今月の主題●座談会

基礎免疫学と臨床免疫学のクロストーク


小安重夫氏
慶應義塾大学
医学部
微生物学・免疫学
西本憲弘氏
大阪大学大学院
生命機能研究科
免疫制御学
渡辺守氏
東京医科歯科大学
大学院
消化器病態学
三森経世氏(司会)
京都大学大学院
医学研究科
臨床免疫学


三森 本日は,『medicina』2006年6月号特集の座談会「基礎免疫学と臨床免疫学のクロストーク」にお集まりいただきまして誠にありがとうございます。

 近年は,translational researchがさかんで,特に,translational researchにおける免疫学の役割は非常に大きいのですが,このことは決して,基礎医学から臨床医学への一方通行ではなく,from bedside to bench,つまり患者さんを通して発見される臨床現場の知見が,免疫学や細胞生物学の基礎的知識の発展に貢献していることが少なくないと思います。

 そういう観点から,本日は,免疫学の基礎と臨床の双方向のクロストークによって,免疫学がどのように展開されてきたか,また,これからどのような発展をしていくかについてお伺いしたいと思います。

マウス免疫学からヒト免疫学へ

三森 免疫学の臨床医学に対する貢献は,非常に広く大きいものがあります。免疫学の研究は従来,マウスを利用して行われ,それが実際にヒトにも,その手法や知識が応用できることがわかり,さらにそれがヒトの病気の理解につながることが多いかと思います。マウスの免疫学からヒトの免疫学への発展について,特に基礎免疫学者であります小安先生にご解説をいただけますか。

小安 マウスが臨床医学に貢献したことは事実です。最も基礎免疫学研究の発展において大きかったのは,遺伝学が使えたことではないかと思います。例えば,移植片の拒絶現象の研究は,純系マウスを利用して実験され,そこから遺伝的に拒絶の可否が決定されているような知見が積み重なり,MHC(major histocompatibility complex)の発見につながりました。

 その一方で,Dausset Jらが行ったヒトのHLA(human leukocyte antigen)の研究は大変泥臭いものでした。さらにZinkernagel RとDoherty Pが発見したMHCの拘束性に関しても,マウスを使って見えてきたものが非常に大きいと思います。

 直接,疾患の治療につながるかどうかは別にしても,疾患の理解に関しては,マウスがかなり貢献したのではないかと思っています。

三森 逆にマウスでみられる知見を,ヒトに当てはめた場合に必ずしも合わないこともありますね。

小安 はい。臨床医がよく感じていらっしゃることだと思いますが,マウスの知見がヒトに適用できないことが,実際には非常にたくさんあります。マウスを使っての研究は目的が重要だと思います。私のような基礎研究者は免疫現象に興味をもって,そのメカニズムの解明を第一義としますので,マウスは大変重要な道具となります。しかし,ヒトを理解しようとしたときには,先生方のように患者さんに向き合われている臨床医のほうが,いろいろなものが見えてくるのではないかと,常々感じています。

三森 マウスの場合には,遺伝的に純系のものを使うことができますから,非常に解析がやりやすい。ところが,ヒトの場合は1人ひとり,まったく遺伝的な背景が異なりますので,多様性も大きいということですね。

小安 最近はゲノムが非常によく解明されてきましたので,ヒトの場合でも,個々人で何が違うか,徐々に遺伝的な背景の違いがわかってきました。したがって,全く無関係と思っていた現象について,今後は共通項が見つかる可能性もあると思います。

西本 いろいろな分子のトランスジェニックマウス(遺伝子導入マウス)やノックアウトマウス(遺伝子ノックアウトマウス)が使えるようになったのも非常に大きいですね。1つの分子が生体の中でどういう働きをしているかをみるのに,やはり,マウスモデルは非常に解析しやすい。

 しかも,マウスでみられる異常をヒトの病気と比較することで,その分子がかかわる疾患を見いだしたり,病態形成において,その分子がどのような役割を果たしているのかが見えるようになったのは,臨床免疫学の進歩につながったと思います。

免疫学による病態の解明と治療への展開

三森 今までお話いただきました通り,さまざまな医学領域で,免疫学の手法や知識が応用されています。渡辺先生,免疫疾患の病態の解明について,先生の領域で例を挙げてご説明ください。

渡辺 私の専門である潰瘍性大腸炎やCrohn病などの炎症性腸疾患を例とすると,この炎症性腸疾患の病態解明にインパクトを与えたのは,1993年の『Cell』にT細胞受容体アルファ鎖(TCR-α:T cell receptor),IL-2受容体,IL-10を欠損したマウスが自然発症の腸炎を起こすという3つの論文が同時に掲載されたことです。それまで漠然と,この病気は免疫が関与しているのではないかといわれていたのですが,この免疫にかかわるある1つの分子を変化させることによって腸炎が発症するということは,その後の解析に非常に大きな原動力となったことは間違いないと思います。また,そういうマウスでは腸内の細菌をなくしてしまうと,炎症が治まってしまうということもわかりました。

 つまり,免疫機構と腸内細菌が腸炎の発症や維持に非常に関係があるとわかったことが,その後のヒトにおけるさまざまな研究に結びつき,病態の解明のみならず,抗TNF-α抗体療法や接着分子抗体,IL-12に対する抗体,CD3に対する抗体,γインターフェロンに対する抗体など,ありとあらゆる免疫をターゲットとした治療の開発におおいに寄与しています。もちろん,腸内細菌をターゲットとしたプロバイオテックス,抗菌薬併用療法などの開発にも結びついています。

三森 今のお話にもありましたとおり,免疫学的成果は病態の解明だけでなく,治療にも貢献しています。これは,さまざまな分野で既に行われていますが,古くはワクチンに始まる感染症のコントロール,最近では癌免疫や移植免疫にも関与しますし,さまざまなアレルギーや自己免疫疾患の治療に免疫学の知識が応用されて,恩恵を被っています。

 西本先生は,IL-6分子の研究から始まって,それをリウマチをはじめとするさまざまな病気の治療へ応用させるという,まさに,translation researchを歩んでこられた先生です。そこで,西本先生ご自身の経験から免疫学と治療との関連を具体的にお話しいただければと思います。

西本 IL-6は,1986年に大阪大学の平野俊夫先生,岸本忠三先生らによって,その遺伝子がクローニングされました。当初は活性化B細胞の抗体産生を誘導する因子として同定されたので,高ガンマグロブリン血症を呈する病気はIL-6が高いのではないかと考えて,患者さんの血液中のIL-6の測定を試みました。

 そのなかに, Castleman病という珍しい病気がありまして,実際に,血液中でIL-6が高いことがわかりました。Castleman病は非常に多彩な症状が出ます。リンパ節腫脹,微熱,CRPやフィブリノーゲンといった急性期蛋白の増加,貧血などです。しかし,Castleman病は,腫れたリンパ節を取り除くと,完全に治ってしまう。しかも,血中のIL-6も正常化するのです。

 こうしてIL-6が症状や検査異常と相関することもわかりましたし,IL-6を阻害すれば,この病気は治るのではないかというアイデアが出てきました。また,平野先生らがcardiac myxomaの患者さんでも同じことを見つけられていました。

 Castleman病の治療にモノクローナル抗体を利用しましたが,この治療は1980年代後半にモノクローナル抗体をヒト化するという技術が開発され実現しました。

 免疫原性の少ないヒト化抗体が作られるようになり,さらに標的分子の機能や分布,免疫の調節メカニズムが分子レベルで明らかになってきたことによって,ヒトへの応用が現実的になってきました。特にIL-6は,その受容体のメカニズムが岸本先生らによって解析が進み,細胞内のシグナル伝達の調節機構まで明らかになりましたので,治療への応用が可能になったわけです。こうしてみると,やはり免疫学の基礎的な研究が,疾患の治療法開発においても非常に大きく貢献していると思います。

 しかし,そうした知見を自己免疫疾患の治療に応用しようと思うと,なかなか難しい。マウスの関節炎モデルに抗体を用いて,IL-6をブロックする実験を行ったのですが,当初は効果がなく,この薬を開発している会社も,「リウマチには効かない」「リウマチはIL-6が高いけど,IL-6の病気ではないのではないか」という印象を持っていました。

 一方,IL-6が骨髄腫の増殖因子であることから,われわれは骨髄腫の研究も行っていて,大阪大学の倫理委員会の許可の下,モノクローナル抗体を骨髄腫患者さんに使用しました。IL-6をブロックすると,発熱はピタッと止まりますし,炎症マーカーであるCRPやフィブリノーゲンはすべて正常化して,患者さんの状態もものすごく良くなるのです。全身の浮腫も消えてしまう。そこで,初めてものすごい抗炎症効果があるとわかりました。

 こうした成果を経て,その次にはCastleman病に応用し,さらにリウマチに広がっていきました。そして,あらためて動物モデルで,IL-6阻害が効果を出すメカニズムを解明する実験を始めました。臨床で見たことを動物実験で証明しようとしたわけです。その研究では,モノクローナル抗体の投与法で新たな発見がありました。例えば,ヒトではリウマチ患者がどのようなステージでも治療効果が出るのですが,2型コラーゲンを免疫して起こす関節炎モデルでは,免疫するのと同時に抗体を投与しないと効果がないのです。つまりIL-6をブロックすることで,2型コラーゲンに対するT細胞の増殖反応が抑制される,あるいは2型コラーゲンに対する抗体産生が抑制されることがわかってきました。

三森 癌と違って,リウマチは死に至る病ではありません。そのような病気に,最初にモノクローナル抗体を使うことはかなり勇気がいると思うのですが,ジレンマはなかったのですか。

西本 ありました。ですから最初に使ったのは癌(骨髄腫)患者さんだったわけです。しかも多剤耐性の癌患者さんで,まったく他に治療法がないという方でした。大阪大学の倫理委員会で許可をいただいて,患者さん,ならびにご家族のインフォームドコンセントをしたうえで,モノクローナル抗体を使うというところからスタートしています。

 しかし,癌のなかにも多様性があって,単一の増殖因子をブロックしても,耐性の細胞が生き残るだろうと思います。いわゆるcombination chemotherapyは,そうした多剤耐性を考慮して,同時に複数の抗癌薬を使います。

 逆にCastleman病やリウマチの病態は,まさにIL-6の過剰で説明できますので,そうであれば,サイトカインを抑制してやれば,病態は改善するであろうと考えました。私としては,癌の治療よりもCastleman病やリウマチの治療への効果が期待できると考えていました。

三森 ところで,骨髄腫には効果はあったのですか。

西本 ターミナルの患者さんでしたが,短期的には非常にいい効果が得られました。

小安 先ほど,西本先生はマウスの実験と,実際の患者さんのリウマチでの治療の例を挙げられましたが,いまから振り返ってみて,それはやはりマウスとヒトの違いなのか,それとも抗体の使い方の差なのか。どちらのほうが正しいのでしょうか。

西本 両方あると思います。ヒトに使うときは,in vitroの研究でIL-6の作用を完全にブロックできるモノクローナル抗体の濃度を患者さんの血中で維持することを目標に行いました。

 一方,マウス実験のときには,そういうコンセプトではなく,単純に濃度を振って行いました。またマウス実験のときには,ラット抗マウスIL-6受容体抗体を用いたのですが,抗ヒト抗体とはアフィニティ(affinity,親和性)も違います。また,ヒトのリウマチと2型コラーゲンによって誘導されるマウスのCIA(コラーゲン誘導性関節炎)モデルとは,やはり,病態が違うと思います。

(つづきは本誌をご覧ください)


三森経世氏
1978年慶應義塾大学医学部卒業,1982年同大学院(内科系専攻)修了,医学博士。1982~1985年Yale大学医学部留学。1982年慶應義塾大学医学部内科助手,1994年同講師,2000年より京都大学大学院医学研究科内科学講座臨床免疫学教授。

小安重夫氏
1978年東京大学理学部生物化学科卒,同大学院,1981年(財)東京都臨床医学総合研究所研究員,1988年ハーバード大学医学部ダナファーバー癌研究所ポストドク,助手,1990年病理学助教授,1995年内科学准教授,1995年慶應義塾大学医学部教授(微生物学・免疫学)。

渡辺守氏
1979年慶應義塾大学医学部卒業。1984年同大学院(内科学)修了。1987年ハーバード大学医学部留学,1996年慶應がんセンター診療部長,2000年東京医科歯科大学大学院消化器病態学分野/消化器内科教授。2002年より東京医科歯科大学医学部附属病院光学医療診療部長兼務。

西本憲弘氏
1984年大阪大学医学部卒,1989年に大学院博士課程を修了し,米国アラバマ大学に留学。1995年より大阪大学医学部第3内科(現,呼吸器・免疫アレルギー・感染内科)助手,1997年より健康体育部助教授を経て,2003年9月より大学院生命機能研究科免疫制御学講座教授,膠原病・リウマチ学,臨床免疫学を専門にする。