今月の主題●座談会
安全な消化器内視鏡治療のための教育と研修システム
藤田 皆さん,本日はお忙しいところをありがとうございます。 消化器内視鏡は診断精度が高く,種々の処置が可能で,低侵襲性の治療を提供できる方法であることから,臨床の場で広く活用されるようになっています。最近では高度な手技も数多く開発され,一層の広がりを見せています。 その一方で偶発症もみられ,昨今では内視鏡関連の医療事故がニュースに取り上げられることも珍しくありません。内視鏡教育は,消化器病学,消化器診療がさらに発展していくうえで,きわめて重要な課題と考えられます。 そこで本日は,大学病院ならびに市中病院で,積極的に消化器内視鏡に取り組んでおられる先生方にお集まりいただき,各施設での教育,研修への取り組みについてお伺いしたいと思います。 ■初期臨床研修における内視鏡教育藤田 まずは,2004年度からスタートした新医師臨床研修制度における内視鏡教育について伺いたいと思います。井上先生,初年度ローテーターにはどのような教育をされていますか。井上 スーパーローテーターは,チーム医療の中でいちばん若手の医師ですので,まずは上級医が行う内視鏡の見学から始まります。そして徐々に,実際の内視鏡のトレーニングを受けることになります。もちろん疾患のスクリーニングから始め,主に上部消化管から入ります。 藤田 田中先生のところではいかがですか。 田中 スーパーローテーションにおける消化器内科の枠は1単位・2カ月です。希望すればもう3カ月自由選択できますし,光学医療診療部も2カ月選択できます。ですから,目いっぱいやろうと思えば8カ月できるのですが,消化器だけ回るという人は少ないです。 内容はやはり見学から入ります。また,胃と大腸の模型を使って内視鏡に触れて興味をもってもらい,やる気のある人には上部消化管内視鏡検査の引き抜きと観察までしてもらえるよう努力しています。 藤田 山口先生には,外科の代表という意味合いで参加していただきましたが,初年度には内視鏡にどのように関わりますか。 山口 初年度は内科・外科を回ります。内科は6カ月で2カ月ずつ違う科を3カ所,外科は4カ月で2カ月ずつ2カ所です。われわれの教室の初期研修は病棟業務がメインですので,受け持ち患者さんのERCP(endoscopic retrograde cholangiopancreatography;内視鏡的逆向性胆管膵管造影)やPTCD(percutaneous transhepatic cholangiodrainage;経皮経肝胆道ドレナージ)の助手にはつきますが,実際のトレーニングはさせていません。 ERCPのトレーニングは卒後5~6年,医学博士論文のための研究に入る頃から開始します。それまでに回ってきた病院などで,上部・下部消化管の内視鏡を経験する人もいると思いますが,大きな病院では内視鏡は内科または放射線科の先生がされることが多いので,外科の先生ではほとんど経験がない方もいます。 藤田 新しい医師臨床研修制度で,がぜん人気の上がった市中病院ですが,豊永先生のところはいかがですか。 豊永 われわれの病院は20~30年前からスーパーローテーションの臨床研修をしており,私もその経験者です。当時は研修期間が3年ともう少し長く,実際の戦力としてやっていました。いまの初期研修の先生方を見ると,少し物足らないというか,パワー不足を感じますが,必修化ということで仕方ないことだと思います。 初年度は内科・外科・産婦人科・小児科の基幹4科を回りますが,受け持ち患者さんのマネジメントを通して消化器内科および内視鏡との接点をもちます。具体的には,吐下血や胆道系の緊急疾患の内視鏡治療と管理,胃瘻の造設と管理などです。外科系では術前診断もあります。 藤田 五十嵐先生のところはいかがですか。 五十嵐 当院は少し特殊で,研修医は東京大学のスーパーローテーションの一環として,1年間でいろいろな科を回るようになっています。内視鏡は,選択の仕方によって1カ月と3カ月に分かれます。 内科は内視鏡中心の研修になります。1カ月コースの方は,上部2週間,下部2週間の見学で終わってしまいますが,3カ月コースの方は,最初の2週間は上部の見学や介助,慣れてきたら指導医がついて,挿入・引き抜き・観察を何例か経験できます。 下部も,やはり3カ月コースの方だけですが,引き抜き操作時の撮影をしたり,10分間程度の挿入の実践――だいたいはS状結腸止まりですが――を指導医がついて施行しています。内視鏡に興味をもっていただき,ローテーション後にまた来ていただけるように指導しています。 藤田 野田先生,仙台市医療センターの状況をお話しください。 野田 スーパーローテーションの1年目は,消化器内科は2カ月だけなので,アシスタント的なことしかやらせていません。その間に,消化器内科とはどういうところか,内視鏡とはどういうものか知ってもらいます。2年目には消化器内科を8カ月回りますので,そこが実際の内視鏡研修のスタートとなります。 ■後期臨床研修における内視鏡教育藤田 次にスーパーローテーションを終えて,消化器内科を目指そうという先生方への指導についてお伺いしたいと思います。初期研修の段階では,「入れる・中を見る・抜く」くらいで精一杯ではないかというお話も出ましたが,後期研修は,どのようなトレーニングから始めていますか。 豊永 初期研修ではまばらにしか消化器疾患を診ていませんから,後期研修では全般的に,なるべく集中して消化器疾患を経験できるようにして,病棟管理から始めます。管理ができなければ,検査どころではありません。検査も,まず腹部エコーのように侵襲の低いもの,術者が代わってもできるものを3カ月くらいやっていただいて,ある程度経験を積んでから上部消化管内視鏡の研修に移ります。 モデルを使って1~2週間練習し,ルーチンを理解して操作ができるようになったら,仮免許試験をします。それに合格すると,いよいよ実践に入ります。上級医が横で見ながら,3カ月で100例を目標とします。その後に下部のトレーニングに入ります。 藤田 井上先生のところでは,上部のトレーニングはどのようにされていますか。 井上 上級医に付いて,患者さんへの前投薬,麻酔,外回りを覚えます。それと並行して,カンファレンスで勉強してもらい,数カ月間の助手をした後に実技のトレーニングに移ります。徐々に上級医の行う内視鏡の一部を受け持つようにして,最初は引き抜き,ある程度慣れたら挿入という具合に進めます。模型はCFでは使われていますが,上部では使っていません。 藤田 内視鏡の挿入を許可するには,当然,患者さんの診療をできることが必要だと思いますが,その点は初期研修だけでは不十分ということですね。また,超音波,X線などいろいろな手法があるなかで,内視鏡が必要となる状況を判断する能力も大事ではないかと思いますが,その習得はカンファレンスを中心に行うことになりますか。 井上 内科医として後期研修に来られた先生には,超音波,エコー,上部,下部,ERCP,胆膵を,それぞれの上級医の下を回りながら,消化器疾患全般を勉強してもらいます。 カンファレンスは,内科と外科が一緒にやっていますので,ある疾患の診療のなかで内視鏡診断,内視鏡治療をどのように位置づけるかを学ぶことになります。 藤田 田中先生のところはいかがですか。 田中 システミックな診断や治療方針の決定,患者さんの管理については,毎週1回,病棟でカンファレンスをしています。画像をすべて映写してプレゼンテーションをさせたり,ディスカッションをさせたりしています。 それとは別に,週に1回数時間かけて,かなりの症例数について若い先生に読影させたり,写真撮影の方法についてコメントしたりしています。どういう目的ならどういう位置取りで写真を撮らなければいけないかとか,空気量はどうかとかなど,細かい指導をします。 また,当院には3つ消化器外科があるのですが,上部消化管の腫瘍,大腸の腫瘍,炎症性疾患について,最後の切り出しや病理所見のマッピングまで出す,病理・外科・内科合同のカンファレンスを定期的に行っています。 藤田 五十嵐先生はどうですか。 五十嵐 これもまた特殊で,後期研修というスタイルではなく,レジデントとして内視鏡の診断・治療を目的としたトレーニングをしています。しかも,扱う患者さんは腫瘍が主ですから,目的がはっきりしています。 私は大腸を中心に教育していますが,総合的な研修は大学なり他の施設で済ませており,だいたい上部はできて,大腸内視鏡の治療や診断を覚えたいという先生たちが来ます。 下部の場合は挿入手技の問題がありますし,しかも診断の問題もあります。治療も止血,ポリペクトミー,EMR(endoscopic mucosal resection;内視鏡的粘膜切除術)のどこまでやらせるかという問題もありますので,個々の先生方の技量を判断して,上級医が「ここまで」と制限をしながら,段階的に経験することになります。 藤田 やはり少し特殊ですね。次に野田先生,お願いします。 野田 胆膵では,ERCP,EUS(endoscopic ultrasonography;超音波内視鏡)などの内視鏡検査を行う前に,画像診断の理解がどうしても必要です。超音波に関しては,ルーチンの撮り方を覚えていただきますが,実際の指導はついているオーベンがやっています。CTやMRIの読み方は,オーベンや放射線のドクターが指導することになります。このようにして画像診断の基礎がある程度身について初めてERCP,EUSに進んでいただくことになります。 ■内視鏡トレーニングの進め方藤田 実際に内視鏡のトレーニングを始めるにあたって,上部消化管,下部消化管,そして胆膵で順序はありますか。田中 やはりまず上部消化管内視鏡検査をきちんとやって,内視鏡の操作を身につけることが大事だと思います。鉗子を少しだけ出して,プラプラさせないで,狙撃生検をピンポイントで正確に行える操作能力が習得できてから大腸に入るべきですし,大腸で内視鏡が縦横無尽に操作ができるようになってから胆膵に入るべきだと思います。 藤田 この点についてはどうですか,豊永先生。 豊永 当院も同様です。先ほどお話した上部で3カ月かつ100例以上を経験した後に大腸のトレーニングに進むというステップになっています。胆膵は下部がワンマンメソッドで自由に入るようになってからです。 藤田 五十嵐先生はどうですか。 五十嵐 いろいろ指導してみると,どのコースをとっても結果的には同じところに達するのですが,やはり基本的な内視鏡の読影や操作の仕方は,上部できちんとやっていただいたほうが,下部を教える側は楽だというのが正直なところです。全く上部をやっていない方には,ゼロから教えなければなりませんので,教育する側のストレスもかなり大きいです。 藤田 井上先生は,いかがですか。 井上 見学をしたり,知識を身につけたり,トレーニングのディバイスを使ったりするという意味では並行していくこともあると思いますが,実際の臨床はやはり上部からだと思います。検査の頻度からいっても,やはり上部から入って下部,そしてERCPと進んでいきますね。 田中 侵襲も上部消化管,下部消化管,胆膵の順に大きくなっていきますよね。スクリーニングに限ってみても,やはり上部消化管のほうがトラブルは起こりにくいと思います。 1. 上部消化管のトレーニング藤田 次に,もう一段具体的なことを伺っていこうと思います。まず,上部のトレーニング法について,各施設でのアプローチをお聞かせ下さい。模型やシミュレーターなどはお使いでしょうか。井上 学会展示でトレーニング用器材を見学しますが,かなりよくできていますね。特にコンピュータ系のシミュレーター(GI mentor™など)は,学生のうちから経験していただくことができます。ただ,実際には高価なものですので,当院ではコロンモデルが中心になっています。 そして若い先生が実際に上部の第一例を経験するときには,上級医が横に付き添って指導しながら行っています。 藤田 ジョブトレーニングで模型をお使いのところはありますか。 豊永 われわれは模型を使っています。シャフトやアングル操作の練習など,導入としては役に立っていると思います。ただし,実際にどのくらい乱暴な操作をすると反射が起こるかシミュレートするようなトレーニングはできません。 コロンモデルは挿入の練習に有用だと思いますが,上部では十分なことはできません。 田中 当院では,上部消化管のときはあまりセデーションをかけないので,患者さんに意識があります。あまり横についてうるさく指導できません。 藤田 そのへんは難しいところですね。 田中 ですから,ある程度内視鏡の操作をマスターしてから引き抜きなどに入らないと,患者さんに迷惑がかかってしまいます。本当の初期の導入で,反転して見上げたときの前後壁を理解するとか,アングルの操作性を覚えることなら,模型でも十分トレーニングできるとは思いますが。 豊永 私はコンピュータのシミュレーターの経験はないのですが,蠕動が起こったりもするのでしょうか。 田中 大腸だと,抵抗までありますね。 豊永 反射も? 井上 反射も抵抗感もありますよ。 豊永 上部はどうですか。 井上 咽頭の挿入のところ,マウスピースのところから画面が出てきて,経路を誤って,いわゆる披裂部に直接当たると「オエッ」という唸り声をあげてくれます。実際の抵抗感もあります。 藤田 先ほどからお話に出ていますが,実際の患者さんでの最初の作業は,スコープの抜去となるようですね。内視鏡が胃から食道へ戻ってくるところから始めて,次に挿入をする。そして,挿入・抜去ができ,観察ができるようになって初めて,治療内視鏡に進むことになると思います。治療内視鏡を開始できると判断するポイントやステップアップするための条件を,まず上部に限ってお伺いしたいのですがいかがですか。 井上 治療内視鏡のなかでも比較的技術的安全性のハードルが低いものから順番に入ることになると思います。例えばAPC(argon plasma coagulation)の焼却操作は比較的やりやすいと思います。それから,待期例のEVL(endoscopic variceal ligation;内視鏡的静脈瘤結紮術)から少しずつ慣れていってもらいます。 緊急の吐血例などは,かなり上級になってからですね。 藤田 例えば生検の精度などは治療内視鏡を許可する際の指標になりませんか... (つづきは本誌をご覧ください)
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