編集:木下芳一(島根大学医学部消化器・肝臓内科学)


 GERD(gastroesophageal reflux disease:胃食道逆流症)は胃内の酸性内容物が食道に逆流し長時間にわたって食道内に停滞するために,食道粘膜に傷害が発生したり,種々の症状が出現したりする状態を示す。本症は,従来日本人の間では,稀な疾患であったが,Helicobacter pylori感染率が低下し,胃酸分泌が高く保たれるようになった現在では,最も高頻度に観察される上部消化管疾患の1つとなっている。また,GERDは高蛋白高脂肪食,過食,肥満に伴って発生しやすく,生活習慣病の1つであるとも考えられている。

 GERDが,高血圧や高脂血症,糖尿病などの他の生活習慣病と大きく異なる点は,初期より「胸やけ」や「呑酸」の自覚症状が出現し,自覚症状のためにHRQOLが低下しやすいことである。この点では,GERDは他の生活習慣病とは異なった異質な生活習慣病とも言える。GERDの自覚症状は,定型的なものは食道に由来すると考えられる「胸やけ」や「呑酸」であるが,その他に非定型的な多くの症状を呈する。非定型的自覚症状には胸痛,慢性咳,咽喉頭部不快感,耳痛などが知られているが,これらはそれぞれ他の臓器の疾患の自覚症状でもある。例えば胸痛は虚血性心疾患の症状であり,心疾患についての精査が必要であるが,胸痛を繰り返す例の30~40%ではGERDが胸痛の原因であると考えられている。

 このようにGERDは現在の日本ではきわめて当たり前の最もよく観察されるcommon diseaseであり,その症状が多彩であるため,種々の専門領域の医師がその診療にあたっており,すべての科の医師が本症の病態,症状,治療について理解しておくことが重要である。特にGERDは,その存在を疑えば診断をすることはそれほど困難ではなく,診断がついてしまえばほとんどの例は強力な胃酸分泌抑制薬を用いることで自覚症状も食道の粘膜病変も速やかに消失させることができる。すなわち,GERDに対する基本的知識を持つだけですべての領域の医師が名医となることが可能なのである。

 本特集では消化器科医だけでなく,消化器疾患以外の専門領域の医師でもGERDの多様性を理解でき,それぞれの明日からの診療に役立つ知識が満載されている。一読いただき,診療にお役立ていただければ幸いである。