●見て聴いて考える 道具いらずの神経診療 | ||
第5回テーマ 患者が診察室に入ってきた,その瞬間を捉える(4)
岩崎 靖(小山田記念温泉病院 神経内科) 今回は,患者から主訴や症状の経過を聞く際の,話し方の観察ポイントについて書いてみたい.患者は「しゃべりにくい」,「呂律が回らない」,「言葉がはっきり言えない」などの主訴で受診する場合もあるが,話し方の異常は本人が自覚していない場合もあるので,主訴や問診表にあがっていなくても,話し方は常に観察する習慣をつけていただきたい. 話し方の観察すべき点は,スピードはどうか,声量(声の大きさ)は大きいか/小さいか,聞き取りやすいか/聞き取りにくいか,語音明瞭度はどうか,言葉につまるか/流暢であるか,多弁であるか,嗄声はないか,など多岐にわたる.言葉の速さ・リズム・抑揚を合わせて「韻律(プロソディー;prosody)」というが,韻律を含めて話し方というのは十人十色であり,異常かどうかは総合的に判定する必要がある. 「言語障害」は一般にも使われる用語であるが,神経学的には主に「構音障害」と「失語」を指す.CDプレイヤーでの音楽再生にたとえれば,失語はCDプレイヤー本体の障害,構音障害はスピーカーの障害である.構音障害でも失語でも,急性発症であれば脳血管障害を鑑別する必要があり,緩徐進行性であれば神経変性疾患を鑑別する必要がある.知能障害,意識障害,統合失調症の患者においても言語理解や発語の障害がみられるが,これは今回の論点である真の言語障害とは異なる点には注意していただきたい.また,ヒステリーやある種の精神障害では無言状態(mutism state)と呼ばれる発語の全くない状態を呈することがあるが,これも言語障害の範疇には属さない. 失語や構音障害が疑われる場合に限らず,診察室に神経疾患が疑われる患者が入ってきたらまず,「こんにちは」などの声をかけてみることをお勧めする.通常は「こんにちは」などの返答が帰ってくるので,それを聞くだけで構音障害や失語の状態をある程度判断でき,復唱(模倣言語)の検査も兼ねることができる. ■構音障害構音障害(dysarthria;構語障害と同義語)は発語に関係する神経や筋肉の障害のため思うように発語できないが,患者自身は言葉の理解もできており,言う内容も考えている内容も正常である.いわゆる「呂律が回らない」という状態は,後述の麻痺性構音障害か運動失調性構音障害を指す.構音障害が疑われる場合には,「ルリモハリモテラセバヒカル(=瑠璃も波璃も照らせば光る)」と復唱させてみるとわかりやすい.構音障害の場合,喉音(ガ行),舌音(サ行,タ行,ナ行,ラ行,ダ行),口唇音(パ行,バ行,マ行)がさまざまに障害され,時に特徴的な返答を呈する. 麻痺性構音障害脳幹の運動神経核や末梢神経の障害,筋疾患による「球麻痺性構音障害」と,両側の核上性の障害による「仮性球麻痺構音障害」がある. ◆球麻痺性構音障害
低い声で単調な話し方となり,高音を出すのが困難となる. 球麻痺では,筋萎縮性側索硬化症などの運動ニューロン疾患や,筋ジストロフィー,多発筋炎,重症筋無力症などの筋疾患,血管障害などによる延髄疾患を鑑別する必要がある.運動ニューロン疾患による球麻痺であれば,舌の萎縮や線維束性収縮がみられることが多い(図1). ◆仮性球麻痺性構音障害
仮性球麻痺の多くは両側性の多発性脳梗塞によるものであり,痙性対麻痺,下顎反射亢進など,ほかの神経症候を伴っていることが多い.構音筋の多くは両側性の大脳支配を受けているため,一側の大脳障害のみでは構音障害は目立たない.仮性球麻痺が高度となれば発語が不能(構音不能)となり失語と間違えられるが,構音不能は失語ではない. (つづきは本誌をご覧ください) |