第10回テーマ
病歴と身体所見 1
松村正巳(金沢大学医学部付属病院リウマチ・膠原病内科)
狩野恵彦・上田幹夫(石川県立中央病院血液内科)
Lawrence M. Tierney Jr.(カリフォルニア大学サンフランシスコ校,内科学教授)
本シリーズではCase Studyを通じて鑑別診断を挙げ,診断に至る過程を解説してみたいと思います。どこに着目して鑑別診断を挙げるか,次に必要な情報は何か,一緒に考えてみませんか。今回は以前にTierney先生に,ディスカッサント(discussant)として解説していただいた患者さんです。
病歴&身体所見
58歳,男性
主訴:発熱,腰痛
現病歴:高血圧と尋常性乾癬で通院中であったが,3 週間前から倦怠感を自覚していた。5日前から38°C台の発熱,悪寒,腰痛が出現した。2日前には整形外科を受診し,乾癬性関節炎が疑われ,ロキソプロフェンナトリウム(ロキソニン®)が処方された。しかし,発熱が全く治まらず救急外来受診し,入院となる。
既往歴:51歳時から高血圧,54歳時から尋常性乾癬の治療を受けている。
内服薬:ニフェジピン(アダラートL®20mg)2錠/分2,フロセミド(ラシックス®20mg)1錠/朝,塩化カリウム(スローケー®)1錠/朝
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは吸わない。お酒も飲まない。
最近の旅行歴,発熱のある人との接触もない。ペットは飼っていない。
身体所見:血圧84/50mmHg,脈拍120/分,不整,呼吸数28/分,体温39.0°C。意識レベルJapan coma scale3。眼底,耳,鼻,口腔内に異常所見はなし。リンパ節腫脹なし。手掌,指先,足底に圧痛のない紫斑が散在している(図1)。両側上腕に尋常性乾癬の皮疹を認める。吸気時に肺底部にラ音を聴取する。心尖拍動は鎖骨中線より外側に径3.5cm触れる。胸骨左縁第3肋間にgrade2の拡張期雑音を聴取する。腹部に異常所見なし。腰の痛みを訴えるが,明らかな圧痛は認めない。頸部硬直はない。 |

いかかがでしょうか。ここまででTierney先生には,もう診断がついてしまいましたが,順に病歴,身体所見から問題点を重要なものからすべて挙げて,鑑別診断を考えてみましょう。検査をオーダーする前にどこまで診断にせまることができるかチャレンジしましょう。
プロブレムリスト
- ショック
- 意識障害
- 発熱
- 頻呼吸
- 心拡大
- 吸気時に肺底部にラ音を聴取する
- 胸骨左縁の拡張期雑音
- 手掌,指先,足底に圧痛のない紫斑
- 腰痛
- 高血圧の既往
- 尋常性乾癬の既往
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まず,ショックの原因から検討しましょう。
[memo 1] ショックの分類
- 低容量性ショック(Hypovolemic shock)
出血,重度の脱水,熱傷
- 心原性ショック(Cardiogenic shock)
不整脈,心筋梗塞,心筋症,急な弁の機能不全(特に逆流),心破裂
- 拡散性ショック(Distributive shock)
敗血症性ショック,アナフィラキシー,神経原性ショック,副腎不全
- 閉塞性ショック(Obstructive shock)
緊張性気胸,心タンポナーデ,肺塞栓,大動脈弁狭窄
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私はショックの4つの分類の頭文字(下線)をとって「DCでSHOCK」と覚えるようにしています。発熱がある方のショックですから,敗血症性ショックが最も考えられます。低容量性ショック,心原性ショックが関係している可能性も否定はできません。さらにsepsis
syndromeというものが提唱されています1)。
[memo 2] Sepsis syndrome1)
- Systemic inflammatory response syndrome(SIRS):感染症,非感染症(例:膵炎)であれ,感染症が疑われたり,証明されれば敗血症として認識すべき病態。
- 敗血症(Sepsis):SIRSで感染症による反応と確認されたもの
- 重症敗血症(Severe sepsis):敗血症で臓器障害,もしくは循環不全,もしくは低血圧を認めるもの。循環不全は乳酸アシドーシス,乏尿,もしくは急性の意識障害を引き起こす可能性がある。
- 敗血症性ショック(Septic shock):十分な輸液にもかかわらず,敗血症によってもたらされる低血圧と循環不全を認めるもの。
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以下の項目2つ以上を満たせばSIRSと認識します。
1) 体温>38°C,もしくは<36°C
2) 心拍数>90/分
3) 呼吸数>20/分,もしくは動脈血PaCO2<32mmHg
4) 白血球>12,000/μl,もしくは<4,000/μl,もしくは10%がバンドフォーム
この患者さんは少なくとも体温,心拍数,呼吸数の3つの基準を満たしSIRSで,ショック状態です。髄膜炎の可能性は,否定できませんが,意識障害も敗血症性ショックが原因と考えてよいでしょう。
(つづきは本誌をご覧ください)
参考書
1)Sepsis syndrome. Epstein PE (ed):MKSAP 13;Infectious disease of medicine, pp1-3,
American College of Physician, 2003
松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,初期研修は全科ローテート研修を受けました。病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。
Lawrence M. Tierney Jr.
『Current Medical Diagnosis & Treatment』の編纂でおなじみのTierney先生です。日本には毎年来られ,いくつかの臨床研修病院で教育をされています。患者さんから学ぶことを最も大切にされ,病歴と身体所見,どの症候に着目するか,鑑別診断の重要性について,ユーモアを交えながら教育されます。内容はとても奥が深く,魅了されながら,サイエンスとアートを学ぶことができます。また,難しいときの一発診断にも,いつも感心させられます(松村正巳)。 |