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●今日の処方と明日の医学 |
第12回 世界からみた【日本の臨床研究】 高橋希人(北里大学薬学部)
最近のノーベル化学賞受賞のニュースや,テレビ番組や報道でもよく耳にするようになったiPS細胞研究など,日本は医学・生命科学の基礎研究分野において世界でもトップクラスと考えられます.果たして臨床研究における日本の国際的位置付けはどうなっているのでしょうか. 臨床研究の国際的状況Nature MedicineやCellといった著名雑誌に2003年から2007年までに掲載された論文数では,日本は米国・英国に次いで世界3位となっており,基礎研究のレベルの高さを裏付けています1).臨床研究に目を転じると,同じ時期に発表された論文数では世界18位となっています.基礎研究分野で上位にある欧米諸国は,臨床研究でも上位を占めており,日本のみが臨床研究論文数が極端に少ない国であるという結果になっています.一流医学雑誌に掲載された論文数だけが研究の活発さや優秀さを表す指標では必ずしもありませんが,研究結果が得られると,世界に向けて論文として発表することは研究者にとって常識と思われます.したがって,論文数のデータから,世界に発信できる臨床研究数は日本においては欧米先進諸国に比べ圧倒的に少なく,残念ながら,日本は臨床研究後進国であると言わざるを得ません. 臨床研究活性化の重要性基礎研究と臨床研究の間に解離があると,何が問題なのでしょう. まず,科学立国日本の国益を損ねることが挙げられます.基礎研究ですばらしい成果が出ても,日本ではそれらが医療に直接役立つような成果には結びつかず,外国でその成果の臨床応用に関する開発が進み,特許や名声も外国に行ってしまうからです.基礎研究の成果を臨床的実用化に結びつけるために研究を進めることを,橋渡し研究(translational research)と言いますが,橋渡し先が日本を通り越して外国になってしまっていることになります.さらに,もっと深刻な問題は,日本での研究成果であるにもかかわらず,実用化の恩恵を日本国民が受けるのが遅れるという結果にもつながりかねないということです.臨床研究の活性化は,日本の国民にとっても大変重要な課題と言えます. アジア諸国の状況近年経済発展めざましいアジアの近隣諸国における状況を見てみましょう. 中国では,北京や上海などにある中核的大学が大規模なメディカルセンターを立ち上げ,臨床研究・基礎研究に力を入れています.いくつかの地方都市でも研究所の集合体を建設し,外国から企業などを誘致し,地域全体,あるいは都市全体をメディカルセンターにする計画を進めています.欧米や日本で経験を積んだ中国出身研究者がこれらのセンターに戻り研究活動を始めており,英文一流雑誌に掲載された臨床研究論文数はついに日本を上回るまでになりました1). 韓国でも,ソウル大学や延世大学など中核的な国立および私立大学に大規模なメディカルセンターを建設し,国際臨床試験を活性化することを国策として進めています.一流研究者を目指す医師には,臨床試験の計画・実行能力は必須であり,若手医師は臨床研究により成果を挙げ,飛躍の機会を得ようと努力しています.製薬企業主導の臨床試験にも積極的に参加し,国際臨床試験数ではすでに日本を上回っています. 台湾・シンガポール・インドネシアも臨床研究の基盤整備は国を挙げて進めており,欧米製薬企業の注目度も上がっています.インドには,時差や言語の問題も乗り越えて安価で効率良く機能するデータセンターの設置が急速に進み,世界中の臨床試験成績を管理できるようになっています.かつての日本の得意分野においても,日本から新興市場にその中心が移ってしまった感があります. 今後の見通し日本が臨床研究後進国に留まっている背景には,西洋医学導入時代まで遡る歴史的要因,多忙すぎる医師の窮状や研究費不足など大学や病院の実態に関する要因,臨床研究・臨床試験に対する国民の不信感など,さまざまな要因が存在し,解決すべき課題は山積しています.日本製薬医学会は,以前から改善すべき課題,実施すべき施策などを議論しており,2009年8月には提言2) として発表しました.最近では産・官・学にも臨床研究立ち後れの危機感が広まり,改善意識が高まりつつあります. 官・学では,治験活性化五カ年計画,治験中核病院・拠点医療機関,橋渡し研究支援推進プログラム実施機関,グローバル臨床研究拠点設置などにより,臨床試験・研究の基盤整備を進めています.産業側も,研究費支援透明化などにより適正な研究支援推進への動きが進んでいます. 欧米における臨床研究の特色の一つに,症例数が数百から数万単位で,試験期間も年単位の,いわゆるメガトライアルが多く,医療に対する有用なエビデンスを提供している点が挙げられます.これには当然大学間,研究者間の連携がうまく行われることが必須となります.日本において国際的に発信できる臨床研究を実施し,臨床研究でも世界のトップクラスになるためには,各施設,各研究者がそれぞれ単独で基盤整備している段階を越え,複数の施設や研究者がうまく連携して,必要な支援が容易に得られる体制・環境作りが重要な鍵となると思われます. 文献
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