HOME雑 誌medicina連載一覧48巻6号(2011年6月号) 連載●今日の処方と明日の医学
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●今日の処方と明日の医学

第13回

【創薬プロセス】の現状と展望

芝田英生(ファイザー株式会社)
監修 日本製薬医学会


 今回は,新薬開発の第一段階である創薬研究にスポットライトを当てて,紹介してゆきます.

 新薬開発は,一般に1剤10年,1,000億円とも言われるように,企画してから市場に出るまで他業界に類をみない長い道のりです.また,「基礎研究」の段階で発見されたくすりの「候補」が,新薬として承認販売される確率は1/21,677とリスクの高い道のりでもあり1),新薬メーカーのビジネスは典型的なハイリスク・ハイリターンのビジネスモデルと言えるでしょう.

 創薬は,「くすりのモトとなる新規物質の発見と創製」のための基礎研究および「新規物質の有効性と安全性の研究」のための非臨床研究のステップから成ります1).一般的な創薬研究では,ターゲットとする疾患,疾患メカニズムの鍵を握る生体分子(ターゲット分子)を決定し,ターゲット分子に結合する化合物をハイスループットスクリーニング(HTS)と呼ばれる自動測定系を用いてスクリーニングしてゆきます.スクリーニングから得られた「リード化合物」を基に,アゴニスト・アンタゴニストなど薬理学的活性を有する分子を,in vitroおよびin vivoアッセイ系を活用しながら化合物の化学修飾・デザインを繰り返し活性を強くしてゆきます.また,この時に有効性の指標だけでなく,化合物の代謝,安全性についても検討を行い,化合物を最適化しヒトに投与可能なところまでもってゆくのが「創薬」のステップになります.

 新薬開発のターゲットとなる疾患は,この十数年は生活習慣病が中心でした.患者数も多く,投与期間も長期にわたるため,リピトール®のような「ブロックバスター」が生まれました(2009年売上げ126億ドル)2).現在は,生活習慣病治療薬の種類も増えた結果,治療満足度が高い疾患に分類されています3).今後は,治療満足度の低く,まだ薬剤の治療貢献度の低い疾患が,新薬開発のターゲットの中心と考えられており,精神・神経系の疾患などが含まれます.また,各種のがんは,外科治療の発展により治療満足度は高まってきたものの,薬剤による治療貢献度は低いと考えられ,今後も治療薬開発の有力対象と考えられます3)

 今後は1剤当たりの市場規模が小さくなると予想され,稀少疾患もターゲット疾患として注目されるようになりました.

 以上は,分子量約500以下の経口投与を前提とした化学化合物の創薬のプロセスです.一方,抗がん剤のように静注する薬剤は,分子量が500を超えるものも投与・吸収に問題はありません.タキサンのように天然物(日本産イチイ)を原材料として化学合成を加えて製造される例もあります.

 まず,蛋白製剤・抗体薬といった蛋白分子があります.蛋白製剤には,アルブミンのような血漿蛋白製剤をはじめとして,ヒト・エリスロポイエチン(エポジン®など)のような生体活性物質が薬剤として用いられています.また,抗体薬は,近年抗リウマチ薬や抗がん剤で注目されていますが,生体分子は副作用が少ないのが特徴です.かつては,生体異分子として抗原性が問題となりましたが,ヒト化モノクロナール抗体やキメラ化抗体ではほとんど問題にならないレベルまで改善されたと考えられます.

 次の世代では,RNA干渉(siRNA)やアンチセンスRNAなどの技術を利用した核酸医薬が有望と考えられています.核酸医薬品はターゲット分子特異性が高い点,また抗体薬と異なり合成可能である点が優れていると考えられています.核酸医薬はRNaseなどにより分解されてしまうため,ドラッグデリバリー技術(DDS)の発展が鍵と考えられています.本稿では割愛するものの,DDSも今後の発展が期待できる分野と考えられます.核酸医薬のなかでは,VEGF蛋白に特異的に結合する構造をとるRNAアプタマーであるマクジェン®が初の核酸医薬として2008年に上市されています.

 これまでの研究開発(R&D)は,企業内の研究グループにより高いセキュリティを保ちながら進められてきました.現在,他業種ではR&Dの高度化・専門化に伴い,広く社外の専門家の知恵を活用する戦略が取り入れられるようになりました.Googleのグーグルラボラトリー,P&Gのオープンイノベーションなどが好例です4).これらのオープンイノベーションやクラウドソーシング戦略では,異業種の専門家の智恵を積極的に取り入れて,新ビジネスの創生にチャレンジしています.このクラウドソーシングなどの戦略をビジネスとしているイノセンティブは,元イーライ・リリー出身者が立ち上げたベンチャーです.製薬業界でも,欧米大手企業が外部のリソースを積極的に活用し,大学・研究機関などと共同研究を活発化させたのに続き,国内大手も社外との共同研究,テーマ公募を積極的に取り入れ始めており,画期的な新薬開発が加速化するものと期待されます5)

文献
1)日本製薬工業協会:製薬協ガイド2009
2)日本経済新聞(2011年2月28日朝刊)
3)日本製薬工業協会:製薬協ガイド2010
4)本荘修二:アウトソーシングを超えた社外との共創!P&Gのオープン・イノベーション大作戦.ダイヤモンドオンライン
5)日本経済新聞(2011年2月24日朝刊)


日本製薬医学会(JAPhMed)とは
製薬企業の勤務医を中心に40年前に発足,現在は一般財団法人として大学・医療機関や行政に勤務する医師も含む約220名余の会員からなり,製薬医学(創薬から臨床開発・市販後のエビデンス構築にわたる医学の専門科)の確立を推進する医学会です.(http://www.japhmed.jp/