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Case Study 診断に至る過程

第1回テーマ

2つの入り口

松村正巳(石川県立中央病院内科)


 さて,今回の患者さんです。

病歴&身体所見

28歳,女性
主訴:発熱,手の関節の痛みと腫れ
現病歴:8週間前までは何ら異常はなかったが,毎朝38~39°Cの熱が出るようになった。
日中は解熱している。さらに6週間前からは手の関節の痛みと腫れが出現した。
朝の手のこわばり感はない。2週間前から発熱は37°C台になったが,8週間で体重が53kgから51kgに減少した。また,口の中が乾く感じがするという。
既往歴:23歳時に伝染性単核球症に罹患した。25歳時の妊娠中に血小板が低め(6~9×104/μl)と言われたことがある。子どもは2人いて,流産歴はない。
家族歴:特記事項なし。
嗜好:たばこは吸わない,アルコールは機会飲酒である。常用薬はなく,最近の旅行歴,発熱している人との接触歴はない。ペットは飼っていない。職業は事務職である。
身体所見:体温37.6°C,血圧98/60mmHg,脈拍72/分,整,呼吸数16/分。顔色は不良で活気なし。皮疹はなし。右後頸部に2ケ,左後頸部に3ケ,両側腋窩に1ケずつ,左鼠径部に3ケ,リンパ節を触れる。どれも径が0.5-1.5cmで軟らかく,圧痛はない。周囲との癒着もない。口腔内は乾燥していて,粘膜が軽度赤い。両側顎下腺の軽度腫脹を認める。胸部に異常なし。腹部では左季肋下に脾臓をわずかに触れる。両手の第2から4指のPIP,MP関節に圧痛,腫脹を認める。神経学的には異常なし。

 いかかがでしょうか。本シリーズではまず病歴,身体所見から問題点を重要なものから挙げて鑑別診断を考えてみたいと思います。問題点はすべて挙げ,もれないようにします。検査をオーダーする前にどこまで診断に迫ることができるかチャレンジしてみましょう。

プロブレムリスト

1. 朝方の発熱
2. 朝のこわばり感を伴わない慢性多発性関節炎
3. リンパ節腫脹
4. 体重減少
5. 口腔内乾燥,両側顎下腺の軽度腫脹
6. 脾腫

が挙げられます。発熱から鑑別診断を挙げるのは鑑別が多岐にわたり困難です。脾腫も鑑別診断は多岐にわたります。ここでは慢性多発性関節炎,リンパ節腫脹をきたす疾患を切り口にして鑑別診断を考えてみましょう。上野征夫先生は関節炎をみたら,それが急性か,慢性か,単発性か,多発性かを区別し,鑑別を考えるようにと述べておられます1)。この方は6週間にわたり多発性の関節炎が持続しているので,慢性多発性関節炎として鑑別を挙げます。

[memo 1] 慢性多発関節炎をきたす疾患1)

関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,その他の結合組織病,
変形性関節症,乾癬性関節炎,Reiter症候群,
潰瘍性大腸炎やCrohn病に伴う関節炎,強直性脊椎炎,
掌蹠膿疱症性関節炎,サルコイドーシス,多中心性網状組織球症,
肥大性骨関節症,慢性痛風性関節炎,神経障害性関節症(シャルコー関節)

 慢性多発性関節炎をきたす疾患のなかで発熱をきたしうるものを考えると,関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,その他の結合組織病,潰瘍性大腸炎やCrohn病に伴う関節炎,サルコイドーシス,慢性痛風性関節炎が残ります。この方は消化器症状がないので潰瘍性大腸炎やCrohn病に伴う関節炎は可能性が低いですね。

 リンパ節腫脹をきたす疾患では大きく分けて感染症,膠原病,悪性疾患,その他の疾患という4つのカテゴリーで考えます。

[memo 2] リンパ節腫脹をきたす疾患2)

感染症:ウイルスによるもの-EBウィルス,サイトメガロウィルス,HIVなど細菌によるもの-猫引っ掻き病,結核など
リケッチアによるもの-つつがむし病
膠原病:関節リウマチ,混合性結合組織病,全身性エリテマトーデス,皮膚筋炎,Sjögren症候群,血清病,薬剤,原発性胆汁性肝硬変など
悪性疾患:リンパ腫,白血病,癌の転移など
その他:甲状腺機能亢進症,サルコイドーシス,菊池病など

 慢性多発性関節炎とリンパ節腫脹を起こしうる疾患として関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,混合性結合組織病,サルコイドーシスが疑わしいですね。この患者さんは口腔内の乾燥症状もありSjögren症候群も疑われます。関節リウマチ,全身性エリテマトーデスともSjögren症候群を合併することがあります。さらに朝方の発熱は全身性エリテマトーデスの患者さんで観察されることがあります。そこで鑑別診断は可能性の高いものから以下のように考えました。

鑑別診断

1. 全身性エリテマトーデス+続発性シェーグレン症候群
2. 関節リウマチ+続発性シェーグレン症候群
3. 混合性結合組織病
4. サルコイドーシス

 それでは検査に移りましょう。以上の鑑別診断をもとに検査としては以下の項目をオーダーしました。

オーダーした検査

血算,血液像
血液生化学(肝機能,腎機能,電解質,CRP)
検尿
補体,RAテスト,抗核抗体,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体,
抗核抗体陽性ならば抗DNA抗体,抗Sm抗体,
検査所見(1)
血算:WBC3,300/μl(分葉核球41%,杆状核球3%,リンパ球40%,単球15%,
異型リンパ球1%),Hb 9.8g/dl,Ht 30.2%,Plt 12.5×104/μl
生化学:TP 6.4g/dl,AST 82 IU/l,ALT 107 IU/l,Cr 0.50mg/dl,電解質異常なし,
CRP 0.3mg/dl
検尿:異常なし。
検査所見(2)
CH50 12.3(29~48) U/ml,C3 37.5(64~131)mg/dl,C4 8.8(15~37)mg/dl
RAテスト陰性,抗核抗体640倍(homogeneous pattern),
抗DNA抗体陰性,抗Sm抗体陽性,抗SS-A抗体陽性,抗SS-B抗体陽性

■さて結果やいかに

 白血球減少,リンパ球減少,貧血,肝機能障害が認められます。やはり全身性エリテマトーデスが疑わしいです。

 関節炎の存在,白血球減少,抗Sm抗体陽性,抗核抗体陽性からアメリカリウマチ協会の全身性エリテマトーデスの診断基準を4項目満たします(memo3)。元来この診断基準は臨床研究を行うときの基準として考案されたものです。もちろん個々の患者さんの臨床上の診断にも有用です。逆にこの診断基準を満たさないので全身性エリテマトーデスが完全に否定されるというものでもありません。

[memo 3] 全身性エリテマトーデスの診断基準

1. ★★★部紅斑
2. 円板状紅斑
3. 光線過敏症
4. 口腔内潰瘍
5. 関節炎
6. 漿膜炎(胸膜炎,心外膜炎)
7. 腎障害(1日0.5g以上,あるいは3+以上の蛋白尿,細胞性円柱)
8. 神経障害(けいれん,精神障害)
9. 血液学的所見(溶血性貧血,白血球減少;2回以上の測定で4,000/μl未満,リンパ球減少;2回以上の測定で1,500/μl未満,血小板減少;10.0×104/μl未満)
10. 免疫学的所見(抗DNA抗体,抗Sm抗体,抗リン脂質抗体)
11. 抗核抗体
観察期間中,経時的あるいは同時に,11項目のうちいずれかの4項目以上が存在するとき,全身性エリテマトーデスと診断する(特異度:~95%,感度:~75%)。

 その他,朝方の発熱,体重減少,脾腫などを説明するのに全身性エリテマトーデスは矛盾しません。さらに口腔内乾燥,抗SS-A抗体陽性,抗SS-B抗体陽性,Schirmer's testの結果からSjögren症候群もあると判断しました。

■全身性エリテマトーデス+続発性Sjögren症候群

 患者さんはプレドニゾロン40mg/日の経口投与により症状の改善を得ました。

いかがでしたでしょうか。病歴,身体所見の着目すべき問題点から,鑑別診断をもらさず広く挙げることがポイントと思います。鑑別診断に真の診断がもれた場合には絶対に診断できません。いつもスマートにいくわけではありませんが,個々の患者さんから学んでゆきたいですね。Lawrence M. Tierney先生は次のように記述されています。「臨床家は患者さんの情報を認識できるパターンに構築し,次に,このパターンを説明可能な1つの診断を見つけ出します。鑑別診断を広く持ちつつ,患者さんの臨床経過をたどることで,ディスカッサント(discussant)は正しい診断にたどり着くことができるのです」3)(訳:筆者)。

参考書

1)上野征夫。関節痛と関節炎,単関節,多関節からの鑑別。リウマチ・膠原病診療ビジュアルテキスト。東京:医学書院, 2002. 6-10.
2)Henry PH, Longo DL:Enlargement of lymph nodes and spleen, Kasper DL, et al,(eds):Harrison's Principles of Internal Medicine 16th ed, pp343-348, McGraw-Hill, New York, 2005.
3)Jha AK, Collard HR, Tierney LM:Clinical Problem-Solving;Diagnosis still in question. N Engl J Med 346:1813-1816, 2002


松村正巳
1986年に自治医科大学を卒業し,石川県立中央病院でローテート研修後,奥能登,白山麓など県内諸国巡業の旅に出ました。今はふりだしに戻り内科医をしています。数年前にLawrence M. Tierney先生に出会ってから,仕事上の目標が大きく変わってしまいました。病歴と診察でどこまで診断に迫ることができるか修行中です。