今月の主題●座談会
急性冠症候群を学ぶうえで必要なこと
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永井良三氏
東京大学医学部 循環器内科 |
野々木宏氏
国立循環器病センター 心臓血管内科・緊急部 |
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山科章氏 東京医科大学 第二内科 |
吉野秀朗氏(司会) 杏林大学医学部 第二内科 |
吉野(司会) 本日は,急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)診療を含めて研修医が何を学ぶべきか,教育する側はどのようなシステム作りを目指せばよいのかを,先生方にディスカッションしていただきます。さらに,その基本となる内科の教育はどうあるべきかをご提示いただければと思います。
永井 病院長として研修医教育のシステム作りに重点を置いています。私たちの病院では,内科病棟を基本的に混合病棟にし,各専門家による混合チームを作って,初期研修医に要求されているあらゆる疾患を半年で勉強できるような体制を作ろうと考えています。
後期研修についてはまだ動向がよくわかりませんが,卒後3年目以降は専門的な研修に入りたい人が多いと予想しています。領域によっては症例の非常に多い研修病院で,自分の希望する分野でしっかり勉強するのもよいと思います。ただ,専門を決めかねている方や,専門を決めても専門以外の分野をさらに勉強したい方をフォローできるような制度を当院では作っています。
内科は専門分化が非常に進んできていますが,日本の医療制度や医療提供体制のなかでは,専門家だけでは医療は成り立ちません。それゆえに,あらゆる分野の専門家に共通の課題,例えば医療安全やインフォームドコンセント,倫理の問題などの「医療学」というべきものの習得が必要だと思います。この10年間,内科学で盛んに行われてきた専門分化を縦糸に,横糸的な「医療学」や「医療システム」を考えた臨床研修の制度設計が重要だと考えています。
山科 私は現在,卒後研修センター長として各科の初期研修医のための研修システム作りをしています。また,循環器内科では後期研修まで含めたシステムを作っています。初期研修は2004年から大きく様変わりしましたが,そこでは循環器科という立場を超えて,永井先生が言われたように,EBMや医療安全などについて,研修医だけではなく,その先輩にあたるスタッフを含めた研修の良いチャンスだと思っています。
スタッフに関しては,指導医のための研修(FD:faculty development)を心がけ,ワークショップなどを定期的に開催しています。
吉野 野々木先生は国立循環器病センターの心臓血管部門の部長で,むしろ循環器を初めから専門にする医師たちをトレーニングする仕事をされていますが,いかがですか。
野々木 設立してすでに30年近くなる国立循環器病センターでは,当初から循環器専門医を目指す人たちの研修という形でレジデント制度を敷いています。それぞれの部門にレジデントがいますが,2年間の内科全般の研修を終えた方を迎えているので,当センターでは循環器にどっぷり浸かってもらいます。心臓血管内科のレジデントは,脳卒中内科や動脈硬化代謝部門,高血圧腎臓内科というリスクを管理する科もローテーションします。心臓血管内科の多数の症例を疾患に偏りなく経験し,3年間の研修が終わった時点で循環器専門医としてスタートできる人たちを育てようというわけです。
その後に後期のレジデントとして,さらに2年間の制度があります。そこでは,循環器のなかでも,例えば不整脈やPTCA(percutaneous transluminal coronary angioplasty:経皮経管的冠動脈形成術)あるいは心エコー図やCCU診療などに特化して深く研修したい方のためのプログラムを設けています。
永井 研修医も1年目と2年目で違います。少なくとも1年目では緊急カテーテルの手技を学ぶ必要はないでしょう。
徹底して学んでほしいのは問診です。例えば不安定狭心症の診断は問診・症状が重要です。これをおろそかにすると危険な状態を見落としてしまうことがあります。あるいは外来で診て,どこも悪くないと思って患者を帰宅させてしまったり,運動負荷試験を実施してしまうなど,いろいろな失敗が全国で多発しています。
そうはいっても,いきなり緊急の場で経験を数多く積むのは難しいでしょうから,まずは心臓カテーテル検査で入ってきた患者やPCI(percutaneous coronary intervention:経皮的冠動脈インターベンション)の患者について,いまは落ち着いていても以前の状況はどうだったか,胸痛や冷や汗・脂汗の有無など,どういう経過で来院したのか,あるいはそのときの医師はどう対応したのか,それぞれの医療機関はどういう役割を担ったのか,反省すべき点は何か,ということなどを根掘り葉掘り聞いていくのがきわめて大切です。
問診を徹底して,症状には実にさまざまなパターンがあること,いかに非典型的なものがたくさんあるかを学んでいただきたいのです。教科書的な例でしかACSを診断できないのでは困ります。
もう1つは,心電図やX線,血液検査などを実施して,時系列で診るトレーニングをきちんと積んでいただきたい。特に心電図では微妙にR波が欠けたり,場合によってはV1のR波が高くなったり,ゴマ粒程度のQ波が出たり,あるいは微妙にSTが上がったりということから,ACSを思い浮かべることが多いのです。あらゆる症例でどういうタイムコースをたどるかを確認するトレーニングを積むべきだと思います。特にACSは非常に典型的な場合はわかりますが,発作の間欠期のようなときには症状もなく,心電図も血液検査も正常ということがあります。あまり過信せずに,謙虚な気持ちで患者さんをしっかり診ることです。患者さんへの説明も「絶対に大丈夫」というようなことは言えません。患者さんにとって安全であるように気をつけて,あるいは家族にもよく説明して,「何かあったらすぐに連絡ください」といって納得していただいて診療を進める。そのような基本的なことを,1年目の研修で徹底して学んでいただきたいのです。
吉野 これは循環器の専門家にならない人や,将来内科に進まない人にも共通して重要なものでしょうか。
永井 そうですね。毎日,患者さんの脈を診る,自分で血圧を測る,聴診器を当てるということが基本なのです。所見のないことも多いですが,身体診察は何かちょっとしたきっかけにもなるわけですし,専門外でも,きちんと身につけておかないといけないでしょう。
山科 私もこれらの基本は,科を超えて共通して学ぶべきことだと思っています。特に循環器科は医師としてトレーニングすべきことが,凝集されているのではないでしょうか。例えばACSなどは,患者さんが来られて,話を聞いて,診察をしながら検査をオーダーして,治療も考えます。患者さんと家族へ説明をすると同時に同意を得ながら関連各所と連携して,ごく短時間に方針を決めなくてはいけない。このような的確な判断や対応が要求されることは,どこの科にいても非常に大事なことです。
さらには,例えば,いま元気な患者さんの容態が,ちょっとしたことで急変しうるということを認識してほしいと思います。安易な気持ちで処置はできないということを,研修医たちにもよく理解してほしいと思います。
あとは,チーム医療が大切だということも学んでいただきたい。どんな専門医やどんなスーパーマンでも,1人で心臓カテーテル(心カテ)はできません。いろいろな人がいるなかで,いかに役割分担して行うかを学んでほしい。研修医にもやるべき仕事がたくさんあります。
(つづきは本誌をご覧ください)
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永井良三氏 1974年東京大学医学部卒業。卒業後は東京大学医学部附属病院,東京女子医科大学附属心臓血圧研究所で研修。1983年より4年間アメリカ・バーモント大学に留学。帰国後は,東京大学医学部附属病院第三内科助教授,群馬大学医学部第二内科教授などを経て,1999年東京大学循環器内科教授に就任。現在は診療のほか,東京大学医学部附属病院長として病院マネジメントに力を注ぐ。 |
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野々木宏氏
1976年京都大学医学部卒業。京都大学,高知市民病院での研修後,京都大学大学院,スイス・チューリッヒ大学循環器科臨床研究員を経て,国立循環器病センター心臓血管内科在籍,現在に至る。急性心筋梗塞症の致命率を低下させるためには,予防とともに院外での死亡を低下させる必要があり,「地域を究極のCCU」にするための対策に力点を置いている。 |
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山科章氏
1976年広島大学医学部卒業。聖路加国際病院内科医長を経て,1999年東京医科大学第二内科主任教授。2004年より同病院卒後研修センター長〔副院長兼任〕。専門は循環器病学,心臓核医学,集中治療医学。最近は医学教育,研修医教育,指導医育成に情熱をそそいでいる。 |
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吉野秀朗氏
1977年慶応義塾大学医学部卒業。慶應大学病院,済生会中央病院,足利赤十字病院,済生会向島病院に勤務。1990年より杏林大学に勤務。2001年より杏林大学医学部第二内科教授。専門は,循環器病学,特に虚血性心疾患の急性期治療。卒前・卒後教育に力を注いでいる。 |