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今月の主題●座談会

肺血栓塞栓症診療における
一般内科医と専門医の連携

発言者●発言順
山田典一氏(三重大学大学院循環器内科学)=司会
佐久間聖仁氏(女川町立病院内科)
箕輪良行氏(聖マリアンナ医科大学病院救命救急センター)
松村真司氏(松村医院)


山田 本日のテーマは「肺血栓塞栓症治療における一般内科医と専門医の連携」です.本疾患は,以前は日本人には非常に稀だと考えられていましたが,近年は増えている印象があります.そこで,まず佐久間先生から,疫学的な面について簡単にお話しいただきたいと思います.

■もはや肺血栓塞栓症は稀な疾患とは言えない

佐久間 「人口動態統計」で,死亡診断書から拾った死亡原因としての肺血栓塞栓症は,この50年の間で急激に増えています.最新のデータでは,年間約1,900人が肺血栓塞栓症で亡くなっています.東京監察医務院の呂彩子先生のデータでも,全剖検例に対する肺血栓塞栓症の比率は20年間で6倍に増えていますし,「日本病理剖検輯報」で病理解剖例に占める肺血栓塞栓症の割合も2~3倍となってきています.

また,われわれが1996年から行っている全国規模のアンケート調査を基に年間の診断数を推計しますと,1996年が4,000人弱でしたが,2006年には8,000人です.10年間に,臨床的な診断数が倍以上に増えています.米国では,黄色人種の発症数は白人の5分の1だということです.それを日本人にそのまま当てはめますと,少なくともこの倍の症例が潜んでいることも考えられます.

増加した原因としては,肺血栓塞栓症への関心が非常に高まってマスコミなどで採り上げられる機会が増えたこと,画像診断機器の性能がよくなってきたことなどが考えられます.それから,もともと肺血栓塞栓症は高齢者に多いのですが,高齢者が増えてきたこと,そして高齢者に濃厚な治療が加えられるようになってきたことなども大きく関与しているのではないかと思います.

箕輪 仮に年間診断数が8,000人としても,人口10万人あたり7人くらいですね.概数ですが,くも膜下出血が人口10万対10人ですし,心筋梗塞が人口10万対30人ですから,救急医の感覚としては,人口10万対7人という数字は決してrare diseaseではありません.rareという感覚は,例えば細菌性髄膜炎で,これは人口10万人あたり1人です.肺血栓塞栓症を念頭に置いて診療にあたらなくてはいけないという説得力がある数字ですね.

北米在住の黄色人種の肺血栓塞栓症数が,仮に日本の倍だとすると,日本で見落としているのか,あるいは生活が欧米化されている日本人のデータはまったく違うのか…….欧米では,そんなに多いんですか.

佐久間 欧米では,3大血管疾患の1つとして,心筋梗塞,脳卒中,肺血栓塞栓症が並び称されています.日本では,肺血栓塞栓症だけがあまり注目されていないように思います.

箕輪 日本では,脳出血が人口10万対30人,脳梗塞が人口10万対70人,急性大動脈解離は人口10万対約10人ですから,頻度からしますと,肺血栓塞栓症はまだ少ない病気の1つではありますね.しかし,増えつつあるということですね.

山田 今後さらに増えていく可能性があります.生活習慣の欧米化も影響していますね.

佐久間 そうですね.いわゆるメタボリック症候群や動脈硬化に関係のあるような因子は,すべて肺血栓塞栓症を増やすというデータが海外でも出ています.日本人でもこれからどんどん増えていく可能性はあると思います.

松村 糖尿病との関係は?

佐久間 糖尿病と関係があるという論文と,関係はないという論文があって,まだ最終的な結論は出ておりません.

松村 糖尿病自体が動脈硬化のリスクなので,単独では肺血栓塞栓症のリスクでなくても,動脈硬化が進めば可能性はありますね.

山田 ただ,生活習慣が同じになったとしても,おそらく人種の差があると考えられますよね.

佐久間 大きなベースとして,遺伝的な要因があるのではないかとは思うんですけれども.

山田 凝固第Ⅴ因子Leiden変異とか.

佐久間 たしかに,凝固第Ⅴ因子Leiden変異やプロトロンビンの遺伝子異常が白人には認められ,黄色人種にはないといわれます.ただ,米国では黒人の肺塞栓発症が白人よりも多いにもかかわらず,黒人にはその2つの変異はないのです.ですから,ほかの因子があるかもしれませんが,それはまだ見つかっていません.

山田 まだ判明していない因子があるかもしれませんが,それを取り除いてもなお,欧米と日本との間では,まだまだ発生頻度の差がある.その原因の1つとして,医療従事者の認識の差から,日本の診断率が欧米に比べて低い可能性もあるかと思います.

■典型例ばかりではない難しさ

山田 肺血栓塞栓症を発症した患者さんと最初に接するのは,プライマリケアに携わる先生方だと思います.どういう患者さんを診たときに肺血栓塞栓症を疑うか,開業医のお立場から松村先生のご意見をいただきたいと思います.

松村 まったく症状のない人もいるかもしれませんが,やはり呼吸苦や胸痛,なんとなく具合が悪いとか,ときにはショック症状で来られる方のときに,肺血栓塞栓症を思い浮かべるのではないかと思います.しかし,そういう症状を訴えても,肺血栓塞栓症は最初に鑑別診断のリストには上がってこないように思います.もちろん心筋梗塞を一番に考えなければいけませんし,気管支喘息,パニック障害も多いので,それらの疾患のほうが先に頭に浮かびます.

私は開業して8年になります.過去に経験した症例の1つは,泌尿器科の手術をして退院後3日目か4日目の夜中に「なんとなく息苦しいような気がするのだけれど,すぐに病院へ行ったほうがいいか」と,電話でアドバイスを求められたケースです.土曜日のことで,月曜日になれば泌尿器科の担当の先生が病院にいるのでそれまで待ったほうがいいのか,それともすぐに救急外来を受診したほうがいいのかと聞かれました.様子を見ていないですぐに病院へ行きなさいとアドバイスしたところ,結局肺血栓塞栓症だったそうです.

2例目は,寝たきりの高齢者で特養に入所していた人が,「ご飯を食べない」という相談でした.認知症があってご自分で訴えられないのですが,なんとなく調子が悪い.診たところ,SpO2はそれほど下がってはいないのですが,呼吸回数がいつもより多くてハアハアしている.誤嚥でもしたのかなと思いながら,念のため後方病院の専門医へご紹介したところ,肺血栓塞栓症でした.

つまり,教科書に載っているような,「突然の発症で,息苦しさ,胸の痛みがあって,心電図で異常が見られる」という典型的な症例ばかりとは限りません.そのような非特異的な,つまりあまりはっきりしない症状の人たちにおける診断のサインを,特に病歴や身体所見のみでどう見つけるのか,非常に難しいと思っています.

■どのような患者で強く疑うか

松村 開業医やプライマリ・ケア医が最も得意なこととして,その患者さんがふだんどういう方で,どういう病歴をもっていて,どういう危険因子があるかを背景知識にもちつつ診療している点があります.ですので,そのような情報をもとに診断に迫れるというところが利点です.どういう背景をもった人に多いのか,また症状として典型的なもの,あるいは非典型的な症状にはどういうものがあるのかが知りたいですね.

(つづきは本誌をご覧ください)


山田典一氏
1989年三重大学医学部卒業.三重大学第一内科,山田赤十字病院,鈴鹿中央総合病院で研修.1993年より三重大学附属病院にて肺塞栓症,静脈血栓症,肺高血圧症の臨床研究に従事.2005年より三重大学循環器内科講師.日本循環器学会専門医,日本内科学会総合内科専門医.

佐久間聖仁氏
1981年山形大学卒業.仙台鉄道病院内科勤務後,東北大学第1内科に入局.1993年救急医学講座助手,1996年第1内科助手,2000年循環器内科助手,2002年循環器内科講師.2006年からは女川町立病院副院長.日本循環器病学会循環器専門医,Fellow of Japanese College of Cardiology.

箕輪良行氏
1979年自治医科大学卒業.都立豊島病院,日本医科大学救命救急センターで研修.1982~1985年,1992~1995年三宅島三宅村診療所勤務.1995年デンバー市立病院外傷センター留学.この間,自治医科大学,船橋市立医療センター救命救急センターを経て,2004年聖マリアンナ医科大学教授,救命センター長,2005年同臨床研修センター長.日本救急医学会指導医,日本プライマリケア学会認定指導医.

松村真司氏
1991年北海道大学卒業.東京慈恵会医科大学内科研修医,国立東京第2病院総合診療科を経て東京大学医学系研究科博士課程進学.1997~1999年UCLA総合内科および公衆衛生大学院ヘルスサービス学科.東京大学医学教育国際協力研究センターを経て2001年より松村医院院長.日本プライマリ・ケア学会認定指導医,日本内科学会総合内科専門医.