HOME雑 誌medicina連載一覧48巻2号(2011年2月号) 連載●今日の処方と明日の医学
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●今日の処方と明日の医学

第9回

【PMS調査】の必要性

西馬信一(日本イーライリリー株式会社)
監修 日本製薬医学会


 今回はPMS(post marketing surveillance:製造販売後調査)について取り上げたいと思います.通常,新薬の承認後や追加適応後になされ,医薬情報担当者より医師に参加依頼やその後の調査票記入の依頼がなされます.私も臨床医時代に参加したときには深く考えていませんでしたが,企業で勤務してみると,PMSについて海外と比べて良い点やさまざまな問題が見えてきました.今回はそれらを中心に述べます.

なぜPMS調査をするのか?

 一般に企業による開発治験は選択基準・除外基準が設けられ,限定的な条件下で実施されており,承認時においては日常診療下でのデータはありません.そのためPMSの主な目的は日常診療下での有効性・安全性を確認することにあります.またclinical outcomeやQOLなどの評価指標を導入することにより,治験では得られなかった臨床的有用性の情報などを付加することも考えられます.PMS自体は観察研究として欧米にもあるものの,あまり積極的に実施されていません.日本においては新薬承認後にはPMSがほぼ100%実施されていますが,この高い実施率に寄与しているのが再審査制度であると思います.これは医薬品が承認された後に得られた安全性・有効性のデータを企業がまとめ,定められた期間(多くの新薬の場合は8年)経過した後に,規制当局に提出して再度審査を受けるという制度です1).この制度があることで,企業はある程度の市販後データの収集が義務づけられた形となり,この制度そのものは日本の市販後の安全性に一定の役割を果たしているのではないでしょうか.

PMS調査の問題点

 ここでは企業と規制当局の問題を中心に述べます.先に述べたPMSの目的を阻害しているいくつかの要因があります.

 まず,企業と規制当局の姿勢があります.PMSは新薬の承認後にほぼ必ずと言っていいほど規制当局から実施を指摘されますが,多くの場合は開発治験のような十分な検討がなされないまま当局からの指摘を,承認前の比較的短い期間の間に企業が受けている実態があります.現在は少し変わりつつありますが,一昔前まではPMSは3,000例調査といわれたほど,画一的に3,000例の調査を企業が実施していました.この3,000例の論拠として挙げられるのが,「重要な有害事象を0.1%検出するのに必要な例数」です.統計学的にはこれは正しいのですが,PMSの目的は0.1%の有害事象を検出することではありません.むしろすでに判明しているリスクの頻度と重症度が市販後において治験の結果から想定される範囲であるか,非臨床試験や治験において潜在的なリスクとして挙げられたものが真のリスクであるか否かなどを検証していくことにあります.しかしながら,治験とPMSはそもそも情報の収集,評価,解析方法について大きな違いがあることから直接比較はできません.そこで,PMSのデータを治験のデータと並べ,関連する疫学的な情報と比較することで,リスクを評価しているのが現状です.

 また,現在のPMSにおける大きな問題は比較対照群がないことです.現在の標準治療を対照群とすることで,その薬剤の臨床的な位置づけをより明らかにすることができ,PMSも新たなエビデンスの創出に寄与できる可能性があります.

 しかしながら,ここにもハードルがあります.通常のPMS調査では自社販売品目の情報収集のみで,対照薬の情報収集に対する医療機関側の協力が得られにくく,対照薬の販売会社からも協力が得られないのが現状です.さらに対照群を置いたPMSの枠組みがそもそもないため,規制当局も積極的ではありません.

 そして企業はPMSに莫大な投資をしているにもかかわらず,このような科学的なデザインの限界から,海外の一流雑誌にPMSの結果が掲載されることは少ないのが現状です.医療機関の先生方も,治験と異なり,PMS参加によりエビデンスを創出しているという実感は少ないのではないかと思います.

今後に向けて

 海外においてはPMSを行うという環境があまり整っておらず,潜在的に日本にはアドバンテージがあります.上述した企業間のコンフリクトを解決する方法としては,薬害肝炎ワーキンググループの提案があります2).これは市販後の安全対策を第三者である専門家で検討し,PMSを含む疫学研究を行うというもので,医学的・科学的観点からアカデミアの関与も期待されます.薬剤のリスクに応じたPMSを行い,日常診療に有用なデータを出すことで市販後安全対策と新たなエビデンスの創出の有力な手段となります.現在のPMSにおいても解析を工夫して疫学データと比較することで海外のpeer review journalに掲載されている事例3)もあります.研究デザインをより科学的なものとすることで,PMSを通して日本から世界に発信できるエビデンスの創出も決して夢ではないと考えます.

(注)上述の内容はあくまで一個人の見解であり,所属企業の見解でないことをお断りしておきます.

文献
1)薬事法第十四条の四(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35HO145.html
2)薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/04/dl/s0428-8a.pdf
3)Urushihara H, et al:Raloxifene and stroke risks in Japanese postmenopausal women with osteoporosis on postmarketing surveillance. Menopause 16:971-977, 2009


日本製薬医学会(JAPhMed)とは
製薬企業の勤務医を中心に40年前に発足,現在は一般財団法人として大学・医療機関や行政に勤務する医師も含む約220名余の会員からなり,製薬医学(創薬から臨床開発・市販後のエビデンス構築にわたる医学の専門科)の確立を推進する医学会です.(http://www.japhmed.jp/