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Case Study 診断に至る過程

第3回テーマ

理論的アプローチ

松村正巳(金沢大学医学部付属病院リウマチ・膠原病内科)


 本シリーズではCase Studyを通じて鑑別診断を挙げ,診断に至る過程を解説してみたいと思います。どこに着目して鑑別診断を挙げるか,次に必要な情報は何か,一緒に考えてみませんか。

 さて,今回の患者さんです。

病歴&身体所見

65歳,男性
主訴:手足に力が入らない
現病歴:生来健康であった。1カ月前に右足の脱力を感じたことがあったが,1日で回復した。2日前の午後から,足がもたつく感じが出現した。1日前には足がもたつきながらも,朝から農作業を行った。午後になると手にも脱力感があり,過労と思い,近医で点滴を受けた。しかし,食欲はなく,夕食はほとんど食べられなかった。翌日は朝から立てなくなり受診となった。この1カ月間に感冒様症状,消化器症状はなく,排尿,排便にも問題はない。この3カ月はとても多忙で,食欲もなく,体重が10kg減ったという。
既往歴:特記事項なし。
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは1日20本,45年間吸っている。アルコールは機会飲酒である。
職業:農業
常用薬はない。
身体所見:血圧122/60mmHg,脈拍70/分・整,体温36.3°C,意識は清明,口腔内は乾燥している。発疹,リンパ節腫脹なし。胸部,腹部に異常なし。四肢に浮腫なし。
神経学的所見:筋萎縮なし,膝立ては可能,歩行はできない。
徒手筋力テスト
 三角筋(右3/5,左4/5)
 上腕二頭筋(右5/5,左4/5)
 上腕三頭筋(右3/5,左3/5)
 腸腰筋(右4/5,左4/5)  大腿四頭筋(右3/5,左3/5)
 大腿屈筋(右3/5,左3/5)
 前脛骨筋(右4/5,左4/5)
 腓腹筋(右4/5,左4/5)
 握力:右10kg,左6kg
深部腱反射
 両側上腕二頭筋反射 (-)
 両側上腕三頭筋反射 (-)
 両側腕橈骨筋反射 (-)
 両側膝蓋腱反射 (-)
 両側アキレス腱反射 (-)
 病的反射は認めない。
脳神経系は異常なし。感覚系は異常なし。
膀胱,直腸障害なし。

 いかがでしょうか。まず病歴,身体所見より,問題点を重要なものからすべて挙げて,鑑別診断を考えてみましょう。検査をオーダーする前に,どこまで診断にせまることができるでしょうか。

プロブレムリスト

  1. 四肢の脱力
    近位筋優位の筋力低下,腱反射低下,感覚は異常なし
  2. 体重減少,食欲低下

 Lawrence M. Tierney先生(カリフォルニア大学サンフランシスコ校,内科教授)は,鑑別診断を挙げるときに以下のカテゴリーをいつも使います。Vascular(血管性疾患),Infection(感染症),Neoplastic(腫瘍性疾患),Collagen(自己免疫性疾患),Toxic/Metabolic(中毒/代謝性疾患),Trauma/Degenerative(外傷/変性疾患),Congenital(先天性疾患),Iatrogenic(医原性疾患)),Idiopathic(特発性疾患)。

 今回はこのカテゴリーを使って,鑑別診断を挙げてみましょう。

[memo 1] 四肢の脱力をきたす疾患

血管性疾患:脊髄の梗塞,動静脈奇形
感染症:らい病,ライム病,梅毒
腫瘍性疾患:脊椎,脊髄の腫瘍,傍腫瘍症候群
自己免疫疾患:多発筋炎,皮膚筋炎,サルコイドーシス,血管炎,重症筋無力症,Guillain-Barre症候群
中毒/代謝性疾患:電解質異常,周期性四肢麻痺,栄養障害,アルコール,糖尿病,毒素外傷/変性疾患:後縦靱帯骨化症
先天性疾患:可能性なし
医原性疾患:可能性なし
特発性疾患:アミロイドーシス

 このうち,近位筋優位の筋力低下,腱反射低下,感覚は異常なしということから絞っていくと,大脳,脳幹部,脊髄の障害は考えにくく,神経-筋接合部,もしくは筋の障害が考えられるので,鑑別診断としては以下の疾患が残ります。末梢神経の障害も完全には否定できないので,Guillain-Barre症候群以下の疾患は,残しておきます。Guillain-Barré症候群は,運動系のほうが感覚系よりも先に障害されることがあります。

鑑別診断

  1. 電解質異常(周期性四肢麻痺を含む)
  2. 多発筋炎,皮膚筋炎
  3. 傍腫瘍症候群
    以下の可能性は低い
  4. 重症筋無力症
  5. Guillain‐Barré症候群
  6. サルコイドーシス
  7. 血管炎
  8. 栄養障害
  9. 毒素
  10. アミロイドーシス
  11. 糖尿病

 それでは検査に移りましょう。以上の考察をもとにまず以下の項目をオーダーしました

オーダーした検査

血算,血液像
血液生化学,血糖
胸部X線写真

 さて結果は?

(つづきは本誌をご覧ください)


松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,石川県立中央病院でローテート研修後,奥能登,白山麓など県内諸国巡業の旅に出ました。数年前にLawrence M. Tierney先生に出会ってから,仕事上の目標が大きく変わってしまいました。病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。