今月の主題

経静脈・経腸栄養 -プランニングとその実践

東口高志(藤田保健衛生大学医学部外科学・緩和ケア講座)


 わが国の経静脈・経腸栄養の歴史は欧米に比べて決して遅れを取っているわけではなく,多くの先達者たちの努力によって1970年代初頭には中心静脈栄養が全国に普及し始め,その後まもなくほぼすべての医療施設で高カロリー輸液が行われるようになった。また,経腸栄養も食道癌手術などの高度の侵襲を伴う外科周術期の栄養補給や炎症性腸疾患の治療として早期より確立されていた。しかしながら,医学教育のなかで,臨床的な代謝・栄養学に割かれる時間はわずかにすぎず,栄養管理や栄養療法などの知識や技術を学ぶ機会は欧米に比べてきわめて限定されてきた。このことは医師だけでなく看護師や薬剤師,そして栄養士の教育においても大差なく,わが国の栄養管理が米国に比べて20年は遅れていると指摘されることとなった。確かに筆者が研修医であった25年前には,栄養管理に関するテキストも少なく,わからないことを解明するためには英論文を読み漁るか,無礼は承知のうえで学会などで著明な先達者の方々を追い回して直接お聞きするしか方法がなかった。1990年,米国シンシナティ大学外科学講座のJ.E.Fischer教授の門を叩き,レジデントの研究指導教官として勤務した際に,本場のNST(nutrition support team:栄養サポートチーム)を実際に経験することになり,わが国と米国の栄養療法に関する環境の違いを目の当たりにし,愕然としたものである。さらに米国の医学教育の歴史を研究するに至り,わが国と米国の医療・医学はその発生や発展の過程も根本的に大きく異なっており,医学教育だけでなく,大講座制を中心とした医療体系やリスク管理の概念も全く別のものであると実感させられることになった。わが国の医療・医学を米国と比べて明確であったことは,このままではいけないということであった。少なくとも医療の基本中の基本であるはずの栄養管理だけでもわが国に根付かせ,独自に発展させる必要があると確信した。帰国後の1998年,鈴鹿中央総合病院に全科型のNSTを設立したのは,この際の強い思いがあったからに他ならない。その後多くの心ある医師やメディカルスタッフ達の働きによって,NSTが全国各地に設立・稼動されるとともに,わが国の栄養管理・栄養療法に変化が生じてきた。徐々にではあるが,これまで軽んじられてきた栄養管理が重視されるとともに適正化され,中心静脈栄養の適応遵守や無駄な絶食の回避などの基本的な事項が診療科を越えて着実に行われるようになってきた。そして平成18年度の診療報酬改正で『栄養管理実施加算』が新設されることになった。これはわが国における栄養管理の新しい幕開けとなるものである。同時に,今後,栄養管理を医療の中に確実に定着させるだけでなく,さらに発展させる努力が要求されることにもなるであろう。その意味で今回の特集は,まさしく時宜を得た企画となったように思う。現在,わが国で最も情熱を持って栄養管理および栄養療法を推進しておられる第一線の先生方に執筆をお願いできたことはこの上ない喜びであり,本特集が少しでも今後の栄養管理の確立と発展に寄与できればと心から願うものである。