今月の主題

主治医として診る後期高齢者

星 哲哉(名古屋第一赤十字病院内分泌内科)


 「現在の研修医・開業医に老年医学に対するニーズはございません」

 これは筆者が老年医学書翻訳(英文→和文)の企画を2007年9月某出版社に持ち込んだときに出版社側から受けた回答である.程度はわからないが少なくとも出版社レベルでは老年医学教育の必要性に対する認識は驚くほど低い,とこのとき思い知らされた.

 筆者は現在研修医の教育と老年医療に積極的にかかわっているが,自身の経験に基づいて言えば,研修医たちは老年医学に対して興味がないというよりも,高齢者,とりわけ後期高齢者のように複雑な医学的・社会的問題を抱える患者にどのように対処していいかわからず途方にくれているという印象である.

 また,実地医家の諸先生方も忙しい外来で老人特有の医学・社会問題を効率よく解決できずにフラストレーションをお感じになっているに違いない.

 どちらも老年医学についての系統だった教育を受けたことがないのだから当然である.

 そのような医学側の遅れを尻目に,日本は世界の誰もが経験したことのない超高齢化社会へ突き進んでいる.厚生労働省の予測によると平成20年度には75歳以上の後期高齢者は1300万人に達するとされている.これに伴い2008年4月から後期高齢者医療制度が導入されたが,5月末には野党提出の廃止法案が国会で審議入りするなど,その行方は混沌としてきた.一方で後期高齢者医療費は11.4兆円と予測されており,高齢者医療の経済的なインパクトも無視できない.しかしながら今後医療行政がどのように変化するにしても高齢者特有の医学・社会的問題に効率良く対処できる医師の教育が急務であることは疑いの余地はない.

 このような状況で上記の医学出版社の対応にみられるような一方的な誤解や,臨床研修における老年医学教育への比重の低さは憂慮される事態である.

 時代を先読みした本企画が読者の老年医学への興味の窓口になり,結果として多くの高齢者がその恩恵を受けることになれば幸甚である.