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●しりあす・とーく

第1回テーマ

臨床研修における危険と安全管理

患者・研修医を医療事故から守れるか?

飛田拓哉氏 川島篤志氏
本村和久氏 川尻宏昭氏
〈司会〉


川尻 佐久総合病院の川尻です。卒後11年目で,途中2年間,関連の診療所に出ましたが,卒業してからずっと佐久の田舎の総合病院におります。現在,総合診療科というプライマリケアを中心に幅広く診療を行う部門にいます。研修医の指導に携わっており,研修医教育に強い関心をもっています。また,病院の安全管理室から,臨床研修の安全管理について相談を受けることがあります。

本村 沖縄県立中部病院(以下中部病院)から来ました本村です。卒後8年目になります。初期研修を中部病院で終えた後,離島での診療所勤務,中部病院ほかでの内科中心の研修を経て,現在中部病院に戻っています。自分自身が研修医のときに医療事故を起こしたことがあり,院内の医療安全委員会に研修医時代から参加しています。自分自身の経験を後輩に伝えて,同じ思いをさせたくないという気持ちが強くあります。

川島 市立堺病院の川島です。卒後8年目です。京大病院,舞鶴市民病院で内科研修を行い,2年前から堺病院に勤めています。堺病院では,総合内科の臨床と研修医・スタッフの教育に携わっています。プログラム責任者講習会などで学ばせていただきましたので,研修システムの改善・確立にもかかわらせて頂いています。

飛田 聖路加国際病院で腎臓内科後期レジデント1年目をしています飛田です。卒後4年目です。初期研修も聖路加国際病院で行い,3年目の終わりから4年目の最初にかけてはチーフレジデントをし,4年目には,新研修医が入ってきたときに「こういったことには気をつけよう」というような指導をする立場も経験しました。本日は研修医代表のような気持ちで出席させていただきました。

■臨床現場における危険とは?

川尻 では早速ですが,ご自身の経験でもよいし,他の研修医を見ていての印象でもよいのですが,研修中の体験で危険だと思ったこと,問題だと思ったことなど,お話しいただけますでしょうか。

最も事故が起こりやすい手技

飛田 私が実際に困った手技の1つにCVライン(central venous line,中心静脈ライン)の挿入があります。これは,必要とする頻度も高いので,ほかの手技に比べると格段にコンプリケーション(合併症)が起こる確率が高いです。

 聖路加の研修では,1年目は,病棟医として患者さんの直接の担当になり,2年目,あるいは3年目がその指導をして,その上に主治医がつきます。手技の習得や実施について,何か基準が決まっているわけではありません。個々の病棟長の判断に任されますが,基本的にはどんどんやらせるようにしています。ただ,それをやらせて放っておくということではなく,必ず,最初に3年目の先生がやってみせて,次は3年目の先生が一緒についてやらせて,注意を与えたり,「ここはよかった」などとフィードバックをしながら習得・実施をさせるというシステムになっています。

 私が1年目のときにも,そのようなシステムで,やはり3年目の先生についてもらってやっていただきました。CVラインは,比較的すぐに慣れる手技の1つだと思います。私も,半年ぐらいで「自分である程度はできるな」と思って,そこで油断のようなものができたのだと思います。私が十分できることを,上級医も知っていたので,あるとき,CVラインを1人で入れる機会がやってきました。しかし,どうしても入らないんですね。結局そのときは,v(静脈)じゃなくて,a(動脈)のほうを穿刺してしまっていたのです。それに気づかずにガイドワイヤーを挿入して,ダイレーターを入れたところで動脈性の出血があり,あわてて圧迫したのですが,そのときには非常に怖い思いをしました。

川尻 それは,怖かったですね。

飛田 はい。対処法は,すでに本で読んで頭に入れてあったのですが,実際に目の前にしてみると,それは怖かったです。

川尻 とりあえず圧迫して,その後どうされましたか。

飛田 止血を確認して,バイタル・サインとサーチュレーション(動脈血酸素飽和度)をチェックして,看護師にお願いして上級医を呼び,説明しました。上の先生は「わかった。じゃあ,私が代わるから」と言って,代わってくれました。

川尻 患者さんには,上級医と一緒に説明しましたか?

飛田 しました。

川尻 患者さんは,何か言ってらっしゃいましたか。

飛田 患者さんには,前もってそのようなコンプリケーションが起こる可能性について説明して,納得していただいていたので,大きな問題にはなりませんでした。

「3回刺してダメなら上級医と代わる」がコンセンサスに

本村 部位はどこだったのですか。

飛田 内頚静脈です。あとから振り返ってみると,やはり「刺しにくいな」と思ったときに,上級医を呼ぶべきだったと思います。しかし,そうはわかっていても,1年目で手技の習得にこだわっていたのかもしれません。配慮が不十分だったように思います。

 その後は上級医とも話し合って,「今度から,君が刺してダメだったら私が入れよう。何回ぐらいで入りにくいと思う?」と聞かれたので,私は「3回刺して入らなかったら,入らないと思う」と言いましたら,「じゃあ,次から3回にしよう」ということになりました。いま,私の病院のコンセンサスとしては,3回刺してダメだったら上級医を呼ぶ,あるいは隣の上級医と代わるということになっています。

川尻 手を変えるわけですね。

飛田 手を変えたほうがいいということが,明文化はされていませんが,一応のコンセンサスとなっています。上級医も,それは自分の仕事だというふうに認識しています。

川尻 飛田先生だけでなく,誰もが同じような体験をしていると思います。

手技の敷居は高くなっている

本村 私が研修医1~2年のときには,心肺停止の患者さんが運ばれてくると,全員に鎖骨下からのCVライン挿入をやっていました。しかし,倫理上の問題もありますし,AHA(米国心臓学会)の「ガイドライン2000」が出て,心肺蘇生の基準がクリアになってきたので,いまはほとんどやっていません。現在では,研修医が心肺停止の患者さんに最初からCVを入れたいといっても,それには意味がないといって止めます。   

 また,以前はどんな状況でも,ある程度の手技はやっていいよという雰囲気があったけれども,現在はガイドラインの整備,EBMという考え方の普及,患者さんの意識の向上などの変化のなかで,手技の敷居が徐々に高くなっているということを感じます。

飛田 同感です。私の病院でも,まったく同じ現象が起きています。

川尻 私たちのときには,初期研修でこのくらいの手技をやらせてもらえたけれども,いまはそれが難しいということですね。

本村 ええ。手技に関しては,研修医の裁量の範囲が狭まり,上級医が不在ではできなくなってきています。当然経験数が減りますから,今後は質を高めようということになります。きちんとレクチャーをして,見る機会も与える,いま検討をしているのはライセンス制で,一定の教育を行い,経験も積ませたうえでそれを評価し,手技が実施できる資格を与えるかたちを検討しています。評価する時間がとれず,なかなか進みませんが。

問題が起こりやすい患者・家族への説明

川島 研修医と一緒に診療していて,問題が起こる可能性があると感じるのは,説明の場面です。説明しやすい状況としにくい状況,また医学的に理解しやすいものと,難しいものがあります。研修医はいつ,患者さんやご家族と出会うかわからないし,どんな質問がくるかわからないわけです。上級医不在のままでの説明が適切かどうかが心配なときがあります。

川尻 ええ,そうですね。

川島 ここは言っていいか,言ってはいけないかを,自分でうまい具合に線引きをすることを意識してもらい,そのうえで危ないと思わなければ説明してよいと言ってあります。上の先生の手が空かないからといって,自分にとって困難な説明までするのはやめろと言ってあります。悪性疾患や未診断のことは言ってはいけないというようなことは,研修医も理解しているのですが,経験不足からくる,思いもよらない質問や家族の対応で困ることも十分にあると思います。

川尻 研修医に担当医をさせると,そこはどうしても避けて通れないところですね。しかし,もしかすると,患者さんにとっては研修医のような若い先生のほうが上級医よりもコミュニケーションをとりやすいという点で満足度が高いということがあるのかもしれません。ここは重要なポイントではないかと思います。

 患者さんや家族と話をするときに,例えば事前に「こういう話をしようね」と打ち合わせをして臨むようにしていらっしゃいますか。

川島 私が見学に行った飯塚病院では,事前に話の内容をワープロで打って,打ち合わせをしてからやっているということでした。立派だと思うのですが,私はそこまでの余裕はありません。

 私が指導している研修医でしたが,「喋れるか?」と確認したうえで病状説明をさせたのですが,実際に話すときになったら,頭が真っ白になってしまって,告知しないはずの話なのに,告知をしてしまったという事例もありました。途中で気づいて,フォローしましたが。

 事前の打ち合わせもしていますが,比較的簡素で,「喋れます」という返事がくれば同席のうえ,はじめに話してもらいます。「ダメだと思ったら,サインを送れ」ということも決めてあります。「アカンと思ったら,こっちを見ろ」とか(笑)。そして,当然のことですが,あとから上級医が話をすると,すごく説得力があるので,病状説明がかなりスムーズにいくところがあります。

 病状説明は,成長していく過程において絶対に習得しなければならない技能ですが,その過程が難しいと感じています。

川尻 技術面での安全ということだけではなく,患者さんとの良好なコミュニケーションは,質のいい医療,安全な医療を行ううえで非常に大切だと思います。下手をすると,お互いが嫌な思いをして,訴訟につながることも十分あるわけです。

川島 安全管理においては,意外に見逃されているポイントかもしれません。

医療事故とコミュニケーション

本村 コミュニケーションの問題は本当に大切だと思います。例えばこのような話があります。研修医が胸腔穿刺で胸水を抜いたときに,気胸を引き起こしてしまった。その後,呼吸状態から悪化がわかったので,深夜に当直医(研修医)が胸腔ドレーンを行ったというケースがありました。患者さんには,説明が十分でないままでした。ご家族が朝みえたときには,胸からチューブが出ているという状態でした。ご家族は,当然説明があるものと思ってずっと待たれていたようですが,担当医はいつまでたっても来ない。回診は朝から行っているのですが,受け持ち患者数が多いため,昼前にようやくその患者さんにたどり着いた。しかし家族はもうカンカンに怒っていたわけです。

 結局,当直医(研修医)が自分で胸腔ドレーンを入れて,患者さんが悪かったのをよくした,というところで満足してしまっていたのですね。それで,ご家族に状況を伝えることもせずに,指導医に伝えることもしなかった。トラブルの対処方法として,狭い意味での技術的なことばかりが頭にあって,家族への対応を間違ってしまった。朝,いちばんに説明しなければいけないことだったはずですが,そこにつながらなかったのですね。

 医療事故は,ある一定の確率でどうしても起こります。事前の説明,事後の説明,それにつきると思います。当然,ゼロにする努力はしないといけなませんが,いつか起きてしまうという現実がどうしてもありますから,そのあたりが,研修医教育で非常に大事なところだと思っています。

川尻 人間はミスを犯すものでもあり,もちろん避けなければいけないけれども避けられないところがある。それを,どういうかたちでお互いに理解し,受け入れていくかという患者さんとの関係のなかで,コミュニケーションの問題が出てくるわけです。これは研修医に安全に研修をしてもらい,そして,患者さんにとっては,納得できる医療,満足度の高い医療を受けていただくための重要なポイントの一つではないかと思います。

■研修医が被る医療事故

感染管理と針刺し事故対策

川島 研修医が被る医療事故も見逃せません。例えば針刺し事故です。沖縄中部病院では,その対策として,採用の6カ月前にワクチンを打ったかどうかを確認していると伺いました。

本村 その通りです。

川島 針刺し事故が多いのは,研修が始まって最初の1カ月間です。卒前での病院実習や,抗体の獲得の問題もありますので,医学生や研修医を守るためにも,就職先の病院で確認するのではなく,全国の医学部でやっていただきたいと思います。

 もう1つは,指導者の安全管理です。自分であれば絶対に間違わないところを,研修医に診させたために失敗するということがありますよね。もちろん,その責任は指導者がかぶらなければならないわけですが,そのことを皆がもっと意識しなければいけないと思うのです。つまり,研修医をかかえる指導医はそれだけ危険にさらされているのだという意識を病院のトップも含めて共有していないと,十分な安全管理はできません。

川尻 大きく分けると,3つの側面が出てきました。1つは手技・技術の問題,もう1つは患者さんとのコミュニケーションの問題,それと研修医自身の安全管理。それに加えて指導医が全体をどうバックアップしていくか,その場合に指導医が背負うリスクというところですね。

 中部病院で義務づけているというワクチンはどの種類のワクチンですか。

本村 B型肝炎ウィルス,麻疹,水痘,風疹,流行性耳下腺炎です。研修当初のレクチャーのなかでは,とにかく患者さんに危害を加えないための最低限の準備として,基本的な手洗いによる感染管理,そして最も基本的な手技である採血の針刺しのことを取り上げます。ただ,いくら気をつけてもやってしまうので,いまはワクチン接種を義務づけています。また,針を刺してしまったときにできるだけ曝露を減らすために手袋を着用したり,あるいは,針を使うのであれば,針刺し防止機能つきの器具を,というような流れです。

川尻 初めにそのレクチャーがあって,採血の手技も全部統一化されているわけですね。

本村 そうです。いま,外来の患者さんの採血は検査室の方がやっているのですが,その方々につくかたちで採血実習をしています。医師だけでなく,コメディカルも含めて安全管理を考えるというような考え方です。1年目の研修医は,半日その技師さんの横について,採血をします。

まず最初に教えるべきこと

川島 感染管理は,はじめに教わるべきことの1つです。採血のときに,“手袋装着,持参のダストボックスにリキャップせずに針を捨てる”ということが当たり前だと最初に教われば,その習慣でできると思います。

■侵襲的手技の安全をどう確保するか

マニュアルは必要か?

川尻 例えばパイロットの技術は,基本的にはすべてマニュアル化され,決まった手順があるそうです。医療の現場でやる手技は,そうなってはいません。教科書によってもやり方が異なっていたりします。院内で手順を統一したマニュアルのようなものは各病院にありますか。中部病院は,あるという話でしたが。

飛田 聖路加では,現在は血液培養だけはありますが,ほかは,各自がもっている本を参考にしたり,指導医の癖をそのままという感じです。各手技についてもかつて作られたというものを,見たことはありますが,チーフレジデントが代がわりするごとにだんだん下に埋もれていったようです。統一したマニュアルを作り,指導医にそれを見てもらって,ということは,なかなか難しいことがあると思います。

 ただ実は,研修医がいちばん困るのは,ある先生に教えられたとおりにやって,他の先生に叱り飛ばされるときですよね(笑)。研修医にとっては,各手技のスタンダードを記したものが1つの冊子になっていれば,非常に助かると思います。例えば,CVラインなどは,細かい点でいろんな癖が出てきますから,込み入った内容になってしまうかもしれませんが。

絵に描いた餅にしてはいけない

川尻 手順を統一化することで,指導がしやすくなったり,学びやすくなり,安全性が高まるという考え方がありますが,どうでしょう。

本村 絵に描いた餅になりやすいのは事実だと思います。やはり内頚の静脈で,頚動脈を刺してしまった事故がありました。そのあとに血腫ができて,気道を圧迫してしまいました。気管内挿管で一命は取りとめましたが,もともと状態の悪かった方でもあり,それをきっかけに亡くなられてしまったのです。この事故をきっかけに院内で勉強が始まりました。すると,いかに手技にさまざまなバリアンスがあって,知らないことがたくさんあるかがわかりました。CVなんて,当たり前にやっていたことが,やはりエコーからきちんとやったほうがいいとか,太い針を刺した場合には,基本的には抜かないほうがいいとか,たくさん出てきます。そのようなエビデンスを踏まえ,非常に細かいマニュアルを作って,全体のカンファレンスで発表したところまではよかったのですが,細かすぎて実際にはほとんど使われていません。

川尻 マニュアルを作ったけれども,それがなかなかうまく広まらなかった。ならば,とりあえず現状のままでやれることをやったほうがいいでしょうか。

本村 マニュアルはあったほうがいいです。それを作るのは最低限のことだと思います。それは教科書を参考にして簡単に作ってもいい。むしろ,それをどうやって広めようかというところで,頭を使わないといけません。それが不足していたという反省はあります。現在,今一度,本当にマニュアルが必要な手技は何かということから議論しているところです。各病棟にそのような手技のマニュアル集をきちんと置いて,やるときにはそれを見てやろうという方向になりつつあります。

川尻 マニュアルの質云々よりも,それを皆がしっかり使って,それに対する評価もして,本当にそのマニュアルでいいのかということをすぐにフィードバックする。そういうことが必要だということですね。

研修医の責任,指導医の責任

川島 私は,あまりマニュアルは必要ないのではないかと思っています。研修医も,指導医も多忙なので,手技のマニュアルとしてはすでに市販されているものを各人が活用すればよいと思います。むしろ,それに臨む態度が大事だと思うのです。私の考えですが,「まず手技にこだわるな。5年後にはできている」と。手技はいつかできるようになるのだから,1年目で「俺,CVライン3勝1敗」(3回成功,1回失敗の意味)などと笑って言っていてはダメだということです。

 また,初期研修は耳学問と言われますが,手技に関しては,耳学問でやられたら困ります。まず先輩の手技を見学して,本を読んで理論を理解して,さらにシミュレーションをする。これは,立派なシミュレーション装置である必要はなく,注射器とか,使い古しのCVラインセットを出して,「次は何をやって……」ということを頭の中で訓練するということでもいいのです。そのうえで,「私はできる」と確信できて,初めて指導医と一緒に入ってやれると思うんです。

 例えば,「風邪かな,それとも肺炎かな」というアセスメントは,間違えても誰かがカバーしてくれるけれども,「この針先がaかな,vかな」というのは,刺している人間にしかわかりません。手技については,1年生といえどもある程度責任はもてと言います。気持ちの面で「俺は,1年目だから失敗してもいい」というのは手技の場ではないのです。

川尻 何かの手技を行う前に,その研修医がどれだけ勉強しているか,準備できているかをみることは大切なことだと思います。研修医に責任とプロ意識をもたせ,しっかりした準備ができているかどうか,指導医側が口頭でもいいからチェックすべきだということですね。

川島 そうです。誠実な態度で望め,ということです。「お前,シミュレーションはもうやったのか?」「はい,やりました」と言っておいて,本当はやってなかったとしたら,医師として失格です。

本村 かつて,“See one,do one,teach one”と言われましたが,今は,“See one, simulate one, do one, teach one”とレクチャーされる時代となった。シミュレーションを入れないと手技はできない,という話にもなってきていると感じます。

川島 特に初期研修における手技というのは,中心静脈,胸腔穿刺,腹部穿刺,骨髄穿刺,腰椎穿刺,さらに導尿も入れるとしても6つぐらいのもので,勉強に長時間かかるものではない。それぐらいの努力はしなくてはなりません。一方,指導医は「やらせる」のだから,基本的に責任を負っているわけです。

川尻 だから,指導医もチェックを入れなくてはいけない。これがはじめの一歩ですね。その手技についての評価についてはいかがですか。

本村 実は,そこでつまずいています。研修医がやるときにいちいちチェックし,それをデータとして残していく作業など,とても想像できないような多忙な労働環境に私ども自身が置かれているので,そこでつまずいていているわけです。

川尻 チェックリストがなければ評価のしようがないから,その研修医に対して,「あなたはこの手技がある程度安全に行えるからやっていいですよ」ということを,保証することもできないですよね。

本村 はい。ただ,学会の専門医制度との関係で手技のチェックが求められるようになってきていますから,そのようなリストを使っていこうかという話をしています。また,手技を行ったときに,procedure noteを書きますよね。あのフォーマットを統一して,それを複写式にして,1つはカルテ,1つは自分,1つは病院のどこかに取っておくようにして,あとで統計が取れるようにしておこうという話が出ています。まだ案の段階ですが。

川尻 つまり,手技の教育・習得について統一的なルールを定めてやっている病院は,現時点ではほとんどないということですね。とりあえず,今できることは,研修医自身が,その手技についてしっかりと知識をもっていて,それができるのか,勉強しているかということを指導医が一度はチェックするべきで,それが研修医の安全確保の第一歩ということですね。そして,その手技に対する評価を行い,それをフィードバックする。とりあえず,それだけでもいい。

本村 最低やらなければならないのはそれですよね。そして,手技のカウントとか……,やはり質を保つためには,何か残していかなくてはいけない。

■アピールすべき研修病院の質と役割

「研修医」と名乗るべきか?

川尻 しかし,それでも事故は起こるわけで,それを前提に考えれば患者さんへのインフォメーション,コミュニケーションが大切です。患者さんへは事前に,研修医が自分の身分を名乗ってやっていますか。

川島 私たちは,そもそも研修医と知っているという前提で対応しています。

川尻 例えば,指導医が説明することはないですか。

川島 指導医が,「彼は1年目で,いままでCVラインを2回しかやったことがないです。1回は失敗していますがいいですか」と言うことはしないですね。やはりその場で,やる人が説明をして,その後ろに指導医が控えていて,「私も一緒にやります」ということで了解を得て行います。そこで,患者さんが「経験のある人を呼んでください」というようなときは,やはり指導医や経験のあるスタッフが代わります。

本村 中部病院でも研修病院であることの看板は出していますが,その都度「研修医」と名乗ることはしていません。

川尻 安全管理という視点からは,それがもし事故につながった場合,その段階で研修医であるという説明がなされているかどうかが,おそらく大きなポイントにもなってくるのではないでしょうか。

川島 これは手技云々ではなく全体の話になりますが,たしかに「名乗っておいたほういい」という意見をよく聞きます。しかし,そのメリットはあまりないように思います。わざわざ「私,初心者ですけどやります」といわれたら,「嫌」と言う可能性は高いと思います。ただ研修医であることを隠すわけではありません。ですから,名札に研修医と入れるとか,病院のどこかに「当院には研修医がいます」としっかり掲示し,研修医のミスを指導医がかぶれば,それはそれで成り立つ話ではないかと私は思っています。

研修病院で医療を受けるメリット

本村 いや,研修医がやるとリスクは増えるかもしれませんが,研修病院という病院の性質から考えると,手技に関して非常にこだわっている病院なわけです。すると,何か起こったときの対策もしっかりしているはずで,下手に経験だけ重ねていて事故のことはあまり知らないような人がたくさんいる病院よりも安全であるといえると思います。これは,その病院が提供する医療全体についていえます。結局,二重,三重のフォローがあるということが,患者さんを守るということにもなります。研修病院というものの機能を考えるとき,これは前提だと思います。ただし,それをいちいち個別に説明する時間をもつのは難しいので,しっかり看板には掲げて,研修病院であることは地域住民にアピールしなくてはいけないと思うのです。結局は,そのことが患者さんのためになっている。医師を育てないと,あなたもいい医療を受けられませんよというスタイルは大事だと思います。

川尻 非常に重要な指摘だと思います。「ティーチング・ホスピタル」として研修医が実際の診療にあたることで,手技だけでなくて,さまざまな技術において未熟な部分がありますが,一方でメリットもあると。よい「ティーチング・ホスピタル」になるためには前提として「患者さんにとってよい病院,質のよい病院」でないといけないのです。ただし,そのようなメリットを強調するのであれば,何か起こったときの対応がしっかりと確保されていなければなりません。

川島 私は,1人ひとりの患者さんに,「私,研修医です。私が手技をします」と言う必要はないと思います。国として,研修医がいて研修病院がある,ということの理解を求めるべきだし,各研修病院もそれをPRすれば,研修医として堂々と働いていいと思います。そのときに大事なのは,やはり指導医の存在です。手技だけじゃなくて,診断・治療にもかかわって,常にバックアップの指導医がつきますということを,アピールするべきだと思います。

 私たちは,実際にベッドサイドの回診のときに,「グループで診ていますからね」「治療方針はこっちで決めてますよ」というふうな声かけを患者さんにたくさんしています。実際,私たちは外来を持っているので,患者さんのところへは1日1回しか行けなかったり,行けない日があったりします。しかし,研修医は2回も,3回も行って,問題点をたくさんピックアップしてきて,入院当初は2つしかわからなかった問題点が,いまは5つぐらいになっている。3つの問題点が加わったことは,研修医の功績です。また話を聞いている,接している時間がスタッフよりも長いと思います。

川尻 つまり,患者さんにとってメリットになる。

川島 ええ。そのようなところを,どんどんアピールしていって,診断上でも,手技上でも,何かあったときには指導医が後ろにいるというところを,常にチームとしてもみせなければいけないし,病院としてもみせなければいけないし,それを国にも言ってほしいと,私は思っています。

■チームで診るから安全は確保できる

川尻 最後に,現場の指導医がどういうかたちで研修医をバックアップしているのか。いま,皆さんがいちばん気を遣っているところを教えてください。

指導医がやらなければならないこと

川尻 私自身は,回診で患者さんとお話をする際に,川島先生が言われたように,「私たち(上級医)も一緒にグループで診ています」ということを伝え,アピールしています。そして,「いざとなれば,手技は私がやりますよ」ということだけではなく,研修医と一緒に,あるいは指導医一人でも,極力患者さんのところへ行って話をする,それが大切だと思うのですが,いかがでしょうか。

川島 同感です。研修病院において指導医が患者さんのところへ行かないのは大問題です。指導医が,研修医のもっている患者さんのところへ1回でも行っておけば,患者さんとのつながりはできるし,「やっぱり私が診ていたら……」というミスもなくなると思うのです。

 もちろん,全部の病歴を取って,全部のフィジカルを取る時間はないけれども,やはり肝心なところで見逃しはないだろうと思います。病状説明するときも,「主治医の○○先生と,いつも方針は一緒に決めています」ということを,ご家族に伝えれば,すごく安心されます。その存在感は非常に大事です。

川尻 私も,忙しくて患者さんのところへ行けないことがあります。ただし,毎日は顔を出せなくても,入院当日,あるいは翌日と回診のとき,そして退院する前には必ず顔を出すようにしています。もっとも研修医が一緒に診てほしいというときに,いつも的確に応えられているかというとなかなか難しいところではあります。しかし,そういうときに指導医が一緒に行って,手技のことだけでなく,患者さんに何かを説明したり,研修医を交えて話をすることは,技術的な安全とは異なるかもしれないけれども,安心感とか,信頼感につながる最も大きな要因だろうと思っています。

偉そうな上級医の存在が一番危険

飛田 私の病院では,指導医と病棟長と研修医の3人が,いつも役割分担をしながらそれぞれの患者さんに対応しています。例えば,難しいインフォメーションを伝えるときは指導医がやるし,それ以外のメディカルなマネジメント,病棟レベルのマネジメントは病棟医がします。そのようなチームでの研修のなかで,「これだけはしっかりしておけば安全性はかなり担保できる」と思っていたことがあります。それは「わからないことは『わからない』と言う」ということです。そして,「困ったら相談,何かやったら全部報告」で,いわゆる「ほう(報告)・れん(連絡)・そう(相談)」をしっかりすることです。そのようなチームで診るシステムがあり,そのなかで育ってきたので,やはり下の人たちにもそう接しています。これは,ずいぶん大きな安全の担保になっていたのだなと思います。やっている最中は,「なんで,こんなことまで報告しなくてはならないのかな」と思ったこともありますが。

川尻 病院によっては,上級医を呼びたくても呼べない研修医がたくさんいます。このことこそ問題ですよね。

川島 偉そうな指導医や当直医が1人いるだけで,安全管理はもうダメです。下が,「この先生は,呼んだら怒るだろうな」と思ったとたんに,医療事故一歩手前なのです。それを指導医は理解しておかなければいけないです。そのようなことに病院が関心をもち,言いにくいと思うけれども,「あなたは研修医から評判が悪いですよ」ということを言っていかなければ,医療事故は減らないと思います。「この先生が指導医や当直医の時に事故や問題が起きている」ということはあるのではないでしょうか。

本村 それこそチェックしなければいけませんね。

川尻 いやあ,最後は身につまされる話になりました(笑)。時間の関係で,労働環境やメンタルヘルスの問題などに触れられなかったのは残念ですが,臨床研修の安全管理を考えるうえで,非常に有意義なディスカションができたと思います。本日はありがとうございました。

(了)


川尻宏昭氏
1994年徳島大学医学部卒。同年,佐久総合病院初期研修医。2年間のスーパーローテーションおよび2年間の内科研修の後,病院付属の診療所(有床)にて2年間勤務。2001年10月より半年間,名古屋大学総合診療部にて院外研修。現在,佐久総合病院総合診療科医長,研修医教育委員会副委員長として,診療と研修医教育に携わっている。

本村和久氏
1997年,山口大学医学部卒,同年,沖縄県立中部病院プライマリ・ケア医コース研修医。沖縄の離島診療所である伊平屋診療所勤務を経て,沖縄県立中部病院内科後期研修医,沖縄県立宮古病院内科医,2003年より沖縄県立中部病院勤務(総合内科,救急,離島医療支援)。

川島篤志氏
1997年筑波大学医学専門学群卒業。京都大学医学部附属病院で内科研修のあと,市立舞鶴市民病院にて3年間,内科・救急を研修。2001年より米国Johns Hopkins大学 公衆衛生大学院に入学し,公衆衛生学修士(MPH)取得。2002年秋より,現職。総合内科の臨床,研修医への指導や研修システムの確立,病院内での生涯教育にも興味をもち,携わっている。

飛田拓哉氏
2001年名古屋大学医学部卒業。同年より聖路加国際病院内科系研修医として勤務し,内科チーフレジデントを経て,2004年より聖路加国際病院腎臓内科シニアレジデントを務める。