HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻11号(2007年11月号) > 今月の主題●座談会
今月の主題●座談会

内科医に求められる
認知行動療法・メンタルヘルスの基礎知識とは?

発言者●発言順

熊野宏昭氏(東京大学心療内科)=司会
木村穣氏(関西医科大学枚方病院内科)
鈴木伸一氏(早稲田大学人間科学学術院)
原井宏明氏(独立行政法人国立病院機構菊池病院)


 現在,内科で診る多くの疾患は生活習慣病に含まれる.治療を進めるうえでは,薬物治療のみならず,食事や運動など生活習慣への働きかけが不可欠である.そこで注目されているのが身体面に加えて心理行動面からも見立てと介入を行う心療内科的アプローチである.

 内科,精神科,心療内科,臨床心理それぞれの領域から専門家にお集まりいただき,今日から内科臨床に生かしていただけるよう,心療内科的アプローチのエッセンスである認知行動療法とメンタルヘルスの基礎知識について,率直に意見交換していただいた.


熊野 2008(平成20)年度から,健診後の特別生活指導が始まることになり,行動医学を取り込んでいかねばならないという指針が厚生労働省から打ち出されました.こうした背景から,内科領域で生活習慣病を扱う人たちのなかでは,認知行動療法をどのように取り入れていけばよいのかが課題になりつつあります.そこで,本日は「内科医に求められる認知行動療法・メンタルヘルスの基礎知識とは?」というテーマで,話を進めていきたいと思います.

 最初に,関西医科大学健康科学センター長の木村先生に,内科医には身体的な薬物療法以外に,どんな対応が求められているかというあたりから口火を切っていただけたらと思います.

■生活習慣を修正できない患者に有効な認知行動療法

木村 私は循環器専門医ですので,動脈硬化のリスクコントロールを目標に診療しています.生活習慣指導として食事と運動,禁煙を含むさまざまな外来を行っていますが,なかでも私が最もコントロールしにくいと感じたのは肥満,それもBMIが35以上の高度肥満の方です.

 肥満外来を始めたのは2000年からです.最初は,単純に食事と運動について指導したのですが,なかなか効果が出ませんでした.患者さんに理解力がないのではなくて,痩せる必要性を理解し納得なさっているにもかかわらず,効果がぜんぜん現れない.私の手には負えない,あまりセルフコントロールできない人だと位置づけていたのですが,2年くらい続けると,肥満外来には,どうしてもそのような高度肥満の人が残ってしまうのです.

 いろいろ考えながら,さまざまな先生に相談するうちに,われわれが伝えていると思っている内容と,患者さんの考えている内容とがずれているのではないかということが臨床心理の先生から指摘されました.そこで初めて“認知の歪み”という概念を知ったのです.

 そこで,どうしたら高度肥満の人たちが行動変容をしてくれるかと相談したところ,心理の先生たちが使った手法が,認知行動療法でした.当時,私は医師になってから十数年経っていましたから,循環器の専門医としてはそれなりの自信がありましたけれども,薬などのinterventionのような治療とはまったく違う概念で患者さんを治していく,なかなか画期的な治療法だと思いました.

 ただ,患者さんの“認知の歪み”を理解するには,患者さんの行動パターンそのものを理解する必要がありますから,最初に10~15分お話をしなくてはなりません.われわれ医師が診療時間内にそれをするには,ちょっと時間がかかりすぎて無理でした.そこで,心理の先生方にインテイク(導入)から面接,カウンセリングをしていただいて,その患者さんの考え方を抽出・解析してもらうことにしました.

 患者さんが行動を修正できない原因が見えてくると,自分の治療に対するストレスがかなり軽減されました.つまり,治療しているのによくならないと,われわれ治療者側の自己効力感は落ちてきますし,よくならないことに焦って,つい説教じみた指導をして喧嘩別れになってしまう.そうではなくて,「ここに障害があるから,ここを直さないと行動変容できない」と,チームとして認知行動療法的なアプローチを持ち込んで,治療する.これが,いま私の行っているチーム医療の1つの大きな柱となっています.

熊野 「納得しているが効果が出ない」「理解しているようだが,なかなか行動につながらない」という患者さんのお話が出ました.そこで木村先生が注目されたのが“認知の歪み”です.認知面の問題に着目し,それが行動に影響を与える思考パターンとして見えてくると,患者さんの理解もできるし,働きかけ方も見いだせるということでした.

 本日は,臨床心理の専門家として鈴木先生にお越しいだたいております.木村先生のようにチーム医療で認知面にもダイレクトに切り込めるような環境にない内科医のために,認知行動療法の基本原則についてお話しいただけますか.

鈴木 内科医の先生方のなかには,日常臨床のなかで「この患者さんにはどうも言うことが伝わりにくい」「頑固な方だな」というふうに,その方の意識や性格と結びつけて理解している方も多いかと思います.

 認知行動療法の特徴は,そういった問題に対して,いわゆる“心の処方箋”を書くのではなく,“行動の処方箋”を書くという発想から,患者さんにかかわる手がかりを探っていきます.心の問題として捉えようとすると,なかなか具体的な戦略が立てにくいのですが,“行動の処方箋”つまり具体的な目標を立てて実行に移すためには何が必要かを考えていくと,生活を改善していくことは比較的容易です.

■“行動の処方箋”のポイント

鈴木 生活を変えていく,言い換えれば行動変容を起こすための重要なポイントは4つあります.

 まずは行動分析です.木村先生が「行動パターンを理解する」とおっしゃったように,その方の生活のどのような場面で,どんな行動が,どのように生じて,それによってその方がどんな気持ちになり,どのようなメリットを得ているのかという仕組みを把握することです.これを最初にしっかり行うことが大事です.

 2つ目は,その行動分析を踏まえ,上手に目標を立ててあげること.どのように生活を変えていくかの目標づくりです.通常の診療で先生方がよく言われるのは,「塩分を控えましょう」「運動をしましょう」「食べすぎには注意しましょう」ですが,これでは,患者さんは何を・いつ・どうするのかがイメージしにくくて難しいのです.ですから,例えば「通勤は自転車をやめて駅まで歩くようにしましょう」という行動レベルの目標に置き換えていきます.このときに,患者さんご自身に目標を立ててもらうと,一足飛びに難しい目標を立てがちですので,取り組みやすいところから始めて順々に負荷を高めていく方法(スモールステップ)で導いてあげることがポイントです.

 3つ目としては,目標とした行動を習慣化するための工夫が挙げられます.具体的には,自分の行動目標を思い出したり,それを実行に移しやすくするための工夫を一緒に考えていきます.「どうしたらうまくいくでしょうね」のように,行動変容について患者さんとコミュニケーションをとること自体が,患者さんのアイディアや行動のレパートリーを増やすことにつながります.これを「環境調整」と呼びますが,行動しやすい環境を整えるための話し合いをぜひ日々の診療のなかで繰り返し行っていただきたいと思います.

 4つ目の点としては,日々の取り組みによって「よかった」「嬉しかった」「前より体の調子がいい」など,なんらかのメリットを患者さんが実感できることがとても大事です.例えば,家族からの「頑張っているね」という言葉や,「1カ月続けてできた」という思いでも構いません.行動を維持するための促進的な要素をいかに生活のなかに多く仕込んでいくかが重要です.

 実際には,いま申し上げたポイントすべてを,内科医の先生がすぐに取り組むのはなかなか難しいかもしれません.ですから,日常の診療でできるところから取り入れていただけるとよいかと思います.

木村 鈴木先生がおっしゃるとおりで,BMI25程度で30歳台くらいの若い方の肥満治療ですと,単純な行動目標を立てることで,どんどんよくなる例があります.カロリー計算や食事内容を厳しくチェックするというような細かいことはせずに,早食いなどの食べ方の問題とか時間の問題など,食行動パターンを変えることによって,見事に減量に成功する人が多いです.いわゆる行動療法でうまくいきますので,心理的な介入までしなくてすんでいます.もちろん薬も必要ないです.

 問題は,BMI35以上の高度肥満の方で,簡単な行動目標を立てても,「それは私にはできない」とおっしゃる方です.「私は水を飲んでも太るんです」と,真剣に言う患者さんに対して,「そんなことは物理的に絶対あり得ません」と言ってしまうと,そこで患者さんとのコミュニケーションが終わってしまいます.ですから,患者さんの“認知の歪み”をいかに受け容れ,どう修正していくかという認知的な介入が必要だと思います.

(つづきは本誌をご覧ください)


熊野宏昭氏
1985年東京大学医学部卒.2000年より東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学(東大病院心療内科)准教授.生活習慣病,心身症,パニック障害などの行動医学的研究,ストレスとリラクセーションの脳科学的研究が専門.臨床面では,心身症,自律神経失調症,パニック障害,摂食障害などを対象に,薬物療法とともに,認知行動療法やリラクセーションなどを積極的に用いている.近著に『ストレスに負けない生活 心・身体・脳のセルフケア』(ちくま新書).

木村穣氏
1981年関西医科大学卒業,米国コネチカット大学,カナダトロント大学留学.関西医科大学心臓血管病センター助教授を経て,2006年より同健康科学センター長,同枚方病院教授.循環器専門医として心臓リハビリテーション,高血圧,メタボリックシンドロームの治療・予防を専門としている.また同大学健康科学センターでは肥満,禁煙などの治療として,専門スタッフによる運動・食事療法,カウンセリングを加えたチーム医療を専門外来として行っている.

鈴木伸一氏
東京女子医科大学心理士,綾瀬駅前心療内科心理士,岡山県立大学保健福祉学部専任講師,広島大学大学院心理臨床教育研究センター助教授を経て,2007年より現職(早稲田大学准教授).日本行動療法学会理事ほか.専門は認知行動療法,行動医学.主な著書として『実践家のための認知行動療法テクニックガイド』(北大路書房),『学校,職場,地域におけるストレスマネジメント実践マニュアル』(北大路書房),『慢性うつ病の精神療法』(医学書院).

原井宏明氏
京都出身.岐阜大学医学部卒業後,神戸大学精神科で研修.国立肥前療養所に精神科医として就職,山上敏子先生から行動療法を学ぶ.1998年菊池病院に転勤.うつ病や不安障害,薬物依存の専門外来と受託研究(治験)を担当している.2000年,2001年にハワイ大学精神科アルコール薬物部門に留学.2003年,臨床研究部長.2007年,診療部長.精神保健指定医,日本行動療法学会認定専門行動療法士,動機づけ面接トレーナーの資格をもつ.