国際的なガイドラインであるGOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)でも,COPD(chronic obstructive pulmonary disease;慢性閉塞性肺疾患)の急性増悪時にはNPPVが明らかに予後を改善すると言われています.

 多くの臨床医が,「NPPVのようなマスク型の人工呼吸は在宅で行うことだ」「挿管して人工呼吸をするのはICUで行うこと」と,全く別物のようなイメージを抱いており,それを拭い去れない状況があります.例えば,急性期の患者さんにNPPVを使うときに,「マスクだから一般病棟かな」というような間違った――私は「間違った」と思っているんですけれども――イメージがある.実はこの違いは,挿管しているか,していないかだけであって,人工呼吸を行っていることに変わりはありません.急性期のNPPV導入は,ICUで行うのが正しいと考えています.

 また,急性期の患者さんでは多くの場合,特に心原性の肺水腫などでは高濃度の酸素が必要になります.そうなってくると,在宅用のNPPVではなくて,いわゆるクリティカルケアに使う人工呼吸器をマスク仕様で使うということが大前提だと考えています.もちろん,在宅用のNPPV+酸素で問題ない症例はたくさんあるのですが,クリティカルケア用の人工呼吸器をマスク仕様で導入すると認識されると,急性期にNPPVを使うことにつながるのではないかなと考えています.

阿部 医療安全の面でも,クリティカルな状態にあるときには,監視も行き届くICUで導入するのがいいのではないかということですね.

浦野 そうですね.

■酸素療法の導入

阿部 川畑先生,そのへんで何かありますか.

川畑 NPPVに関しては,浦野先生にほとんどお話しいただいたので,在宅酸素療法(HOT:home oxgen therapy)について追加したいと思います.HOTは,かなりポピュラーな治療法になっており,プライマリケアの先生がご自身の判断で導入なさるケースも少なくありません.

労作時や夜間の病態を考えた酸素の処方

川畑 多くの先生方は,患者さんの安静時の酸素飽和度(SpO2)だけを見て酸素を導入されることが多いと思います.しかし,それだけでは不十分なこともあり,例えば,間質性肺炎の患者さんや重症なCOPDの患者さんでは,労作時に酸素飽和度低下(desaturation)が多く起こりますので,歩行時の酸素飽和度を見て,安静時と労作時の酸素の流量を変えて処方していただく必要があります.

 また,最近ではパルスオキシメータの記録を取ることができますので,夜間,睡眠中の酸素飽和度の低下がないかどうかも確認していただき,夜間の酸素流量が適切であるかどうかを評価することが必要となってきます.さらにNPPVによる換気補助の適応があるかどうかも考えなければなりません.

 つまり,一律に何lというような処方の仕方ではなくて,患者さんの病態や状況に応じて処方量を変えていくというような,柔軟な対応ができるとよいと思います.

武知 酸素については,特に神経筋疾患の方で,夜間の酸素飽和度の低下があるときは,酸素だけ入れるとCO2が溜まってしまうので,どちらかというと「初めからNPPVに」という話をすることが多いですね.

川畑 神経筋疾患では換気不全が主体ですから,HOTよりNPPVですよね.

武知 そうですね.病態を考えないといけませんね.

川畑 肺結核後遺症などの低換気(hypoventilation)症候群がありそうな患者さんで,夜間に酸素飽和度の低下があると,それは酸素の適用ではなくて,NPPVなどの換気補助をしなければいけないわけです.しかし,時々そういう患者さんに酸素だけが入っていて,NPPVは導入されておらず,CO2ナルコーシスで病院に運ばれてくるケースを経験します.やはり,このあたりの適切な状況判断と,HOTとNPPVの適応を,もう少し広く知っていただければと思います.

阿部 病態を考えてということですね.

武知 そうですね.

阿部 私自身が1つ注意しているのは,その人の日常生活動作(activities of daily living:ADL)です.ADLが高くて労作時に低酸素になってしまう方もいらっしゃいます.ゆっくり歩いても低酸素にならない人で,ゴルフ中に低酸素になってしまうという方がいましたので,そういう方には経済的余裕があればパルスオキシメータの購入をお勧めしています.それで,酸素飽和度が90%以下にならないように調節しましょうと…….

川畑 そうですね.最近はパルスオキシメータも安くなって1万円台で購入できるものもありますので,自己管理のできる方は,それを見ながらご自身で酸素流量を調節していただく指導ができますね.

武知 でも,HOT導入で,かえってADLを下げてしまったなんていう,痛い経験もあったりします.ADLや年齢を見ながらでないと,難しいなぁと思います.酸素を入れて,私たちはいいだろうと思っても,患者さんはQOLを喪失してしまうなんていうパターンもあるんですよね.

川畑 「こんなものを持って,外を出歩きたくない」とおっしゃるご高齢の方は,多いですね.

武知 そうなんですよ.

阿部 「外に行くときだけ,はずす」なんていう方もいらっしゃいますね(笑).

川畑 「寝るときだけは使っています」と(笑).

酸素の要不要を説明するコツ

浦野 しばしば出合う問題なのですが,患者さんの側に立ってみますと,「酸素は苦しいから使うのだ」という感覚があります.いわゆる呼吸困難の症状と低酸素血症とは乖離していますよね.

武知 そうですね.

浦野 酸素飽和度が80%くらいでも平気な人もいるし,95%あっても「苦しい,苦しい.酸素,酸素」と言う方もいらっしゃいますよね.おそらく皆さんも,そのへんで苦労されていると思いますけれども,ほんとうは酸素を吸わなきゃいけない人が全く吸ってくれない.そして必要のない人が酸素を求めるということがありますよね.

武知 ありますね.

阿部 何か,そのへんの診療上のコツのようなものはありますか.

(つづきは本誌をご覧ください)


阿部 直氏
1974年慶應義塾大学医学部卒業,1975年同大学大学院博士課程,1979年同大学医学部助手,1985年北里大学医学部内科専任講師,1986年カナダ,マギル大学医学部専任客員講師,1988年北里大学医学部内科専任講師に復職,2003年同大学医学部医学教育研究部門助教授,2006年同教授,2008年東海大学医学部内科学系呼吸器内科学教授,2009年東海大学医学部付属病院診療部呼吸器内科科長を兼任.

浦野哲哉氏
1986年慶應義塾大学医学部卒業,同年同大学内科,1990年同大学呼吸循環器内科助手,1994年東海大学医学部呼吸器内科助手,1995年米国カンサス大学留学,1999年東海大学医学部呼吸器内科講師,2006年同大学呼吸器内科准教授.所属学会:日本呼吸器学会専門医代議員,日本内科学会総合内科専門医・指導医,American College of Physicians,日本集中治療医学会,日本アレルギー学会,日本肺癌学会,日本結核病学会など.

川畑雅照氏
1992年鹿児島大学医学部卒業,同年虎の門病院内科レジデント,1995年虎の門病院呼吸器科医員,2002年米国ニューヨーク州立大学Winthrop University Hospitalへ留学,2006年虎の門病院分院呼吸器科医長,医学教育部副部長兼任,2008年虎の門病院分院内科総合診療科部長,分院医学教育部部長兼任,2009年東京医科大学非常勤講師,聖マリアンナ医科大学非常勤講師,現在に至る.

武知由佳子氏
1993年新潟大学卒業.昭和大学緩和ケアチーム勤務後,東京民医連大田病院呼吸器科で救急から在宅まで継続したNPPV呼吸ケアを行う.2003年より世界数カ国の呼吸ケアの現場を視察.2005年国立八雲病院で筋ジスへのNPPV呼吸ケアを研修.2007年9月「愛と情熱を持って地域に仕えます」をモットーにいきいきクリニックを開設.“Think globally, act locally.”グローバルな視点に立ち自分の医療はこれで良いかを問い,目の前の患者様に仕えていきたいと願う.