HOME雑 誌medicina誌面サンプル 44巻2号(2007年2月号) > 連載●Case Study 診断に至る過程
●Case Study 診断に至る過程

第6回テーマ

伏兵-不十分な鑑別診断

松村正巳(金沢大学医学部付属病院リウマチ・膠原病内科)


 さて,今回の患者さんです。

病歴&身体所見

67歳,女性

主訴:全身倦怠感,下肢のむくみ
現病歴:2カ月前から全身倦怠感,下肢のむくみが出現した。呼吸困難,動悸,発熱,食欲低下,嘔吐,下痢,先行する感冒様症状はない。体重が2カ月で46kgから49kgに増加したという。
既往歴:19年前から高血圧の治療を受けている。7年前から骨髄異形成症候群,骨粗鬆症の治療を受けている。
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは吸わない。お酒も飲まない。
内服薬:ニフェジピン(アダラートL®)40mg/日,シクロスポリン(サンディミュン®)50mg/日,アルファカルシドール(アルファロール®)0.25μg/日,芍薬甘草湯7.5g/日
身体所見:血圧150/80mmHg,脈拍90/分・整,体温36.9°C,呼吸数14/分。眼瞼結膜に貧血を認める。呼吸音異常なし。心尖拍動は鎖骨中線より外側に径3.5cm触れる。心音はI音が減弱し,心尖部にgrade 2の汎収縮期雑音を聴取する。腹部に血管雑音は聴取しない。両下肢に沈下性浮腫1+を認める。神経学的所見では,下肢近位筋(大腿屈筋,大腿四頭筋)の筋力低下4/5を認める。腱反射は下顎反射が陰性で,その他は+である。病的反射は認めず,感覚は正常である。

 まず病歴,身体所見から問題点を重要なものから,すべて挙げてみましょう。同じ問題に由来すると考えられるものは,グループ化しました。心尖拍動が径2.5cmを超える,もしくは鎖骨中線より外側に触れるときは心拡大があると判断します。

プロブレムリスト

  1. 両下肢の浮腫,体重増加
  2. 心拡大,I音減弱,心尖部に汎収縮期雑音
  3. 高血圧
  4. 両下肢の近位筋の筋力低下
  5. 全身倦怠感
  6. 骨髄異形成症候群
  7. 骨粗鬆症

 主訴の全身倦怠感から鑑別を挙げるのは難しそうです。 #1,2から心不全の可能性は十分に考えられます。#2は僧帽弁閉鎖不全の存在を示唆します。また,骨髄異形成症候群による貧血が進行したのかもしれません。まず,浮腫をきたす疾患を考えてみましょう。

 では右側腹部痛をきたす疾患を挙げてみましょう。

[memo 1] 浮腫を起こす原因1)

心不全,ネフローゼ症候群,急性腎炎,腎不全,肝硬変,低栄養状態,甲状腺機能低下症,薬物:非ステロイド系消炎鎮痛薬,ヒドララジン,メチルドーパ,カルシウム拮抗薬,ステロイド,シクロスポリン

 この中で可能性があるのは,心不全,カルシウム拮抗薬,シクロスポリンの内服です。ネフローゼ症候群,腎不全,肝硬変,甲状腺機能低下症も鑑別診断のリストからは外せません。低栄養状態は食欲低下,嘔吐,下痢などなく,可能性は高くないように思われます。下肢の筋力低下はどうでしょうか?神経学的所見で腱反射の亢進,感覚障害はなく,中枢神経,末梢神経の障害は考えにくく,筋疾患,神経-筋接合部疾患を考えたほうが良さそうです。

[memo 2] 下肢の近位筋の筋力低下をきたす疾患

周期性四肢麻痺,電解質異常(低カリウム血症,高カリウム血症,低ナトリウム血症,高ナトリウム血症,高カルシウム血症,低リン血症)
多発筋炎,皮膚筋炎
イートンランバート(Eaton-Lambert)症候群
重症筋無力症(可能性は低い)

 浮腫,下肢の近位筋の筋力低下を同時に起こす疾患が思い浮かびません。鑑別診断を可能性の高いものからあげると,以下のようになりました。

鑑別診断

  1. 心不全
  2. カルシウム拮抗薬の副作用
  3. シクロスポリンの副作用
  4. ネフローゼ症候群
  5. 腎不全
  6. 肝硬変
  7. 甲状腺機能低下症
  8. 加えて
  9. 電解質異常
  10. 多発筋炎
  11. 皮膚筋炎

 どうもすっきりしません。2つの障害が同時に起こったのでしょうか。一般的にその可能性は高くありません。では検査に移りましょう。以上の考察をもとに以下の項目をまずオーダーしました。。。

(つづきは本誌をご覧ください)

参考書
1)Braunwald E:Edema, Kasper DL, et al,(eds):Harrison's Principles of Internal Medicine, 16th ed. pp 212-216, McGraw-Hill, 2005
2)黒川清:水・電解質と酸塩基平衡-Step by Stepで考える(改訂第2版)。p65。南江堂,2004
3)Conn JW, et al:Licorice-induced pseudoaldosteronism. JAMA 492:205-207, 1968
4)森本靖彦,中島智子:甘草製剤による偽アルドステロン症のわが国の現状。和漢医薬会誌 8:1-22, 1991
5)Saito T, et al:An autopsy case of licorice-induced hypokalemic rhabdomyolysis associated with acute renal failure:Special reference to profound calcium deposition in skeletal and cardiac muscle. Nippon Jinzo Gakkai Shi 36:1308-1314, 1994
6)Stewart PM, et al:Mineralocorticoid activity of liquorice;11-beta-hydroxysteroid dehydrogenase deficiency comes of age. Lancet 2:821-824, 1987
7)生坂政臣:見逃し症例から学ぶ日常診療のピットフォール。p1,医学書院,2004


松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,石川県立中央病院でローテート研修後,奥能登,白山麓など県内諸国巡業の旅に出ました。数年前にLawrence M. Tierney先生に出会ってから,仕事上の目標が大きく変わってしまいました。病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。